« 「オルフェオ」は死んだのか? | トップページ | 波と光と色と音と »

2007年11月17日 (土)

笑えた「火事」〜6年前の記録から

昨晩、睡魔に勝てず、10時には布団に倒れ臥しました。
で、2時半頃目が覚めて、なんとはなしに、昔綴った文章を眺めていました。
そしたら、家族で面白いことがあった時に綴ったなかから、こんな文章を見つけました。


火事(2001年6月22日)

 今晩、家の近所で火事があった。
 夜8時40分ごろ帰宅し、晩飯を食っていたら、サイレンが二重三重けたたましく家の前の道に押し寄せて、駆け去った。
 僕が飯を食っている脇で、宿題の「学校新聞」に絵を描いていた娘が、サイレンを聞いたとたん、まるでテーブルに付いた透明なバネにでも弾かれるように、ベランダの方へふっ飛んで行った。
 我が家は中古マンションの7階、目の前は空き地で、見晴らしがいい。天気が良ければ、夜は東京タワーや新宿高層ビル街の明かりが見える。今晩はあいにく、どんより曇っていて、遠くはモヤに霞んでいたが、1キロ先の国道周りのネオンを眺めるぶんには、こんな天気でも一向に支障はない。その、ちょうど1キロも先ほどのところに煙が上がっているのを、ベランダに出た娘がすぐに見つけて、大声を出した。
「ほら、あそこ、すごい煙だよ」
 なになに、と、女房もベランダへ駆け出して行った。
「あらら、ほんと、真っ黒、すごい」
 すごい、という言葉の連発に刺激されたのか、それまで恐竜画集に夢中だった息子も、ベランダに突進して行った。
「ホントダ、スゴイナー」
 舌足らずに、息子も叫んだ。本当に分かっているのか分かっていないのか。
 僕もベランダへ出た。ベランダからまっすぐむこうのところに、黒煙が大型の竜巻のように渦を巻いて、東風に煽られているのが見えた。
「これは随分大きな火事みたいだな。」
「ほら、下の方、火が見えるよ」
 女房が言うので、目を凝らしたが、はじめ僕には分からなかった。が、眺めているうちに、火がだんだん燃え広がったのだろう、めらめら大きくなって行く舌のような炎が、はっきりと見えて来た。
「焼肉屋さんのネオンの裏だな。焼肉屋さんが燃えてるのかなあ。」
「ちがうな、もっと裏の方みたい。」
 女房は部屋に戻って、近所の地図を開いた。
「焼肉屋さんのうらのほうに、化学工場とか倉庫とかがあるな。そこじゃないかな。」
「それじゃ、大きな火事になっちゃうかな。延焼しちゃうかな」
息子は、焼肉屋、という言葉だけが印象に強いらしく、煙を眺めて、
「焼肉屋さん、火事だねえ」
と、何度も繰り返す。
「焼肉屋さんじゃないってば」
と、娘が息子を怒鳴る。
「ふーん。・・・だけど、焼肉屋さん、火事なんだよねえ」
「だから、焼肉屋さんじゃないんだってば」
「火事だねえ、焼肉屋さん」
 まあ、距離があるのであまり心配はしていなかったものの、一抹の不安感は残っていた。
 そのうちにも、他に何台もの消防車が出動して行くらしいサイレンの音が、夜空いっぱいに反響していた。救急車も1台、脇の道をすり抜けて行くのが見えた。
「怪我とかしたりした人も居るのかなあ」
と、娘が、別にどうでもいいような平べったい調子で言った。
 息子は息子で、
「たいへんだねえ。事件だねえ」
と、さも嬉しそうに繰り返している。
 うーん、事件、ねぇ・・・
 我が家が騒いでいるうちに、右隣のTさんの家族も、ベランダに出て来たようだ。
 しばらく、うちと同じような会話をしているのが聞こえたが、そのうち、Tさんちのベランダで、白い光が2、3度瞬いた。
「あれ、今の光は何だ」
と娘が聞く。
「写真撮ったんだよ」
「写真なんか撮ってる場合かあ」
娘が大声で言うものだから、Tさんに聞こえてしまったかも知れない。
 僕は僕で、望遠鏡をベランダに持ち出した。
 しばらく使っていなかったので、どう頑張っても、なかなかピントがあわせられない。やっとピントが合った頃には、鎮火し始めたようで、煙の下のほうは白くなってきていた。
「ほら、のぞいてみな」
 娘にのぞかせた。
「なんだ、逆さまじゃん」
「天体望遠鏡だからな。」
 それでも、遠目にはおさまったように見えていた火が、まだしぶとく燃えていて、火の粉がちかちかと明滅するのが、レンズの中で手に取れるようだった。
火は、消防車のサイレンを最初に聞いてから15分ほどした頃には、おおかた消えたようだ。しかし、残りの白煙がすっかり見えなくなるまでには、1時間はかかったと思う。
 あとで風呂に入ってからも、息子は、洗い場でしつこく、
「きょう、事件だったねえ。事件だなあ」
と繰り返した。
「あした、幼稚園でミキ先生にお話すればいいんじゃない」
と、一緒に風呂に入っていた娘が、息子をあおるように、言った。
「事件だもんねえ」
 息子が、分かったような相槌を打っている。
娘も、
「『となりの人が火事の写真を撮ってた』って、学校でみんなに話そうかなあ」
「事件だねえ。焼肉屋さん、火事だったもんねえ」
「だから、焼肉屋さんじゃないっつーの」
 風呂で子供二人はカラカラ笑った。
 火事が近所だったら、こいつら、こう呑気では居られなかったろうに。
 かくいう自分も、
「この程度の火事じゃあ、ニュースにはならないかな」
と、テレビのチャンネルをしつこく変えながら、この火事がちっともブラウン管にうつらないことに、実はがっかりしていたのであるが。
 風呂上がりの後、子供らは、なかなか眠らなかった。笑い声が急に寝息にかわったので、ふと時計を見ると、まもなく夜中の12時だった。



この「火事」のころはまだ空き地だった我が家の前も、今はすっかり家が建てこみました。

|

« 「オルフェオ」は死んだのか? | トップページ | 波と光と色と音と »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/8956531

この記事へのトラックバック一覧です: 笑えた「火事」〜6年前の記録から:

« 「オルフェオ」は死んだのか? | トップページ | 波と光と色と音と »