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2007年10月 3日 (水)

忘れ得ぬ音楽家:4)ロストロポーヴィチ

アマチュアオーケストラを通じて知り合った家内でしたが、結婚のお披露目の時以外には、娘が大きくなったころに町内会の文化祭で3度ほどピアノ伴奏してもらってヴァイオリンの簡単な曲をいくつか弾いただけで、家で音楽を一緒に楽しむことはありませんでした。

子供がすぐ生まれましたので、二人でコンサートに行く機会も稀でした。
下の子が生まれてからは、家内はオーケストラの練習に一緒に来ることもなくなりました。
年2回の合宿だけは、せめて家族旅行代わりに、と、家族4人で出かけましたが。

そんな、数少ない、二人で楽しんだコンサートは、名前も知らないロシアの合唱団(これは見事でした。団体名を忘れたのが返す返す残念ですが、CDを出すようなメジャーなグループではありませんでした。それでも、バスの独唱は伝説のシャリアーピンの低音のように、口を開いたとたん、声を発する前にはもう、会場の空気が波立つ素晴らしさでした)、ルーマニアの小さなオーケストラ(第1ヴァイオリンが10人しかいないのに、響きのバランスの大変良い「新世界から」を演奏しました)、そして、最も印象的だったのが、新日本フィルハーモニーを指揮したロストロポーヴィチでした。

チェリストとしてのロストロポーヴィチには、残念ながらナマで接したことはありません。
ですが、彼の残した「バッハ:無伴奏チェロ組曲」のDVDは、一作一作に、彼お得意のピアノを使って作品解説をしている親切な映像である上、24歳でこの組曲を演奏し当時のソ連で栄誉ある賞を獲得しただけあって、本番演奏部分も目を見張るほどの緊張感をもって弾ききっています。

彼が1998年にロンドン交響楽団と残したショスタコーヴィチの交響曲第4番のライヴ録音には、ショスタコーヴィチが第4のために書いた初稿を演奏する旨をわかりやすい英語で会場に説明している声が入っていて、その声のには、自身の演奏に対する厳しさとは対照的な、豊かな優しさが漂っています。(このCDの存在は、ふるたこさんのサイトで知りました。)

特段、身近に接したわけではありませんが、家内と二人で「目撃」したロストロポーヴィチは、指揮大に駆け上って客席に向かいお辞儀すると、遠目にもはっきりするほどの笑顔で、すでに会場全体を魅了してしまったのでした。
「徳のある音楽家にはオーラというものがあるのだな」
・・・つくづく、そう思いました。
   隣で、家内も溜息を漏らしていたのを覚えています。

オーラは客席にだけ向けられたものではありませんでした。
この日の新日フィルの演奏したチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」は、楽団員ひとりひとりが体から北風と吹雪と、そしてそれだけでなく、厳しい自然の中に優しく微笑んで春を約束する柔らかな太陽の光を発するという、まことに不可思議な、異次元的な世界を作り出しさえしたのでした。

亡くなって既に半年(命日の4月27日は、私の家内の命日の4ヶ月と1日後です)、彼のこの思い出をどう語ったら良いのか分からずにきましたが、良い本も出まして、それを立ち読みしたら、やはり綴りたくなって仕方ありませんでした。

北国には今年もまた、厳しい冬が訪れます。
それでも、太陽は必ず、
「今度は去年より一層素晴らしい春が来るよ」
と約束してくれることでしょう。

栄光のチェリスト ロストロポーヴィチ

ロストロポーヴィチ―チェロを抱えた平和の闘士Bookロストロポーヴィチ―チェロを抱えた平和の闘士


著者:ソフィア ヘントヴァ

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