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2007年9月13日 (木)

誰もいぢめてはならぬ

今日は政治家さんの名前が出てきます。
でも、政治経済のことは触れないつもりのブログです。中身は、きわめて個人的な感情です。
「政治に勘定は必要でも感情は不要」
という向きの方には、バカなヤツ、と思われるような文です。

政治、という面ではいつも信頼しているJIROさんの記事にリンクを貼っておきます。
政治面の評価をしたい方には、そちらの方が有益です。その内容は、ここに綴るのとは対照的に見えるかも知れませんが、理性的には賛同は感じております。

が、こちらは、私の「思い」、主観を綴ったものです。・・・もちろん、ご時世から言えば、1日半も経ってこんなものを綴っていること自体が「出遅れ」ですけれど、時評ではないので、いいでしょう?


昨12日、安倍首相が辞任しました。
あまりに唐突な辞任でした。
記者会見では幾つも具体的な理由を述べていらしたようですが、どれもが本当であり、どれもが嘘であるのでしょう。何故か、そう感じました。

私自身は万年平社員の無党派層という、無責任な生き方をしております。
そんな私でも3年前に変に真面目になり過ぎて、「ウツ」になってしまいました。「ウツ」は自殺願望を伴うこともある病気です。家内にはそうとう精神的負担をかけたと思います。
ですのである晩、
「大丈夫、俺は絶対死なないから」
といいました。
「私も絶対死なないから」
家内は涙してくれました。
そんな家内が、昨年暮れ、急な心臓の病で死にました。倒れているのを見つけた時には、でも死に顔ではなくて、気絶した顔でした。私との約束を守ろう、と思い続けてくれていたのだと思います。
早いもので、それから4分の3年、父子家庭で過ごしてきました。支えてくれた親族も、ですが、完治していない私をおおらかに受け入れてくれている職場の皆さん、お願いすれば気軽に助けてくれるご近所の皆さんなど、周囲のいろんな方のおかげで、笑顔の絶えない家庭で居続けられています。
一市井人が、周りの暖かさに支えられて生き延びている。・・・それでもちょっとした言葉や感情の行き違いで、被害妄想に陥ることがあるのですから、贅沢なものです。

しかるに、今回の首相辞任劇の前後、それに対する報道の姿勢を見ていると、もうこれは「首相」という役職者への、ではなく、「安倍」という一人の人をよってたかっていじめているようにしか感じられませんでした。
参院選大敗後、
「外からミソクソに言われても支えてやるよ」
多分当初はみんなにそう宥められて続投する気になったのでしょうに、蓋を開けてみれば、外はおろか、「内」からも・・・真実は分かりませんが多分間違いなく・・・支えてもらえることは無かった。
続投を発表したとたん、身内からも思いがけず批難を受ける。内閣は、これは自殺者が出たり、第2次大戦時の原子爆弾被弾について無見識な発言をしたことで実質罷免されながら全く自己の責任を感じない閣僚がいたり、と恵まれなかった経緯を鑑み、クリーンな内閣を目指して改造しましたが、これがまた団結してくれる気配がない。様々な経緯を経てついに「じゃ、辞めます」と言ってしまったその背中に「直接」浴びせられるのは罵声ばかり。
そして世間は、「じゃ、次のボスは誰にしようか」なんて、さっさと冷たく動き始めています。
おお、青い血の流れている連中の世界は、なんとこんな平民とは違っていることか!

「生きる」ことに残酷さがつきまとうのは必然です。まず、食わなければならない。食うためには、どうしても他の生き物の命の素、いや、命そのものを奪い取らなければならない。
ただ生きるためだけであれば、そんなことに、いちいち残酷さを感じているいとまはありません。

ですが、人間が人間である所以は、「人と人との間に残酷は無しヨ」というところにあるのではなかったか。(歴史上、お互いを「人間」として認めあった場合には戦争は起こっていません。たとえば古代ギリシャが戦争をした相手は「バルバロイ」でした。古代ギリシャ人から見れば、人間じゃなかったのに違いない。)

「人、という字は、倒れかけたヤツを後ろから誰かが支えてやるんだ」
とは、小卒で既に働きに出た私の父の言ってくれた、私にとってはどんな哲学よりも重い教えです。

・・・でも、「人間」なんて、なまじっか文字なんか持っちゃったがために、お互いが言い訳しやすくなってしまって・・・ひょっとしたら「霊長類」なんて思い上がった分類はふさわしくなくって、他のどんな動物よりも劣っているのかなあ。

そうでは、ないでしょう?

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