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2008年1月15日 (火)

モーツァルト:まごころ〜Venite populi K.260

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



「真心をつくせば、誰かが見ている」
・・・そのように、よく言われます。

でも、真心をつくしているその場所を誰が見ているのか?
・・・自分だけ、です。
真心をつくす、というのは、孤独な行為です。私たち凡庸な人間は、一生懸命働いても、それが自分自身が思っていたほど人様から評価されない、という場面に、普段から出会っています。

ですから、よく思い知っているはずです。

「本当は、真心をつくしたって、誰かが見ているわけではない」

・・・「それでもいい」と頑張っていけるか、「評価されないならどうでもいい」と投げやりになってしまうか。
私たちの生は、そこで大きな分岐点に、日々さらされている。

モーツァルトもまた、然りだったはずです。
自分がいくら心を込めて作品を仕上げ続けても、それらは平凡な日常の中で、真価も理解されないまま、平凡に演奏され、たとえ何度か繰り返して演奏してもらえたとしても、いずれは忘れられていく。

彼が気づいていたはずはありません。自分の作品を、同時代の人ではなく、後世の人たちが「崇める」までになるだなんて。ですから、彼はマーラーが言ったような言葉は口にしていません。
「私の時代が来る」



没後ほどなく、しかし、「彼の時代」は早くも到来します。晩年の3大交響曲や、とくにロマン派好みとなった「短調」の協奏曲・室内楽などは、ニッセンと再婚したコンスタンツェが亡夫の作品を巧みに管理し売り込んだおかげで、19世紀初頭には既に絶賛を勝ち得ています。
死後に幸運を得ることが、本人にとって果たしてどれだけの価値があるのか、分かりません。
とにかく、事実としては、彼の死後に、彼の音楽は、それを喜んで聴く人々の輪を、現在に至るまで広げ続けている。もしモーツァルトが生き返って、こんな事態を目にしたら、どんな感想を抱くでしょう?


とはいえ、彼の音楽の「どこに」・「どのように」彼の真心が込められているか、の評価は、さすがに後世の人がしていることで、ポイントがさまざまに分かれ、時間と共に変化を繰り返してもいます。
最たるジャンルが「ザルツブルク時代の宗教曲」であることは、このブログで繰り返し触れて来たことでもありますし、同感をして下さる方もいらっしゃいます。
他の曲種でもそうなのですが、ザルツブルク時代の宗教曲も、一部を除き、どんな機会に演奏されたのかについての情報がありません。また、ミサ曲を除けば、どんな目的で作られたのかも分かりません。
1776年に作られた宗教曲として最後に採り上げる、このオッフェルトリウム"Venite populi(来たれ人々よ)"K.260も、そのような作品の一つです。


詳しい資料を探せば少しは分かるのかもしれませんが、私にはこの作品の成立事情は全く把握できませんでした。(歌詞の主旨からいえば、聖体記念日のミサに組み込んで演奏されたものででもあるのでしょうか? だとすれば6月頃。ただし、ニ長調という調性のミサ曲はこの年には作っていないこと、有名な「45分」の時間制限から考えると、使われたミサ曲はK.194【1774.8作曲】くらいしか考えられない。聖体の記念日ということであれば、組み合わせとしてはK.192の「小クレドミサ」【1774.6.24作曲】の方が似つかわしいが、こちらはヘ長調。3度の平行調の同主調ということで違和感がない、と考えれば、選択肢としてはあり得る。ちなみに、"Ave verum corpus"も6月の作。二重合唱である点が、ミサに組み込まれたとすれば不審は残るが。。。)
かつ、自筆譜(1873年発見)に示されているという曲の編成自体が、摩訶不思議でもあります。
演奏時間5、6分ほどの小曲ながら、たいへん荘厳な二重合唱(ソプラノ・アルト・テノール・バスの四部合唱が、おそらくは教会の右手と左手に分かれて配置された)なのですが、これを記した五線譜は十段・・・つまり、合唱を書いた残りは二段しか残っていない。で、NMA(第3分冊)に掲載されたファクシミリ(3葉目)を参照しますと、最上段は空白のままです。残ったいちばん下の行に、通奏低音が書かれているだけ。
一方で、Carus版の解説によると、この版はザルツブルクにあったモーツァルト自身の手でかかれたパート譜に基づいている、とされていて、スコアにはヴァイオリン2、チェロ(とコントラバスとファゴット)が併せて印刷してあります。NMAの楽譜は、さらに3本のトロンボーンパートが印刷されています。
演奏に際しては、しかし、自筆スコアにないパート(管弦楽器部分)は演奏してもしなくても良いのだ、と解されています。


例によって、形式を子細に検討すると、一見、三部形式ですが、私には、ソナタ形式を強く意識しているように思えます。

第1部(Allegro ,4/4,ニ長調。1〜51小節まで)の前半は、ちょっと見には前奏(1〜2)・合唱の第1部(3〜11)・第2部(12〜16)・第3部(17〜20)・第4部(21〜24)・第5部(25〜33)・第6部(34〜44)・第7部(45〜51)、と、入り組んでいます。ですが、第3部との兼ね合いで観察すると、この第1部は、ソナタ形式の呈示部に見えます。そうすると、前奏から合唱の第4部までは第1主題に、そこからあとは第2主題に相当するように出来ているのが分かります。

第2部(Adagio,3/4,ニ短調。52〜69小節まで)は、テンポが変わりますが、使われている動機は第1部の第1主題で第2合唱が歌い出す水平な"Venite populi, venite"の「呼びかけの動機」ですから、ソナタ形式の(この時代としては、テンポも拍子も変わるという点で特殊な)展開部、と見なしても誤りではないと思います。

第3部を「再現部」と見なすのは、ちょっと冒険に感じられます。71小節から、元の拍子、元の速度で開始されるこの部分は、フゲッタで始まるからです。しかし、このフゲッタの動機は、第1部の前奏のもので、84小節目で一段落すると、次には第1部の第2主題が忠実に近いかたちで再現されていて、102小節から始まるコーダは、"Venite populi, venite"の動機で、全曲の統一感をしっかりと守って110小節までのこの作品を美しく締めくくります。・・・古典派から前期ロマン派までの常識からは「再現部」と見なすことは出来ませんが、後期ロマン派的な「再現部」ではあり、そうした点ではベートーヴェンの第九、第1楽章の再現部よりも斬新な構造だといえます。



再発見された時期が、モーツァルトの作品としては遅い部類の19世紀末だということも、第3部の構造の斬新さを眺めていると「むべなるかな」と思えて来ます。再発見者(再演者)はブラームスでした。

歌詞については、またこちらの頁に頼ってしまいましょう(すみません)。こちらでは、この作品はあまり高くご評価なさっていないのですけれど。モノの見方は十人十色でいいと思いますから。



この作品で感心するのは、ふたつある四部合唱が、最後の2小節以外は、どの場所をとっても「全く同じ」に作られていることがない、という点です。楽譜をお読みになれる方は、是非スコアを手にして、この事実に「驚嘆」なさって頂ければ、と思います。

形式と合唱の作法で上述のように110小節に凝縮された「まごころ」が、果たしてどのように享受されたのか、いまのところ記録されたものを目にしていません。かつ、この作品の構造がここまで斬新だ、ということについては、父のレオポルトも気づかなかったのではないかと思います。
ですが、モーツァルト自身だけは、多分、おのれの試みていることの新しさを、よく知っていたのではないかなあ、と、スコアを眺めつつ、彼の孤独に思いを馳せてみたい気がしてきました。

すばらしい、大きな「小品」です。是非、ご一聴下さい。
残念ながら、全集の類い(しかも、値段の高いもの)でないと聴けないようですので、手持ちの演奏をアップしておきます。
モノラル化してありますので、合唱の立体感を味わうためにはCDか実演(これは出会うのがむずかしいだろうなあ)に接して頂けましたら幸いです。

 フィリップスの全集から

スコアは、NMA第3分冊収録のものと、前述のとおりCarus版が出ています。

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