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2007年9月26日 (水)

間奏:笑いと暴力

過去数回、「笑い」そのもの、というよりは、「笑いが演じられる場」を、日本に限って、どちらかというと歴史の断片を拾ってみてきました。

それは「神社の境内」という結界の中で生まれ、「神人」という一種の流浪の民の手で固定された場から開放されたのでした。

他に、おそらく仏僧の説教、あるいは僧崩れの聖(ひじり)たちによる説教節から派生したであろう「落語」において、寺院が似たような「起源の場」であったでしょうし、はなから流浪の民であった傀儡子集団(彼らがどのように登場し、どのように消滅したかも興味深いところです)が荷った「笑い」もあったはずです。

「場」については、こんなところで概ね分かった、としましょう。

では、肝心の「笑い」はどうやってもたらされたか・・・本来、「笑い・コメディ」の演芸そのものを楽しもうと設けたカテゴリですのに、思わぬ脱線でスタートしてしまいましたが、「楽しむ」ためには「楽しめる」ための前提条件はある程度把握したい、という屁理屈根性がここでも先に芽吹いてしまったため、つまらん話の連続になったことを心からお詫びしつつ、かつ、つまらんかったら読まんでおいてくださることを切に願いつつ、もうちょっと屁理屈に浸らせて下さい。

本題に戻ります。

これまで「笑いの場」を考えながら、自然と脳裡に浮かんだのは、「笑い」と「暴力」のつながりの深さです。

いくらなんでも「暴力」だけが笑いの要素だとすることは大間違いなのでして、それは徐々に見直していくことになるはずですが、それにしても、「暴力」が観客に「笑い」として許容されてきたことには、小さからぬ意義を、何とはなしに感じるのです。

殴り、殴られ、蹴り、蹴られ、は、少なくとも私が子供時代に見ていた演芸では「笑い」を取る最も手軽な方法でした。

ただし、どの程度までの暴力なら「笑い」として許容されるのか・・・これは、考え出すと大変に難しい。

一つの例として、北野武監督の一連の初期映画作品についてみてみましょう。

鮮烈な印象を人々に与えた彼の初期監督作品は、「暴力もの」が圧倒的に多い。しかも、それは漫才師ビートたけしが演じていた「笑い」を取るための「暴力」とはまったく異質のものでした。その道徳的、あるいは美的・芸術的意味は、今は問いません。この場で問うことが無意味だからです。

そうした一連の「暴力もの」の間に、他に特異な一つの例外を除いて、彼は二作だけ、「笑い」主体の作品を制作しています。

お下劣に徹した「みんな~やってるか!」

彼にしては珍しい人情ものである「菊次郎の夏」

「みんな~やってるか!」の方は、それまでの数作での集中に疲労した北野監督がおもいきりハメをはずして精神的起死回生を図ったものではなかったか、と、私は勝手に考えております。内容は漫才時代の暴力ネタ・下ネタ・汚物ネタてんこもり。そのため評価は高くなるはずはありませんでしたが、特段悪口も言われませんでした。

「菊次郎の夏」は、一般家庭でも安心して子供に見せられる(とはいえ、競輪とか変態オヤジが登場します)穏当な内容です。ところが、北野ファンには、こちらは猛反発を食らったのでした。芸人の中でも北野氏を畏敬してやまない松本人志が「菊次郎の夏」だけは徹底的にこき下ろしていたのが、私には大変印象的でした。どういう理由でそこまでこき下ろしたのか・・・は、しかし、あまり理解できていません。言えるとすれば、「菊次郎の夏」は暴力シーンが少ないか、他の作品よりも緩められた間接表現になっている(ただし、間接表現でも凄みがある、というのは、代表作「HANABI」で北野氏が観客に強く印象付けることに成功しています)・・・それは「笑い」をとることを重んじたためであったとしても、北野武という人物の持っている価値観からすれば「逃げ」だったのではないか、と、松本には切なく感じられたのではなかろうか、という推測のみです。

で、この「推測」の松本感情に、この先具体的に見ていく「笑いの起こし方」の重要なキーが隠されているのではないか。

あまり囚われてはいけませんが、そのあたりを考慮しながら、今度は「演じられる笑い」に目を移していきたいと考えております。

お粗末さまでした。

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