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2008年1月 3日 (木)

「のだめ」4,5日登場曲から~「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

年明け1月5日にTMFの演奏会を致します(無料)。上野や浅草から近いので、お気軽にお越し下さい。
くわしくはこちらをご覧下さい。



三が日も終わり、今日の夕方には帰宅します。帰宅前に、「自分への気合入れに成るかな」と思い、「のだめ」にかこつけて、過去にメーリングリストに載せた文を少し構成しなおして掲載しました。かなり長いので、読みにくいかとは存じますが、お許し下さい。


1月4日、5日放映の「のだめ」inヨーロッパでは、

R.シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28
(1895年完成、初演)

もとりあげられるので、もう2年前の3月に行ったものですが、作品の内容の解析と演奏比較を綴った文を掲載させていただきます。

編  成:フルート3、ピッコロ、クラリネットD2・B2、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルンF4・D4(任意)、トランペットF3・D3(任意)、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、大太鼓、小太鼓、ガラガラ、第1ヴァイオリン16名、第2ヴァイオリン16名、ヴィオラ12名、チェロ12名、コントラバス8名

比較素材〜記事末尾に記載。

*聴きやすい曲で、CDをお持ちの方も多いと思います。ただし、自作自演版もある上に、後述のように、私が確認した限りでは、後輩たちに受け継がれた演奏には、大きくは「シュトラウス晩年系」と「フルトヴェングラー系」があります。改めてお聞き直しいただくと、面白い発見ができます。

端的に言えば、6小節めから出てくる有名な「ティルの動機」を
・テンポをほとんど変えないのが「シュトラウス晩年系」
・2回目の登場でテンポが速くなるのが「フルトヴェングラー系」
と聞き分けるひとつの目安です。
なお、「ティルの動機」が加速していく演奏でも、
・加速の程度の低いもの
・金管楽器を「押さえ気味」に吹かせているもの
はR2型とみなし、フルトヴェングラーの影響も受けていることから(F)と付記しました。
詳しくは<比較概要>2−2)をご覧下さい。
    
お手持ちをお聴きになってみて、いずれをお持ちかをご確認の上、
・「シュトラウス晩年系」だった方は<比較概要>2)の系譜F
・「フルトヴェングラー系」だった方はシュトラウス自演か系譜R1ないしR2
を別に聴き比べてみると面白いかもしれません。
なお、シュトラウス自身の演奏(1944年録音)に一番似ているのは、ベームの演奏であることを、参考までに申し上げます。出だしのテンポなど、シュトラウス自身と全く同じです(29年も44年も、この部分はシュトラウス自身全く同じテンポで演奏しています。これはこれで驚異でした!)



<比較概要>
*要点
:作品の「筋書き」を確認します。
:作品の演奏形態に2種ある点を「観察」し、「演奏の伝統」を概観します。
:「文学」との関係の考察をし、作曲者の創作意図を探ります。
:作品形式の考察をし、実際の仕上げで作曲者が自己の意図をどう収拾したかを探ります。


1)作品の「筋書き」(指導動機名は、スコア等の注記を参考に、私が勝手に付けました)
R.シュトラウスが後年ひとに請われて行ったコメントが元になっています。
演奏時間は15分程度です。

1.昔々のその昔、:「語り始め(と回想)の動機」〜弦楽合奏主体でゆったりした部分です。(1〜5小節、4/8拍子)

2.ティルという悪戯者がいました。:「ティルの動機」(6〜46小節。以下、主に6/8拍子)

3.以下、ティルがこれから繰り広げられる悪戯の限りをご覧に入れましょう。:「いたずらの動機」(46〜49小節)

4.新しいいたずらを求めて出発です:「スキッブの動機」・「いたずらの動機」(50〜110小節、ここまでソナタ形式の「呈示部」にあたる。)

5.「待っていろよ、意気地なし共め!」:「いたずらの動機」(111〜428小節間。展開部)

6.第1の悪戯は、市場に侵入、馬で女共を蹴散らし、一歩で7マイルも進める長靴を履いて逃げ去る:「いたずらの動機」・「悪意の昂揚の動機」(133〜153小節)

7.次は何にしようか・・・ネズミの巣穴に潜んで考える:「悪意の昂揚の動機」・「いたずらの動機」・「『いたずらを決めた』動機」(154〜178小節)

8.第2の悪戯は、僧侶に化けてもったいぶった口調で道徳の辻説法:「説法の動機」(179〜194小節)ここのみ2/4拍子、八分音符の呑気なテーマ。

9.道徳を説きながら、自分の先行きに不安を感じる:「恐怖感の動機」・「なんとかなるさの動機(いたずらの動機の変形)」(196〜208小節)

10.騎士に化けたティルは、美しい娘たちと挨拶を交わす:「いたずらの動機」・「ティルの動機の変形」(209〜221小節)

11.ティルは一人の娘に言い寄る:「いたずらの動機」・「困った娘の動機(グリッサンドの下降音型を含むもの)」(222〜244小節)244小節で肘鉄を食わされる。

12.肘鉄を食らわされたティルは嘆き悲しむが、「こうなったら全ての人間に復讐してやる」と心に誓う。:長調となった「困った娘の動機」でティルが笑顔で娘と別れた事を示すが、同じ動機が8小節後には激しい短調に転じ、「ティルの復讐の動機」へと変貌していく。(245〜288小節)

13.気持ちも新たに学者に交じり、とけっこのない謎を出して議論を紛糾させる:「いたずらの動機」・「ティルの動機」の変形、重みを付けた「スキップの動機」(もったいぶったティルと学者たちを暗示)、時々暗示的に「復讐の動機」が聞える。締めには昂揚した「いたずらの動機」(289〜374小節)

14.そんな自分に瞬時「これでいいのか?」と自問するものの、気を取り直して鼻歌を歌いだす。:「流行歌(鼻歌)の動機」・「不安の動機1(クラリネット)」・「不安の動機2(オーボエ、ティルの動機の変形)」・「機嫌の回復(410〜428小節)」(375〜428小節)

15.:以下、ソナタ形式の「再現部」にあたる。いまや激しい悪事を重ね、高笑いするティル。:既出の「ティルの動機」・「機嫌の回復」・「いたずらの動機」に485小節(練習番号41)から「高笑いの動機」が加わる。いたずらは「「説法の動機」の昂揚で頂点を迎える。(429〜573小節)

16.以下、コーダ。ティルはとうとう逮捕され、最初は鼻で笑っていた。:「処罰の動機(金管の和音)」。ティルは弱音の「いたずらの動機」で、ことを軽く受け止めている様子を示す。(574〜593小節)

17.絞首刑に処せられることとなり、命乞いも甲斐なく処刑が実行されて、ティルは昇天する。:「処罰の動機」・今や悲鳴に変じた「いたずらの動機」・「恐怖感の動機」・「処刑の実行(「ドン・ファン」最終部と共通する手法が610小節に見られる点、注目)」・「窒息し、息絶えるティル(615〜631小節)」(594〜631小節)

18.「昔々、こんな奴がいたんだよ」と、人々が懐かしむ。:「回想の動機」4/8拍子(632〜649小節)

19.「それにしても、痛快じゃないか!」:(650〜657小節)



2)シュトラウス没年時(1949年)の各指揮者の年齢、DVD・CDでの演奏オーケストラ、演奏年、演奏時間、系譜(R1=シュトラウス壮年期系、R2=シュトラウス晩年系、F =フルトヴェングラー系)

            作曲者没年時年齢  Orch.    演奏年 演奏時間 系
  本人(1929年演奏、65歳)      Berlin Op.  1929  14:28  R1
  本人(1944年演奏、80歳)      Wienna Ph.  1951  15:20  R2
  ウィレム・フルトヴェングラー  63歳  Berlin Ph.  1943  14:57  F(R2*)
  ウィレム・フルトヴェングラー  63歳  Berlin Ph.  1950 約15:30  F
  クレメンス・クラウス      56歳  Wienna Ph.  1951  15:06  R2
  エーリヒ・クライバー      59歳  Norddeutscen 1953  13:34  R1*
  カール・ベーム         55歳  Berlin Ph.  1963  15:12  R2
  ヘルベルト・フォン・カラヤン  41歳  Berlin Ph.  1973  15:30  F
  ルドルフ・ケンペ        39歳  Dresden st.  1975  14:40  R2(F)
  ゲオルク・ショルティ      37歳  Berlin Ph.  1996   15:11  R2(F)

  
2-2)演奏「系譜」の考察
欧州が第2次世界大戦への悲劇的な道のりを歩み始めようとしている1933年、R.シュトラウスと共にドイツの帝国音楽局の幹部を引き受けたフルトヴェングラー(シュトラウスが総裁、フルトヴェングラーが副総裁)は、解釈家としてはシュトラウスと対照的な性格を多分に持ち合わせた人でした。
幸いにして「ティル」の演奏について、作曲者シュトラウス自身の録音と一部映像、フルトヴェングラーの全曲演奏の録音と映像が残っていますので、この2人の違いが現在でも明確に分かります。二人は決して仲が悪かったわけではなく、年下のフルトヴェングラーは、彼の書簡から読み取る限り、シュトラウスに少しは敬意を払っていたようです。

さて、「ティル」の演奏における二人の関係はいかに。

スコアには曲の緩急・表情に影響を与える指示が豊富に載っています。
ところが、これらの指示の読み方が、作曲者本人とフルトヴェングラーでは大きく異なっているのです。
  
作曲者シュトラウス自身の演奏は、1929年のものも1944年のものも、スコアの指示から想像するものよりはテンポの変化が少なくアインザッツが安定しており、各楽器に指示したディナミークを遵守させていると共に、自身が後輩に示した「指揮十則」にしたがい、金管楽器はfffであっても幾分抑え目にしているのが特徴です。(29年の演奏には、それでも「アッチェランド」と楽譜に書いた部分よりも前の部分からアチェランドしたり、と、少しゆらぎがあります。)
オーケストラ全体の響きが彼の美的感覚を損なうほど破裂するのを嫌っており、音楽の流れが「スコアに書いた」以上に誇張されることも望んでいません。

対するフルトヴェングラーは、彼のベートーヴェンやブラームス演奏でもしばしば聴き取れるように、音楽の「比喩」しているものが何であるかによって、テンポもバランスも大きく変化させています。アインザッツの崩れも多少は気にしない、音楽の流れが喪失しないほうが重要だ、という方針だったとも言われています。(これは彼が演奏家・解釈家として優れていた一方、作曲家としては成功できなかったことと大きく関係しているように考えられます。フルトヴェングラーの「交響曲第2番」は、マーラー並に長いのに、曲想は古典にとどまっているため、演奏バランスの取りにくい作品です。)

この二人の、とくに1940年代から1950年代演奏様式の違いが、日本的な「流派」とまではいきませんけれど、「ティル」の演奏の基本姿勢に、以後大きな二つの流れを産んでいくことになりました。
「流派」が演奏時間だけで判定できないことは、2)に掲げた表から明らかです。
(たとえば、フルトヴェングラー1943年の演奏ととカラヤンの演奏時間を比べて下さい。)
違いは、次に列挙する、テンポ運びや楽器音量のバランスにみられます。

二人の主な相違点は、いずれも2つずつ比較した全曲演奏時間の違いにかかわらず、以下の個所で特徴的です。

・最初にホルンに出てくる「ティル」の動機(「筋書き」2のはじめ)
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜動機登場時のテンポを2回目も保つ
 フルトヴェングラー〜2回目の登場に向けてアチェランドしていく。
 
・372小節からのアチェランド(練習番号26「ティルの唄う流行歌」の前)
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜(とくに29年演奏では倍テンポの)アチェランドをしている。
 フルトヴェングラー〜表記とは逆にリテヌートしていく(カラヤンはしていない)
 
・577小節以降の「ティルの逮捕、判決」の部分
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜「威嚇的にdrohend」と記した部分のテンポをあまり遅くしない。
 また、クラリネットによるティルの「恐怖感の動機」を強調しない。
 「絞首され昇天したティル(練習番号40)」の部分は最後まで一貫したテンポで演奏している。

 フルトヴェングラー〜「威嚇的にdrohend」と記した部分のテンポをかなり遅くしている。
 また、クラリネットによるティルの「恐怖感の動機」を強調している。
 (後年のカラヤン以下の演奏に見られるほど極端ではない点は留意しておきたい。)
 「絞首され昇天したティル(練習番号40)」の部分はクラリネットの上昇音型を速く、
 その後618小節のフェルマータを受け継いだオーボエ等の下降音型をかなりリテヌートして
 Epilogの前を終わる。

 
・不特定個所ですが、金管の取り扱いにおいて
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜トランペット・トロンボーン・チューバにffと記譜していても、
 567小節からの(ティルが捕まる直前の)クライマックスまではワンランク以上小さい、
 mf程度のディナミークで吹かせている。
 他にffで吹く事を許しているのは650小節以下の最後の部分だけである。

 フルトヴェングラー〜基本的に記譜どおり、あるいは記譜よりワンランク上のディナミークで
 金管を吹かせている。
 とくにトランペット・トロンボーンはmfの個所を往々にしてfで吹かせている。
 275小節からの練習番号18番[トランペット、トロンボーン共]、
 練習番号31の486小節からのトランペット2本等々。

 
・テンポについて
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜前述の通り、一定の「区間」[ほぼ、1)の「筋書き」の区切りと一致]
 では変化が小さく、安定しています。

 フルトヴェングラー〜古典を演奏する時と同様、クレッシェンドするにつれて
 速く、ディミヌエンドにつれて遅くしていく傾向が強くみられます。

・指揮法について
 シ ュ ト ラ ウ ス 〜映像では確認出来ませんでしたが、フェルマータのあとは、
 明らかに振り直しています。
 なお、
 「R.シュトラウスはすぐれた指揮者だったが、それが確認出来る映像は残っていない」
 と、解説中で述べている人がいます。これはとんでもない間違いだと思います。
 「君は指揮の中で汗をかくべきではなく、聴衆が熱くなるべきなのだ。」
 「大事なサインはちょっと目で合図すればよろしい。」
 彼自身が立てていた「指揮十則」のこうした姿勢は、片手振りの彼の姿からでも、
 その視線の行く先、棒の合図の的確なタイミングから充分察する事が出来ます。

 フルトヴェングラー〜特に後半、フェルマータのあとは、引き続き一気に振ります。
 したがって、間が空きません。
 彼以降の指揮者たちは、フルトヴェングラーに倣っています。
 こちらの映像についても、パンフレットなどの説明に、フルトヴェングラーにしては、
 「リズムが複雑な曲のせいか、拍をしっかり、ふるえない棒で振っている」とあります。
 これも大変な誤りです。
 確認可能なフルトヴェングラーの映像の中では、「ドン・ジョバンニ」序曲なども
 ほとんど「ふるえない」棒で振っています。
 その上、こちらのティルの映像では、曲がクライマックスを迎えると、
 やはり棒はふるえています。ふるえている場所は、決して「リズムが簡単なところ」に限りません。
 書籍や「ブラームス」・「未完成」のリハーサル映像によって
 評の筆者が「固定観念」を抱いてしまい、それによって
 「ティル」の映像まで評価してしまっているものと思われます。
 こうした事は私たちに共通して頻出する問題点ですから、ぜひご用心下さい。

 
後輩の指揮者は、記憶や印象に残っている、二人のうちのいずれかを継承し、数ヶ所にあまり目立たない独自の演出を加えている程度で演奏しています。
後輩の独自演出はR.シュトラウス系でも
・冒頭6小節目からの「ティルの動機」をややアチェランドすること
・「威嚇的にdrohend」と記した部分のテンポを遅めにとること
・同じ部分のクラリネットによるティルの「恐怖感の動機」を強調すること
等フルトヴェングラー系の演出をより誇張すること等々というケースがほとんどです。
フルトヴェングラー自身、シュトラウス生前に行なっている実況録音ではシュトラウス自身の演奏を規範にしたと思われる個所も沢山あります。
後年のケンペとショルティはシュトラウス自身の演奏の記憶を前提にし、フルトヴェングラーの演奏でより効果的に感じた部分を採り入れた折衷型の演奏を、程度の差はあれ、誇大演出気味に行なっているように思います。

この点、フルトヴェングラー以外でシュトラウスと身近に接した指揮者、クラウスとベームは、シュトラウスの演奏R2スタイルにほぼ忠実に随っています。

カラヤンが、独自であるよりはフルトヴェングラー型Fにほぼ忠実に沿っている点は興味を惹きます。
演奏団体がベルリンフィルであるのはベームと共通ですが、カラヤンの方がベームに比べて団員に対し歩み寄りを行なった結果なのでしょうか。
ショルティがR2型を指向していると思われるのに(テンポ・アインザッツへのこだわりが聞えてくるような演奏なのです)、やはりフルトヴェングラー型にならざるを得なかった部分が多々あるのも、ベルリンフィルというオーケストラ自身の伝統に随うしかなかったという事情が背景にあると勘ぐらせます。ベーム以外は、「私はシュトラウスと本音で接した」と断言出来なかったであろうことが、この2つの演奏カラーに大きな影響を及ぼしていると言って良いのではないでしょうか?

例外はエーリヒ・クライバーだけです。クライバーは当時としては珍しい(そして子息によってもっと極端な形で受け継がれる)フリーな立場での演奏を好んだ人でした。また、かなり速いテンポを好んだようです(後年、子息カルロスが、「父は『英雄の生涯』を38分で演奏した』と語っています。通常45分はかかる曲ですが、カルロスは父のテンポを本番で再現しようとし、オーケストラを大混乱に陥れたとのことです。「舞台裏の神々」に載っている話です。但し、この話は誇張があるようです。シュトラウス自身、この曲を35分程度で演奏した録音を残しましたし、ケンペは約40分で「英雄の生涯」を演奏しています)。
父クライバーには、R.シュトラウス本人の演奏テンポが随分速く感じられており(シュトラウスは速いテンポが好きでした。ベートーヴェンの第九を45分で全曲演奏しきった人ですから!)、かつ彼自身の好みで、2)の表中最速のテンポを示す演奏を残すことになったのではないかと推測されます。速いという意味で仮に「R1」系としましたが、実際は独自スタイルといえるでしょう。

なお、「ティル」はトライアングルを効果的に使っている曲ですが、644小節にある最後の一打が、トライアングルにとって非常に難関です。上手く叩けているのは作曲者本人による2つの録音、ベーム盤、ケンペ盤かな、というのが私の感想です。

それにしても、作曲者自身は年齢を重ねてテンポは少し変わったものの、各個所の表現は年齢を問わず「芯」を通しています。
にもかかわらず、別の優れた解釈者が作曲者の生存中に出現し、作曲者と著しく異なるテンポ設定を行なったりしてもいる。
 一人一人自由気ままに演奏しているように思われがちな西欧音楽にも、演奏法には厳然と「伝統・流派」が存在するのです。
いくつかの「流派」が混合することで、また新たな解釈が生まれる・・・それが再び違う「流派」を生み出していく。
「流派」と言う語彙にはマイナスイメージも強いでしょうが、このように「流派」が盛衰と回生を反復している事実に、「あまりにも人間的な」文化の、本来の豊かさを感じずにはいられません。



3)作曲者の意図は? 「作品」をどう受け止め、「楽譜」をどう読むか
シュトラウスは、最初「ティル・オイレンシュピーゲル」をオペラとして企画、作曲を開始したそうです(諸伝記等に明記)。
1)で挙げた「筋書き」が恋愛沙汰を伴い、ティルの処刑という「劇的」なエンディングを迎えることからも、彼の当初の企画が伺われます。
しかし、オリジナルの「ティル」の物語は小噺の連続で、ティルの誕生から死までを「時系列」に扱ってはいるものの、決して「劇的」ではありません。
まず、
・恋愛沙汰は全く登場しないこと
・女性にからかわれた噺はあるものの、その女性は「老婆」であること
・ティルは幾度か絞首刑にあいかけるが、都度巧みに逃れ、最後は「安楽に」死ぬこと
・かつ、「糞」の出てくる噺が非常に多いこと(中世の禁忌に起因する)
・ティルは「庶民」ではなく、「非人」、流浪者として描かれており、
それゆえ中世の身分制度の急所を突いた悪戯を繰り返し得る性格を持っており、まさにこのことが人々の間で彼の物語の人気が保たれる要因になっていることといった特徴が見られます。
フンパーディンクが素材にした「ヘンゼルとグレーテル」等の一連のメルヘンオペラの題材とは似ても似つきませんし、ワーグナーの「指輪」のような壮大なスケールを持たせることも不可能な作品だったことが、シュトラウスをして「オペラ化」を諦めさせた決定的な要因になっているものと思われます。

次に、シュトラウスが取り上げた「悪戯話」には、原話からとったらしいものと、シュトラウスの創作によったオリジナルが入り組んでいます。
以下、原話のあるものは原話の番号を記します。シュトラウスの捜索したと思われる項目はオリジナルと記します。
(番号は阿部謹也訳「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」による)

・市場を(馬で)荒らし回る:「馬で」はオリジナル。49,87など。
・ネズミの巣穴に隠れる:オリジナル。「馬の腹を割いてその中に入る」
話が原話25にある。
・聖職者に化けて説法する :31。
・騎士に変装する :オリジナル。
・若い女性を口説く:オリジナル。
・女性にバカにされる :67。ただし、相手は老婆。
・世間全体への復讐を誓う :オリジナル。
・学者に化けて難解な議論をする:28。
・絞首刑にされそうになり、逃れる :25,58。
・(絞首刑に処せられる) :オリジナル
なお、原話では、ティルは
・遺産(実は小石)を残し、病死する:94
のです。最後まで残った遺産を巡って、周りの人を大騒させるほどのいたずら者でした。
ティルは実在の人物だとも、架空の人物だともされ、正体がはっきりしませんが、「ティル」遺跡はドイツの各所にのこっているとのことです。

以上から伺われるように、シュトラウスは「ティル」の劇化に彼のオリジナルの挿話を作ったり、雰囲気の統一のために話を改変するなど、相当苦心をし、筋に「まとまり」を持たせることまでは出来ました。
が、この「まとまり」は到底「オペラ化」には役不足な、せいぜいオペレッタ的なものにとどまったのです。
「ならば、それよりは自分らしさを前面に出せる交響詩にしよう」
ある時点で、彼は決心したに違いありません。
交響詩なら、すでに彼は「優れた作品を書ける」ことを世間に認知されていました。
「ティル」発表までに、彼が作曲した交響詩は「マクベス」・「ドン・ファン」・「死と変容」の3作があり、「ティル」以後には「ツァラトゥストラ書く語りき」・「ドン・キホーテ」と、文学(「ツァラトゥストラ」も哲学書であるよりは一連の逸話集という趣を持ちます)という、「器楽だけの物語」路線を歩みます。ティル以後の3曲で劇的構成の制作に自信を深めたのでしょう、最後の交響詩「英雄の生涯」では文学を離れ(1899年)、1901年の「火の欠乏」を皮切りに、創作の比重を大きく「オペラ」に置いていくこととなります。


以上のような経緯を見ていく時、「ティル」はシュトラウスにとって「劇的構成」を真に成就した最初の、記念碑的な作品だとみなすことも可能でしょう。
従って、私たち、「ティル」を享受する側は、この曲を「歌を伴わないオペラ」として理解する必要に迫られます。
(「ツァラトゥストラ」・「ドン・キホーテ」についても同様のことが言えます。)
「第三帝国のR.シュトラウス」の著者、山田由美子さんは、元来スペイン文学の研究者なのだそうですが、あるオーケストラのプログラムに「ドン・キホーテ」原典とR.シュトラウスの交響詩の関係を解説するように求められ、調べていくうちに、シュトラウスが原典を深く読み込み、作曲に際し物語を厳選して適切な音楽を付していることに気がつき、それが「第三帝国のR.シュトラウス」執筆のきっかけに繋がっていったそうです。)
「ティル」は上で見た通り、原話を参照しながらも「物語」はシュトラウスが創作したものであり、「物語」を読み取るには、シュトラウスのコメントを参考に
・スコアから各種の動機を判別し、
・動機がシュトラウスのコメントした「物語」のどの部分に
 *どんなディナミークや表情記号で
 *動機の「原形」からどのように変化して
 用いられているかを観察し、
・そのうえでシュトラウスがイメージした「物語」を再構築する
という3段階の分析を経なければなりません。
1)に記した「筋書き」に、私の読み取った「動機」を、「動機」の性格に沿って名前を付けて併記しました。仮のものではありますが、もし「ティル」をお聴きになる時に、スコアをご覧になる参考になれば幸いです。



比較素材〜「R.シュトラウス直接体験」のある指揮者の演奏ばかりを選びました。
DVD:アート・オブ・コンダクティング
      作曲者自身の演奏の一部映像(ウィーン・フィル、1944年)
   :アート・オブ・コンダクティング2
      フルトヴェングラーの全曲演奏(ベルリン・フィル、1950年)
C D:Richart Strauss CONDUCTS Ein Heldenleben (DUTTON CDBP9737 自作自演集)
     ティルの演奏は1929年録音、ベルリン国立歌劇場管弦楽団(14分28秒)
    :L'Heritage de Richart Strauss LYS LYS291(自作自演集)
      ティルの演奏は1944年録音、ウィーンフィル(15分20秒)
    :Wilhelm Furtwaengler/Berliner Philharmoniker DeutshGramophon5枚組471 294-2
     ティルの演奏は1943年録音(14分57秒)
      [フルトヴェングラーとシュトラウスの接点については後述]
    :Clemens Krauss/Viennna Philharmonic TESTAMENT SBT1185
     (1951年、15分06秒) 併集〜ドン・キホーテ、ドン・ファン
     [クラウスはシュトラウスのオペラ「平和の日」の初演者、親交も深かった]
    :GREAT CONDUCTORS OF THE 20TH CENTURY:ERIHCH KLEIBER
      (EMI & DECCA 7423 5 75115 2 0)
    ティルの演奏は1953年録音、北ドイツ放送管弦楽団(13分34秒)
     [明確な記録を見いだしていないが、接点が何度もあったはず。]
    :Karl Boehm/Berliner Philharmoniker DeutshGramophon 459 243-2
      (1963年、15分12秒) 併集〜ツァラトゥストラ、ドン・ファン
    [ベームはシュトラウスのオペラ「ダフネ」の初演者、親交も深かった]
    :Herbert von Karajan/Berliner Philharmoniker DeutshGramophon 447 441-2
     (1973年、15分30秒) 併集〜ツァラトゥストラ、ドン・ファン他
     [カラヤンは「影のない女」上演でシュトラウスに絶賛を受けた
    :Rudlf Kempe/Staatskapelle Dresden (Richart Straus Orchestral Works Disc3)
      EMI 5 73614 2(9CD Box Set) (1975年、14分40秒)
      [ケンペはゲヴァントハウス首席オーボエ奏者としてシュトラウスの指揮に何度も接した]
    :Georg Solti/Berliner Philharmoniker デッカ ベスト100 UCCD-5042
     (1996年ライヴ、15分11秒)
      併集〜ツァラトゥストラ、7つのヴェールの踊り
     [ショルティはシュトラウス家に招待され「バラの騎士」解釈について教えを受けた]
         
参考素材:スコア〜音楽之友社OGT 228 2004年 第3刷 税抜1,100円
    :阿部謹也訳「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
      岩波文庫1990年、絶版)
    :「リヒャルト・シュトラウスの『実像』」音楽之友社 税抜2,500円
      日本リヒャルト・シュトラウス協会編 2003年のうち
      「シュトラウスの音楽の調性について」W.サヴァリッシュ
      「台詞のない芝居・・・シュトラウスの交響詩をめぐって」諸井誠

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この記事へのトラックバック一覧です: 「のだめ」4,5日登場曲から~「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」:

» 管楽器のぐるぐる巻き [雑学博士になりたいっ!!,「のだめ」4]
管楽器の管はぐるぐると巻いています。実は、管が長いほど低い音が出ます。でもまっすぐの管だと取り回しが悪いので、ぐるぐる巻きになっているのです。 [続きを読む]

受信: 2008年1月 7日 (月) 00時08分

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