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2007年12月10日 (月)

感じあえる?(共に聴くということ)

まず、奏でること。
ついで、音楽を「読む」こと。
※最後に、評価すること。

それらを考え直すことで、自分を慰めようとして見たのかもしれませんが、最初の二つを綴っての後味は・・・「ああ、オレってやっぱり分かってないなあ」という嘆かわしい気分の方が大きいかもしれません。「最後に」することは、「評価」ではない。発想の最初から、ストーリーを間違っていたことになります。心からお詫び申し上げまして、いちおう、今回考えた3項目を締めくくりたいと思います。



またまたヤマカズさん流の大袈裟な表現になりますが、
「愛し合える」
ということは、補いあえる、ということだったのかな、と、いまは痛感させられる日々を送っております。
家内を亡くして、結婚前に周りの人が私のことを
「だけど、あの人、面倒そうだから」
と言っていたのを一笑に付していた彼女の、私にとっての大事さが、日々、胸に突き刺さってきます。
独身時代に舞い戻ってしまって、直情径行への抑制が利かなくなっている自分に気が付き、愕然としています。


ここに悲しみを綴り続けた日々もありましたが、それで精一杯で、正直言って「悲しみ」に浸る時間はそれしか許されませんでした。今月に入るまで、子供たちのことは別にしても、これほどかかるとは思っていなかったのですが、一年間、家内の死をめぐっての事務処理や折衝に追われる日々でした。で、夜にようやくブログを綴ると、あとはポツンとした気持ちで位牌に手を合わせ、朝はまた、一応は心を新たにするつもりで位牌に手を合わせ、尊敬する人物の一人である法然という人が遺書として残した文句(意訳しますが)
「権威者が示したものでもなく、学問で得た知識からでもなく、ただバカになりきって祈りなさい」
を、朝晩欠かさず唱えるのが唯一の慰めでした。慰めの短い時間が終われば、明日のために充分眠らなければならないし、今日のために(「ウツ」で情けない状態にはありながら)立ち上がって出掛けなければなりませんでした。

事務も、供養も、あと数日で一段落します。
そうなってみると、ところが、上のたいへん素晴らしい言葉も、慰めにならなくなってきてしまいました。「信じる」心の薄さゆえ、だと思っております。・・・所詮、自分はそれだけの「コップ」なのです。

「信じる心の薄いのは、むしろよいことだ、いつか濃くなれるのだから」
法然さんは、他のところでそんな言葉も残しています。・・・ですが、それすら頼りにして良いのかどうか、今の私には、まだまだ見えません。

人と「思い」を共有する・・・ある部分は大人になって割り切って・・・という能力が、如何に自分には欠けているか、を思い知らされるばかりです。
家内が、どれだけ見事に、そんな私の欠点を補ってくれていたかを、痛いほど感じます。
・・・家内のために、私は何が出来たでしょう? 出来ていなかったとしたら、「愛し合っていた」などと言う資格は、私には無いのかもしれません。

自分が自分の欠点に直面せざるを得なくなってみて・・・仮に家内の魂が「かばってやろう」と手を出そうとしても、それは神様が、仏様が、お止めになるでしょう。
芥川の「蜘蛛の糸」を、思い浮かべて頂ければ、この辺の機微はお分かり頂けると思います。
奇しくも、女流作家ラーゲルレーブ(「ニルスの不思議な旅」の作者)が残した<キリスト伝説集>に、「蜘蛛の糸」と実によく似た物語が描かれています。聖者ペテロが、地獄の母を救おうとして、やはり1本の細い糸を垂れたのだったかな・・・その糸を見たとたん、けれど、ペテロの母は、あとから一緒によじ上って来ようとする亡者を押しのけ押しのけし、悪態をつきまくるのです。その結果どうなったか、は、「蜘蛛の糸」と全く同じです。

家内の魂に向かって、神仏はこう言っていることでしょう。
「あいつを、おまえから卒業させなければならないんだよ」



「卒業」というのは、学校で形式的に成されるものであっても、大変に貴重です。
ここ2回挙げてきた、ヴァイオリンの演奏は、それぞれの奏者にとって、「録音をし、発売する」という、卒業の一つの形態でもあります。
ですが、中には
「え? これで本当に卒業したの?」
というものもありましたし、
「いったん卒業したのにやり直してみました」
「あのー、前の方がお人としては素直かと存じますが・・・」
というのもありました。
「今時点での私はここまでです。次のステップのためにも」
・・・それが、最も良心的な演奏だった、と私は感じるのですが、どうでしょうか?


最初の件を綴った時、ヒラリー・ハーンの弾いたバッハの例を挙げました。
それが「オイストラフの音に最も近い」という綴り方もしました。
ですが、実際には、ヒラリーの演奏は23歳としての「卒業」の音であり、演奏です。
もう一度挙げます。

オイストラフ自身が同じ曲の演奏を残していまして、これが私にはたいへん衝撃的だった、ということをも、簡単に述べました。ヒラリーの音には、彼の演奏姿勢に共通する要素が豊富にあります。
ですが、作り上げた音楽は、全く違っています。ここに、それを併せて挙げてみます。

これを弾いているオイストラフは60歳です。
今の音楽観から言えば古くさい、という評価が十数年前にはされていた演奏ではありますけれど、古くさいと評価する尺度がどこにあるのか、と、私はむしろ言いたいところです。
「聴かせる」工夫に、今なお新しい感性、それを充分に実現できるだけの年輪を感じさせられます。
テンポの取り方ももちろんですが、現行出回っているこの作品の楽譜は、実際にはヒラリーの弾いているポジションでフィンガリングが(指使い)施されているのが一般的でして、前にヒラリーの演奏を挙げた時の他の2例も、ヒラリーと同じポジションで弾いています。
オイストラフの音色がヒラリーと違って聞こえる秘密は、フィンガリングの違いにもひそんでいます。彼は、音楽に陰影を・・・とくに、翳りを深めるために、たとえばわざと高いポジションを用いています。ヴァイオリンの1番細い線(E線)で弾ける音域を、2番目の線(A線)で弾くなどしているのでして、これはオイストラフの校訂譜に施された運指の通り弾いてみると、オイストラフが作り上げたのに近い効果が私のような素人でも得られることから確認出来ます(残念ながら、ここに掲げた、CD化された録音では、LPで聴くほどに明確には分かりません。音がクリアに加工された分、かえって効果が不明瞭になりました)。

いずれにせよ、20代前半の「卒業」と60歳の「卒業」を同じに捉えることはできません。

ではありますが、私たちが本当に耳を傾けるべきは、ヒラリーはヒラリーが築いた世界、オイストラフはオイストラフの達した境地、どちらをも「素晴らしい」と感じられるかどうか・・・おのれに備わった「鼓膜の感性」がいかほどのものなのか、という自己の内面なのではないでしょうか? 自己が、感性をどの程度持ち合わせているかによって、私たちは、ヒラリー・ハーンやダヴィッド・オイストラフと、初めて「共に」音楽を聴くことができる。



最後に、日本人ヴァイオリニストとして(いえ、世界中のヴァイオリニストの中で)私が最も尊敬する一人である、五嶋みどりさんの演奏で、
<エルガー「愛の挨拶」>
をお聴き下さい。

この曲は、私が家内と最後に一緒に弾いた曲です。・・・もっとも、それから2年経ちました。
町内会の文化祭に出演を頼まれて、恥じ入りながら弾きました。
家内は音楽の教師のくせにピアノは苦手で、選べるレパートリーが狭いのです。この曲は、ピアノがそう難しくありません。それでも家内は腱鞘炎を起こすほど練習して・・・でも、私にとってはアンサンブルにならない。家内の方が伴奏のはずなのですが、私が家内のピアノに合わせてメロディを弾く、という具合でした。
それでも、別に、私は家内の音楽が好きで家内と一緒になったわけではありませんでしたから、まあ、こんなもんだよな、と、それなりに仕上げてお茶を濁しました。
このときを併せて、家内と二人で演奏した機会は、全部で3回しかありません。
家内は歌は贔屓目ではなく、掛け値なく上手かったと思っていますが、こちらは僕がピアノを弾けないので、とうとう伴奏をしてやることが出来ませんでした。・・・まあ、学校の授業で、生徒さん相手に、存分に歌っていたようですから、諦めもつきました。

音楽教師の妻を持つ、アマチュアオーケストラの団員ではありましたが、家庭に音楽があったわけではありませんでした。
・・・ただ日々の生活だけがありました。
・・・それで充分でした。

だからかえって、この1曲が、寂しさと楽しさの入り交じった思い出の中で、大切に感じられます。

みどりさんの演奏は、暖かさに満ちたものです。

 伴奏:ロバート・マクドナルド 1992年演奏
 SONY SICC 340

私の側に、天使が現実の姿で接していてくれた時間は、15年に過ぎませんでした。
弱い私には、あまりに短かった。

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