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2007年11月30日 (金)

表(あらわ)す

モーツァルトになかなか進まなくて、すみません。ですが、も少し考えた上ででないと、まだ「モーツァルトが私に何を教えようとしてくれているのか」に答えが出せません。
そのかわり、最後に、少しは誰でも知っている小さなメロディをアップします。ご容赦下さい。



長くなります。


今日、初めて「カウンセリング」を受けました。

実は、学生時代に専攻したことの関係で、私自身がカウンセラーをすることが出来ます。で、職場がイヤでたまらなかった時、家内が学校カウンセラーの口を見つけてきてくれたことがありました。
「でも、これってろくでもない仕事だよ」
家内が言うので、どうして、と尋ねたら、
「ろくでもない相談ばっかり受けて、あんたの性格だとストレスたまって、もたないよ」

・・・その「ろくでもない」相談相手として、私は生まれて初めて、カウンセラーの先生の元に出掛けたのでした。
「鬱病」は薬で治るものですが、「気うつ」は薬では治りません。よく一緒くたに見られがちなのですが、「気うつ」そのものは、必ずしも「鬱病」の現れではありません。
自分について言うなら、「鬱病」の方は、いろんなかたのおかげで順調に回復に向かっています。
ですが、回復に向かって初めて、それでも消えない、様々な「喪失感・不信感・不安感」には、鬱病治療だけでは太刀打ちできないことを悟りました。それで、1ヶ月前、意を決して、職場のかたを通じて予約をお願いしました。
「家事で食う時間を許してくれる、理解ある職場の皆さん」への負い目もありますし、自分が暗くしていることが子供たちの自立心の成長を妨げることにならないか、と危うくも思い、自分の資格は脇において、謙虚に受けてみよう、と思い立ったのでした。

1ヶ月間、
「その時が来たら、何を喋れば良いのか」
考え続けました。が、一向にまとまりませんでした。
いざその場に向かってみたら・・・大変に良い先生で、(話した中身は省きますが)これまで抱いてきた<悲しみ>を、素直にまとめて話すことが出来ました。
終わった時には安堵のあまり、事務所に戻ったとたん、腰が抜けたようになりました。昼休みを挟んでも回復せず、席に戻ってもダメで、会社の保健室に当たるところで1時間ほど寝かせてもらいました。・・・情けなや。



以下は、今日のカウンセリングでは話さなかったことです。
話したあとで、考え続け、電車に乗ってもメモを取ったりしていたことです。

「表す」ということには、一見しただけでは、二つはレベルがあるのではないかと思います。
(いま、ビジネス的な「表現・伝達」については、度外視しましょう。)
ひとつめの、日常の何気ない会話は、気楽でいいかもしれません。
ですけれど、ふたつめの、人に何とか伝えたい気持ちがあるとき、特別な場を設けてまとめてそれを話す・綴るということには、非常な緊張が伴います。かつ、後者のたちの悪さは、
「どうか、いい反応が返ってきますように」
そんな期待がつきまとってしまうため、結果が一方通行だったら、本来不必要であるはずの失望を伴うことがしばしばあるところにあります。

今でも根っ子はそうなのですが、私は家内と出会うまでは「人に気持ちを伝える」のがかなりヘタで、どうしても緊張からしばしば自らを「失望」に追い込むのが得意技でした。それが少しは解消できるようになったのは、家内のおかげでした。会ったその時にはもう見かけがしっかり者だった家内にも、本当は繊細なところもずいぶんあったし、新婚当時はとくに、家内を宥める方が多くて、
「ああ、オレ、結婚相手を間違ったかなー」
とガックリきた時期もあります。
ですが、それは他様には見せない、私にだけ見せてくれた繊細さなのだ、ということを、とあるきっかけで知って以来、彼女が見せてくれる「弱さ」には応えてあげられるように、と、心がけられるようになりました。ですから、家内が「弱さ」を見せてくれているあいだ、私はなんとか踏ん張って生きることができるようになりましたし、「人に自分の考えを、思いを伝えること」も少しは上手くなれたかな、と、密かに自負する機会も増えていきました。

そうなってみて初めて知ったことは、

「日常のさりげない会話でも、お互いにとってはどんな宝石よりも奇麗な結晶なんだな」

ということでした。
帰宅すれば、家内は私がその日の愚痴を話し出そうかと口を開きかけると、先にどんどん、家内自身にその日あったことを、寝る前までずーっと並べ立てる。結局、私は愚痴を喋れずじまいで寝ることになる。子供が喋り出すようになると、今度は3人同時に話し出して・・・聖徳太子じゃないんだから分かるわけが無いのに、誰か一人分でも話を聞き逃しただけで、今度は3人から一斉に叱られるのです。
「あんたは人の話を聞いていない!」
で、私は毎日うんざり・・・したかというと、その逆でした。その日貯めて帰ったはずの鬱憤が、家族の中の、外から見たら実にくだらない、つまらない会話の中で、いつの間にか清められて消えてしまう。仕事も好調でした。

そんな家内が、私から見ても「強気」に転じたのは、子供がある程度大きくなって、その年齢なりの病気や怪我をするようになってからでした。私の帰りが遅かった時期だったこともあって、その時々に応じて、素早く夜間医療センターを見つけては、私が慌てて家に着いた頃にはもう出掛けていて、特に私に連絡をくれるわけでもなく、自分でどんどん処理を進める。
「母は強し」
そう思って、あきれて眺めていましたけれど、あとで思い返すと、家内の抱えている「心の問題」が、私には見えなくなっていた。
それでも、
「ウチのカアチャン、強いなあ」
勘違いしたまま過ごすうちに、こんどは・・・結局、自分は愚痴を話さない習慣が身に付いてしまいましたので・・・自分の精神にツケが回ってきて、それまで「気うつ」の自覚も無かったのに、結果的に「鬱病」などというものにかかってしまったのでした。それがまた、おそらくは家内の負担になる、という悪循環を生んでしまった。
私たち夫婦は、「信じあっている」ことを一度も疑いませんでしたから、いちばん肝心のときに、いちばん大切なことを共有し得ず、家内は自分の「強さ」に、私は自分の「弱さ」に、それぞれ打ち負かされてしまったのだろう、と、今にして痛いほど思います。

家内の死ぬ1ヶ月と少し前からは、さすがに変な感じがしましたので、
「お前、今日は食事の用意なんかもう考えるな、外食にしよう」
週に2回か3回は無理にでもそうしましたし、病院行きも数回勧めたこともありました。が、気づくのが遅すぎた。家内は仕事を優先し続けました。
「今日は仕事を休め」
と言っても、言うことを聞く家内ではなくなっていました。
「暮れで、みんなが頑張っているから」
自分は休むわけにはいかない、と、仕事に励み続けました。
いま、ここに綴れるのは、ここまでですけれど、これが、私の一生の悔いの一つです。ただし、家内が仕事を頑張り続けたことは、一方で、私の誇りでもあります。矛盾するようですが、どちらも本当の気持ちです。



日常の、気軽で楽しい結晶を得られなくなった代わりに、家内の死の3ヶ月後から、レクイエムを作ってやろう、と企画しかけました。
もともと、よっぽどその気にならなければ、才能があるわけでもありませんから、私は創作はしません。すればしたで、専門家でもありませんから、そんなに理屈っぽいものは作らないのですけれど、自信のあるものほど、仲間に弾いてもらおうと思ってみると、「弾けない」。
「kenちゃん、臨時記号が多すぎるし、フシが独特だから、追いつけないよ」
とくる。じゃあ、弾けそうなものにしよう、とすると、私には旋律作りの才能が無いので、つまらなくなる。で、結局、やめていました。
でも、家内のためには、作ってやりたかった。生きている間には、何も作ってやったことが無いから。

ところが、人が一人死ぬということは思いがけずたくさんの後処理をもたらしますので、残念ながら、作ることに打ち込む時間も持てなければ、やっとノートを開いたかと思うとショックなトラブルが起こったりもして、結局、最初のセクションの下書きをしたところで終わってしまいました。



主にネットを通じて、その後、「うつ」で悩む方達との出会いもあったりし、
「レクイエムは、途中で終わるべくして終わったのかな」
との観を、今は強くしております。いま、あらためて続きを考えてみても、この間も試みましたが、もう、浮かばないのです。
それよりは、どうせなら、凡才なりに、むしろ「生きているいのちのために創作が出来ないか」と、ちらと思うようになりました。
とはいえ、たくさんするつもりはありませんし、人様にお聴かせできるような出来にもならないので、
「僕が生きさせてもらえている」
ことへの感謝が出来るとき、あるいは、「うつ」仲間に少しでも和んでもらいたいと願うときに限って、ときには小さいものを作ってみようか、と思っているだけではあります。
で、作ってみた「子守唄」は、大失敗作でありました。ごめんなさい。
クリスマスまでに、賛美歌を使った変奏曲でも仕立ててみます。
もう少し、「音のひとつひとつに家のような奥行きを」与えられるように。
そうしているうちにまた、このあいだ思いがけずも頂けたような、「言葉」の末尾に綴りましたような、日常のさりげない言葉の結晶の中に、また自分が戻って行ける日が、遠からず来るだろう、そう信じていこう、と思っております。


ヘタクソな創作を再開して感じたのは、腕の無い私のような者でも、やはり、「作る」・「綴る」という行為の中には、時計では計れない「時間」を必死で込めようとすることが出来るのだな、という、ある意味での発見でした。
「子守唄」にわざわざリンクを貼って、また聴いて頂く愚は避けますが、あのつたない旋律も、最初はもう少し違うかたちで考えてメモしたものでした。実際に和音を鳴らしてみたら、そのかたちではどうしてもしっくりいかないので、思い切って単純にしました。2日間(正しくはトータルで3時間)しかかけていないから、なおさらヘタクソなんだろう、と思われるかもしれませんが、失敗の大きな原因は、「和声」にこだわったところ、また、他の時とは違って、実際に楽器で音を鳴らして確かめないまま(創作の時には私は最初に荒いペン書きをして頭の中で和音や動きをつけて、それをたどたどしく弾いては一応響きを確かめます)、パソコンに直打ちしたところにあります。
ですので、クリスマスの変奏曲は、やはり、作ることにかけられる時間はさほどないとは思いますが、ちゃんとスケッチした上で作ってみます。アップした日には、どうぞ、けなしてやって下さい。


何を綴ってるんだか分からない文になってしまい、恐縮です。
・・・自己満足のため、になってしまったかな?
・・・でも、これで、懸案のモーツァルトに取り組めるかな?

音楽は、どんなに素晴らしい作品でも、作っただけで完成、ではなくて、演奏されることで初めて「出来上がる」ものです。
かつ、クラシックの場合には(クラシックファンでない方からは奇妙に見えるでしょうけれど)、同じ作品を違った演奏家がどう弾くのか、で、完成のかたちが多様になるところに、大きな魅力があり、また裏を返せば大きな失望も生みやすい落とし穴があります。

ここに、ある有名なメロディ(かなり前に「みんなの歌」で歌詞付きで歌われたこともあります)の演奏を3例、リンクしておきます。
楽譜は同じなのに、3つとも「出来上がりが違う」ところに、どうか静かに目をつぶって聞き入って頂ければ幸いです。
それぞれに対する私なりの評価もありますし、お聴きになっての評価もあるかと思いますが、敢てそれは述べずにおきましょう。・・・ただし、いずれは演奏というものへの「評価」の問題についても、多分、同じような例を挙げながらお話させて頂くことになると思っております。



いかがですか?



曲は、ヴィヴァルディの「四季」から、<冬>の第2楽章です。
イタリアの冬は、私の里の東北とは違って、雪ではなく、冷たい雨が降ります。でも、冬は冬、寒さは寒さです。
このメロディは、外の大雨のせいで強まったそんな寒さを、人が部屋の中でいろりを囲んで暖まってしのいでいる、安息のひとときを表したものです。

1例目の演奏者は、イ・ムジチ(1969年のもの)、ソリストはロベルト・ミケルッチという人。
2例目はアンネ・ゾフィー・ムターという有名な女流ヴァイオリニストのソロ。1999年録音。
3例目は、東洋系の代表として、チョン・キョンファ(女性)のものを選びました。2000年録音。

今ではこれらよりもまた違うニュアンスの演奏もあるのですが、今回はこの3つをお比べ下さい。
それぞれの演奏者の、「表す」ことに賭ける心の質の違い、深さの違いを、どのようにお感じになるか、ご感想をお聞かせ頂ければ幸いです。

今週最長、だったでしょうか?
お読み下さって、ありがとうございました。

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コメント

じつに面白い聽き較べを經驗させて貰ひました。
ありがたうございます。
なんとも對照的な演奏ですね。
樣式感といふものを、とりあへず脇に置いておくとしても、ムターとチョンの演奏の間には數萬光年の彼方の距離がありますね。
ムターの演奏を聽いて、耳を疑ふほど驚いたのは、その妖艷さ。
ヴィヴァルディがこんな色つぽい音樂になるとは知りませんでした。
かたやチョンの演奏は、これは何と云ふのか、まるで即物的な印象。
颯爽としたといふ形容すら超越して、どう?こんなもんぢやない?といふチョンの聲が聞こえてくるやうな氣さへしました。
ミケルッチのは私が聽いた「四季」の最初の演奏だつたかもしれません。
懷かしい演奏でした。
同じ曲がかくまで違ふ演奏になるといふのが音樂の面白いところかもしれませんね。


投稿: 仙丈 | 2007年12月 2日 (日) 00時54分

仙丈さん、いつもありがとうございます!

いやあ、このトシまで「仕事一筋」だった仙丈さんや私(!)のようなオトコが、多分素直に「惑わされる」だろうなあ、という、予想通りの見事に素直ななご感想で・・・(お願い。皮肉だと思って読まないで下さいね!)

自分はヘタクソなりに彼・彼女たちと同じ楽器を弾く人間ですので、その分だけは、どうしてもひとひねりして聴くことになります。すると、「どう弾かねばならないか」ということをも、必然として考えながら聴く義務を感じつつ鼓膜を広げなければなりません。
このメロディに関して言えば、「寒さに震えていた人が、いまは囲炉裏で和んでいる」わけでして(ヴィヴァルディ自身がそういう詞章を付しているのですよね)、演奏者の表現がそれに即しているかどうか、を第一に考える必要に迫られます。
ですので、いくら日頃もてなくて辛い思いをしているところにセクシイな女性が優しく抱きしめてくれたから、といって、そのことに舞い上がってしまっては「失格」の烙印を押されてしまうのです・・・悲しいなあ (T_T)

が、自分の、ではなく、娘に聞かせて無理やり言わせた評価が、簡単明瞭でよろしいかと思いますので、それを参考までに並べておきます。

第1例:これがいちばん聴きやすい。落ち着いてあったまってる感じ。
第2例:これじゃあ、あったまってる方じゃなくって、囲炉裏の火の方だよ!
第3例:この人、「寒い」ってことをよく知ってるんだね。だから、あったかさを楽しんでる

・・・いかがでしょう?
・・・ああ、私は囲炉裏の火に抱きしめられてやけどしたいんだけどなあ!


投稿: ken | 2007年12月 2日 (日) 10時48分

なるほど!
私もミケルッチの演奏が一番穩やかで好きです。
でも、ムターのエロい演奏も捨て難い(笑)
チョンのは、なにか彈き飛ばしてゐるやうな感じがして好きになれません。
暖爐よりも、戸外から暖かい部屋を目指して急いでゐるかのやうに聞こえました。

投稿: 仙丈 | 2007年12月 2日 (日) 21時59分

「感じ方」の難しいところですね。
チョン・キョン・ファは、ずっとわかいころの「バリバリ弾き」のイメージがつきまとって、実は私としても好みの演奏家ではありませんでした。
ですが、この「四季」は・・・「冬」のなかのほんの一部しか聴いて頂けなかったのでお伝えしきれず残念なのですが・・・全体を通して聴くと、そんな彼女のイメージを一新する暖かい音がするので、正直言ってずいぶん考え直させられました。
ムターについては、「エロい」という受け止め方は適切でして(!)・・・まさにそれ故の問題を抱えていると思っておりますが、それは「四季」よりもモーツァルトの演奏において(これはたいへん良く売れましたけれど)、あるいはベートーヴェンの演奏において、もっとはっきりと浮き出てきます。
ただ、選曲が難しいので、あらためて触れることになるかと思います。
重ね重ね、ありがとうございました!

投稿: ken | 2007年12月 2日 (日) 23時02分

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