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2008年1月22日 (火)

訃報:江藤俊哉氏~20世紀日本最大のヴァイオリニスト

私にとって大学時代の思い出が深い江藤俊哉さんが、亡くなってしまいました(近ごろでは車椅子での生活でいらしたそうです)。
・・・いや、いろいろ思い出をお持ちのかたは、たくさんいらっしゃるでしょう。
学生時代に、かなりの体調不良の中、ブラームスの協奏曲を私たちのオーケストラと共演して下さいました。(この演奏より前にベートーヴェンの協奏曲を共演したときもそうだったのですが、ブラームスのときも、ものすごく緊張なさって、演奏はぶっつけ本番で、終わった後、確か救急車で病院に運ばれました。最近、友人が私にプレゼントしてくれたばかりの、そのときの演奏の録音を、アップします。

 1982.12.11 仙台市 東北大学川内記念講堂にて
 (録音に当たっては、ソリスト用のマイクは特に用意していませんでした。)
指揮は、江藤さんの御著作にも名前が出てくる菊地俊一氏。大学オケの伴奏です。

好奇心のお強い、いつも童心を忘れないお人柄だった、との印象を持っております。
そんな印象を、前に「忘れ得ぬ音楽家」のお一人として、綴らせていただきました。・・・先日の鈴木清三さんといい、今日判明した江藤さんといい・・・寂しいです。演奏終了の拍手と一緒に、どうぞ、江藤さんの人生を拍手をもってお見送り頂ければと存じます。

ヤフーのニュースから訃報を引用しておきます。関連項目でウィキペディアに掲載のあるものへは、極力リンクを貼りました。
(以下、引用)

江藤俊哉氏死去=戦後日本を代表するバイオリニスト

1月22日14時1分配信 時事通信

 日本人音楽家として戦後初めて国際舞台で活躍し、音楽教育にも尽くしたバイオリニストの江藤俊哉(えとう・としや)氏が22日までに死去した。80歳だった。東京都出身。葬儀の日取り、喪主などは未定。
 4歳でバイオリンを始め、12歳で第8回音楽コンクール優勝・文部大臣賞、さらにNHK交響楽団と共演するなど天才ぶりを発揮。東京音楽学校(現東京芸大)卒業後、戦後初の音楽留学生として渡米し、エフレム・ジンバリストに師事した。1951年にはカーネギーホールでリサイタルを開くなど、米国を中心に演奏活動を行った。
 61年に帰国、スケールの大きさと包容力を感じさせる演奏で人気を博す一方、後進の育成にも情熱を傾け、堀米ゆず子千住真理子らを育てた。また、自らタクトも振り、オーケストラとアンサンブルにも深い理解を示した。 

1月22日12時56分配信 毎日新聞
(前半省略)
カーティス音楽学院教授を務めたあと、61年に帰国。演奏家として活動しながら、千住真理子さんや諏訪内晶子さんら後進を指導した。桐朋学園大学の学長なども務めた。
 71年、モービル音楽賞を受賞。日本芸術院会員。ヴィエニャフスキ国際バイオリン・コンクールなど、国内外のコンクール審査員にもなった。コーヒーのCMに「違いがわかる男」として出演したこともある。

1月22日12時18分配信 読売新聞
(前半省略)
61年に帰国後も活発な演奏活動を続け、華やかな技巧や豊かな音色で印象づけた。内外の国際コンクールの審査員を務める一方、桐朋学園大などで後進の育成にあたり、安永徹、諏訪内晶子さんらを育てた。97年から2004年まで桐朋学園大の学長。79年に日本芸術院賞、85年都民文化栄誉章を受けた。

朝日新聞Webに掲載された最新記事
バイオリニストで元桐朋学園大学長の江藤俊哉さん死去

戦後日本を代表するバイオリニストで、教育者として多くの演奏家を育てた元桐朋学園大学長の江藤俊哉(えとう・としや)さんが22日午前6時36分、肺炎による心不全で死去した。80歳だった。葬儀は近親者のみで行う。後日お別れの会を開く予定。

東京都出身。4歳から早期音楽教育「スズキ・メソード」で知られる故鈴木鎮一氏のもとで学び、12歳で音楽コンクール(現日本音楽コンクール)で優勝した。

東京音楽学校(現東京芸大)卒業後に渡米。カーチス音楽学校で名教育者としても知られるジンバリストに学び、24歳でニューヨークのカーネギーホールでデビュー。日本人離れした大胆な弓使いと深みのある音色で世界に認められた。

演奏活動の傍ら、桐朋学園大や上野学園大で堀米ゆず子さん、矢部達哉さん、諏訪内晶子さんらを育てた。エリザベート国際コンクールなど海外コンクールの審査員も歴任。71年にモービル音楽賞、79年に日本芸術院賞、00年に渡辺暁雄音楽賞特別賞を受賞。97年から04年まで桐朋学園大の学長を務めた。

指揮者、ビオラ奏者としても活躍。音楽家の地位向上を求める社会的発言も多かった。「違いがわかる」というインスタントコーヒーのテレビCMに出演、茶の間でも知られていた。

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コメント

はじめまして。故・江藤俊哉氏を検索していてこちらへたどり着きました。実は江藤先生には弟子として長年に渡りお世話になり、本当にいろいろなことを教えて頂きました。厳しく、暖かく、時にとても無邪気なお人柄でした。
録音を聴かせて頂きどうもありがとうございました。録音でもはっきりと伝わってくる”エトー・トーン”、感慨深いものがありました。

投稿: maiko | 2009年12月 3日 (木) 00時47分

maikoさま、ご丁寧にありがとうございました。

私は一素人としてバックで3度弾かせて頂いた、という出会いでしたが、忘れられない思い出をたくさん頂きました。
私たちの大学で奥様のアンジェラさんとモーツァルトのサンフォニー・コンセルタントを共演なさったとき、他の曲の練習ではアンジェラさんもオーケストラの一員として参加なさいました。そのとき隣にいさせて頂いたのですが、アンジェラさん、
「ゴメンなさいねー、弾けなくて、ゴメンなさいねー」
って盛んにお謝りになりながらお弾きになるのがとってもおかしくて、吹き出しそうになるのをこらえたのが忘れられません。

江藤先生は、アマチュア相手でも真剣勝負でソロを弾いて下さり、3回ご一緒したうちの2回は終演後すぐに救急車で病院に行かれたほどでした。
その真摯さが、いつも強烈に心に残っています。
それ以後、あれほど真摯だった音楽家の方には稀にしか出会うチャンスがなく(そういうかたは沢山いらっしゃるにもかかわらず、社会人のアマチュアになるとコストの関係でなかなかご一緒出来ないのですよね)、アマチュアとしては幸せな思いをさせて頂けたのだなあ、と、いま、つくづく感じております。

再度、心から御礼申し上げます。

投稿: ken | 2009年12月 3日 (木) 01時01分

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