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2007年10月26日 (金)

祥月命日:十ヶ月

今日は「バカ話の綴り初め」をしようか、と思いつつ帰宅したのですが。

そのバカ話、<満員電車の中の幸せ(仮題)>なるタイトルにでもしようかと思っていたのでした。

練り込めばもう少し面白く出来たかもしれませんが、だいたい、こんな話を考えていました。

母の急死後10ヶ月、とくに4月に私が一度気力が尽きかけた日以降、それを助けてくれることから家事分担を始めたはずの子供たちが、いまや私の帰りなんか待たなくても自立してやっていける一歩手前にまで生活力をつけてくれて。
そうなってくると、今度は母親と違って、父親なんてものは家に帰り着くのも心待ちにしてもらえるわけではないのがハッキリしてきてしまいまして・・・、やっぱり、ポツンと一人、待たれもしていない家に帰るのは寂しいもんなんでございまして。
それが、あるとき突然、幸運が巡って来て、
「ああ、心ときめく人に<一緒に帰りましょう!>って声をかけてもらえた!」
・・・と思ったら、それは自分の「ウツ病」からくる幻影だったりする。
いえ、仮に幻影でなくても、週のうち最低3日、最高は平日は毎日、子供が自分の夢に向かって自分からすすんで続けている習い事の送迎はしなくちゃならず、もしくは息子だけが腹減りで置いてけぼりであるはずの日は飯だけでも食わせなければならない。そんなこんなで、今日はタイミングが悪くて、さよならして帰らないわけにはいかない。・・・洗濯だけは、夜中でも朝でもいいんですけれどね。
いいや、洗濯なんて、どうでもいいんです、こんな幸運は、もう二度と訪れないかも知れないのです。・・・
しかし、私は心を鬼にします。
「残念、今日は、ご一緒できません。」
振り返らずに、背中に冷たささえたたえて、その場を去る。彼女の姿が見えなくなったところで、やおらハンカチを取り出し、涙を拭い、鼻をかむ。

(ああ、オレの人生、子供ら自立支援のお役目が終わり次第、おしまいか・・・ええい、それでもいいや。おまえら、せめて早く高校生・中学生になってくれ! で、天才になって、1年ですぐ大学進学、あと1年でドクタ−終了、そこまで進んでしまってちょうだいな!)

悲観しつつ、抗ウツ剤という薬を、さも飲むのに勇気がいるかのように、おそるおそる口へ持っていく。
これが、強烈に効くのです。眠りの森の美男にならざるを得ないほど効く。
おかげで、満員電車の人の狭間で、それも電車が満員であればあるほど、迷惑がられながらも、あっちの人に倒れかけては押し戻され、こっちの人に寄りかかってはまた押し戻されしながら、ひととき、幸せな夢を見つつ眠ることができる。
見る夢は、さて、どんな夢にしようかな。面白いものにすれば、チャップリンのサイレント映画にでも出てきそうな場面が描けるんじゃないかな。。。

家に着いても、晩飯を食べ終わるまでは、漠然と、そう思っていました。

で、食事が終わったまさにその瞬間に、玄関のベルが鳴りました。

お花を持って来て下さったかたがいらしたのです。
本当は今日が家内の月の命日なのですけれど、仏前の花が心細くなって来たものの、花屋さんに行くゆとりがない。
明日当たり買い足そうか。
そう思っていた矢先でした。

届けて下さったのは、決して安くはない・・・いや、大体私も花の相場は分かってきましたから、結構お金がかかってしまったはずです、それほどに立派なお花を届けて下さった。
「奥様のところへ飾ってあげて下さい」

もちろん、すぐに飾りました。
「かあちゃん、あんたは、いいよなあ。オレと違って、これからもずっと思って下さる方がいるんだもの。葬式にも、二千人以上も来てくれたんだもの。オレにはとっても、そんなことはありそうにないよ」
小言を言いかけながら、
「いや、幸せか不幸せかは、 (0)オレは五条の橋の上にいた (1)落ちているお金を見つけた (2)「やれ、ウレしや」と拾い上げた (3)1円玉だった・・・「なんだ1円か」 (4)「されど1円。100万枚たまれば百万円! (5)そう考えを改めた自分は、以後、五条の橋の上で朝から晩まで人が落としていく1円玉を目ざとく見つける術を身につけ (6)最後の1枚、という日に、ライバルの百円丸が現れて<あの懐かしの五条霊戦記〜落ち金拾い激闘篇>を演じる、なんてので占うのはどうか」
などと、くだらんシナリオを頭に描いて、今のところは幸せを取り戻した気になったところでいます。

気持ちが変わらないうちに綴りました。・・・しかし、あらためて眺め直すと、辛気くさくてカビ臭い、実にお寒いネタですな。

あ、風邪が流行ってますから、読んだらすぐ暖房入れて下さいね! 寝具体策も充分に! 明日の朝も寒いですよ!

・・・いったい、何の話を綴ってるんだ?

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コメント

あと2ヶ月で1年たっちゃいますね・・・。
その日の朝は、とっても疲れているはずなのに、なぜか朝早くに目がはっきりと覚めて、起きました。その事を後日トロンボーン奏者さんに言ったら、「きっとお母さんが起こしに行ったんだよ・・・。」と、言われました。
私もそう思います。人生初の不思議体験でした。
12月26日には、是非お線香あげに行かせて下さい。

投稿: コントラバスLOVE | 2007年10月27日 (土) 21時20分

ありがとうございます。
うちのかあちゃんが起こしてくれた不思議体験は、すてきなものと、とんでもないものと、いくつかあるんですけれど、私が忘れられないのはこういう体験です。
葬儀まで日数があるので、遺体を通夜の前日には家に寝かせて置いてあげられないことになり、会場の霊安室に連れて行きました。窓も何もない、真っ暗な、狭い部屋です。可哀想だけれどしかたないなあ、という気持ちで戻りました。
翌朝、目が覚めて、まだでも早すぎるので、もう一度寝ようとしたら、声ではない、なにか透き通った響きで、はっきり三つ、言葉が聞こえたのです。
「見えるヨ。見える?外、見えるヨ!」
静かで、透き通った「響き」でした。私にしか聞こえなかったようです。
義妹に話したら
「暗い部屋に入ってて何も見えないはずだからおもしろがってたんじゃないの」
と言われましたが、私は、未だに、これは私がこれからどうして行ったらいいのか、家内が謎掛けしてくれたんだと思っています。それが証拠に、二言めは私への「問いかけ」になっているのです。「見える?」・・・って。
それから、でも、何も目に入らなくなるくらいがむしゃらに、家内のために、家内の子供たちへの遺志のために、とやってきたつもりでした。なかなか思うように行かず、悔しいことがたくさんありました。
でも半面、おかげさまで、いろんな人の暖かさに触れる機会にも、それまでの日常に比べればたくさん、恵まれたのではないかと、今は信じています。
娘のことはさておいて、なのでゴメンナサイだけれど(いまは仏前のご飯係をしてくれています)、私自身は、毎朝毎晩、決まったお祈りの言葉を、家内の位牌の前で描かした日がありませんヨ。。。

お心遣い、ありがとうございました。

投稿: ken | 2007年10月28日 (日) 00時11分

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