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2007年11月21日 (水)

娘の作文、娘の夢

弟の密告で、姉の作文が今年度の市の文集に載っていることが判明。
えらいぞ、息子よ!

で、娘には内緒で、その作文を掲載させて頂きます。
娘と面識のある方は・・・「ブログに載ってる!」とは、くれぐれも密告なさらないで下さい。

家内の生前に書いたもので、娘は私には見せてくれませんでしたが、こっそり盗み見した記憶があります。内容は、もう2年前のものです。


<夢>

 私の夢は、プロのトロンボーン奏者になることだ。
 トロンボーンと出会ったのは、中学1年生のときである。私は、音楽の教師をしていた母への憧れから、吹奏楽部に入った。いろいろな楽器の体験をした後、希望調査が行なわれた。第1希望はユーフォニアムだった。トロンボーンは、将来続けるのなら、クラシックにもジャズにも入れる、という母の勧めで第2希望に入れていた。そして、楽器発表のときがきた。緊張しながら、自分の名前が呼ばれるのを待つ。
「トロンボーン、Hさん。」
あんなにやりたかった、ユーフォニアムではない。少しがっかりしたが、第二希望の楽器であったということで、頑張ってみることにした。
 スライドで音程を調節するのは、考えていたよりも難しかった。やってみるまでは、スライドに何か印でもあるのかと思っていたが、実際は感覚等でポジションを覚えなければならず、苦労した。
 それでも、何とか演奏できるようになってきた頃、管楽器ソロコンテストがあるという知らせがきた。「これは勉強になりそうだ。」と思い、参加することにした。しかし、どのような曲をやればいいのかがわからなかった。
 何を演奏しようか迷っていたある日、父が一枚のCDを買ってきた。クリスチャン・リンドベルイというトロンボニストのCDだった。最初はその人のすばらしさがなかなかわからなかったが、二回、三回と聞くうちに、
「トロンボーンでもこんなにやさしい音が出せるのか。」
と、感動した。
曲は、そのCDの中にあった「愛の挨拶」に決めた。
 それからは、必死で練習をした。トロンボーンの先生や、部活の顧問の先生に、何回も聴いていただき、上手く出来ないところを直していった。伴奏者とも、ぎりぎりまで合わせる練習をした。
 そして本番。ステージに立った瞬間、体が動かなくなってしまった。しかし、不思議なことに、演奏が始まると、とても楽しい気分になれた。今までで一番良い演奏が出来た。このソロコンテストがきっかけで、トロンボニストになりたいと思うようになった。
 私の次の目標は、トロンボーンだけのソロコンテストで一位になることだ。そのために、もう一度、基礎から見直していきたい。
 これからも、小さな目標を一つ一つ達成していき、夢に少しずつ近づいていこうと思う。


ここで触れられているソロコンテストは、地域の小さなコンテストではありますが、生きている家内に見せられなかったのが惜しかったものの、1年後(3月)、娘は作文の中の「小さな目標」の最初である「一位」を、何とか獲得できました。前前日に伴奏予定者がインフルエンザに倒れ、本人も病み上がりの中、ピアノでお世話になっている音楽教室の先生が臨時に伴奏を引き受けてくれての出場でした。

次の「小さな目標」は、専門の道に進むための学校に入れることですが・・・どうなることか。
(ちなみに、母は音楽担当の教員、父はアマチュアでオーケストラをやっていますが、子供が音楽の道に進むことを望んだこともなければ、本人の希望があるまで専門の先生につけたこともありません。)

人生、夢があれば、それを達成するコースはいくつでもあるはずです。
娘の奮闘を信じて行きたいと思っております。

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