« 「自分」という壁、「ジャンル」という柵 | トップページ | なみだ »

2007年11月26日 (月)

忘れ得ぬ音楽家:6)山田 一雄

最初に・・・私的なことながら。
家内の11ヶ月目の月忌です。
お引っ越しなさったばかりでお忙しいのに、とくに家内関係の事務処理をたいへんご支援下さった方が、わざわざお花をお持ち下さいました。また、今の住まいでずっと懇意にして下さっているクリーニング店のおじさんがお線香を上げて下さいました。心から御礼申し上げます。
ちなみに、クリーニングやのおじさんも、3年前に奥さんを亡くされたばかりで、笑い話で
「残されて、いつまでも泣いてるのはダンナの方みたいね。」
「女の人はドライだからね。」
・・・ホントに、そう思います。
(歌舞伎舞踊に「保名(やすな)」というのがあって、恋人に死なれた男性が狂気に陥る、というものですが、こういう演目は珍しい。踊りや劇の世界で、恋に苦しむのは女性なんですよね。・・・でも、現実は、オトコの方が弱いようですね。極端な話、ストーカー事件を起こす犯人が女性である率が極めて低い・・・おそらく男の方が9割9分犯人でしょう? あ、変な方へ話が逸れました。昨日、ちょっと空き時間が出来て、私はつい、持っていた「保名」のDVDに見入ってしまいましたものですから。)

我が家は、3人暮らしのペースもごく普通になり、子供たちが家事を分担してくれ、私の服薬量も、やっと減り始めました・・・もっとも、今日はちょっと元に戻りました。3連休がずっと、娘の学校見学でしたので、娘に比べて体力不足な私には、 すこし堪えたようであります。夜、ちょっとしたことで短気を起こして、「あ、いつものだ」と思って、慌てて薬を飲みました。これでおさまるんだから変な話でもあり・・・なさけなや、でもあります。

晩飯は
「おとうさんが作ると不味い」
と不評ではありますが、月曜日は娘は習い事ですので、私が作るしかありません。かえって来た娘には悪態をつかれます。
「やっぱり、不味い!」
・・・救いが欲しい。。。(T_T)

すみません、長話しました。


こちらの記事にちょっとフルトヴェングラーCD体験をつづりましたら、コメントを頂けました。
拝読して思い出した、何人かの指揮者がいます。
そのなかで、自分が直接接したことのあるかたについて、ご紹介しておきます。


・・・と言っても、標題で名前を出しただけで、
「あ、この人知ってる!」
ってかたが(年齢層はどこまで広がるか分かりませんけれど)多いに違いありません。

山田一雄さん。通称、「ヤマカズ」さん。

そのたくさんのエピソードについては、いまさら綴るのもヤボでしょう。今でも、日本のクラシック関係の書籍には、頻繁にお顔を出されています。
・・・でも、亡くなってから、もう16年経つのですね。

私が中学生の頃は、とある出版社で出していたクラシックの雑誌(学校を通して購入するものでした)には、必ず17センチ盤のLPが付録についていました。
最近は音楽雑誌にCDやDVDが付いているのが当たり前のようになりましたけれど、当時(1970年代前半)としては、画期的なものだったはずです。ちなみに、その頃私はロックの雑誌も読んだりしていましたけれど、こちらは付いているのはギターのタブ譜ばかりで、レコードが付いたことは、ついぞありませんでした。

この、付録のLPには、当時の日本で最も活躍していた人たちによるクラシック音楽の演奏が収録されていました。
記憶に残っているところでは(間違いもあるかもしれません)、
・豊田耕児ソロ「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲」(東京交響楽団、名演でした)
・朝比奈隆とどこかのオケによるベートーヴェンの「運命」全曲
・近衛秀麿指揮のベートーヴェン「第九」の終楽章(表裏ひっくり返して聴かなければなりませんでした)
・秋山和慶指揮・日フィルによるチャイコフスキー「くるみ割り人形」
などなど。

そうした中で、際立って面白かったのが、「ヤマカズさん」指揮の次の2つでした。
・「モルダウ」
・ブリテン「青少年のための管弦楽入門」

後者では、ヴィオラの部分にヤマカズさんの「唸り声」まで入っていました。かつ、雑誌本文の解説のオマケにヤマカズさん自身の言い訳があって、
「指揮者は唸るくらいでしか演奏に参加できない、寂しい仕事です」
みたいな意味のことを述べていらしたので、思わず吹き出してしまったものでした。

このヤマカズさんに、まさか、後年、学生オケで指揮して頂けるとは、想像もしていませんでした。

私の入った大学のオーケストラへ、ちょくちょく客演して下さっていたのです。
もちろん、いらっしゃるときは、ビップ待遇でした。

伝説もありました。
私が大学に入る少し前はミニスカートブームだったのですが、その頃客演なさったときには、団員の中に美人チェリストがいて、それも必ず最前列で弾いていたのだそうです。
ヤマカズさんは・・・練習中、しょっちゅう彼女の前に指揮棒を落としては、それを拾いに行くときに彼女を下から見上げるようにした、とか。

「下品なオジサン」

なのか、と思うと、実際練習するときには、言葉遣いは妙に丁寧で、
「あらまあ、どうしてそのようにお吹きなさるの?」
という具合でした。

「キザなオッサン」

なのかなあ、と思いました。

ビップ待遇の指揮者がいらしたときには、学生オケでは昼食をご一緒できるメンツはリーダークラスやOBに限られていて、ヤマカズさんのときも例外ではありませんでした。
・・・私は、当時、平団員でした(今は永久平社員ですが、関係ありません)。

ところが、ヤマカズさん、何をお思いになったのか、ある日、平団員だけを呼び集めて、喫茶店へ連れて行ってくれたのです。
そこで彼の口から出た言葉。

「オレたちゃしがない楽隊屋だがな、君らは立派な総合大学に入ったんだ、いろんなことを、しっかり勉強しなきゃいけねえよ」

うまく表せないのがもどかしいほど、見事な巻き舌べらんめえの江戸弁だったのが、いまでも強烈に胸に刻み込まれています。・・・そのくせ、ちっとも勉強しませんでしたが。

彼が亡くなったあとの何年か前、書店で山田一雄自伝「一音百態」を見つけまして、なつかしくて手にとりましたら、そこでの口ぶりがまた、インテリっぽい、礼儀正しい言葉遣い。なおかつ、内容は破れた初恋の話とか、やたらとセンチメンタルなものなので、

「やっぱりキザなジイサンだったのかなあ・・・」

首を傾げてしまいました。

「日本のカラヤン」と呼ばれていましたが、本人はそんな呼ばれ方をどう思っていらしたんでしょうね。
当時よく読まれたご著書の「指揮法」には、どんな拍子も(斉藤秀雄方式とは違って)流麗な図形がかかれていて、それだけ見れば、なるほどカラヤン的なのかな、と想像してしまいます。
が、実際の指揮ぶりは、カラヤンには程遠いものでした。
およそ、「拍」というものは振りません。この点ではフルトヴェングラーと「方針」は近い。
でも、フルトヴェングラーともまた、振り方が違っていました。
だいたい、肘を直角に曲げたまま、直線的に・・・見方によってはロボットのように・・・カクカク、と振る。
音楽がクライマックスに達するほど、小柄なその前進に渾身の力をこめて、しかし、それを(最近の指揮者が良くやるようには)最後に大きく腕を広げて爆発させる、などということは、まったくなさいませんでした。
ブラームスの第3の終楽章は、静かに音楽が消えていくのですが、ここでは棒をまったく止めてしまうので、オーケストラは自分たちの判断でその先の作りこみをしなければならなかった。

いやあ、たいへんでした。

でも、分かりにくい棒だったか、というと、その逆でした。

音楽の持つ力を、「引き出す」と言うよりは、「より内側に溜め込ませていく」、そういうタイプの音楽家だった気がします。

晩年には團伊玖磨の交響曲全集のうちの1、2番を、ウィーン交響楽団と録音しています。
チャンスがあればご一聴下さい。(残念ながら、今は中古でも品切れですが。)

|

« 「自分」という壁、「ジャンル」という柵 | トップページ | なみだ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/9125892

この記事へのトラックバック一覧です: 忘れ得ぬ音楽家:6)山田 一雄:

» おいしいコーヒーだけを販売する。本気のコーヒー専門サイト。キングブレンド巧 [【笑顔コーヒー専門店】キングブレンド巧(たくみ)]
なにこれ?!おいしいっ!と、うなるコーヒーを宅配。 [続きを読む]

受信: 2007年11月26日 (月) 22時06分

« 「自分」という壁、「ジャンル」という柵 | トップページ | なみだ »