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2007年10月31日 (水)

夫婦喧嘩と子供の躾け

こればっかりは私と妻の間では「お粗末」な話しかありません。・・・まあ、精一杯、ではあったのですが。

夫婦喧嘩は殆どしませんでしたが、
「喧嘩になりようがなかった」
からですし、共稼ぎですから子供は小学3年生まで人様にお委ね(預け)て面倒を見て頂く以上、ちゃんとした方針で躾けませんでした。

実は、昨日、初めて娘の頬にビンタを食らわせました。
アムロだって「オヤジにも殴られたことがないのに」、うちの娘は、母を亡くして、父にビンタを食らいました。
父の話に対して「うるさい!」と言った、言ってしまったそのとたんに、父の手が、娘を張っていた。
結果を言えば、よくぞ耐えました。・・・が、今日になっても昨日の父の注文をきちんと理解していないので、
「まあ、親としてすべきことをやって来なかったんだから・・・」
少し、長期戦で臨まないといけないなあ、と、覚悟する必要がありそうです。

もちろん、今日はビンタするつもりはありません。・・・出来れば、「もう一度」があってほしくはありません。

「悪いことを<悪い>と言えれば、悪いと言うことが分かっていれば、それでよし」
躾けというと、そんなモラルを分からせればおしまい、と思いがちです。あるいは、親が言った通りやる素直さがあればいいのだ、と。

本当にそうなのだろうか、というのが、この子らにとって「親」は私だけ、になってしまった当初から、どう考えていいのか、さんざん迷ったことでした。

妻には躾けは
「保育室や学童で生活の基本的なことを身につけさせて頂けたし、子供たちは気持ちが優しいし」
だから充分。あとは包み込んでやるだけ、という考えがあり、加えて、成長してから出くわすことは、そのつど対処していけばいいんだ、
「私にはそれが出来る」
という自負が、教員生活経験上強くあって、妻が生きている間は、妻の考えで充分でした。
包み込んでやるだけ、と口では言いながら、叱るとものすごく恐ろしい・・・脇にいる私まで震え上がるくらい勢いで、延々と怒鳴り続け、稲光を走らせるので、ガキどもは、ささあっと言うことを聞き、そのあとはパッパと進むのです。
ただ、子供も幼ければ理屈が通用するわけではないですから、なかなか叱られたことが身に付かない。
それでも、家内が叱ると効果絶大なので、
「任せておけば大丈夫」
と、私はあまり横槍を出しませんでした。ランダムにでも似た内容が繰り返されれば、何回もあるうちに「身に付くんだろう」・・・そんな、甘い読みしかありませんでした。

今になってみると、横槍を出さなかったことが、大変な後悔の種です。
何故か。
子供が生まれる時に妻に言い聞かせた「子供はボクたちとは別の、一個の人格なんだ」という私自身の言葉に、結局は私が責任を持っていなかった、ということを、妻が死んでみて、さんざん思い知らされたからです。

「親にとって、子はいつまでも子供」
と、よく言われます。
ですが、時代はどんどん変わります。
時代が変わると言うのは、何を意味するか?
価値観が変わる、と言うことです。そのとき、ほんとうに、本当の意味で、私は親として親足りえるのか?

私たちの結婚生活について、あるいは趣味生活についてだけを例に挙げても、新婚当時、家内が仕事を続けていることに対し、私は職場の先輩連中にはよく
「なんで奥さんを働かせ続けているんだ」
と、結構冷たく言われたものでした。サラリーマン社会は、共稼ぎは「非常識」でした。・・・たった15年前のことです。
それが、家内の死ぬ数年前から
「奥さんも、いい生き甲斐を持っているねえ」
と言われるようになりました。
趣味で楽器を弾くことについても、
「趣味なんか持つと仕事の質が落ちる。たいがいにしろ」
という人が・・・妻が働いていることに対する意見よりは少なかったとはいえ・・・かなりいました。
今では、
「趣味で楽隊やってるんだ、いいなあ! オレはなんにも出来ないからなあ」
が、普通に言われる言葉になりました。

話は窮屈になりますが、働く環境も、大きく変わりつつあります。
終身奉職からせめて常勤(形態は幾種類もありますが)への移行は目立たぬながら進んでいますし、それは働く側の意志からだけではなく、経営側の発想からも・・・そう、言葉は硬くなりますけれど、労使双方から起こっていることです。
就労時間も「労働基準法」は名ばかりと言っていいものになり、それでも法が何とか体面を保っているのは、極端に言えば、経営が「発注・請負」形式にかなり移行が進んだ結果です。

そんな変化の中で私たち夫婦の世代は生きて来たはずなのに・・・私たちはまだまだ、変化に敏感ではありませんでした。だから、
「子供たちが大きくなったとき、なんとかカバーしてあげられる」
妻にも私にも、そういう油断があったのではないかと思います。

「子供はいずれ自立して、自分のことは自分で裁量しなければならない」

このことは、同居・別居の別を問いません。
同居していても、世代が違えば、「戦場」の有り様が、全く変わってしまっているだろうから。
たった20年ほどしか間の開いていない、第1次世界大戦と第2次世界大戦の内容の違いをイメージすれば、こんなことが如何に自明かは、誰にでも分かるはずなのです。
そして、そのとき戦場に立っているのは「退役」してしまった私ではなく、子供たちの方なのです。戦法の変化が緩やかだった紀元1、2世紀だったらともかく、現代は「退役者」の「助言」は「暴言(妨言)」でしかない可能性の方が、高いのです。とてもむずかしいことですね。

どんな変化が起こるか不透明なこの先、いちばん身につけさせなければならないのは、だから、
「何がどう変わっても、それについていける知恵を身につけさせる」
ことなのであって、受験を乗り切れる、などという「学歴社会」を前提としたものであっては、絶対にならないはずです。
勉強ならば「教科書が理解できる・問題が解ける・塾でも優秀」なんてことが(3つ目を除いては重要だとは思っていますが)、モラルならば「悪いことは悪い」だというお題目の表面だけが身に付いたところで・・・それを教え込んだ大人たちの環境と、子供たちが将来囲まれる環境とは全く違う可能性は、たいへんに高い。そのとき、ヘタに身につけてしまったことが、足枷になることもある(歴史上、とくに戦争で大敗した側の兵隊さんたちがどう育成されてきたかを観察してみると、まさにその育成のされかたが「足枷」になっていたことが、たいへんよく分かります)。

だから、
「いい子に育つ」
ことを望むのが親としてのベストなのか、と自問すると、どうも違うような気がする。
・・・でも、もう、それを一緒になって考える妻が、ここにはいません。

最初の4ヶ月はとくに、家内の死去に伴う手続きや疑問の解明に、
「なんでこんなに時間がかかるんだ!」
とじれるばかりでしたし、とにかく生活が妻の生前とあまり変わらないようにするにはどうしたらいいか皆目見当もつかず、「うつ」も無理やり「治った」ことにしてお医者と職場に認めてもらうことからのスタートでした。つまりは私が私自身を騙しているわけですから、ふと我に帰ると、それまでのあいだ半狂乱状態になっていた、ということも、ままありました。
そうした時期を、子供たちはよく辛抱してくれたと思います。
だからこそ「ただ優しくしていくことだけが、子供たちへの恩返し」だとは、思ってはいけないと感じています。

気負って無理なペースを強いるのは愚の骨頂です。しかも、テキは思春期に差し掛かって、本来なら父親では母親のようには対応できない(私自身が、今の子供たちの年齢の頃から、特に父にはずいぶん反発しました)。
この子たちにどういう問いかけをし続けていくのか・・・

逃げずに試行錯誤しなければいけない、と思う今日この頃です。

「答えは、まだ無い。」

<躾け>の話ばかりでだいぶ長く、かつ堅苦しくなってしまいましたが、<夫婦喧嘩>にしたって、今になって全く同じような後悔をしているのです。
犬でも食わない話であるうえに、回数が五本の指にも満たないので、詳しくは触れません。
ただ、私は家内がヒステリーを起こしそうになったら、「分かった分かった、良いようにやってごらん」とお茶を濁して、家内には良い顔しかしてこなかったのじゃないかな、これって、本当は家内に「優しく」は無かったのではないかな、と、思われて来てならないのです。
昨日綴った、ケーキ屋のおばちゃんの言ってくれた、
「あんたの奥さんくらいだよ、ダンナのことで愚痴をこぼさなかったのは」
というのが、だから、ある意味、ありがたいと同時に、胸に深く突き刺さりもするのです。

結婚した頃に流行ったドラマやトークによくあるパターンは
「あなたって、やさしいのね」
「・・・」
「でも、だからつまらないのよ」
でした。

家内にとって、私はつまらない夫だった、とは、決して思ってはいませんし、思いたくもない。だから、複雑な気持ちにもなる、という次第です。

連日、長話で済みません。
ここまでお読み下さったのでしたら、今日もその方へは心からの感謝を!

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コメント

「價値感」は時代と共に變はる部分もありますが、變はらない部分もあります。
躾といふのは、さういふ意味では、變はらない部分を身に着けさせることだと思ひます。
人として何が良くて何が惡いことなのか、根本の部分は變はらない部分が多いのではないでせうか。
その點、ビジネスで云ふところの「價値觀」とは違ひますよね。
「流行」や「スタイル」とも違ふ部分だと思ひます。
でも、さうは云ひながらも、私に子供がゐたら、きつと惱むだらうなあ。
拜讀してさう思ひました。

投稿: 仙丈 | 2007年10月31日 (水) 23時13分

早速にありがとうございます。
根源は、仰る通りだと思っております。が、今日の話題に取り込むと、とりとめも無くなるので、避けてしまいました。かつ、「不変」に対する思い込みの弊害には、結婚生活の中でも、妻を亡くす経験を通じても、むしろ大変に苦しめられました。そんな経緯も、今回のような本文になった背景があります。ご容赦下さいね。
かつ、こんな思いもあります。
シャレではないつもりですし、中国語読みにしたら音が違うと良いのですが・・・「不変」は「普遍」に通じると思っています。ただし、国語辞典的な意味での「普遍」ではない、とも思っています。そこへどうやってたどり着くか、というのが、本来最も大切なことですし、人間にとって最大の難関でもあると感じてもおります。
夫婦の話をしていく中で、こんな話にまで至れるかどうか・・・とりあえずは頑張って考えてみます。ダメだったら仕切り直しだな!

投稿: ken | 2007年10月31日 (水) 23時26分

体罰の難しいのは,その結果子供が言うことを聴くようになっても,本心から改心したのか,恐怖心から従っているだけなのかが分からないという点がありそうです.
あるいは,単にいざこざを避けるためにとりあえず言うことを聴いているだけかもしれない.
こちらとしては,親に対してだけでなく誰に対しても,正しい判断で行動するすべを身に付けて欲しいんですよね.
我が家は,徹底的に言葉で言い聞かせます.
向こうも必死で反論してきますので,うかうかすると言い逃れられちゃう.
だから,こっちも必死ですよ.
でも,その必死さが伝わることもあるので,頑張っちゃうんです.
伝わらない時もありますけどね.

投稿: coollife | 2007年11月 2日 (金) 22時54分

娘の場合は、ビンタのあとに「ごめんなさい」をひと言いったきりで、「うるさい」に対する詫びとしてはそれで充分だったと受け止めました。
そのあと、いくつかのことを「議論」しましたが、へこんだ様子はありませんでした。「いざこざを避けるために」行動を変えることをしないでいてはくれたので、coolefileさんのお言葉と照らし合わせて、少し安心することが出来ました。有り難うございます。

判断力を付けさせたい、とは言っても、こちらの「判断力」も正しいとは限らないところが、話し合うときには大変難しいのですね。つくづく、感じさせられております。

投稿: ken | 2007年11月 2日 (金) 23時21分


たった20年ほどしか間の開いていない、第1次世界大戦と第2次世界大戦の内容の違いをイメージすれば、こんなことが如何に自明かは、誰にでも分かるはずなのです。
そして、そのとき戦場に立っているのは「退役」してしまった私ではなく、子供たちの方なのです。戦法の変化が緩やかだった紀元1、2世紀だったらともかく、現代は「退役者」の「助言」は「暴言(妨言)」でしかない可能性の方が、高いのです。とてもむずかしことですね。

どんな変化が起こるか不透明なこの先、いちばん身につけさせなければならないのは、だから、
「何がどう変わっても、それについていける知恵を身につけさせる」
ことなのであって、受験を乗り切れる、などという「学歴社会」を前提としたものであっては、絶対にならないはずです。

このことは大学にいるとひしひしと感じます。
「教育」って難しいですね。

投稿: イワン | 2007年11月 4日 (日) 17時13分

「教えればおしまい」・「体で覚えろよ」で済んだ環境は、企業でも私たちが就職したてのころまでのものです。
そうした「民間企業における社員教育の変遷」みたいなものって、どこにもデータや資料が残っていない気がします。
そう言う点では「教育界」のただ中にいらっしゃるかたよりは不利な面もあるかもしれませんが、みんなが手を取り合って、「これからはどうあるべきか」を、真剣に試行錯誤したいですね。

投稿: ken | 2007年11月 4日 (日) 23時04分

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