« うらやましいなあ、行ける人。(上岡/ヴッパータール) | トップページ | ドヴォルジャーク「交響曲第8番」第2楽章(1) »

2007年10月12日 (金)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲(2〜5番)

本日の記事をお読みになる前に、是非、昨日の
「うらやましいなあ、行ける人。(上岡/ヴッパータール)」
にお目通し下さい!
イチオシ! 絶対お勧めのライヴです!



ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

音楽に涙する。
どなたにもおありの経験でしょう。
それが歓喜からなのか、深い哀しみなのからか、それらが綯い交ぜになったものか・・・理由は様々かと思います。
いえ、理由の如何に関わらず、あるいは、理由なくして、であっても、「涙する」とき、私たちは間違いなく<音楽そのもの>に魂を揺さぶられている。
耳を貫いていく旋律が、表向き如何に平安を装っていても、鬼神にさえその奔流を留めることが出来ない。
この奔流の持つ力が、脱出できなくなるほどに、私たちを内へ内へと押さえつけるのです。
(ただし、ここで言う「涙する」には、<言葉>の絶叫に共鳴し興奮した結果もたらされる、いわゆるデュオニュソス的なものは一切含めません。この場合、音楽は手段ないし道具に墜しているのであり、演じ手の狙いが「ピュア」であっても、そこから生まれるのは「音楽への感動」ではありません。混同されがちなことですが、分けてみておかなければなりません。)

とはいえ、音楽のみの純粋さから「涙する」経験は、稀にしか得られないかもしれません。この経験が得難いのは人間の本性に由来するのではないかと思われます。
人間は、音楽の生み出し手でありながら、音楽そのものに沈潜するには、あまりにも間断なく、世事に心を煩わせ、思考を休めることがありません。原初の音楽が既に「神のもの」とされているところに、早くも人間の、音楽からの逃避が示されています。それは、聖書の神が人間をエデンの園から追放したことに、また、ギリシャ神話の神々が、「自分の似姿だ」と言っておきながら、それを泥から捏ねたり、骨から作り上げたことに、あまりにも類似している、と言ってしまったら、私はたくさんの方にお叱りを受けるかもしれません。

1775年のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲は、その明るい色調とは裏腹に、音楽の創造者は「神か人間か」を戦った彼の、思春期の激しい精神が発露し、凝結さえしています。
この点を考慮すると、第2番以降の1曲1曲を個別に扱うのは適切ではない、と考えざるを得ませんでした。
かつ、あまり長々と述べることも適切ではありません。
概要を通じて、この協奏曲群に対する彼の姿勢を垣間見ておくことにしましょう。
その上で、出来ましたら、お気に入りの全集録音などで、全てを良く比べながら聴いて頂ければ、彼のヴァイオリン協奏曲の真価が本当にその録音に現れているかどうか、を省みて頂きやすいのではないでしょうか?

本筋ではありませんが、彼のヴァイオリン協奏曲の由来がイタリア系だ、と暗に示唆を意図しているNMAの解説から、モーツァルトが少年時代に耳にした(であろう推定も含めた)イタリアのヴァイオリン協奏曲作家を並べてみましょう。
まず、ヴィヴァルディは、そのソロコンチェルトがトゥッティとソロの交錯で成り立っている点でモーツァルトの協奏曲の本質的な先祖ではないか、と見なされているようです。が、裏付けはありません。ただし、この点は、たとえば大バッハのヴァイオリン協奏曲は必ずしもトゥッティとソロの交錯ではないことと比較してみると、妥当性は幾分高いとは言えるでしょう。
次に、記録上明らかな作曲家2名。1763年と70年にはナルディーニの、71年にはプニャーニのヴァイオリン協奏曲をモーツァルトが耳にしていることは判明しているそうです。

では、モーツァルトは本当に、これらイタリアの系列をそのまま受け継いでいるのかどうか。
プニャーニとナルディーニの例はお聴きになった方は少ないかと存じますし、私ももう記憶から薄れました。
ですので、ヴィヴァルディあたりの構成を思い出しながら、モーツァルトの「つくり」と比較してみて下さい。

第2番以降の構成を列挙してみましょう。

第2番K.211(6月14日)ニ長調
I. Allegro moderato,4/4(126小節)
II. Andante,3/4(104小節、ト長調=下属調)
III. RONDEAU Allegro 3/4(178小節)

第3番K.216(7月12日)ト長調
I. Allegro.4/4(226小節、ニ長調=属調)
II.Adagio,4/4(48小節)
III. RONDEAU 1-Allegro,3/8:252-Andante,2/2:265-Allegretto 2/2:292-Allegro,3/8

第4番K.218(10月)ニ長調
I. Allegro,4/4(220小節)
II. Andante cantabile,3/4(90小節、イ長調=属調)
III. RONDEAU 1-Andante grazioso,2/4:15-Allegro ma non toppo,6/8:77-Andante grazioso,2/4:85-Allegro ma non toppo,6/8:124-Andante grazioso,2/2:178-Andante grazioso,2/4:185-Allegro ma non toppo,6/8:210-Andante grazioso,2/4:217-Allegro ma non toppo,6/8(-239)

第5番K.219(12月20日)イ長調
I. Allegro apert.4/4,ただし40-45はAdagio(ソロが初めて登場する場面)
II. Adagio,2/4(128小節、ホ長調=属調)
III. RONDEAU 1-Tempo di Menuet 3/4:132-Allegro,2/4(イ短調、いわゆる「トルコ風」の部分):262-Tempo di Menuet 3/4(-349)

3つの特徴があります。第2番のみが例外的ですが、それは第2番が「孤立している」のではなく、以降の作品の出発点であることを示しているのです。
・第3楽章はRONDEAU(ロンド)である点で一貫しており、しかも、それが単純な「ロンド形式」であるのは第2番のみである。
・第2番以降、最後の第5番を除き、第2楽章が小規模になっていること
・第2楽章は、第2番のみが下属調であり、第3番以降はすべて属調である。

これらを通じ、モーツァルトは私たちに何を示しているのでしょう?

ひとつめ。
イタリア協奏曲の伝統を引き継ぐべきかどうか、という(おそらくは無意識的な)試行錯誤は、第2番で終わっており、かつ、第2番は以降のヴァイオリン協奏曲の出発点にもなっている。

ふたつめ。
第2番での反省を踏まえ、第3番からは第2楽章を「色合いの明るい」属調にし、なるべく簡潔であることを心がけ、「アリア的」であることを目指した。

最も重要な、3つ目。
終楽章のRONDEAUは、それが単一楽章なのではなく、切れ目なく演奏される複数の楽章であるかのように・・・でなければ、リズムの交錯によってわざと流れを断ち切り、聴き手の耳に挑むように・・・複雑化されている。
とくに第4番の交錯の激しさは・・・ただお聴きになっての印象よりも頻度が高いということにご注目頂きたいのですが・・・全体としては愛嬌を保っているために、作曲者がこの音楽にどれだけの「葛藤」を演じさせているのかについて、私たちの耳を巧みに騙しているのだということを、よく示していると思います。

もう一点、記しませんでしたが、各作品は、日付が後になればなるほど、ヴァイオリンの最高音が高まっていきます。
これは第2番から順番に続けて聴いても、多分はっきりとは気が付くことが出来ません。
ですので、同じ調性である第2番と第4番を聴き比べることから始めた方が、「なるほど!」と感じさせてもらえます。
すなわち、モーツァルトは、作品を書き重ねて行くたびに、
「ヴァイオリンがより輝かしく、しかも豊かに響くために」
何をしたらいいか、を、間違いなく前向きに思考していたし、その最初の結晶は第4番であり、(皮肉なことに)最後の結晶となったのは第5番だった、ということも分かります。



モーツァルトが「神か人間か」の戦いをなすにあたって、第2楽章の「アリア化」と第3楽章の「複構造化」を大きな指標としていたことは、テクニカル的な面からのみ「彼のヴァイオリン協奏曲は、出来が単純だ」としてしまう評価眼が間違っていること、「楽器」よりはむしろ「ミューズ」を前面に出す努力に全力を傾けていたこと、の証でもあります。
・・・それだけに、実は、これらの作品群は、決して「気楽に」聴ける音楽ではないのでした。

それぞれの初演に立ち会ったであろうザルツブルクの貴族たちが、こんなことには全く気づきもしなかっただろうことが、以後、モーツァルトが「ヴァイオリン協奏曲」などというジャンルを全く省みなくなってしまった大きな要因ではなかったかと思われてなりません。

旧説ではブルネッティが弾いたとされていましたが、近年は初演時はモーツァルト自身が「コンサートマスター」としてこれらを初演したであろう(でなければ、ミヒャエル・ハイドン)と見なされています。
「コンサートマスター」が演奏したこの協奏曲群に通奏低音が無いのも、実はこの先ハイドンのエステルハージ時代の交響曲に「通奏低音があったかなかったか」を検討する上で興味深いものがあります。
と同時に、繰り返しになりますが、自己の創意工夫が、結局はご当地ザルツブルクで流行した「ヴァイオリンソロ付きセレナーデ」の類似品としてしか享受されずに終わった結果を見て、もはや「コンサートマスター」では無くなってからのモーツァルトには魅力が失せてしまった可能性は大いにあると思います。

内容では「神」に迫りながら、「人間」の姿で作り上げた作品は、所詮は周囲の人間にとっては「人間の域を超えたもの」として敏感にうけとめられることはなかったのです。

モーツァルトは、この意味では、「肉体を持っていた間は、やはり神には勝てなかった」。
すなわち、彼は「生」にある期間においては、最下級の「神霊」であるデーモンにすらなれなかったのです。

75年のヴァイオリン協奏曲は、じつはそんな、悲しい記念碑なのかもしれません。

|

« うらやましいなあ、行ける人。(上岡/ヴッパータール) | トップページ | ドヴォルジャーク「交響曲第8番」第2楽章(1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/8355960

この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲(2〜5番):

« うらやましいなあ、行ける人。(上岡/ヴッパータール) | トップページ | ドヴォルジャーク「交響曲第8番」第2楽章(1) »