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2008年2月 2日 (土)

曲解音楽史:26)十字軍時代前後のイスラーム

前の回:1)音という手段 2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽  5)トランス 6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ 12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ  14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア  16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
    18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア
    20)日本固有(?)の古歌 21)グレゴリオ聖歌
    22)平曲と能楽:付)発声法について 23)アンブロジアン聖歌・ローマ聖歌
    24)西ヨーロッパ中世 25)ジョングルール



中世の西ヨーロッパ音楽、その前に、十字軍の頃にはイスラム圏とキリスト教圏では相互の交流の痕跡がユーラシア西方全般に残っていることを見てきました。
いずれの際も(調べきっていなかったこと、資料の見当をつけかねていたことから)、西ユーラシアの音楽は、実はイスラム圏主導で進展したと思われる、という点についてはひとことも触れていませんでした。

前回のジョングルールの活躍はまだしも、トロヴァドゥールをはじめとする吟遊詩人の歌の根源は、イスラム圏の音楽にあった、とみなすことが妥当なようです。・・・それは、12〜13世紀の西ヨーロッパの学術一般が、ギリシャやローマの本当に主要な古典(プトレマイオス、アリストテレスの形而上学、ユークリッドの「原論」など)が、この時期初めて、アラブ世界からのかたちで西ヨーロッパにもたらされたのと軌を一にしています(「12世紀ルネサンス」講談社学術文庫)。占星術・数秘術も、同じときに初めて、西ヨーロッパ世界がイスラームの人々から学んだものです。占星術は当時は必ずしも「迷信」ではありませんでした。正しいホロスコープを書くためには、構成や惑星の運行について精緻な数値データが必要であり、それはまた、キメ細やかな天体観測に基づいて評価されたものでした。かつ、太陽・月・各惑星(水・金・火・木・土)に対する性格付けは、背景にギリシャ哲学を持っており、宗教的であるよりは哲学的だったのです。それがまた、イスラーム世界では占星術が退けられなかった理由でもあったでしょうし、同様に本来「占い」を否定しているはずのキリスト教世界でも違和感なく受容された背景になっていたのではないかと思われます。すなわち、地動説が一般化するまでは、「占星術」は、日本語のこの訳語にもかかわらず、科学だったわけです。・・・面白いもんです。

イスラームというと、私たちは

「あれ、公式には音楽を禁じているんじゃなかったっけ?」

そう思っているでしょう。

ですが、14世紀のアラブの歴史家イブン・ハルドゥーンが「歴史叙説」(岩波文庫所収、全4巻、森本公誠訳)に述べていることからは、禁じているのは「コーランの読誦を音楽とすること」のみであることが分かります。

彼の叙述から判明する、もうひとつ注目しておくべき事実は、イスラームに縁の薄い我々が持っている、「アラブ圏の音楽はモノフォニー」という常識に反し、彼らはすくなくとも「和声」についての知識も理論も持ち合わせていた、ということです。残念なことに、イブン・ハルドゥーンが音楽について述べているのは職業のあり方を並べ立てている箇所でのことでして、「学問としての音楽については後で述べる」といっておきながら、肝心の学問に関する事細かな記述の中に、音楽についての説明は漏れてしまっています。専門家の方ならまだしも、私は、したがって、アラブの音楽理論について手近に参照できる文献には巡り会えずにおります。ペルシア方面については、また事情が異なりますので、機会を改めて述べます。

いわゆるレコンキスタまでは、イスラーム世界はイベリア半島まで広がっていたのは、ご承知のとおりです。その名残で、イスラームが撤退した後のスペインの音楽は、他の西ヨーロッパ地域とはやや違った様相を見せることになります。その「スペイン」音楽のスタイルはイスラム圏各地(北アフリカ・中東・東ヨーロッパ)各地に伝播したようです。

イスラームそのものの材料は見つけそこなったのですが、イスラーム音楽の名残をとどめているだろう、と思われるユダヤ人の歌謡は見つけました。これをお聴き頂き、イブン・ハルドゥーンのいっていたことの真偽を、ご判断いただくことにし、今回はおしまい、としましょう。


メドレーになっています(容量の関係でモノラルにしました)。

 from "Sepharad" Ensemble Sarband DHM 74321 935642

(アルバム名の「セファラド」は旧約聖書のなかの「オバデヤ書」に出てくる地名に由来し、当時は「スペイン」をさすと考えられるのが一般的でした。)

なお、ハルドゥーンが「歴史叙説」第5章31節<歌謡(と音楽)の技術について>に掲げている、したがって、14世紀当時にアラブ文化圏(ただし、マグリブで、と書かれています)で用いられていた楽器の名称は、以下のとおりです。

*シャッバーバ(木管楽器、中空)

*ズラーミー(木管楽器、内部が二つの部分に仕切られていて、中空ではない)

*ブーク(真鍮製のラッパ。腕ほどの長さ。手のひらより小さい直径。多孔。ツィンクと同じ?)

*バルバト(球形の弦楽器)

*ラハーブ(同上)

弦楽器については、弓で弾くものと、はじいて弾くものがあることを述べています。
異常の楽器については学術書が20世紀前半に出ている旨注釈にありますが、私は現在のアラブ等の楽器との関連性について確認出来ていません。ご教示頂ければ幸いです。
いちおう、アラビア系の楽器について分かりやすく説明してくれているサイト(英語)は、
Arabic musical instruments
というのがありました。

十二世紀ルネサンス (講談社学術文庫)Book十二世紀ルネサンス (講談社学術文庫)


著者:伊東 俊太郎

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