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2007年11月28日 (水)

言葉

材料が揃えきれなかったので(モーツァルトのK.262にたどり着くはずでしたが、読みを終えられませんでした。急遽、別の音ネタ【タイミングの比較〜演奏上のコミュニケーション】も考えたのですが、分かりやすい比較材料を並べられませんので、半端に綴るよりはやめた方が良いとの判断に至りました)、2日連続、音楽ネタでなくてすみません。


こんなブログなんぞで饒舌を繰り返す私が良い例ですが、饒舌は「言葉」、とくに言って下さった方の、その裏側にある優しい心、を信ずることの薄さから生まれてくるのではないかな、と、ま、そんなお話です。(これを音ネタでやりたかった! 無関係ではないのです。)

ですので、趣旨に沿うよう、なるべく饒舌にならないようにします。


多少、いや、多々、抽象的になります。

綴り言葉が饒舌な人間というのは、得てして(仮に外見が口八丁でも)、いちばん大切に思っていることを伝えたい時に、それを口にするのが苦手で、なんとか上手い「安直な代替手段」は無いものか、と、つまらん悩みを抱えるものです。
で、その安直な代替手段を受け止めて下さる方が、幸運にも(これもまた見かけでは分からないものでして)心の奥深いところに、真珠のように素直な光沢を供えていたりしたら・・・
返して下さった言葉に、ただこちらも素直に「ありがとう」を感じるだけで幸福です。

いろんな場面で、私は「代替手段」に失敗し、人間関係が崩壊してしまったことも、ままあります。
ですから、他山の石として頂きたいのは、愛する人同士(あ、ヤマカズさん並にキザかな?)、素直な言葉で、素直にキャッチボールなされるのでしたら、読んで下さるあなたは、是非そうして下さい。
お互いが「お互いに対して」素直でなければ、結局は通じ合わないかもしれません。
でも、その時真剣だったのなら、間違いなく自分が素直であったこと、と同時に、相手もその人自身には素直だったのだ、ということを、是非、心に刻んで下さい。しかも、「言葉」そのものの意味よりも大切なものが、そこにこもっていることを、是非、感じあっていきませんか?


「初めに言葉(ロゴス)ありき」
ヨハネの福音書はそのように始まりますが、たとえ私がキリスト教徒であったとしても(遺憾ながら違うのですが)、これは正しいとは、私は思っておりません。

人として、それ以前に、いのちを持ったものとして生きている私たちに、はじめに生まれてくるものは、「光」なのではないか、と、思っております。

娘も息子も、ある年齢までは、生まれてくる時の記憶がありまして、子供たちが言葉を滞らず喋れるようになったばかりの頃を見計らって、
「どんなだったの?」
そんな質問を、それぞれにしました。
2人とも、同じ答えが返ってきました。
「あのね、小さいけどまぶしい光が見えたの。」

光・・・地球人にとってはとくに、太陽は、心をひろびろと照らしてくれます。
ですが、砂漠を想像すれば分かる通り、これだけでは足りません。
水の潤いがあって初めて、草木が豊かな緑を生い茂らせます。胎内の赤子なら、羊水がその子を守ってくれます。

まだ家内の生前でしたが、3日間まとめて休みが取れたものの、家内の方は休めないというので、仕方なくひとりで、湘南の端っこの、小さな丘に登った夏がありました。
猛暑の日で、海辺の丘とはいえ、昇り切った時には、全身汗まみれで疲労困憊でした。
木の少ない丘で、やっと、頂上近くに一本だけ生えた松を見つけて、その下まで這って行き、タオルで体を拭って、ペットボトルの水を一気に飲み干しました。
あのときほど、ささやかな木漏れ日の下であっても、豊かで涼しい潤いを感じたことはありませんでした。

あとで、撮って来た写真を見せながら家内にその話をしましたけれど・・・言葉では、どうも伝わらなかったようで、
「ホントに物好きなんだから」
と叱られました。
「脱水症状で倒れてたら大変だったじゃないの!」
って。

でも、あの涼しさを、家内にほんとうに伝えたかったなあ、と思っています。
そうしたら、そのあとの家内の「気の持ちよう」も、少しはリラックスしたものでいられたんじゃないかなあ、って、思います。
・・・後の祭り、というやつです。
とはいえ、もう心配はいらないでしょう。夢に出てくるたび、彼女は明るいところで、私の知らないお友達とテーブルを囲んで談笑していますから。・・・で、私は隅っこの薄暗いところで放っておかれるんですけれどね。


こないだ嬉しかったこと。
数日前に、ちょっと失礼なことをしてしまった相手の方が、私の失礼にも関わらず、しかも、他のことに気を取られていて、その人が脇を通り過ぎるのに気づかずにいた私に、精一杯な声で
「おつかれさまです!」
と声をかけてくれたこと。

それで全てが(では言い過ぎですけれど)許された、と・・・「許してあげますよ」という言葉そのものではなかったにもかかわらず・・・そう悟らせてくれた、あの精一杯な声は、言葉そのものを超えて、私を潤してくれました。

感謝しています。


あ、やっぱり、饒舌になってしまいました。

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