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2008年1月24日 (木)

曲解音楽史25:道化師(西ヨーロッパ中世の都市の音楽)

昨日一昨日、亡くなった江藤俊哉さんのことに心をとられっぱなしでしたので・・・気分転換のために、話題を変えます。「面白い」の方に目を向けましょう。文は相変わらず硬くてすみませんが、素材ははずです(押し売り!)。



いまでこそ、(少なくとも欧米や日本では)コメディアンは成功すればお金持ちの代名詞で、先日DVDでの講演を紹介した島田紳助氏なども自他ともにそう認めています。チャップリンも大金持ちでしたし、実像は知りませんが、「ミスター・ビーン」を演じるローワン氏なども、たぶんお金持ちでしょう。
ですが、映画がなければチャップリンが大金を稼げたかどうかは分かりませんし、日本の漫才師はほんの5、60年前までは落語家の前座に過ぎない地位しか与えられておらず、だいぶ苦労なさった、と伺っています。

中世の西ヨーロッパにおいても、道化師の地位は、長い間低いものでした。
彼らの呼称である「ジョングルール」は、もともとは大道芸人だそうで、残っている絵画などでも、ジャグリングをしている姿で私たちに印象付けられています。

ですが、中世西ヨーロッパの音楽の最も重要な担い手は、このジョングルールたちでした。
何故なら、彼らは時に吟遊詩人たち(トロヴァドゥール、トルヴェール、ミンネゼンガー)の下働きとして、詩人の作った歌を詩人に代わって歌いましたし、初期には教会の前でよっぽど騒がしくしていたらしくて最初は迷惑がられていたものの、ついには教会への「お客さん」の引き入れ役として歓迎されるようになり、こうした積み重ねで、徐々に高い待遇を受けるようになっていきます。

彼らは決して、ただこうした役目を荷ったから待遇を良くしていってもらったわけではありません。
それなりに、高い「文化的貢献」を成し遂げたからこそ、社会的地位も上がっていったのです。

吟遊詩人のお付きで単純に歌い手だけを務めていたのでしたら・・・別途触れることになるかとは思いますが・・・、せいぜい農場内に点在した貴族の城館で、娯楽の道具として存在し続け、いずれは世の中から消えていっていたかもしれません。

ジョングルールの逞しかったところは、その出自が、おそらくは流民だったことから来る、本来的な意味での自由な精神、それゆえの吸収力の高さ、世渡りの上手さ、といった類のことどもだったのではないでしょうか。
ジョングルールは、こうして、ただ吟遊詩人の壮大な「詩」を歌うだけでなく、そこから俗謡を生み出して流行らせただけでなく、自らが新たな「叙事詩・抒情詩」の作り手になっていきます。
ただし、俗謡を流行させるなどということは、田園地帯に留まっていては叶いません。ですから、彼らは活躍の場を都市に求めました。都市は人口も多く(小さい都市でも数千人、平均的には1万人程度、大きい都市なら十万人以上)、そこには、地位・身分にこだわらず自分達にお金を与えてくれる人も、それだけ多くいたわけですから。
かつ、彼らの生み出した「叙事詩・抒情詩」は、吟遊詩人たちがローマの流れを汲んで作ったような「くそまじめ」なものではなく、「おどけ」をはさんだものでした。しかも、教会の宣伝役もやるようになった都合からでしょうか、聖書をもじった「宗教劇」が多かったようです。
「アダムとイヴ」や「カインとアベル」を扱ったり、黙示録の内容にまで、彼らの「おどけと皮肉」は浸透していったかと思われます(残念ながら、私ごとき素人には、物語自体からではなく、当時の様子を綴った啓蒙書を通じてしか分かりませんが)。

そんななかでも、最も傑作と認められ、こんにちでも比較的容易に内容が分かり、音で聞くことができるのは、「ダニエル劇」です。

「ダニエル劇」(1140頃成立)は、旧約聖書の「ダニエル書」を典拠とし、面白おかしい演出を加えたもので、日本でも第2次大戦後、比較的早くに紹介され、皆川達雄さんの監修で上演されています。

サンプルで、この劇のクライマックスの音声を挙げておきますが・・・どうですか? 言葉がわからなくとも、ジョングルールたちが演じている様子を、観衆が腹を抱えて笑いながら見物している様子が、手に取るように伝わってきませんか?


 全曲盤:New Yorks Ensemble for Early Music, fone 016SACD

不勉強で正しいことは分かりませんが、使われている言葉は、ロマンス語化されつつあるラテン語のように聞こえます。

それはともかく、上記のように幅広く活躍したジョングルールが、後の西欧音楽のみならず、各種芸能の原型となったことは、もっと注目されるべきでしょうし、そのあたりの事情をまとめた啓蒙書なども出来てくれれば嬉しいんだがなあ、と思っている次第です。

「俗謡」は、クラシックの範疇では歌曲に、世間一般にはポピュラー音楽と呼ばれる歌一般に展開して行きました。
「宗教劇」は、そのまま演劇そのものや「オラトリオ」・「歌劇(オペラ、オペレッタ)」に繋がってミュージカルにまで至った、というばかりでなく、民俗行事としての「受難劇」としても今日引き継がれているそうで・・・民俗資料をあたっていませんので、きちんとしたことは分かりませんが、日本に喩えれば各地方に伝わる神楽の先祖、みたいな役割も果たしたのでしょう。

ジョングルールの幅広さには、ただただ驚嘆するほかはありません。

中世西ヨーロッパの音楽を荷い、とくに都市部において発展させたのは、彼らジョングルールだったのでした。


中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)


著者:J. ギース,F. ギース

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