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2007年10月 8日 (月)

アーノンクールの示唆:ドヴォルジャークについて

ドヴォルジャーク第8の全体像
第1楽章の構造練習方法
については、記述しました。

アーノンクール盤が1,050円で出ています。
演奏の好きずきは別として、このCDに付いているリーフレットの中で、彼がドヴォルジャークの演奏史から受け止めたものを述べた発言(第7を含みます)は、私たちがぜひとも心に留めておかなければならないと感じますので、ご紹介しておきます。

「エドウァルト・ハンスリックは、この曲(第7の方)にはトロンボーンが多すぎると考え、手紙でジムロックに『(中略)トロンボーンが曲のラインを食いつぶしてしまっている』と書いています。(中略)さすがのドボルザーク(註:訳文の通りの標記)もこれに対しては腹を立てました。ひと月後、この作品をフランクフルトで演奏することになったドヴォルザークは、ジムロックに宛てて次のように書いています。『フランクフルトでお会いしたら、曲のラインがトロンボーン付きでも失われないことをお見せしたいと思います。肝心なのは、どのように演奏するかなのです。』ドボルザークは正しく作曲していたと確信していたわけですが、私もそう考えます。
・・・ブルックナーにおいて響きは、トロンボーンを中心として作られているのに対し、ドヴォルザークでは、トロンボーンはその補強のために特定の場所で用いられるにすぎません。トロンボーンがオーケストレーションの基盤に鳴ることは無いのです。(後略)」

「ドヴォルザークの作品は、極めて深いものに満たされています。(中略)これらは単なる感傷ではなく、より深い人間の感情表現です。同時にそれは、ちょっと間違えただけで台無しになってしまう種類の音楽でもあります。金管楽器の音量調節に失敗すると、全体はすぐに騒々しい金管コラールの洪水になってしまいます。(後略)」

第8について
ドヴォルザークは、ソナタ形式の規範をよく理解していました。彼は初期の交響曲においてシューマンのソナタ形式を研究し、発展させています。彼はこれをマスターした後、様々な実験を行い、ブラームスとは全く異なるソナタ形式を作り上げました。私は、これが説得力のある彼独自のスタイルだと思います。もちろんそうした点については、オーケストラの団員もきちんと理解している必要があります。もしそうでなければ、演奏は作品の持つ新しい要素を無視した、平板なものになってしまうでしょう。(後略)」

(ここより前の部分に重要な話が含まれているのですが、省略します。)
「私は、ドヴォルザークが第8番で聴衆に具体的な内容を伝えようとしたとは思いません。ここではむしろ、より一般的な、聴き手の一人一人が個人的に感じることの出来る感情やイメージが問題となってるのです。」

1998〜99年談。城所孝吉氏訳

ドヴォルザーク:交響曲第7番&第8番Musicドヴォルザーク:交響曲第7番&第8番


販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

発売日:2004/01/21
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