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2007年10月 4日 (木)

ハイドン観察:交響曲(4)エステルハージ時代以前の交響曲-2

ハイドン観察:交響曲(0)
ハイドン観察:交響曲(1):交響曲以前(成長過程)
ハイドン観察:交響曲(2)エステルハージ時代以前の交響曲-2
ハイドン観察:交響曲(3)第1番



ガイリンガーの記した、ロビンズ=ランドン推定の順番により、3回ほどで6曲ずつの初期交響曲を眺めていきたいと思いますが、第1番については既に記しましたので、続く6曲から取り掛かりましょう。

ロビンズ=ランドンが検討した結果ならべた順番は次のとおりでした。
・第37番(C)〜I.Presto II.Menuet III.Andante IV.Presto
・第18番(G)〜I.Andante maestoso II.Allegro molto III.Tempo di Menuet
・?第19番(D)〜I.Allegro molto II.Andante III.Presto
・第2番(C)〜I.Allegro II.Andante III.Finale-Presto
・?第108番(交響曲B)(B)?〜I.Allegro molto II.Menuetto Allegretto III.Andante IV.Finale-Presto
・?第16番(B)〜I.Allegro II.Andante III.Finale-Presto
(実際には、「ここに位置付けていいのかどうか」を留保しているものもあります。)

これを、前回プロトタイプと見なした「第1番」と、使用されている技法面、音楽構造面(主観が紛れ込むのが難点ですが)から、本当にこの順番なのかどうか、素人目で見直してみよう、という狙いです。

学者さんが順番を「決める」に当たっては、用紙研究、関連原典(自筆譜がなければ残存する筆写譜やパート譜)の記載内容と所在(現所在というよりはその保管場所の移動の確認)などを含めて総合的に判断をなさっているはずで、基本的に私が綴るような素人観察よりは妥当性が高いとは思うのですが、音楽の内容で確認を取る、ということについては案外なされていないのではなかろうか、という疑問が、常に頭をよぎります。今回の6曲を検討するに当たっても、技法面などで多少の「入れ違い」があるのではないか、と感じる面がありました。

で、私が感じ取った上記6曲の順番は、次のとおりです。
・第2番(C)
・第18番(G)
・第19番(D)
・(第1番(D)は実はここら辺に入る?)
・第16番(B)
・第37番(C)
・第108番(交響曲B)(B)

理由として、各作品の「様式(技法と構造、あるいは楽想や完成・充実度)」を観察したコメントを、なるべく簡単に記します。なお、各楽章の速度記号については冒頭のロビンズ=ランドンのリストを参照して下さい。

その前に、第1番でハイドンが用いていた手法を簡単に省みておきましょう(詳細はリンク先の記事をご参照下さい)。
※マンハイム・ロケット=急速なクレッシェンド
※複構造的主題
※「翳りの手法」〜記事中では用いませんでしたが、部分的な短調への転化をこう呼びましょう。
※「積み重ねの技法」同一動機を、基本的には2度上、さらに2度上へと積み重ねていく
※単一主題による(ジーグないし派生した舞曲をもととした)終楽章

以上を中心に着目すると、各作品の用いている「技法・構造ないし楽想」は次の通りです。
この順番に、ハイドンの技量が上がっていっているように、私の耳には聞こえます。

・第2番(C)
I.前古典風の重めの主題により、動きが少ない。わずかに「翳りの技法」
II.通奏低音無しでは「二重奏」になってしまう。トリオソナタの楽章の応用と見るべき。「翳りの手法」を使用
III.ジーグ風。中間部を短調にし、わずかながら「ロンド」を意識している。

・第18番(G)
I.ゆったり始まるのは<実験>か? 前古典風(バロックに近い)。「積み重ねの手法」を活用。
II.むしろ「冒頭楽章」ではないか、という感じ。行く分定型的で、「翳りの技法」がない。
III.ゆったりしたメヌエットでバランスを図ったか? 中間部は短調

・第19番(D)
I.切れのいいはずの上行三和音で開始する割に地味。展開部の「翳りの技法」は「かたちだけ」。展開部後半に「マンハイム・ロケット」あり。ホルンを意図的に活用
II.短調楽章(モーツァルトの1番の中間楽章よりは動的で、「青年のひそやかな不安感」。シンコペーションが印象的。後半部の上昇型で本領発揮、2番や18番より成熟度が高い。
III.幾分、イタリア風を意識したか、底抜けに明るい。ロンド形式に近づいているが、基本的には単一主題で、「翳りの技法」を活用。

・第16番
I.冒頭、pで高音・低音が違うモチーフを奏するが、fに転じたとき入れ替える。ここに手法的な熟練を印象づけられる。疑似フーガの使用。呈示部終結部にマンハイム・ロケット使用。展開部に短いが印象的な「翳りの技法」の使用。
II.con sordinoによる、本来の意味での「セレナータ(恋の歌)」。チェンバロ無しにはセレナータになり得ない(と思う)。
III.擬似的なロンド(後年、ロンドソナタ形式と呼ばれるものの原型)だが、単一主題。

・第37番
I.大人びて安定した第1主題。第2主題に「翳りの技法」。展開部は極度に短いが、くどさを避けるには効果的だったか。
II.のびのびしたメヌエットだが、個性的ではない。トリオは短調(18番と同じ)
III.短調楽章(19番に同じ)。「積み重ねの技法」。ひそみ足的な主題は、やはり「成人」のもの。
IV.2つの主題を用いた、ロンドソナタ形式。fとpの入れ替わりを効果的に活用。

・第108番(交響曲B)〜これまで見て来た中では、はじめて「高音域ホルン」を用いた作品。
I.初期のハイドンらしからぬ、伸び伸びとした主題だが、前古典的な動きをする。第2主題は存在しないか、明確な区分がない。展開部に「翳りの技法」。終結部は「紋切り型」。
II.高音域ホルンの効果で明るいメヌエットとなっている。管楽器のがこれまでの中で初めて高い独立性を示す。トリオは短調ではなく、転調で雰囲気を変え、独立ファゴットを活躍させる。
III.叙情性が強いシチリアーノ(シシリエンヌ)〜但し、明記せず。
IV.初の2拍子系フィナーレ。簡潔なソナタ形式で、短いが爽やか。


以上、作品に用いる技法が(通常の創作心理であれば、「自作はもう一歩進めてみようか」という発想が自然でしょう?)どのように展開してきたかを改めて見直してみると、まだ37番の位置づけに困ってはいますが(18番と19番の間かもしれない)、私としてはどうしてもロビンズ=ランドンとは別の、上記のような創作順を想定したい衝動に駆られます。楽章が4つに増加する過程も、この方が納得がいく気がします。仮に37番の位置が違っても、18番の実験精神の延長と考える余地がありますし。

また、エステルハージ家時代に突入する前で、まだ三分の一を見ただけですから、通奏低音云々する必要には当面迫られはしないのですが、上記第16番の「セレナータ」的楽章、第2番緩徐楽章(実質的に二重奏であることは「交響曲」というネーミングからは想定不可能でしょうから、少なくともトリオソナタ形態の延長として捉えるのが本筋だとしか考えられません)の存在は、少なくとも、モルツィン家奉公時代までのハイドンは、「交響曲」作曲時には、「通奏低音としてのチェンバロ」の存在をまったく念頭におかなかった、ということがありえないことは、断言してよいと思います。

残り12曲がどうであるか、を見た上でないと「確信犯」はおかしきれませんが、とりあえずはここまでを次回以降の踏み台にしたいと存じます。

なお、2、3曲ないしは6曲セットは「出版を前提としない限り考える必要がなかった」との話もあるようですが・・・これについてはまた別途考察しましょう。
ただし、少なくとも、今回見直した順番では、最初の3曲にはC-G-Dと、属調を上昇する計画性を見て取ることも可能かもしれません。ただし、この期間の交響曲はあと12曲残っていますから、いずれにしても「セット問題」を論ずるのは早すぎますね。

(音をつけるつもりでしたが、ゆとりがありませんでした。後日、もしつけられたらご報告します。お約束違反ですみません。)

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