« 今を生きる命へ(半端) | トップページ | 祈り〜美しいものとそうでないものと »

2007年12月 5日 (水)

KYオヤジ、フィドルに酔う

2日前の記事に、キンキンさんから素晴らしいコメントも頂けましたし・・・
今日は、能書きは、ヤメ。



きのう、ドラマを見ていたら、その中でさかんに「KY」って言葉が出てくる。
で、子供らに聞いた。
「KYって、なに?」
「えー、知らないの? 見てりゃ分かるでしょ!」
「わかんねーよ」
「・・・おとうさん、KY!」

朝の出がけにも、
「KYとうさん、行ってきます!」

で、職場でわけの分からんことを口走っている自分も、やっぱりその「KY」ってやつなのか。
なんだか熱っぽいみたいだから、新手の病気の名前なのか。

いつものように五百円玉一つ握って、松屋で「豚丼」を食っていたら、なんだか自分の脂身を店の人がさばいてくれて、それをお客さんが喜んで食べているような気がしてきた。で、同じものを喜んで食っている自分の、この症状が「KY」なのか?

でも、病院で治療が出来る、とは聞いたことがない。
とりあえず、これもいつものように、豚丼のおつりを握ってドトールへ行き、コーヒー飲みながら考えた。
「KYって、どこ行きゃ薬があるんだ?」
薬局にはなさそうである。

とりあえず、銀行へ行く、と言い訳の用事を作って、駅の方へ行ってみた。
駅の方へ行けば何かわかるかな。駅で分からなければ、電車に乗ってどこかへ行ってみれば分かるかな。

そうしたら、駅前に、フィドル(バイオリン、なのだが、クラシックじゃなければフィドルと呼ぶ)とアコースティックギターと電子ドラムの3人バンドがいた。
フィドル弾きとギター弾きは外人さんで、顔つきが似ているから、兄弟なのだろう。
ドラムは20歳になったかならないかの日本人の女の子だった。

上手かった。

お客も周りにいなかったし、最初は、一人で食い入るようにバンドの3人に見入り、聞き入っていた。
坊主頭のフィドル弾きは、太くてごつい指をしているのに、腕の位置をぴったり動かさないまんま、千変万化のアイリッシュなメロディを繊細に奏でる。それに合わせるドラムは、実に威勢がいい。髭面のポニーテールのギターは、そんな二人に静かに寄り添っている。

上手かった。

気が付いたら、後ろに黒山の人だかりが出来ていた。

手作りのCDを売っていた。思わず1枚、買ってしまった。

演奏が終わって、人がいなくなってから、フィドルの彼氏と少し喋った。
「あなたの左手は、見事だなあ。どっかで勉強したんですか?」
「いえ、自分で」
「歌も歌ってらしたけど、Traditional Song?」
「そう」
「いつもこのへんでやってるんですね」
「ハイな。また聞き来てクダサイ」
「仕事サボって、来るね」

熱が下がった気がしたけれど、事務所に戻ってもなんだか「KY」。
フィドルの見事さに酔ったのか? それともこれは風邪の一種か? あるいはハシカかなんかか?
周りの人にウツしてはいけませんな。
仕方ないから、仕事の区切りのいいところで早退。
風邪薬を買って帰ったら、娘が夕食の準備を終わらせてくれていた。
食卓に乗っていたのは、またしても豚肉。
・・・ああ、KY。なんなんなんなんだ!!

風邪薬飲んで、寝ます。
明日はガス屋さんが点検に来るし、そのあと娘の進路面談だし。
その場で「KY」でいるわけには、さすがに行かないでしょうから。

何綴ってるんだか、自分自身にKY。

早めですがおやすみなさい。

読んで下さった方も、何も気にせず、心配せず、ゆっくり寝て下さい。
今日、忘れたいことがあったんだったら、忘れてしまいなされ。

買ったCDを聞いてみたら、今日の演奏とはなんだか違っていたけれど、いちばん雰囲気の近かったものをアップしておきます。


※色の違うとこをクリックして聞いて下さいまし。

※(中年以上の方への註:「KY」=「空気読めねー」です。「危険予知」ではございません。)

|

« 今を生きる命へ(半端) | トップページ | 祈り〜美しいものとそうでないものと »

コメント

危險豫知活動に關係あるのかなあ・・・
さう思つて讀みすすんでいつたら、最後で納得。
「空氣讀めよ!」といひたくなること、ありますね。
さうか「KY」といふのか・・・
またひとつ賢くなりました。

投稿: 仙丈 | 2007年12月 6日 (木) 11時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/9265285

この記事へのトラックバック一覧です: KYオヤジ、フィドルに酔う:

« 今を生きる命へ(半端) | トップページ | 祈り〜美しいものとそうでないものと »