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2007年12月 9日 (日)

「読めば」分かるか?(楽譜のこと)

昨日は、言ってみれば、楽器を「どう奏でるか」について考えてみました。そう言う意味では、音楽そのものに突っ込んだ話にはなっていません。・・・読み直すと、再整理も必要な気がします。
ですが、今日考えたいことの前提ではありますので、ご一読頂ければありがたく存じます。



今日も、私にとって身近な楽器であるヴァイオリンを通じて考えてみます。曲も、やはり、過去自分が悩まされたものを素材にします。


その前に。

いつも屁理屈ばかり綴っている、こういうヒネクレ人間は、およそマンガなんて読まないんだろうな、という印象をお与えになると思います。
その印象は、当たり、です。
でも、何故読まないか、という理由は、奇妙に思われるかもしれませんが、
「マンガを読む方が難しいから」
です。
活字だけ並んだ、標題の小難しい本を読むのは、専門になさっている方は必要があってのことですから、それなりの困難さを伴うはずです。その本が、本当に「価値ある」ものかどうかを見極めなければなりませんから。
ところが、私のような「アホな」一般人にとりましては、活字だけの本のほうが、惰性で読める分、マンガという、作者が違えば個性も変わるのが絵にはっきり現れるものを「読む」より、遥かにラクです。本に書いてある内容をどうイメージするかは、絵が無い以上、私の自由です。分からない個所があれば、読み飛ばしも効きます。で、百頁の本のうち1頁にでも印象深い箇所に巡り会えれば、「ああ、読んで、分かった」と言い切ってしまうことも、素人ゆえに許されます。「分かった」と思った一つの言葉さえ覚えておけば、それをもとに、私が誤解した内容を、(いつもここでやっているように)百行以上の屁理屈に仕立て上げることも、簡単に出来ます。

マンガの方が、むずかしい。

伝える道具としてのマンガは、とても優れていると思います。
今日、用事で出掛けたら、息子が本屋に行っています。
何を手にしているのかな、と思って覗いたら、
<続・ツレがウツになりまして>
というマンガでした。
家内が生前、私の「ウツ」への心配を息子にはずいぶん話していて、たぶん「おとうさんを助けてあげてね」って(ホントにそうだったかどうかは分かりませんが)言っていたせいなんでしょう、まだ家内の生前にも、息子がこの本の正編を買って帰ってきたことがありました。
「続」のほうは、ウツである夫が回復して、家庭を拠点に仕事が出来るようになった、というハッピーエンドです。息子にすれば、そこに、まだ起伏の収まりきっているとは言えない私(父)の姿を重ねあわせるのでしょう。真剣に見入ってくれていました。で、
「おとうさん、大丈夫だよ。君も姉ちゃんも応援してくれてるし。おかあさんもずっと応援してくれてるから」
安心した顔で振り返ってくれた息子に、せめて正面から笑顔を見せてやることが、この子への恩返しだと思って、そうしました。

すみません、話が逸れました。
伝えたい内容・目的が明確なマンガは、子供が小学生でも、内容が誤解なく伝わる。
でも一方で、「ウツ」である私自身には、息子が手にしていたマンガの意味するところはストレートに突き刺さってくるだけに、活字だけで書いてある「ウツ」の本よりも、むしろ入り組んだ思いを抱かせてしまう。絵がほんのりした雰囲気なところにも、作者の単なる画風ではない、「祈り」のようなものさえ感じてしまう。たくさんのことが、いっぺんに、どっと押し寄せてきて、圧迫を感じてしまうほどです。
・・・マンガの持つ「難しさ」とは、そういうものではないか、と思っております。

ついでながら、幕末期の日本人の文盲率が非常に低いことに西洋人は大変驚いたそうですが、当時の文盲率の低さに貢献したのは、「絵双紙」という、マンガのご先祖様のおかげです。
・・・ついで話は、これだけにしましょう。



楽譜というのは、読むための基本知識さえ身につければ、「活字だけの本」にもまして「読みやすい」(20世紀中盤以降となると一筋縄ではいかないものが増えるとはいえ)ものです。
約束事を覚えるのが面倒と言えば面倒ですし、いい演奏を聴けば、聴く人にとっては楽譜なるものの存在そのものが不要ですから、普通には「抽象的で難しい」というイメージの方が強いかとは思います。
このことを、裏側からご覧になってみて下さい。
・約束事さえ覚えれば、漢字や単語・熟語を知らなくても、言葉を知らなくても読める
・「抽象的」というのは、世の中の三角形を全て正三角形で描いてるのと同じ
  =つまり、いろいろな「かたち」が単純なひとつにまとめられているから、
   図柄の違いにとらわれる必要も無い
・・・という理由で、「へんな結論!」と叱られるかもしれませんが、世の中、楽譜ほど読みやすい「読み物」はないのであります。

音楽の種類によって、楽譜のルールに違いがありますので、世界の全ての楽譜(いちばんよく知られている五線譜と、雅楽の楽譜など)を同列に眺めようとするなら、やはり各国語を覚えるような努力は必要ですが・・・そういうことは無視しましょう。どんな種類の楽譜にしたって、それが読めるようになるためのルールは、数学の公式よりも少ない。まして、言葉を覚えることに比べたら、ずっと簡単です。
脱線ですが、「音譜が読めなくてもカラオケは歌える」というのも、ある意味では「カラオケのテロップ」を「メロディ」というルールと一致させるルールを身につけているから出来ることで、これも「楽譜が読める」ことの、一つの変形に過ぎません。・・・このことを語り出すと饒舌がますます止まらなくなるので、やめておきますけれど。



今日挙げるサンプルは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の第3楽章です。
スコア(楽譜)をお手持ちの方もいらっしゃるでしょうし、ヴァイオリンを弾くかたなら実際お弾きになった経験をお持ちかと存じます。
学生時代、私は偶然に、この協奏曲の、オイストラフの校訂譜を、練習場で拾いました。誰の落としたものなのか、勿体ない、と思って、聞いて回りましたが、持ち主が見つからない。で、しばらく自分で大切に持っていましたが、お粗末なことに、就職してたびたび転居するうちに(結婚前の9年間に6回は転居しました)見当たらなくしてしまい、悔しがっているところです。

モーツァルトの協奏曲の楽譜は3番以降が圧倒的に多く出回っていますが、アマチュアが最も弾きやすいと感じるのは、おそらくこの第3番でしょう。
「読みやすい」楽譜の中でも、とりわけシンプルで(それは例に掲げる音を聞いて頂ければ想像をつけて頂けるでしょう)、つい、「弾いてみよっかナ!」と誘い込まれる作品でもあり、その中でも終楽章がいちばん、楽譜の顔付き(模様)もシンプルです。

それが、弾く人によって、次の3例のように変化します。・・・実は、1例目と2例目は、同じヴァイオリニストが15歳の時に弾いたものと、42歳の時に弾いたものです。






第1例が、楽譜そのものを素直に「読んだ」、素朴な演奏だと思って下さい。
第2例になると、ところが、弾いているテンポ自体が一定でなくなるだけでなく、第1例では単純に弾かれていたメロディが、つやっぽく色付けされている。
ちなみに、この2例の奏者は、アンネ=ゾフィー・ムターです。いまや大変に色っぽい「おばさま」、いえ、「おねえさま」ですが、15歳当時は純朴なお顔のお嬢ちゃんでした。

果たして、もともとが非常にシンプルな楽譜に対して、第2例のように「色目を使って私のようなスケベオトコを誘惑する」演出を施すことが許されるのかどうか、が、今回の<悩みのタネ>です。

結論から言えば、やはり
「シンプルなものはシンプルに」
でなければ、楽譜を「正しく」読んだことにはならないだろう、と私は思っています。
・・・お聴きになってどうか、は、お任せします。ですが、第2例の、作品のシンプルさに似合わないカデンツァ(途中でソロだけが華やかに技巧を凝らしてみせるところ)の存在だけで、ムターはちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないの、と言いたい気がします。・・・ヴァイオリンはどう弾けばどう鳴るものか、を知り尽くし、それを高価な宝石の数々に変えて、ティアラやネックレス、ブレスレットに仕立て上げているのですが・・・うーん、私はやっぱり貧乏人なせいなのか、素顔の美しさを損ねてまで身を飾り、化粧する女性には抵抗を感じます。(但し、この第3楽章ではあまり極端には走っていません。本来、第1楽章で比較して頂くべきだったのですが、容量の関係で・・・すみません。ちなみに、ここでの私の見解は、ムター自身が明言しているモーツァルト観とは全く逆のものです。プレヴィンと離婚したのとは何の関係もないことだけれど・・・)

第3例も、テンポに変化があります。ですが、カデンツァでは曲本来の素朴さと釣り合わせていますし、テンポを変える部分も「ここにモーツァルトの歌の区切りがあるはずだ」という計算のもとでなされていることは理解できます。奏者がクレメル、伴奏がアーノンクール/ウィーンフィルだ、と明かしてしまえば、クラシックをお好きな方には「むべなるかな」と言って頂けるでしょう。
全集版の楽譜では、モーツァルトのスタカートを「・」と「'」に明確に区分していますが、クレメルらの演奏はそれに9割方忠実に従ってもいます。「大人の・妖艶な」ムターの方は、無視しています。これも、一つの尺度にはなろうかと思います。クレメルらの演奏が、許されるギリギリの線上にある、と、私には思えますが、いかがでしょうか?

昨日に引き続き、なかなかうまく言い尽くせず恐縮なのですが、
「楽譜を読む簡単さ」
「それ故に陥りやすい危険」
という二句をキーワードにして、何度かお聴き比べいただく時間をお取り頂ければ幸いに存じます。

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