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2007年9月 8日 (土)

ハイドン観察:交響曲(0):前説

モーツァルト作品を、おそらくその生涯に沿っているだろう、と思われる順番で「読む」試みを続けているうち、「では、古典派と呼ばれた音楽とは、いったい実際上はどんな位置付けにあったのだろう?」という疑問に至ったことを、前に記しました。もちろんそれに関連付けて、でもありますが、とりあえずハイドン(ヨーゼフ)は、是非このあたりで、よくよく知っていくべき存在なのではないか、かつ材料も手にしやすいのではないか(但し、日本語で読める伝記は近々出版予定はあるものの、現状では古書以外にはありません)、と考えました。
事情でしばらく資料を新規に入手できませんので、手元に溜め込んであった限りのもので試みていこうと思っております。特に、楽譜はクラヴィアソナタ、弦楽四重奏等の室内楽、交響曲以外には、まとまりとしても、価格的にも入手しにくいし、室内楽は総譜(スコア)だと高くつきます。
幸い、交響曲全集は、版としてはもう古くなってしまったのでしょうが、ロビンズ=ランドン校訂版は最終巻を除き、かなり以前に所持しておりました。かつ、交響曲は(最初期の作例は無いものの)ハイドンが生涯取り組んだジャンルの一つでもあります。
そこで、まずは交響曲をヒントにハイドン観察をしてみよう、という主旨です。・・・モーツァルトほど細かくはやらず、あるまとまりごとの観察にしていくかもしれませんが、とにかくやってみます。

今回は、まだ具体的な作品には触れません。観察を始める前の「能書き」です。
あいかわらず長ったらしくてすみません。。。



<文化>という名前で括られる様々な事象(作品や上演は)、現在進行形または現在完了形で捉えられる範囲のものについては、今を生きている誰にでも、なんとなく
「どうしてこんなものが出来たり演じられたりするのか」
が分かりやすいようです。
分かった、ということが「正しい理解」かどうかはともかくとして、それは私たちが<今>という時代の真っ只中で生きているからに他なりません。

一方、百年前後からもっと前の過去のものを見聞きする場合には、
「どうしてその作品はこう仕上げられたのだろう、 いまこのかたちで上演されるのだろう?」
などとまで考えることは、滅多にありません。ただその「不朽」の価値を頭から信じて、作品・上演の「素晴らしさ」に手放しで感嘆する。・・・これはこれで、過去の<文化>に対する接し方として、決して間違ったものではない、と私自身は思います。
むしろ、「過去の文化は当時を考究した上で享受しなければならない」と考えてしまうことの方が、大きな誤りを孕んでしまう危険性は高いのではないか、とさえ考えています(「古楽」復興を謳ったかたわらで、充分な検討を加えないまま「復興」を自慢した一部の人のやり方が行き渡ってしまい、むしろ長い伝統を後代の作為と勘違いしてしまう過ちがいくつか犯されたことが、今では分かっています)。

歴史的復元などと称して「当時を考究する」ということによっては、本来「当時の人間生活の全てを網羅して調べ尽くす」のでなければ、「当時の真実の像」を掴むことなど出来っこありませんよね。・・・まあ、現在についても同じことは言えますか。極秘事項、とかもありますしね。でも、過去となればなおさら、「実感」として把握することは出来なくなりますよね。

大風呂敷はやめておいて、話題を「交響曲」に限りましょう。
いや、「交響曲」と日本語で呼ばれているもの、に限りましょう。

欧文献はほとんど知らないからですが、日本語で、日本人が書いたものとして「交響曲の起源と普及」に特化した書籍のうち、現在手にしやすいのは次の二つです。

・「交響曲の生涯」石多正男 東京書籍 2006年4月
・「文化としてのシンフォニー1」大崎滋生 平凡社 2005年2月

前者は、極端に言えば、ロマン派までの「交響曲」でこのジャンルは死んだ、としているあたりに抵抗がありますし、他にもひっかかりのある本で、「ホントかなあ」という記述も少なくありません。とはいえ、後者に比べると具体例が掲示されているので、便利な面もあります。
後者は客観的立場に徹して「交響曲」を観察しよう、という優れた試みで、全3巻となる予定ですが、いまのところ初期ロマン派までを扱った第1巻しか刊行されていません。

で、どちらかというと、前者のほうが「交響曲」の起源については突っ込もうと試みる姿勢が前面に出ています。後者は、やや社会的背景に触れつつ、焦点はあくまで音楽作品や音楽活動に当てておき、問題点は問題点として留保する姿勢を貫いています。

では、それらを読んだら「交響曲とは何ぞや」が素人なりに納得できるのか、というと、そうは問屋が卸さないのが世の常どおりであります。

大崎氏が留保している中で重要なものに(記憶で綴っているので誤りでしたらお詫び申し上げます)、
「オペラに(序曲としての)シンフォニアがあり、大バッハには鍵盤楽器作品としてのシンフォニアがある。それらがいつ、どこで一体化したのかは究明されていない。また、オペラとは独立して創作されたシンフォニア(サンマルティーニ弟などが中心人物)も、意外に早く存在している。それらがどういう経緯で、宮廷のコンサートに導入されるに至ったのかも、はっきり分かるわけではない」
という問題提起があります。(「宮廷に」という演奏場所の特定の背景には、当時は楽譜の購入者はそれなりに資産がある階級、すなわち王族・貴族・富裕者でなければならなかった、という事情、「音楽の享受=楽譜の所有」という価値観への「拘泥」があります。この点について反証があるわけではありませんが、本当に、そんな閉鎖空間でしか「シンフォニア」は耳に出来なかったのでしょうか? これも探っていくうちに様子が見えてくればありがたいな、と考えているところです。)

石田氏の方の「交響曲起源論」は鍵盤楽器作品としてのシンフォニアは等閑視しているかに思えますし、シンフォニアはオペラの序曲起源なのだ、という視点から脱しきっていない気がします(これも、間違った読みでしたらごめんなさい)。

では、まず、オペラとは関係なく「序曲」として呼び習わされてきた作品に注目してみましょうか。
あんまり知りませんから、一例だけあげます。
大バッハの「管弦楽組曲」が、まさにそういう存在です。
で、演奏された機会は、ギムナジウムの祝典だったりするのでした。
・・・宮廷が舞台、ではありませんでした。その音が響いたのはカフェの前の広場だったりしたのですから、富者でなければ耳に出来ないものでもなかったと思われます。
いや、仮に奏楽会場がギムナジウム内だったとして、その中にどういった類の人がはいれたのか、についての研究は、視野の狭い私の目には入ったことがありません。

ヨハン・クリスチャン・バッハの「シンフォニア」に至っては、イギリスという土地柄もあったのかも知れませんが、ヘイマーケットというオープンスペースで上演されており、そこそこお金があった人は、王族貴族でなくても耳に出来ました。お金が無くても、そのあたりをほっつきまわれた人は、聴くことが可能だったでしょう。

そんなあたりから、まず「シンフォニア」=「(オペラにくっついたとは限らない)序曲起源論」は認めておこうかと思います。で、それらは少なくともハイドンが本格的な創作活動に入った時期(ほぼモーツァルト誕生の年に近い)には、管弦楽曲であったことも、容認しておきましょう。かつ、本当に「特権階級やお金持ち」しか聴けなかったかどうか、については、観察していく過程の中で探っていくこととしましょう。

次に、「シンフォニア」の中に管弦楽曲ではない作例がある事実をどう捉えたら良いのでしょう?
これは、大バッハ以外の作例をまず調べてみなくては、大崎氏の提起する問題に対する答えは見つけようがありません。
編成問題ではありませんが、ひとつだけ、大バッハの例からのみ推測できることはあります。
管弦楽曲として流行するようになったシンフォニアは、ロッシーニのオペラ序曲を「シンフォニア」と呼ぶ例など時期を百年近く下ってからの慣習にも残っているとおり、単一楽章のものは存在しつづけました。ですが、ハイドンに先立つクリスチャン・バッハなどの例、何よりもハイドンが「懸命に勉強をした」テキストの著者であったエマヌエル・バッハの作例は、大多数が複数楽章です。
単一楽章の「シンフォニア」がまず大元にあって・・・大バッハがそれをイメージの中では「ホントは管弦楽曲にしたいのヨ」と思っていたかどうかは知りようがありませんが・・・、やがて「組曲」との融合などがあり(あ、これは恣意的な推測です。ただし、理由はちょっと考えています。ハイドンの具体的な作品に触れ始めるとき、述べてみたいと思っております)複数楽章であることが常識化した時点で、ハイドン、モーツァルトらへ「シンフォニアは複数楽章である」という観念が引き継がれていき、それがまた彼らによって「独立作品」としての鑑賞に耐えられる完成度を高めていくことにより、「交響曲」と翻訳しても差し支えない作品が続々と生み出されるようになった・・・
私はそのように考えたいと思っております。

とはいえ、素人かつ非専従者の悲しさで、証拠固めのためには少ない資料と多大な時間の狭間で
「ああでもないか、こうでもねえや!」
ともがいてみるしかありませんで。

そのあたりはご容赦いただきながら、このカテゴリでは、時に「交響曲」以外の曲種、あるいはハイドン以外の作曲家にも触れながら、観察をしていきたいと存じます。

この次から、ハイドンの交響曲として初期に分類されているもの(但し、製作順通り、とはいかないでしょうが)を手始めにとりかかってみましょう。
ハイドンの青春時代は「面白い」んですけれど、作品とどう結びつけていいか、を見て行くのは相当な難題です。実際問題、青春時代にハイドンが独学したはずのエマヌエル・バッハのテキスト(第1巻)は本来最小限目を通しておくべきかと思われるのですが・・・私自身が今、そこからスタートを切れる環境にはありません。後日の見直しを覚悟で進めることと致します。

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