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2007年10月17日 (水)

ラウテンバッハーさんをご存知ですか?

直接接した方の思い出も、まだいくつかあります。が、それは徐々に、ということにします。

で、今日は本当は別の「指揮者」のことを綴るつもりでいました。

が、そんな時に、ある2枚組のCDを発見し、そちらに心が揺れてしまいました。
そのCDのこと、演奏している人のことに、少し触れておきたいと思います。



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スザンネ・ラウテンバッハーというヴァイオリニストをご存知ですか?
(日本語での標記は、なぜかスザーネとなっていますが、私が彼女と顔見知りの恩師の口から聞いている彼女のファースト・ネームは、「スザンネ」です。)

1932年生まれですから、今年はもう75歳のおばあちゃんです。

小5から中3にかけて、諸井三郎さんの書いた「ベートーヴェン」の伝記(当時は旺文社文庫で出ていました)に夢中で、同時に、小遣いが貯まれば、それまで聴いたことのないベートーヴェン作品のLPを買うのを、いつも目標にしていました。
当時はLP1枚2,500円でしたし、お金の価値は今思うと現在のほぼ2.5倍でしたから、小学生中学生ごときにはLPに手を出すのは結構大変でした。
幸いだったのは、ちょうどこの時期(最初に出たのは多分1970年から71年ごろ)、「廉価盤」と称する1枚1,000円のLPが続々出始めたことでした(最も安いものはフォンタナというレーベルを冠したシリーズで、数年間は900円でした)。

ただ、この廉価盤、一部の例外を除いて、初期には、日本ではさほど有名ではないために「売れない」録音をレコードにしたものが多かったように記憶しています。それでも、私が中学生に上がって少し小遣いが増えた頃に現れた「セラフィン」シリーズ(エンジェルレーベルの廉価盤、EMI)が良質な演奏をドーンと発売したことが引き金になり、知名度の高い演奏家の録音へと入れ替わっていくようになりました。(じつは、触れたかった指揮者と言うのは、セラフィンレーベルでベートーヴェンの名録音を聴かせてくれたアンドレ・クリュイタンスなのでした。また近日中に触れます。)

と同時に、知名度の低かった音楽家が認識されるチャンスも減った、ということになり、後で考えると「本当にそれでよかったのかなあ」との思いも、ないわけではありません。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、なかなか廉価盤が出ず、やっと見つけて手に入れたのが、オーケストラの名前もうろ覚え(南西ドイツ放送交響楽団、ってありましたっけ?)で指揮者の名前も忘れてしまったような、本当に当時としては日本人の全く知らなかった演奏家によるものでした。その録音で独奏を弾いていたのが、ラウテンバッハーさんでした。

オーケストラのことも指揮者のことも忘れたのに、彼女の名前は忘れたことがありませんでした。
なぜなら、それ以前に、
「こんなに素晴らしいヴァイオリンの演奏を聴いたことがなかった」
からです。
カデンツァは、後で分かったことですが、クライスラーのものを弾いていました。
カップリングされていたのが、同じベートーヴェンのロマンスト長調・ヘ長調でした。
ヴァイオリンを習い始めていたくせにヴァイオリンには正直のところあまり興味がなかった(オーケストラに入りたい一心で、オーケストラの中でいちばん人数の多い楽器がヴァイオリンだから選んだまでだった、というお話は前に綴ったことがあったかと思います)・・・そんな私が、即、協奏曲・ロマンスともスコアを手に入れに走ったくらい、夢中になって聴きました。
後年、有名演奏家によるベートーベンの協奏曲の演奏をいくつも聴きましたけれど、後に大好きになったオイストラフの演奏でも、どこかに納得のいかないものが残りました。ずっと
「これしかない」
と思い続けていたのが、ラウテンバッハーさんの演奏でした。

ですが、CDの時代になって、いまのところ、この録音は再発売されていません。有名サイトで探しても、彼女の録音で入手できるものは、ほんのわずかです。

非常に残念なことだと思っていました。

ただ、学生時代からお世話になっている恩師が、たまたま彼女と知り合いでした。
恩師は、自分のヴァイオリンの弟子がドイツに留学する時、ラウテンバッハー女史を教師に推薦したんだったか、推薦状を書いたんだったか、その辺は忘れましたが、実は彼女はとても厳しい人で、弟子の方は彼女のお眼鏡にかなわず、結局はラウテンバッハーさんにモダンヴァイオリンを習うのは断念し、古楽の方へと路線を変更して、現在ではそちらの方面でそこそこの成功を収めています。

ラウテンバッハーという名前を出すと、恩師は
「ああ、あのばあさんねえ・・・」
とニコニコして話してくれるのですが、其の話してくれる内容たるや、ぞっとするようなもので、
「人が休憩していても練習。本番前にみんなが食事していても、練習。練習の鬼」
なんだそうです。
その話を聞いて以来、
「きっと、おっかない顔をしたオバハンなんだろうな。もしかしたら角はえてるかも」
と、ずっと思っていました。

それが、ついおととい、彼女のCDをとうとう発見し、破格値だったので購入し、聴いてまたもや感動してしまいました。しかも、ジャケットに写った彼女の顔・・・キリッとした美人です。1974年の録音だそうですから、42歳のころのもので、写真はもう少しお若い時のものを使ってあるかもしれません・・・角は、生えていないようですね。

曲目は「バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全曲です。
TowerRecordsの方が若干安く手に入ります。)

これまた、ベートーヴェンの協奏曲と同じ、いや、それ以上の「納得度の高い」演奏内容です。
「無伴奏」はいろんな名手のものを聴いてみましたが、楽譜をイメージすると、どれもバッハの書いた「音」の大切な要素を、ヴァイオリンという楽器の都合で改変しています。自分で弾けるナンバーは数少ないとは言え、やはり、「見本に出来ない」演奏は、如何に名手のものであっても「見本にならない」のです。

ラウテンバッハーさんの演奏は、私にとって、初めて「見本になる」演奏でした。
とくに、過去耳にした演奏(録音だけでなく、実演を含みます)では主題の線が途絶えても平気で力で乗り切るフーガ演奏ばかりだったのに対し、彼女の弾いているフーガは全くそうではありませんでした。
表現、という点では、「これはもっと軽妙でもいいんではないかい?」という印象をお持ちになる楽章もあるかもしれませんが、彼女の演奏は、表面的なニュアンス解釈にとらわれることなく音を大事にした、希少価値の高い「規範」です。

フーガ楽章は残念ながら長いのでご紹介できませんが、たとえば、

をお聴きになってみて下さい。
伴奏部の八分音符をこれだけ丁寧に、きちんと弾いた演奏には、初めて出会いました。

また、「軽妙」さにとらわれてお粗末になりがちな

ですが、これは私自身、人前で弾く時に悩み抜いた作品(弾くというだけなら難易度は低いのですが)なので、彼女がどこを聴かせどころにすべきかをどれだけ考え抜いたかに、非常に共感を覚えます。

既存の「無伴奏ヴァイオリンソナタ・パルティータ」に、どこかしっくりしないものを感じる方には、是非手にとってみて頂きたいと存じ、急遽ご紹介した次第です。

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コメント

けんけんさん、はじめまして。
けんけんさんのブログにはじめてお邪魔したにもかかわらず、このようなコメントを差し上げるのはためらわれたのですが、お礼を申し上げたい気持ちがまさってしまい、冗長なコメントを記載する失礼をお許しください。

先週、ベルリンにてベルリンフィルのベートーヴェンチクルスを聴く機会に恵まれました。
5日間連続の定期会員券としてのチケット購入でしたので、5日間とも同じ席だったのですが、お隣にはやはり定期会員としてお越しの、質素な装いにも関わらずとても気品のある雰囲気のおばあさまがずっとご一緒でした。
いつも早くから席に座って、休憩時間にも席を離れずに背筋をすっと伸ばして舞台をご覧になっていました。

最初の3日間は、コンサートの最初と最後に簡単なご挨拶を交わすだけだったのですが、4日目の夜はベルリンの交通機関に大きな乱れが生じてしまい、お互いに大変な思いをしてフィルハーモニーに駆けつけることとなり、そこからおしゃべりが始まりました。
彼女は、遠くを見るような淡い瞳で、これまでに接してきた名演の数々の思い出をお話ししてくれました。
あなたは音楽家なの?と問いかけられて、ヴァイオリンとヴィオラは弾くけれど全くのアマチュアなんですよとお答えしたら、ニコニコとうなずいていらっしゃいます。自然な流れで、逆の問いかけをしたところ、以前はソロで弾いていたヴァイオリニストだったのよと、さらりとおっしゃった言葉だけを耳に、その晩はお別れしました。

5日目はハイライトとなる第九の日でしたが、旅の記念にと思いプログラムにサインをいただいて帰りました。そして、宿に戻ってその名前をたどって、最初にたどり着いたのがけんけんさんのブログです。
申し上げるまでもございませんが、あの素敵な女性はラウテンバッハーさんでした。

これまで、録音よりも実演に接することを好んでいたこともあり、恥ずかしながら存じ上げない音楽家だったのですが、早速けんけんさんが言及されているバッハの無伴奏を手に入れて、彼女のまっすぐで誠実な音に浸りながら、深い感動とともにこの文章を書いております。
けんけんさんのブログでご紹介いただけなければ、今回の出会いの意味合いがこのように深いものになることはなかったと思います。素晴らしいブログをありがとうございます。
現在、ラウテンバッハーさんの録音で入手可能なものは限られているようですが、彼女の人生の記録を記した音源探しをしてみたいと思っています。

投稿: かち | 2015年10月18日 (日) 20時56分

かちさん

御礼がだいぶ遅くなって汗顔の至りです!
ラウテンバッハーさんにお会いになったのですね。うらやましい限りです。その場が見えるようなコメントを頂けて、とても幸せです。それをどう言葉に表していいか分かりませんでしたし、今思い切ってなんとかお返しをしようとしても、やはり分かりません。
どうぞ、手になさった無伴奏をたずさえて、また彼女にお会いになって、日本にこんな隠れたファンがいることをお伝え頂ければ・・・とは、贅沢なお願いごとですね。
重ねて重ねて、深く御礼申し上げます。


投稿: ken | 2015年10月20日 (火) 21時41分

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