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2008年1月27日 (日)

なくしたもの

  善悪は人に生まれついた天性
  苦楽は各自あたえられた天命。
  しかし天輪を恨むな、理性の目に見れば、
  かれもまたわれらとあわれは同じ。

   オマル・ハイヤームの四行詩(ルバーイイ):岩波文庫「ルバイヤート」34番



男所帯になって1年と1ヶ月。埋葬を完全に終わらせてあげるまで1年費やしてしまった家内の、昨日が、全て落ち着いて初めての月命日でした。・・・とはいえ、未だに事務処理が次々に出て来たり、家内宛の不審なセールス電話があったりして、ようやく吹っ切れかけたなあ、と思っても、世間様が解放してくれないのが、悩みのタネと言えば悩みのタネ。・・・まあ、別に、もう大丈夫、と思えば、大丈夫。
ただ、張り詰めていたものが、なんだかふっつり切れてしまった。
ですので、家事も気合が入らない日が出来たりして・・・ブログを綴り続けることも、実は、自分がダレてしまいたくないから、という意地なんだか、惰性なんだか、よく分かりません。

そんな様子を察してか、最近はご無沙汰だった家内が、今朝方久々に夢に出て来ました。
で、なんのことはない、私といくつも世間話をして、また、あちらの世界に帰って行ったようです。

「あ、そうか」

目が覚めたら、思い当たったことがありました。
私が今いちばん、家内の死後「なくしてしまった」と思っているものがなんなのかを、テキは気づいて補いに来てくれたもののようです。

「世間話」。

職場でも、趣味のサークルでも、気軽な世間話を延々とするなどと言う機会は、もともとありません。
職場では仕事に専心がモラルですから、冗談を1時間もまくしたてたら顰蹙だし、趣味の話、遊びの話で盛り上がっても、それはつかの間のこと。
サークルは・・・オーケストラですから、クラシック音楽について「まじめに」練習し、お酒の場でもほとんどは音楽の話ばかり(まあ、ここのブログでもそうなんですが)。・・・ただし、当面はお酒の場に出るチャンスもありません。子供たちが家で待っていますから。
家ではどうか、と言えば、子供とは「親」の立場でしか話しませんから、それは楽しい話もありますけれど、そうばっかりもいかない。まして、「世間」のネタで話す・・・<お隣の誰々サンがねえ、>とか、<今日、どこそこでさあ>なんて話すことは、僕の方からはすることが出来ない。

じゃあ、親? 兄弟姉妹? 友達? (なかなか出来ませんけど・・・見込みもないのかな)恋人?
・・・とくに「うつ」がひどいときなど、頼み込んだり、ふと言葉を漏らして聞いてもらったりすれば、みんな、とてもよく付き合ってくれるけれど、誰とも時間を「100%」共有は出来ませんものね。

思い返すと、夫婦というのは不思議な「現象」でした。
その時別々の場所にいても、時間を「100%」共有していた。いろんなご夫婦があるのだろうけれど、私たちはそうだった、と、自信を持っていえる気がしています。
中には深刻な事態、マジメな場面も少なからず挟まれていましたけれど、だいたいは、ごくあっさりした日常の、些細な出来事の中に、喜びも悲しみも、楽しみも不愉快なことも、一緒に見つけ出した気になっていた。

しかして、その実態は!

些細なことを、思いついたその時に、四六時中、テキが喋りまくれば聞くふりをして
「ああそう、うんうん、はいはい」
だなんて応じて、
「あのさあ、きいてる?」
「きいてる、きいてる!」

私は私でテキに
「あのさあ、こんなことあったんだけど面白くない?」
なんて話しかけると、テキの方がまた聞いちゃいなくて
「ああそう、うんうん、はいはい」
「あのさあ、きいてる?」
「きいてる、きいてる!」

それがどれだけ心地よかったのか・・・いちばん、心地よかったんだなあ、とあらためて思い知らされました。

いつでも「つまらん世間話」をし合って、聞くふりし合って、という楽しみ・・・これが、わたしが「なくしたもの」。いちばん大切だったものなのでした。

奇しくも、家内の逝去から、いつも気に留めて下さっていたJIROさんの御父君が、29日で十三回忌でいらしゃるそうです。
JIROさんのお綴りになった文章からは、JIROさんがお父様にお寄せになっている心からの敬意だけでなく、「親はかくあるべし」・「男はかくあるべし」と強い意志を持ってこの世を生き抜かれたであろうお父様の、ピンと伸びた背筋が拝見できる気がして・・・
ああ、オレの方は、こんなつまらんことしか思っていないヤツなんだなあ、と自戒の心をあらためて持ちました。
そのことで、自分が「なくしたもの」をいつまでも地面に向かって探し続けるような人間でなくなって行ければよいのですけれど・・・自信、なし。

JIROさんのお父様への敬意の印として、音楽をひとつ。


  ヘルムート・ヴァルヒャ(オルガン:ストラスブール、サン・ピエール・ル・ジュヌ教会)
4分13秒、1971年5月録音
・・・ヴァルヒャは、知る人ぞ知る、全盲の名オルガニストでした。
・・・強靭な意志を内に秘めながら、民の心を癒す響きを、生涯優しく紡ぎ出した人でした。

バッハ:オルガン名曲集

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コメント

Kenさん、駄文をご紹介頂き、感謝の言葉もありません。本文中では長くなるので書きませんでしたが、父はクラシックが好きでした。

私が初めて聴いたトスカニーニ=NBCの運命(B面は8番)、フルトヴェングラー=ベルリン・フィルの「エロイカ」、

フランチェスカッティのメンコンなどはいずれも私が生まれる前に父が買ったものでした。

バッハも大変好んで、ブランデンブルク全曲をいきなりドンと買ってきたり致しておりました。

ヴァルヒャのオルガンを大喜びで父も聴くと思います。お心遣いに今一度、心より御礼申し上げます。

投稿: JIRO | 2008年1月27日 (日) 22時22分

JIROさん、勝手なことしてゴメンナサイ。
リンク許してくださって本当にありがとうございます。

ご父君の「きりっとした背中」に、感銘を禁じ得ませんでした。

音楽をお聴きになるのでも、演奏家の選択が適切で、やはり「ホンモノ」を追い求めていらしたんですね。
そういうお父様がJIROさんのお心の中に生きつづけていらっしゃることは、なによりのご供養かと存じます。

わざわざありがとうございました。

投稿: ken | 2008年1月28日 (月) 10時56分

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