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2008年2月 7日 (木)

「好き」ということ〜アマチュアの「協奏曲」練習を通して

    もう一度の春を、----もうひとしずくの露を、
    ひととき私の苦い杯で揺れ、涙のように零れ落ちてゆく露!

      ----アロイジアス・ベルトラン(渋沢孝輔 訳)



他に語り得る「語彙」を持っていませんので、例によって音楽(クラシック)の例で綴ります。

「好き」ということは、「好き」な相手が分かり、受け入れられること。
ただし、いろんなレベルでの「好き」があるので、気をつけなければいけない。

「恋愛」という熟語がありますけれど、「恋」と「愛」とは、現実には相反する場合も多い気がします。

「恋」は、相手が見えなくても、やみくもに「好き」であることが往々にしてあります。私も、未だに陥りやすい! でも、相手が分かっていない「恋」は、本当の「好き」とは違うものなのでしょう。
世の中で悲恋物語がよく好まれますが、私は未だに苦手です。いや、悲恋ではなくても、恋物語の類いは、どうもダメです。理由は、私自身が「やみくも」になりやすい上に、そのことをいつも負い目に思っているからでしょう。恋物語を直視できるかたは、私と違って冷静な「恋」をしたことがあったり、それがなくても相手が「分かる」客観的な目をお持ちなのだと思います。・・・尊敬します。

「愛」は、本当なら一文字では表現できないほど、様々な顔を持った言葉です。
恋愛以外に、思いつくだけで、こんな熟語があります。

「溺愛」
「偏愛」
「自愛」
「慈愛」

仏教で用いられる「愛」は、執着・妄執を表すのだそうです。家内の死を契機に読んだお経の解説の類いで(本当の意味では初めて)知りました。
キリスト教ですと、上の熟語のうちで「慈愛」に最も近い用いられ方をしています。それは、不平等のない、報酬を求めない、押し付けのないものであるのが理想的なようです。これも、上と同じような経緯で知りました。

執着としての「愛」からくる「好き」は、「恋」に準じるかもしれません。
慈しみとしての「愛」が何か、を、ほんのカケラ、雪の結晶の一粒程度だけでもこの目で見、この耳で聞き、疑わず、無心に信じられるようになって初めて、私たちは「好き」という言葉にこめられた、本当のまごころ、人のやさしさに目覚められるのかもしれません。・・・これは、私にとっても、実に遠い道です。



「なんだ、ちっとも音楽の話じゃねえじゃんか!」
・・・はあ、そうですね。すみません。
・・・本当は、何を素材にお話してもいいことなのだとは思います。
ただ、最初に申し上げたとおり、私には、音楽を通じることで以外に、この先を考え、省み、表現することが出来ません。


家内とは、見合いでもなかったけれど、いわゆる「恋愛結婚」だったとも思っていません。一緒になる前に3年間も顔見知りだったのに、家内に恋愛感情を持ったことがなかった、とは、前にも綴ったかもしれません。
今でも不思議なのです。変なきっかけで、お酒の席で人様が私達二人を「夫婦」だと勘違いしたのが、そもそも催眠術の始まりでした。次の日から私はもう家内のことが「好き」でしたし、10日後には夫婦になっていました。・・・当初はこのことをくどくど綴って記事を埋めようと思っていたのですが、やめます。ただ、言えることは・・・今となっては少々、いや、多々、自分の中で美化してしまっているかもしれませんが・・・私には家内が、家内には私がすぐに(いいところも悪いところも)「分かり」ましたし、(いいところも悪いところも)受け入れられました。

家内の生前、私は家で楽器の練習をしたことは、よっぽどのことがない限りありません。仕事にもついているのに、帰宅すると家事に専心してくれる家内を前に、私だけ楽器を弾いている、だなんて、とんでもないことだと思っていました。ですから、オーケストラでやる曲にしても、基本は普段はイメージトレーニングだけです。楽器を手にするチャンスは、練習当日しかありませんでした。(今は今で、自分が家事に追われて、弾けておりません。)
家内と過ごした最後の一年の、初めの頃、そんな私が、ちょっと野心を起こしました。1年半計画で、ベートーヴェンの協奏曲を覚えこんで・・・この計画どおりですと去年の春にあたるのですが・・・合宿に集まるオーケストラのメンバーに頼み込んで伴奏してもらい、家内の前で弾いて聞かせて驚かそう、というものでした。

予定通りに、実際に弾くことが出来た際には、家内は既にこの世の人ではありませんでした。
そのかわり、初めて協奏曲というものを勉強する気になってみて、こうして「好き」とはなにか、を突っ込んで考えるチャンスを、家内は与えてくれたのかな、とは、今になって思うことです。

ベートーヴェンについては、ジノ・フランチェスカッティというイタリアの名手の校訂譜を使い、実際に彼の演奏の録音で彼の音を記憶し、指使いが校訂譜通りでないことまで聞き取るところまで試みました。私はもともと、家にお金もなければ、音楽好きもいませんでしたから、ヴァイオリンについては殆ど独学です。なので、オーケストラでお世話になった恩師や本職の友人に過去(直接にベートーヴェンの曲についての話を聞いたことはありませんでしたが)教わったことを総合して考えようと努めました。
・・・出来は「まあ、こんなもんか」というところでした。もちろん、とても家内以外の人様にお聴かせできるシロモノではありませんでした。が、自分なりには、勉強しただけの甲斐がありました。自分が本当にはヴァイオリンを「好き」といえるには至っていないことを、しっかりと思い知らされましたから。

4988017605721_2先日亡くなった江藤俊哉さんがこの協奏曲をお弾きになるのを大学時代にバックで演奏して、非常な衝撃をもって印象づけられたことは、思い出話の中で述べました。

今年は、メンデルスゾーン協奏曲に挑戦してみようかと思って、実は、江藤さんの亡くなる一週間前に、江藤さんの校訂なさった楽譜を入手したばかりでした。・・・この校訂譜、ただ読むと、
「え? なんでこんな回りくどい指使いをしなければならないの?」
という箇所がたくさんあります。

で、これは江藤さんご自身がどうお弾きになっていたのかを知る必要がありました。
江藤さんのメンデルスゾーンの録音は、単独盤でもお店に並んでいるのですが、今でも入手できるCDを調べまくり、いわゆる4大協奏曲全てが網羅された上に、ブルッフもラロも、あるいはピアノ伴奏の小品も収録されている4枚組の「江藤俊哉の芸術」を入手することに成功しました。

これにおさめられたメンデルスゾーンの演奏を聴いて
「ああ、江藤さんは、やっぱり校訂譜に書いた通りの指使いで弾いている!」
ということが・・・楽譜そのものは目の前にしないで・・・はっきりと聞き取れた時には、
「これで、ようやく、私にも『ヴァイオリンが好きだよ』と言ってもいい資格が得られたかな」
と、一瞬だけ、感じられました。
たった三つ、されど三つの、私にとって大きな収穫があったからです。

・江藤さんはこういう(CDで聴き取れるような)表現をしたいからこそ、この指使いにしたのだ、が理解できたこと

・だがそれは、江藤さんの技術があったから初めて出来たのであること

・私の技術、最も良く出せる音では、もっと安易な技術に頼らざるを得ないので、江藤さんの指使いでは演奏できない個所があること

が分かったのです。

楽器を手に持つ人は、とかく、その楽器の名曲にはやたらと手を出してみたくなるものですし、それなりに弾ける・吹けるようになれば人前で披露もしてみたくなるものです。
それは、根本的には間違っている、と、今の私には断言できる気がします。
まず、やたらに手を出しても「この楽器で、この作品で何を勉強すべきなのか」を悟ることは、良い指導者がいなければ不可能ですし、また、本人にもそれなりの受け入れ態勢が無ければ不可能です。
人前での披露は、「勉強した収穫」を聴いて下さる方に悟ってもらい、「さらにこうしなければならないな」とアドバイスを受けられるような場所でやれるのでなければ、無意味です。

なにより、まず私自身を省みて言うならば、入手した江藤さんのCDのライナーノートにいみじくも書いてあった通り、
「スメタナ四重奏団の4人も『自分たちは室内楽奏者であり、スークは独奏家。同列には論じられない』と語っていた」
との言葉の、もっとずっと低レベルな次元での話で、
「私はアマチュアオーケストラの『アンサンブルを演奏する』奏者であり、プロのオケマンも、ましてやバリバリのソリストとも同列に論じられない」
のであります。

ですが、アマチュアオーケストラの一団員の心構えとして、単に「みんなといっしょ、たのしーなー」では、音楽は私の生涯の友ではありませんし、弾いているヴァイオリンを「好き」と言うにも値しません。

そんな団員である私にとって、協奏曲の勉強は、自分の独奏のためのものではなく、アマチュアのアンサンブルをどう滑らかにしていけるか・・・それには、滑らかに演奏できる技術を団友に、「如何に分かりやすく伝えられるようになれば良いのか」を前提としてなされるべきものです。アマチュアが採り上げ得る普通のオーケストラ曲ではとうていお目にかかれない技術、それを習得すべき方法論が、協奏曲を子細に検討することで、むしろオーケストラ曲よりも簡単明瞭に明らかになったりする。
家内を失ったことがもたらしてくれた、「好き」とはどういうことなのかを思い知らせてくれる、想像もしていなかった新世界でした。

日々、しかし、私はまだまだ、この世界を見失って生きています。
時々思い出しては・・・ああ、やっぱり、自分のような者には「好き」という言葉を口にする資格さえないのかもしれない、と感じています。

一瞬を心にしっかりと刻む、というのは、なんと難しいことか!

このまんまの生き方では、あと12年も命があれば、私はもうおしまい、でも構わないのです。
その頃には子供達も充分に独り立ちし、自分で自分を探す力を付けてもいるはずですから。


・Hさんの大好きだったパールマンの、13歳の時の演奏


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コメント

kenさん、
またもや見当違いのコメントをすることをお許しください。
私は忌野清志郎さんの復活にとても勇気づけられました。
http://yosukeyanase-music.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_a242.html

投稿: イワン | 2008年2月 8日 (金) 20時08分

イワンさんには、いつも見透かされている気がするなあ・・・
ありがとうございます。

ただ、身近な大切な人も、長年(遠いところで、且つ間接的にに過ぎなかったとしても)私の背筋の柱になっていた存在が、一時に4つも頽れてしまった。。。それは、この世界にはもう「復活」はしないのです。

私は、私の中に何が復活するのかをじっと待つしか無いし、朝から待っているのに夕刻になっても復活しないのであれば、カフカの「門」の主人公のように、その門の前で自分が消えてしまってもいい、との思いから抜けきれません。
・・・でも、これは「ペシミズム」でしょうか?・・・私には分かりません。。。

投稿: ken | 2008年2月 8日 (金) 22時25分

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