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2007年11月15日 (木)

「オルフェオ」は死んだのか?

(昨日、「北とぴあ」での「オルフェオ」の印象をつづりました(本日と17日に上演)。その関連で、2年前にメーリングリストに記載した、「オルフェオ」を巡る文章を再掲します【一部修正】。かなりの長文ですが、お読み頂ければ幸いです。)


矢代秋雄、という作曲家をご存知でしょうか?
大学時代の同級生に、彼の甥がいました。
「知ってるか?」
と聞かれたとき、私はうかつにも、知りませんでした。
それからちょっと興味がでて、本屋を覗いたら、矢代秋雄の著作がありました。
とても学生が買える値段ではなく、内容も難しかったので、購入を諦め、関心はそこで止まってしまいました。
・・・今思うと、甥っ子の同級生に、もっといろいろ話を聞いておくべきだった。
音楽をやっているのに、当時の私は無知といえばあまりに無知でした。

黛敏郎と共にフランスへ留学した彼は、衒学的な学業に嫌気がさした黛とは対照的に、かの地できっちりと、和声や対位法の伝統を学びました。そのためでしょうか、彼の作品は、野心的であると同時に、折り目正しさも兼ね併せた香りを、きらきらと放ちます。
パーティで会った中村紘子の陽気さが気に入り、作曲中だったピアノ協奏曲を数年後彼女に初演させたのですが、弾いた彼女の方は練習に四苦八苦し、初演時は手が絆創膏だらけで、テレビではとても手元のアップが映せる状態ではなかった、とは、この協奏曲のポケットスコアの前書きに記されているエピソードです。
矢代唯一のピアノ協奏曲は、なかなかの優れ物だと思います。もっと海外に紹介されてもいいし、演奏会で採り上げられてもいい。濃淡のくっきりしたピアノソロで聴きたい曲ですが、そこまでの録音が出ていないのが寂しいかぎりです。

矢代秋雄は、1976年4月、46歳で急逝しました。
彼の残したエッセイ集があり、入手したかったのですが、見つけたとき主目的としていた本を買うと財布のお金が足りなくなるので、とりあえず断念し、一部を立ち読みしました。
エッセイの中で、彼は
「オルフェオの死」
という標題の文章を載せていました(書籍の題名でもあります)。
どういうことだ、と思って頁をめくると、次のような意味のことが綴られていました。

「音楽は、神の如き、すなわち、琴を奏でれば獣も引き寄せたというオルフェオの響きのごとき呪縛や祝福の力を、もはや失ってしまった。」

悲痛ですが、矢代が高く評価していたブーレーズも「オペラの死」ということを盛んに語っていましたし、その影響もあったのかも知れません。しかしながら、どうしてここまで切ない言葉を吐いたのか、真実はもう知りようがありません。
先のピアノ協奏曲の完成は1967年。それからなお9年間、彼は生きていたのですが、矢代の実質上の主要作は、このピアノ協奏曲が最後です。
彼の中で、彼の肉体に先立って、本当にオルフェオは死んでしまっていたのでしょうか?


ギリシャ神話中の「オルフェウスとエウリディケー」の物語を、ご存知でない方はいらっしゃらないでしょう。

アポロンの子で音楽の聖オルフェウス(オルフェオ)は、新妻エウリディケー(エウリディーチェ)が毒蛇に噛まれて死んだため、自分は生きたままで冥府に赴き、地獄の大神ハデスとその妻ペルセポネを竪琴の調べと哀切に満ちた歌で口説き落とし、エウリディケーの奪還に成功します。ところが、後をついて来る新妻の霊を冥府を出るまで振り返って見てはならない、というハデスの言い付けを守りきれず、途中でエウリディケーを見てしまったために、結局彼女を現世に連れ戻すことに失敗します。絶望に打ちひしがれたオルフェウスは、バッコスの信女達に言い寄られますが、無視しました。信女たちは怒ってオルフェウスを八つ裂きにして殺してしまいます。その死を悲しんだアポロンの請願で、ゼウスはオルフェオの竪琴を星にしました。これが今、私たちの知っている星座のひとつ、日本では七夕で馴染み深い織女星(ベガ)を1等星に持つ「こと座」となったのです。

・・・だいたい、こんな話です。

この物語の原初をたどることは出来ませんでした。はじめて体系立てられた「ギリシャ神話」はヘシオドスの手になる「神統記」という、個人に帰せられる叙事詩でしたし、国家的事業として編纂された神話集などというものは、ギリシャにはそもそも存在しませんでした。したがって、神話各々の物語が何らかの宗教行事に由来するのか、娯楽的説話に源を持つのかは、民族学者や歴史学者でも容易に結論付けられません。ただし、オルフェウスの物語は宗教起因らしいことは、後述するような事情から伺われます。

ところで、国家事業として、歴史の起源としての「神話」をまとめたのは奈良期の日本くらいでしょう。中国でも「史記」以前にそうした試みがあったようですが目にしていませんし、いずれにせよ日本ほど「神話」に重きをおいているわけではありません。ロシアに至っては、キリスト教の浸透とともに、それまではおそらくアイヌのように口伝されていたであろう「神話」は民話の中へと雲散霧消してしまいました。北欧も、ワーグナーの「指輪四部作」の元となった叙事詩は様々あるものの、決して体系付けられた神話ではありません。西アジアの神話に至っては、聖書に吸収され、キリスト教が他の宗教を滅ぼしてしまったあとには、19世紀の楔形文字解読までその独自の神話は忘れられてしまったままでした。

西欧諸国では、やはりキリスト教化後、旧教の神々は或いは「天使」に変貌、或いは聖人として「人間化」し、あるいは「悪魔」や「魔女」へと墜落していきました。
そうした中を、ラテン語で書かれた文献だけが、キリスト教に関係ないものまでも生き残っていきます。
キリスト教会(カトリック)は、既に滅び去った西ローマを「神聖ローマ帝国」という名目で存続させることにより、古代ローマ・コンスタンチヌス帝時代に勝ち得た「公認宗教」の権威を保つ必要がありました。その権威で自分達も生存可能となっていたため、ローマの文芸的伝統は聖書と共に絶対に失ってはならない貴重な財産だったのです。
(余談ですが、東方教会には15世紀まで東ローマ帝国のバックアップがありました。東ローマ崩壊後は、18世紀にピヨートル大帝が意識的に教会と分離を謀るまで、ロシア皇帝が「第3のローマ」の権威者を自任し、東方教会の保護にあたりました。ロシア革命は東方教会にはマイナスに作用し、騒ぎを避けて亡命した教団・信者は未だに辺地で信仰活動を続けています。いっぽう、神聖ローマ皇帝位は結構早く名目だけのものになってしまったようですが、完全な消失は20世紀初頭、ハプスブルク帝国断絶の際のことです。)

ギリシャ・ローマ神話をまとめた著作として、中世期によく読まれたのは、1世紀の詩人オイディウスが紀元8年にラテン語で書いた「変身物語」(岩波文庫に翻訳収録)だったそうです。多くの中世ヨーロッパ人は、この書を通じ、ギリシャ神話とキリスト教を融合させていったのかも知れません。

音楽の面では、「聖歌」の世界とは別に、中世には活き活きとした世俗の歌も発達していたはずですし、十字軍の遠征が盛んになった12世紀以後は、騎士身分だった吟遊詩人の作品に限られるとはいうものの、そうした音楽の楽譜も残り始めます。なおかつ、器楽の楽譜も現れだします。
(ついでながら、吟遊詩人の作品は、宗教音楽に先立ち、早くから作者の個人名が明らかになっている点、騎士の活動が日本の武士のそれとあまり変わらなかった・・・すなわち、個人名において賞を受けなければ生きていけなかった事情を示しており、活躍時期も日本の平安後期から鎌倉期とダブっているのが面白く感じられます。)

極めつけは「典礼劇」と呼ばれる音楽劇が公衆の前で演じられるようになったことで、旧約・新約両聖書に題材を持ったものに限られるとはいえ、バロック初期に確立するオペラやオラトリオの原型が、これによって芽生えました。
(音源例:「ダニエル劇」=付録=参照)

「典礼劇」は「聖歌」とは異なり、庶民に分かりやすくするため、旋律やリズムも俗謡を取り入れ、器楽の伴奏まで付けたものでした。
当初は聖書の物語を普及させる目的で作られましたが、次第次第に目的の枠が外れ、ギリシャ神話やキリスト教以外の歴史物語などを筋立てとする亜流が発生しだします。それらはのちに「田園劇」等、典礼劇以外のジャンルとして括られるようになりました。
この中に、1480年頃作の「オルフェオ寓話劇」も含まれています。

もはや、あとは1世紀のちにオペラが誕生するのを待つだけでした。


以上のような前史を経て、1598年、イタリアで初めてのオペラと言われている「ダフネ」が上演されました。この「ダフネ」の楽譜は残っていません。
続いて1600年に上演されたペーリ・カッチーニ合作の「エウリディーチェ」が、今でも音符を見ることの出来る最古のオペラとされています。

さらに、最初の傑作オペラと認められているモンテヴェルディの「オルフェオ」が、1607年に上演され、当時としては異例なことに、まもなく(1609年)総譜も出版されます。百年後になってもなお上演されたことが確認できる、評判の高い作品でした。

それからだいぶ時間が経ち、マンネリ化したオペラ界に革新をもたらす、という意気込みで1762年にグルックが発表した作品がまた、「オルフェオとエウリディーチェ」でした。こちらも随分と人気を博したようです。

楽譜の残る最古のオペラは、ペーリらの「エウリディーチェ」。
最初の傑作オペラとされているのは、モンテヴェルディの「オルフェオ」。
オペラ改革に大きな足跡を残したのは、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」。

時代の転機となったオペラは、なぜ、「オルフェオ」に関わる物語だったのでしょう?
それが必然だったとしたら、なぜ「オルフェオ」でなければならなかったのでしょう?

明確な理由は、事実のみを綴った歴史上の記録には何も見いだすことができません。
そのとき、オルフェオは生きていたのでしょうか?死者として奉られたのでしょうか?
それとも、死者の中から復活を遂げ、人々の前に姿を現わしたのでしょうか?

復活したオルフェオのその後は、どういう運命をたどっているのでしょうか?


オルフェオそのものの話に入る前に、中世によく読まれた神話集「変身物語」の、オペラへの影響度を見ておきます。
書籍「オペラの誕生」(東京書籍、現在は講談社学術文庫に収録)は、完全網羅ではありませんが、1800年ごろまでの作品のリストを掲載していますので、それを参考に割合を出してみました。
19世紀までの傾向はこれでおおよそ掴めると思います。

リスト掲載作品数:436
うちギリシャ神話・叙事詩題材のもの:100作品(約4分の1)
上項で「変身物語」中に共通話が有るもの:59作品(全体の14%、神話劇の60%)

多少の数え違いがあるかもしれませんが、こんな具合です。
現存作品で見る限り、4分の3は歴史劇や笑劇、ゴシップ劇の類いでした。
時期別の区分は面倒なのでやっていませんが、次のようなことはいえます。
オペラは当初限られた人々を集め非公開で上演されていました。
それが1640年ごろになると、イタリアの街に次々と劇場が出来、一般公開で上演されるようになります。
それ以後、ギリシャ神話題材のオペラは、ほぼ平均して4分の1という割合を保って創作されていたようです。

そのかたわら、「変身物語」全15巻163話中採り上げられている題材は22話(約14%)に過ぎないことには着目しておかなければなりません。ギリシャ語原典およびその翻訳が既に普及していたためかと思われます。
それでも、「変身物語」の影響下にあった神話劇の割合が6割あることは、オイディウスのこの著作がバロック以前までどれだけ知れ渡っていたかを示して余りあると言えるでしょう。
ただし、22話(物語自体は複数の節にまたがっており、もう少し多めに数えるべきだったとはいえ)しか取り上げられていないのは、劇化されるだけの魅力に満ちた物語が世の中にはいかに少ないか(それは現代にも言えることでしょう)をあらわしてもいるに違いありません。
さらに、22話の採り上げられ方にも差があり、1人の作曲家のみがオペラ化したものが8話、2人~3人がオペラ化しているものが8話、これだけで16話を占めています。

例外的に8人がオペラ化している神話が、2つだけあります。
ひとつは、「ダフネ」。アポロンに追いかけられたニンフが逃げるうちに月桂樹に変わってしまった、という、月桂冠の由来話です。記録に残る最初のオペラの題材になっているもので、興味深くはありますが、考察はまたの機会に譲りましょう。
もう一つが(「オペラの誕生」でリストに載せられていない1作を含む)、「オルフェウス」の物語です。
「ダフネ」と並び、「オルフェウス」が一番人気だったわけです。

次いで数の多いオデュッセウス関連の物語は5作と差が開きますし、その上、題材としてはむしろホメロス系の資料によっていると思われますので、実質上「変身物語」の影響はもっと少ないと見なければならないでしょう。


ギリシャ神話だけで全オペラ作品の2割5分を占めたのは、ある意味では驚異的だったかも知れません。しかも、ギリシャ・ローマの叙事詩を題材にとったものも含めれば、
近世西欧にとって異教世界だった古代南欧を背景に持つオペラの割合はさらに高まるのです。西欧人は、キリスト教徒の顔をしながら、観劇にでかける最低でも4回に1回は、異教の世界に身を委ねていたことになります。

18世紀末のフランス革命を発端に拡がった市民革命運動が、しかし、オペラ世界の曼荼羅を書き換えてしまいました。
ベルリオーズの長大な「トロイアの人々」をほぼ最後に、古代ギリシャ・ローマに舞台を求めるオペラは急速に姿を消していきます。一覧できる作品表を入手できなかったので、確言までは憚られますが、試しにマイヤーベア、ドニゼッティ、ヴェルディといった大物作家の作品表を一瞥しても、こうした状況はひと目で納得して頂けるでしょう。
19世紀から20世紀に作られた最大の神話劇はワーグナーの「指輪四部作」ですが、これとて素材は北欧神話であり、もうギリシャの神々の出番はありません。なおかつ、ニーチェが「ツァラトゥストラ」で
<神は死んだ>
と宣言して以後、ギリシャ神話が神話そのものとして歌劇に登場した例があるとは、私は寡聞にして知りません。R.シュトラウスの「アリアドネ」にしても、劇中劇として計画されたもので、登場するアリアドネもバッコスも、もはや神話世界の住人ではなく、俳優が演じる役柄に過ぎないのです。・・・
一方で、メシアンから現代作曲家ペルトに至るまで、キリスト教的宗教音楽は作り続けられています。
<神は>全て<死んだ>のではなかったのでしょうか?

とにかく、少なくとも、ギリシャ神話の神々は、ヨーロッパ人が近代的自由を獲得した途端、姿を消してしまったのです。・・・ゼウスは、アフロディテは、バッカスは、死んでしまったのでしょうか? そうだとしたら・・・例外的に時々音楽作品に顔を顕すアポロンやミューズたちは、かろうじて生き続けているようですが、何が神々の生死を分けたのでしょうか?


あらためてオルフェオを追跡し、その行方を確認することで、答を探してみましょう。
17世紀から二百年の長きにわたって一番人気だった彼は、その二百年をどう過ごし、今はどこにいるのでしょうか?

一番人気時代にオルフェオが採り上げられたオペラは、先述のように8つはあります。
それぞれの作品の作曲年と上演形態を、まず眺めることから始めましょう。
()内にアルファベットを入れたのは、あとで筋書きを比較するときに使う作曲者名の略号です。()を付けていないものは、その際はとりあげません。

 作曲者/標題、作曲または初演年、 上演形態の順です。
       
・ペーリ/カッチーニ 「エウリディーチェ」:1600年~非公開(フランス国王アンリ4世とメディチ家のマリアの結婚祝)

・モンテヴェルディ(Mo) 「オルフェオ」:1607年~当初非公開(会員制のアカデミアにて上演)

・ランディ(La) 「オルフェオの死」:1619年~非公開? ローマ?

・ロッシ、ルイージ 「オルフェオ(悲喜劇)」:1647年~非公開(パリ王宮)

・シャルパンティエ(CH) 「オルフェオ冥界への下向」:1687年~当初非公開(前身作は室内歌劇)王宮にて。未完の可能性あり

・テレマン 「オルフェオ 驚くほどの愛の堅固さ」:1726年~公開(ハンブルク ゲンゼマルクト劇場)

・グルック(G) 「オルフェオとエウリディーチェ」:1762年~公開(ウィーン、ブルク劇場)

・ハイドン、ヨーゼフ(Hy)「哲学者の魂 オルフェオとエウリディーチェ」:1791年~劇場と興業主の対立で上演されず(20世紀に復活)

平均でおよそ20年に一度主役に祭り上げられていたオルフェオですが、19世紀になると、突然オペラから姿を消します。
かろうじて彼の登場する作品を探しました。もっとあるのかも知れませんが、私が発見できたのは2作のみ。
まずは大オペラ作曲家ロッシーニが、なんと、オペラではなく小規模なカンタータに、オルフェオを登場させています。
もう1作はリストの交響詩「オルフェオ」。
舞台の袖にかろうじて小さく顔を出していたオルフェオが、再び主役に躍り出るのは、ミヨー(Ml)の3分たらずのオペラ「オルフェの不幸」(1926年初演)と、ストラヴィンスキーの3場だけのバレエ音楽「オルフェウス」(1948初演)。
以後、現代作曲家もあたって見ていますが、彼は私にとって再び行方不明のままです。
(捜索願を出しています。見かけたかたはお知らせ下さい。切にお願い致します!)


さて、次にこれらの作品のストーリーを比較してみましょう。
一番人気だった栄光の過去を持つせいか、神話の骨組みに対し、各人各様の色づけがさ
れていて、一筋縄では行きません。
ストーリーの概要を列挙、その部分を各作品が取り上げていれば丸印をつけて、違い具合を一目でご覧頂けるようにします。ストーリー概要の()で括った部分は、神話の骨組みに各台本作者が付加した要素です。
    作曲者        Mo  La  CH  G   Hy  Ml 

なんとかまとめて24項目、そのうち神話の骨組通りのエピソードは11項目だけです。
それぞれの台本が、それらに対し如何に癖の強いものであるかは、各列の○の位置で充分推測できることと思いますが、いかがですか?

ミヨーはあとまわしにして、ハイドンまでを比較してみると(神話骨組項数/全体項数)
・神話に最も忠実度が高いのはモンテヴェルディ(6/7)。本来の台本はオルフェオが八つ裂きの死を迎えることになっていたそうですし、アポロンに天上へ連れていかれるのは星座神話としては正当な結末でもあり、実質100%神話に沿っていると言えます。
・シャルパンティエは6/6ですが、途中で話が終わっており、未完との推定もあります。
・次いで、グルック(7/9)。率に変えればモンテヴェルディより高いのですが、エウリディケーが生還するハッピーエンドが忠実度のポイントを下げるでしょう。(なお、とりあげなかった別の作曲家達の3作は、ハッピーエンド型です。)
・ランディ、ハイドンの作品は、それぞれに特殊です。ランディもハイドンも、まずオルフェオを八つ裂きの死に追いやっています。この点は神話通りです。
しかし、ランディの作品の本質は、オルフェオの死後にある点、他のどれにも勝って独自の世界観を打ち出しています。死による安息、それも地獄も煉獄もない単一の冥界で全てを忘れることによって得られる異教的な安息をもって劇をしめくくった台本作者はランディ自身だったのではないかとも考えられており、ちょうどこの頃ガリレイが「天文対話」で天動説的世界観を徹底的に打ち砕いたことの影響も、この作品の個性的な死生観に反映されているような感じを受けます。なによりも、半神半人的キャラクターを有していたはずのオルフェオは、ストーリー上ではそうした性質は保持していることにはなっているものの、冥界での彼の振る舞いは、もはや人間そのものです。
ハイドン作品の台本は、神話通りオルフェオの死をもって結末を迎える点ではランディほどの独自性はありませんが、前半部、エウリディケーが死を迎える複線作りに力を入れている点に、バロックからの決別が示されてると見てよいかと思われます。
そもそも、「オルフェオ」ものは「変身物語」記載の恋愛面を強調するという歪曲を経て成り立っている、ギリシャ本来のものに比べ過多に叙情的な脚色を加えられた神話群のひとつです。本来のギリシャ神話には、アポロドーロスの記述によると5人のエウリディケーが現れますが、その中には同一女性が重複しているかも知れません。
しかしながら、オルフェウスの妻とされるエウリディケーだけは、その出自(親や出身地)が記載されていないのです。
ハイドンの台本作者は、複数のエウリディケーの伝承を承知していたのかも知れません。ただし、台本内で設定している彼女の両親名は、いずれも神話には全く登場しないものです。かつ、エウリディケーの死の原因に合理性を持たせようという台本作者の発想は、ランディの頃に芽生えながらもなかなか浸透しなかった合理主義的発想が18世紀末には定着したことを私たちに見せてくれているとも考えられます。・・・この点では、グルックの「愛の勝利」的結末も、同様な発想の元に創作されたと見なすべきでしょう。道徳的な筋が通る行為は勝利をもたらす、との発想は、モンテスキューやヴォルテール、ルソーによって芽を出し始め、1780年代にはカントによって大成されることになります。


では、「合理主義」の浸透にせっかく乗り遅れず生き残ってきたオルフェオは、ハイドンの作品での「死」を最後に、どうして死んでしまったのでしょう?・・・あるいは、姿を消したのでしょう?

それは「合理主義」の初期には開明的だった君主達が、「合理主義」によって発展した社会革命運動で窮地に立たされ、結局は反動的抑圧政治を行なうようになったことと大いに関係しているのでは、といったあたりに原因があるのではないかと思われます。
「死者をよみがえらせる力」を持つオルフェウス、その他、その神意によっては人々の自由を君主の権威より上に立たせることを辞さないオリュンポスの神々は、唯一神しか認めないキリスト教に比べる権力者達には邪魔で仕方のない存在に転じてしまったのではないでしょうか。・・・そして、邪魔者は消された・・・
(発想がとび過ぎていやしませんか? 綴っていながら心配ですけれど。一応、こういう結論にしておきましょう。)


後述する、とはじめのほうで言っておきながら、
「オルフェオ神話は宗教的な起源を持つ」
ことについて、ずっと説明をしていませんでした。

ルネサンス前期の思想家に、フィチーノという人物がいました。
敬虔なカトリック者でありながら、この人物は、オルフェオにかなり傾倒していたことで、研究者の間では知られています(D.P.ウォーカー「ルネサンスの魔術思想」=付録=参照)。

カトリックの偉大な教父アウグスチヌスが口を酸っぱく「占星術にとらわれてはいけない」と強調していたにもかかわらず、フィチーノやこの頃の聖職者は占星術を信奉していました。これは教父たちの説いた道徳律とは別に、神学者達がプラトンの宇宙観を通じて「宇宙~惑星の配置の数的調和」に魅せられていたためです。
プラトンの宇宙観は、もとはといえば謎の哲学者ピュタゴラスに根ざすもので、音程の整数比を発見したのもピュタゴラス(実はその弟子らしい)でした。
この、「宇宙の調和と音の調和」を神の示現と捉えたフィチーノは、古代のピュタゴラスらが崇めていたオルフェウスに傾倒し、朝昼となく夜となく、リラを手にオルフェオ賛歌を歌うのを常としていました。

フィチーノのオルフェウス賛美思想は賛否両論を巻き起こしましたが、一見迷信的なこの思想は、「ルネサンス」以降の合理的発想に前向きな方向性を与える結果となりました。
最初期の「オルフェオ」ないし「エウリディーチェ」オペラが発表される少し前、コペルニクスが死と同時に地動説を発表する著作「天体の回転について」を出版しました。
ペーリらの「エウリディーチェ」が演じられた1600年には、その地動説を熱烈に支持したジョルダーノ・ブルーノが火刑に処せられました。しかし、彼らはこの時点でガリレイのように「科学的観測結果」に基づいた客観的事実を確認して地動説を唱えたわけではなく(コペルニクスの考察自体には科学の論理がありましたけれど)、
「太陽を中心に惑星が回っているほうが、神の存在の証としてはふさわしい」
という面から地動説にこだわったのです。
ですから、コペルニクスもブルーノも、「占星術」には執着していました。さらに驚くべきことは、のちにニュートンの「万有引力の法則」発見に繋がる「惑星楕円軌道(それまでは真円だと思われていた)」を証明する膨大な観測データを残したチコ・ブラーエ、チコのデータを整理して法則性を発見したヨハネス・ケプラーは、もとはといえば占星術師として貴族に雇われていたのであり、彼らの占いはよく的中することで有名でもあったのです。肝心のニュートンも、占星術の大ファンでした。
ローマの教皇庁も表向きは禁止しておきながら、法皇自身が占星術好きで近臣のホロスコープを描きまくっていた、などということもありました。

中世期から引き続いて人々の間に蔓延していた占星術、すなわち「宇宙の調和」が人間を支配する、という発想は、自覚されていたにせよされていなかったにせよ、その原点である、ピュタゴラスらが信奉した「オルフェウス」を必然的に「調和のシンボル」に仕立て上げたのでしょう。ローマ時代の壁画に、イエス・キリスト、あるいはダビデがオルフェウスの姿をしている図像が存在してさえいます。
しかしそれは、決して公認されている「シンボル」ではありませんでした。初期の「オルフェオ」系オペラが非公開で初演されたことも、オルフェウスが古代異教の半神でありながら内実はキリスト教の「神の調和」世界を象徴しており、その威力に祝賀を受けたい人々の間で極秘裏に享受されなければならなかったという事情が介在していたに違いありません。

但し、オルフェウス神話は、おそらくは数千年前から起源1世紀の「変身物語」の成立まで長い年月をかけてロマン化された物語です。古代のオルフェウス教(オルペウス教)は、バッコス(デュオニソス)の宗教と混同しており、むしろ調和とは程遠い、狂信的な宗教だったようで、その片鱗が
「オルフェオはバッコスを信じる女達に八つ裂きにされた」
という、その肉体の死に関する伝承に残っていることを見逃してはなりません。
オルペウス教のこうした特徴は、やはり残っているギリシャ悲劇「バッコスの信女たち」で王が女達に八つ裂きにされる、という結末を迎えるところからもはっきり分かります。
そのため、モンテヴェルディ作品の場合、台本は「オルフェオが八つ裂きにされて死ぬ」という結末を当初は持っていましたが、何らかの理由で、現在聴けるように「アポロンによって天上に迎えられる」という結末に差し替えられたことが判明しています。
八つ裂きなどという、およそキリスト教の神にふさわしくない残虐な結末は・・・如何に西欧人が「十字軍」という残虐行為を行なった経験を済ませていたからといって・・・やはり「占星術信奉派の調和を重んずる熱心なキリスト教徒」には受け入れがたかったのでしょう。

(参考:ヘシオドス「神統記」にはオルフェウスは登場しません。デュオニュソスそのものが最も古いギリシャの神であると同時に外来の神だったとも言われており、同時にオルフェウスと関係が深い様子がいろいろな著述から伺われますが、デュオニュソスとオルフェウスの関連性は呉茂一「ギリシア神話」(日本で最もよくまとまったギリシャ神話の本です)からは判明せず、アポロドーロスの記述ではオルフェウスはむしろアポロンと結びついています。オルフェウスとデュオニュソスがどこでどうつながったのかは、文庫クセジュ「オルフェウス教」をご参照下さい)。デュオニュソスのほうは「神統記」に登場するので、「神統記」が著わされた紀元前8世紀後半には、まだ二者の混同はなされておらず、その後オルフェウスはイアソンのアルゴー遠征の叙事詩(100~200年後)には英雄の一人として現れますから、オルフェウスとデュオニュソスの混同はそれからあまり遠くない時代になされたのかもしれません。なお、ヘロドトス「歴史」には、エジプトのある慣習について「いわゆるオルフェウス教及びバッコス教(これらは本来エジプト起源である)、さらにはピュタゴラス派の戒律と一致するものがある」との記述があることから、この本の成立した紀元前430年以前にはオルフェウスとデュオニュソスの混同は起こっており、それはおそらく紀元前6世紀頃だったと推測されます。)


ここまででも冗長になったので、あと少しにとどめますが、オルフェオが上述のような受け止められ方をしていたことを知ってからランディ以降の作品の筋書きを見直すと、人の信仰心などというものがいかに簡単に変貌し、崩壊していくかが、あらためて俯瞰出来るように感じます。

ランディの時代、ガリレイが人類の宇宙像を大きく変えたことは前述した通りです。
結果的に教皇庁から「異端」とされた彼を強烈に支持したのは、カンパネルラという思想家でした。が、彼は科学的見地からガリレイを支持したわけではなく、むしろフィチーノ的な思想をカンパネルラなりに突き詰めていったとき、既存の価値観よりも一層、ガリレイの示した事実は「神の調和」を完全に示してくれると考え得るからこそ、ガリレイを弁護したのです。その意味で、ランディやカンパネルラの時代からグルック、ニュートンの時代までは、現代人が享受している科学的技術に繋がる発見や発想が次々と広まっていくにもかかわらず、なお「調和のシンボル」としてのオルフェオには居場所が残っていた、といえます。
それでも一方で、オルフェオの居場所は徐々に、いや、むしろ急激に狭まっていくことも、ランディ~グルック~ハイドンと、それぞれの筋立てを探っていくと明瞭です。

・ランディにおいては、オルフェオの安息の地は天上ではなく、冥府にあります。

・グルック作品では、それまで自己主張をしたことのなかったエウリディーチェの霊が、冥府から現世へ帰る道で一度も自分を振返ってくれないオルフェオの冷たさを激しく責め立て、苦しめます。あたかも、
「だってもう、あなたのいるべき場所は冥界だと、ランディさんが教えてくれたじゃないの!」
と言わんばかりです。

・ハイドン作品では、それでも現世に執着を示していたらしいオルフェオが、とうとう八つ裂きにされ、古代同様、決定的に冥府送りを受けるのです。

オルフェオの現世での「死」が、仮のものだとしても、見掛け上の現実としてハイドンの頃には確定してしまった。
これは同時に、人間が「宇宙の調和」の束縛から自由を獲得したことをも決定付けたのです。


それでも、音楽を「信じる」人々はオルフェオに対する憧憬を捨てることが出来なかったのでしょうか?
若干とは言っても19世紀以降「オルフェオ」の名を冠している作品がポツリポツリと作られ続けたのは、オルフェオを捨てられない音楽家の偏屈がなせる業だったのでしょうか?
音楽はまだ、「占星術」を信奉しているのでしょうか?

いえ、先に例示したリストの交響詩にせよ、ミヨーの短いオペラにせよ、以前の活き活きした半神オルフェオなど、描きはしていません。

ロッシーニのカンタータはオルフェオへの挽歌ですし、リストの交響詩も、静かな「レクイエム」とでもいうべき、哀しい中世への回顧です。
ミヨーのオペラの場合、エウリディーチェは「ジプシー娘」であり、オルフェオは歌の上手い「牧人」に過ぎず、彼を八つ裂きにする女達は古代異教の信徒ではなく、エウリディーチェの姉妹なのです。神話の世界にそれぞれの固有名詞を借りているだけの人間劇、それがミヨー作品の実態です。ランディ以降の「オルフェオの人間化」、というより、経緯をよく見ていくとオルフェオの「人としての側面」の抹殺が、ここで全面的に打ち出されてしまったわけです。半神オルフェウスは、もはや完全に「冥界の一員」に過ぎないものになってしまったようです。


オルフェオは、やっぱり死んだのか・・・

ここまで綴ったところで、衝撃的な噂を耳にしました。

オルフェオはヨーロッパのどこかで、その肉体はやはり死骸として発見され、ある画家がそれをもとに遺影を描いたそうです。。。カメラを持ち合わせなかったからでしょう。
カメラなんか売っていないような辺地で、彼は死んだのだそうです。

お弔いは、なぜか日本で、武満徹という、これも数年前に冥界入りしたオルフェオ的人格の手でなされたそうです。葬儀のバックグランドミュージックとして彼が作った曲は
「閉じた眼」
という、ほんの8分ほどのピアノ曲だったそうです。

今まで秘されていたなんて、こんな噂、信じるに足るのでしょうか?

なお捜索願を取り下げずに置くかどうか、私としては今、非常に迷っている次第です。


長々恐縮です。
読んで下さってありがとうございました。


=付録=

1)「オルフェオ」関係曲(比較に用いたもの)のCD・DVD・スコア
 ※ モンテヴェルディだけは是非お聴きに、もしくはご覧になって下さい。
   素直で素晴らしい作品です。

 ・モンテヴェルディ(CD・DVD・スコア)
  C D:国内盤 ARCHIV UCCA-3110/1 モンテヴェルディ合唱団
      ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
  DVD:BBC OA 0843 D(日本語字幕なし)初演当時の雰囲気に似せた現代演出
  スコア:Universaledition(高価です)他2、3種が日本で入手可能

 ・ランディ(CD)
  C D:輸入盤 ACCENT ACC30046 Instrumental Ensemble <Tragicomedia>

 ・シャルパンティエ(CD)
  C D:輸入盤 4枚組の曲集の1枚 Warner Classics 2564 61758-2の1枚

 ・グルック(DVD・スコア)
  DVD:ART HAUS MUSIK 100 417 日本語字幕あり 現代風演出
      初演時風演出のものでもっと安い物、ベルリオーズ編曲盤映像もあります。
      映像で見ないと分かりにくい作品かも。
  スコア:Riccordiのヴォーカルスコアを買ってしまいましたが、大失敗。
      DOVER版のフルスコアの方がずっと廉価です。
  
 ・ハイドン(CD)
  C D:輸入盤 MYTO Records 2MCD 905.29(2枚組)

 ・ロッシーニ(CD)
  C D:国内盤 ロッシーニ カンタータ全集第2巻 デッカUCCD1034所収、
      「オルフェーオの死に涙するアルモーニア」シャイー/スカラフィル

 ・リスト(CD)
  C D:輸入盤5枚組 Capriccio 49 950 フェレンチーク指揮

 ・ミヨー(CD)
  C D:輸入盤 ACOCORD 476 159 1 ジャック・ブルーメ他

 ・武満徹(CD)
  C D:国内盤 武満 徹・ピアノ作品集 ピータ・ゼルキン RCA BVCC1508

2)ギリシャ神話および伝説に関し参照した書籍
 ※ 西欧音楽に現れるギリシアの神々や英雄について「おや?」と思ったとき、
   最初に挙げる呉さんの著書は必携です。呉さんの著書でも不明な点は
   アポロドーロスでほぼ決着がつきます。他は、ご興味に応じて・・・

 ・「ギリシア神話」呉 茂一著 新潮文庫S54初版 上・下(現在もあるはず)

 ・「ギリシア神話」アポロドーロス(高津春繁訳)岩波文庫 1953初版

 ・「神統記」ヘシオドス(広川洋一訳)岩波文庫 1984年第1刷 現在絶版

 ・「歴史」ヘロドトス(松平千秋訳) 岩波文庫 1971年第1刷 上・中・下
   現在も発刊中であることは確認しました。

 ・「変身物語」オイディウス(中村善也訳)岩波文庫 1984年第1刷 
   上735円、下735円

 ・「ホメーロスの諸神賛歌」沓掛良彦訳 ちくま学芸文庫 2004年第1刷
   税別1,500円(オルフェウスは登場しませんがディオニュソス賛歌を所載。)

 ・「ギリシア・ローマ古典文学案内」高津春繁・斎藤忍随著 岩波文庫1963年第1刷

 ・「ギリシア悲劇IV エウリピデス(下)」所収「バッコスの信女」
   ちくま文庫 1886年第1刷

 ・「ギルガメシュ叙事詩」矢島文男訳 ちくま学芸文庫 1998年第1刷
   税別900円
   ※ 人類最古の叙事詩とみられる標題作の他、併集の「イシュタルの冥界下り」
     に、古代メソポタミア人の「冥界」観が打ち出されており、ギリシャの冥界
     観への強い影響が見なされます。
     「ギルガメシュ叙事詩」に含まれる大洪水説話は旧約聖書創世記中の「ノア
     の箱船」説話の原点として解読当初からヨーロッパ人にセンセーションを巻
     き起こしました。
     また、「イシュタルの冥界下り」はギリシャ神話の「アフロディテとアドニ
     ス」物語直系の祖話であると考えられています。この「アドニス」の出生話
     には「ダフネ」説話の結末に近いものがありますし、また、オイディウスの
     「変身物語」では奇しくもアドニスの話の後にオルフェオとエウリディーチ
     ェの物語を置いている点、興味深いものがあります。

3)参照した思想関係書

 ・「謎の哲学者ピュタゴラス」左近司祥子 講談社選書メチエ280 2003年第1刷
   税別1,500円
   ※ ピュタゴラスの入門としては、知りたい点が抜けていて、少し不満。

 ・「西洋古代・中世哲学史」リーゼンフーバー 平凡社ライブラリー 初版2000年
   税別1,400円
   ※ 元々放送大学のテキストだったので、中世の思想までを概観するには便利。
     著者がさすが上智大の先生だけあって、古代ギリシャ思想にも一神教的発想
     を見ようという姿勢で貫かれています。
     各章の章末に哲学者達の主要な発言が引用されているのもありがたい本です。
     中世末期の神学者エックハルトの、次の引用句に、私は胸を打たれました。
     「あなたがたが、もしわたしと同じ心をもって認識することができるならば、
      わたしの言うことがよく理解できるであろう。というのも、このことは真
      実であり、真理みずからがそれを語り出しているからである。」
     ・・・私は、こういう境地から何と遠いことでしょう。。。

 ・「ルネサンス書簡集」ペトラルカ 岩波文庫 1989年第1刷 税別520円
   ※ ルネサンスの本当の意味での口火を切った詩人ペトラルカの自薦書簡抜粋。
     いわゆる「教皇のバビロン捕囚」の生きた証言が豊富で、西欧史がお好きな
     かたにはお薦めです。

 ・「ルネサンスの神秘思想」ウォーカー ちくま学芸文庫 2004年第1刷(原著1958)
   税別1,400円
   ※ フィチーノに始まりカンパネルラに終わる、ルネサンス期神秘思想の詳説。

 ・「ガリレオの弁明」カンパネルラ ちくま学芸文庫 2002年第1刷(原著1616)
   税別1,000円
   ※ 前述書を締めくくる、隠れた大思想家カンパネルラの、素人が唯一入手可能
     な著作(もちろん日本語訳)です。

 ・「占星術の世界」山内雅夫 中公文庫 昭和58年・・・もう売ってないかな?
   ※ これを読んでもホロスコープを書けるようにはなりません。念のため。

 その他、完読していませんが、中世フランスに関して面白いエピソードを集めた
 ・「フランス中世史夜話」渡邊昌美 白水Uブックス 2003年第1刷 税別950円
 は、上記各書より気軽に読めるし、値段も千円以内で、良いかも知れません。
 ヨーロッパ中世の世相に関しては、ちくま学芸文庫所収の何冊かに、なお興味があり
 ますが、いまのところそこまで読んではおりません。

4)その他

オペラの前身として重要な典礼劇はいくつかあるようですが、最も有名なダニエル劇はCDが出ています。

 ・Daniel and the Lions New York's Ensemble for Early Music (fone016SACD)

また、従来オラトリオの嚆矢と捉えられていた下記作品も1600年作です。(CDあり)
最近ではオペラ、オラトリオ共通の先祖と見なされています。
(人間と類人猿の先祖みたいなもんですか・・・そういえば最近、ゴリラと人間の共通の祖先と思われる脊椎の化石が、南アフリカで見つかったそうですね!)

 ・カヴァリエーリ『魂と肉体の劇』:alpha 065 3,990円
  (日本語解説付きですが、日本語訳はありません。)

 文頭に触れた矢代秋雄の随筆集は
 ・「オルフェオの死」音楽之友社1996年第一刷 税込1,900円
 自作についても語っている、日本の音楽家の重要な著作の一つだと思います。

 彼のピアノ協奏曲のスコアも音楽之友社から出ています。税別2,200円
 CDは日本人演奏のもの、とくに初演者中村紘子の独奏によるものもありますが、
 手軽にお聴きになる場合はナクソス盤がオススメです(8.555351J)。
 海外のオーケストラで意欲的に日本人作品を録音している湯浅卓雄氏指揮です。
 ピアノ独奏は岡田博美さん(男性です)。
 1984年に東京、バルセロナ、プレトリアの3国際コンクールで優勝。その後
 ロンドンで勉強しヨーロッパで活躍しているかたのようです。
 イスラエルの作曲家アリ・ベン=シャベタイという人のピアノ協奏曲の初演者です。
 
 湯浅卓雄氏については
  http://www.yuasa-takuo.com/
 岡田博美氏については
  http://www8.plala.or.jp/hokada/

 と、それぞれ後援会のページがあります。


ゆっくりお過ごしになれる時間が少しでもあったら、「ダフネ」や「アリアドネ」のような物語とヨーロッパ音楽との歴史的関係をご自分の手でお調べになってみるのも楽しいと思います。
西欧社会の変遷について概観的な知識(がなければ薄手の年表)、インターネットの他に上記の呉さん著「ギリシア神話」またはアポロドーロスの薄い1冊を用意すれば、それだけでかなりのことが見えてきます。
いろいろなアプローチの仕方はありますが、西欧音楽は「物語」から入りやすいのが最大のメリットです。神話やキリスト教に限らなくてもテーマを見つけやすいので、楽しんで見て下さい(突っ込んだ結果が出なくてもいいじゃないですか!)

お好み次第で、どうぞマニアックな研究のひとときをお過ごし下さいね。

    作曲年        1607  1619  1687  1762  1791  1926

    初演形態       非公開 非公開 非公開 公開  非上演 公開

====作品骨子====          

(父の定めた不当な婚約に反
 発し逃げたエウリディケー):                 ○

オルフェオとエウリディケー
 婚礼           : ○       ○       ○   ○

(エウリディケー、前婚約者
 から逃走)        :                 ○

エウリディケー毒蛇に噛まれ 
死ぬ            : ○       ○       ○   ○

オルフェオ、冥界行きを決意 : ○       ○   ○   ○   

(オルフェオ、地獄の川の渡
 守カロンを音楽で眠らす) : ○

ハデス・ペルセポネと面会  :         ○   ○   ○ 

冥府の王夫妻を音楽で魅了  :(○)      ○   ○   ○

ハデスの許し        : ○       ○   ○   ○

(冥界からの帰途、エウリデ
 ィケは振返らないオルフェ
 オをなじる)       :             ○

オルフェオ、振返ってしまう
エウリディケーは冥界へ戻る : ○           ○   ○

オルフェオ、自分の非に泣く : ○           ○   ○

以下、話にヴァリエーションが多い。
1(ハデス、再度の許し)  :             ○

1(夫妻で現世へ帰還叶う) :             ○

2(アポロの迎えで天界へ) : ○

3(オルフェオ、苦悩を忘れ
  自分の誕生日を祝う)  :     ○

3 バッコスの信女言い寄る :     ○           ○

(神話にあります)
3V(エウリディケーの姉妹
  がオルフェオをなじる) :                     ○

3 女達に冷たいオルフェオ :     ○               ○

(神話にあります)
3 オルフェオ、女達に八つ裂
きにされて殺される     :     ○           ○   ○

(神話にあります)
4(死者として冥界入りする
  オルフェオ)      :     ○

4(エウリディケーの霊、オ
  ルフェオを既に忘却)  :     ○

4(オルフェオ、忘却の泉の
  水を飲む)       :     ○

4(オルフェオ、冥界で安息
  を得る)        :     ○

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