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2008年1月11日 (金)

音楽と話す:どうやったら、あなたに近寄れますか?

音楽さんとのお話は、先日はこんな具合にそっけなくされてしまいました。

私 :「どんなとき、私たちは一緒に【心が】動けるのでしょうね?」
音楽:「そんなの、その時々で違うから、あっしにも分かりませんや」

うーむ、癪です。

さて、どのように突っ込みましょうか。

私 :「じゃあ、まずどうやったら、あなたのそばに近寄れますか?」
音楽:「別に、無理せんでいいですよ。」
私 :「そう仰らずに、とっかかりだけでも」
音楽:「簡単ですわい」

は?

音楽:「あっしが鳴ってたら、あんたの体はとりあえず響きを感じるでしょう」
私 :「そうでしょうね」
(聴覚障害のかたでも可能だ、ということは前回述べたとおりです。)
音楽:「それでね・・・」
私 :「(身を乗り出して)はい・・・」
音楽:「感じた響きが気に入ったら、そのときにこそ身を乗り出してみてくれればいいんでさあ」
私 :「気に入らなかったら?・・・あ、そんな質問してはいけませんでしたか」
音楽:「いやいや、ちっとも。気に入らなかったら、なあに、そんときゃ、あっしとサヨナラすれば済む」
私 :「あれま!」
音楽:「それだけ。」
私 :「それだけ?」
音楽:「そう。」
私 :「うーむむむ!」



人間、何でも種類分けするのが好きな動物ですよね。音楽にも「ジャンル」とかいう種類分けが、いつのまにか出来上がって(たぶん原始時代まで遡るのですが、いまはそのことには触れません)、<ポップス>・<ジャズ>・<ロック>・<演歌>・<クラシック>・・・などなど、CD屋さんを覗いたら、わけがわからなくなるほど沢山、別々の名前が付けられています。
じゃあ、それぞれ何が違うの?・・・と言われれば、違いはそれなりにあるようですが、まだそんなところまで音楽さんとお話する段階ではありません。ですので、まずは、「種類分け」を気にせずにおきましょう。


ある音の響きが「気に入る」・「気に入らない」、あるいはそれより前に「心地よい」・「気持ち悪い」というのは誰にでもあるでしょう。
ただ、困ったことに・・・困らないのかもしれませんが・・・感覚的な「好悪」は十人十色、百人百色、本当に個々人でだいぶ違っている。
ですから、本来、
「誰でもOKですよ〜」
なんてものは、世の中にはありえない。
私がいくら頑張っても、私が惚れた女の人が、こんな変人の私を好きになってくれる確率は非常に低い! 映画に出てくるチャップリンの方が高確率のような気がしますし、人間そのものとしてのチャップリンはモテ男でしたから、妬ましくて仕方がありません!
・・・あ、すみません、とんだ脱線を。。。

音楽さんも、いろんな顔を持っていますから、その顔のどこが「聴き手」に好いてもらえるか、嫌われるか、なんて、ご自身では分からない。

音楽さんの偉いのは、
「別に、好かれたって好かれなくたっていいじゃん!」
泰然と存在している、その姿なのではないかなあ、と思う今日この頃です。
・・・音楽さんは、少なくとも、私と違って、懐が深い。

だから、お好きな「音楽」があるのだったら、それがたとえ、たった一つの歌だったとしても、それを身近に感じつづけていればいい。
お好きな「ジャンル」を、徹底的にストーカーするのも、相手が音楽さんだったら許される。
(人を相手に、は、絶対になさらないで下さいね! 過去に身近でそんな事件もありました。とても悲しかった。)

でも、せっかくですから、音楽さんの
「今まで自分が触れたことのない、新しい姿」
を・・・音楽はそれを「音の響き」として表現するわけですが・・・、そう、そんな新鮮な響きに体がゾクゾクさせられるのを感じることがあれば、もっと幸せです。

ただし、チャンスは偶然にしか訪れない。
私は、そう思っております。
世の中に出回っている「クラシック入門」だの「ジャズ入門」だのというのも、結局は筆者の趣味で内容が決まっているので、
「何か予備知識をもたなければ音楽は聴けないなあ」
という誤った感覚を、私たちは知らず知らずに植え付けられてはいないだろうか、と、そういった類の書物やCD、DVDには、私は最近、警戒心を抱くようになりました。
(付記:自分の以前綴ったモノを確認したら、こんなのがありました。)

何も知らずに、偶然に、街を歩いていて、響いてきた音楽の「美しさ」に足を止めさせられる。
「え? この音楽、なに?」
そんな感動が先にあり、そんな興味が先に湧くことが、まずは大切なことなのではないでしょうか?

・・・私は最近は殆どクラシックしか曲が分かりませんので、クラシックの例で恐縮ですが、近衛秀麿という指揮者のかたがお書きになった「オーケストラを聞く人へ」の冒頭にあったエピソードが、(原文通りでは無くなってしまっているかも知れませんが)、今でも忘れられずにおります。

近衛さんがヨーロッパにいた頃、たまには自分の指揮するオペラを、自分の家で一生懸命働いているお手伝いさん(東欧系のオバサンだったように記憶しています)にも聞かせてあげよう、と思いついて、招待したそうです。
オペラなんて、円が強い現代の日本人には屁でもないかも知れませんが、おそらくは今でも、ヨーロッパの庶民には敷居の高い贅沢であることには変わりがないと思います。まして、近衛さんのヨーロッパ時代は第二次世界大戦よりも前のことです。
お手伝いさんは、初めて見に行き、聴きに行ったオペラに、すっかり魅入られてしまいました。
演目は、モーツァルトの「フィガロの結婚」だったそうです。
この作品、美しい歌に満ち溢れています。
お手伝いさんは、そんな歌の奔流にすっかり呑み込まれて、
「こんな美しいものは、神様がお造りになったに違いない」
と信じ込んでしまったのでした。あとで近衛さんが何度
「あれは、モーツァルト、という人間が作ったものなんだよ」
と教えても諭しても、信じなかったそうです。彼女の決り文句。
「いいえ、絶対にそんなはずはありません!」

で、お読みいただいたかたのお心にまで、お手伝いさんと同じように「神様がお作りになった」と感じていただけるかどうか分かりませんが、「フィガロの結婚」から1曲、聴いて頂いておきましょう。

ルチア・ポップ(Soprano)

モーツァルト:オペラ・アリア集



今日の、音楽さんとのお話のまとめ。

私 :「まずどうやったら、音楽さんのそばに近寄れますか?」
音楽:「あっしの響きが気に入ったら、身を乗り出してみてくれればいい」
私 :「気に入らなかったら?」
音楽:「なあに、そんときゃ、あっしとサヨナラすれば済む」
私 :「そんなことで、いいんですかぁ???」
音楽:「ぜんぜん、いいんですわい」

あれま。


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コメント

初めまして、sergejoと申します。初めて書き込みいたします。

私もその近衛さんのお話大好きです。東欧の人などは、日本の聴衆に比べたら知識はないのに、アンサンブルが良かったり、乱れたりすると電撃のように反応する。日本の聴衆は細かい知識はあるけどその辺どうかしら?という話ですね。

最近読んだ横山幸雄さんの本にもちょっと似た話があって、日本のクラシック音楽の需要に関して、一昔前ではありがたいものだったけれど、最近は娯楽に走っているようで、どちらも正しくないという意見でした。

*****

自分もブログを書きながら、どうやったら、なんとなく聴いて見たいと思ってもらえるか、「誰の何しかダメ!」といった押し付けや、「あの盤はこっちの盤とここが違うんだよね~。足音も入っているし」なんて(多分)瑣末な話をしないでできるかに気を使って、いろいろ試行錯誤しています。

長くなって失礼致しました。では!

投稿: sergejo | 2008年1月12日 (土) 03時19分

sergejoさん、コメントありがとうございました。
sergejoさんや横山さんのように感じている人は決して少なくないんでしょうね。
頂いたコメントから、また、拝見させて頂いたブログにお綴りのことから、ひしひしと伝わってくる気が致しました。

というわけで、ブログにリンクを貼らさせて頂きました。

今後ともよろしくご教示お願い申し上げます。

投稿: ken | 2008年1月12日 (土) 14時38分

お返事遅れまして申し訳ありません。

私の書いていることなんて、ほんとに素人の横好きでオハズカシイ限りです・・・以前、こちらの頁で、通常音楽について書かれることは印象批評か、音楽史をちょっと引用した程度のものか、、、といったことが書かれてあったのを読んで、「ごめんなさい!わたしです!」と思ってなんとかよくしたいなぁと試行錯誤です。

ヴァイオリンその他弦楽器は触ったことが無いので、実際、聴いていて今ひとつ自信がないのですが、Kenさんが書かれていることを読んでいろいろ教えられることが多いです。

こちらこそどうぞ宜しくお願い致します!

p.s.:リンクいただきまして有り難うございます。他の方の頁と比較してちょっと恥ずかしい重いです。わたしのブログでリンク頁をどうつくるか考えているところで、いますぐお返しできず申し訳ございません!


投稿: sergejo | 2008年1月13日 (日) 15時34分

sergejoさん

>通常音楽について書かれることは印象批評か、音楽史をちょっと引用した程度のものか

ああ、私、そんな生意気綴ってましたか!
いずれにしても、sergejoさんのブログはそういうものには当てはまらないと思っております。とくに、すぐにはいろいろ聴いてみることの出来ない私のような者には、たいへん参考になります!

これからも愛読させて頂きたいと存じますので、なにとぞ宜しくお願い申し上げます。

再々、ありがとうございました。

投稿: ken | 2008年1月13日 (日) 20時05分

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