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2007年9月24日 (月)

モーツァルト:Misericordias Domini K.222

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

ベートーヴェンの第九も聞きたい、あ、でもモーツァルトのレクイエムも聴きたいな、
時間がない、どうせならいっぺんに聞きたいんだけれど。。。

そんな贅沢なあなたには、恰好の曲があります!

いい曲だと思うのですが、なかなか出回っていないようですので、せっかくだから全曲聞いてしまって頂きましょう。いつもの「デタラメ分析」は、そのあとで。


ケーゲル/ライプツィヒ放送響、フィリップスの全集盤によりました。

歌詞は、次のたった一行によります。

(詩篇89【88】-1)
Misericordias Domini cantaobo in aeternum
主の愛を永遠にうたおう(講談社1980年訳)

作品自体は、大まかに五つの要素から成り立っています。()内が、最初の登場小節です。
A. 訴えかけるような、弱音の半終始カデンツからなる2小節間の合唱(1)
 Misericordias Domini
B. 厳粛な、しかし凝縮されたフーガ(3)
 cantaobo in aeternum
C. やや哀願調の、4度のカノン(11)
 cantaobo in aeternum
D. 光を当てたような二重カノン、長調(17)
 cantaobo in aeternum
E. 敬虔な、4小節間の斉唱(23)〜ベートーヴェンの「歓喜の歌」と同主題
 Misericordias Domini
なお、DはCの、EはAの亜型だと見なすことが出来ます。

以上が、次のように繋がれています。()内が開始小節です。
たった7分程度の作品でありながら、高度に入り組んでいる様子が分かります。
A(1)-B(4)-C(11)-A(15)-D(17)-E-(23)-
B(27【29小節目と35〜36小節目に下行半音階を活用】)-A(37)-C(39)-E(49)-B(53)-A(64)-B(67)-A(71)-C(73)-B(76)-E(89)-
A(97)-B(100)-A(110)-B&D(112)-E(130)-D(134)-Coda(A&B,139-158)

AとEの位置をキーとしてみれば、その間にB、Cを主に挟み込み、最初と最後の盛り上がり部分にのみDの二重カノンを置くことで、全体がほぼ三部(26小節まで、96小節まで、と最後のセクション)に聞こえるよう工夫をしていることが伺えます。(BのフーガとC、Dのカノンが半々の割合で使用されていることにも注意して下さい。)
それにしても、いい曲ではありますが、うつむいて合掌(A,E)しては顔を上げて神を賛美し手を大きく広げる動作が11度も繰り返され、コーダではさらにそれが入り組みますので、礼拝としてはかなりせわしない・・・これには、創作の経緯〜タイトだったタイムスケジュールがかんでいるのでしょうか?
(いえ・・・詩篇のたった1行をこれだけの長さの曲に仕上げた努力の方を思って下さい。)

この曲は、非有名曲の中では珍しく、比較的高い割合で、モーツァルトの伝記に作曲の経緯まで述べられています。

1775年2月にバイエルン選帝候に注文を受け、ミュンヘンを去るほんの2日前の3月5日に初演されたのでした。

この作品について、モーツァルトはイタリアでの師マルティーニ神父に総譜を送り(散佚)、評価を乞うていますが、このときの書簡が、「ザルツブルクではミサの時間制約がうるさくて良い曲が作れない」旨を訴えたのと同一の書簡であることについては、不思議なくらい諸書には言及されていません。「偽の女庭師」でもミュンヘンへの転職を獲得し損ねたモーツァルトは、なんとか新しい境遇を得たい一心でマルティーニ神父をも頼ったのではなかろうか、と私には思われるのですが。

(このときの双方の書簡の原文はベーレンライターのモーツァルト書簡全集第1巻に掲載されています。【モーツァルトの出したものは323、神父からの返事は325】"Mozart Briefe und Aufzeichnungen Gesamtausgabe Band 1" イタリア語です。読めねー。マルティーニ神父のものの方は尻切れとんぼの印象がありますが、断片しか残っていないのでしょうか?)

マルティーニ神父の反応は、おそらくモーツァルトにはピンとこなかったのではないでしょうか?
この点は、アインシュタインが、正鵠を得たコメントを残しています。
「マルティーニ神父の判断ははなはだ意味深いものである。彼はこのモテットの中には---<現代音楽が要求するいっさいのもの、良い和声、豊かな転調、ヴァイオリンの現代的な動き、自然で良い声部進行がある>と答えている。<現代音楽>とは! モーツァルトが教会音楽を純正な、古い厳格な様式で作ったと信じているのに、16世紀の多声音楽の傑作によって訓練されたマルティーニ神父の微妙な耳には、現代音楽と聞こえるのである。」(訳書211頁)

NMA(1963年)、Calus版(2002年)ともヴィオラを含む弦楽合奏を伴奏としたスコアを採用していますが、残されたパート譜数種からは、この作品がオーボエ、ホルン、トランペットをともなって演奏されたこともあれば、やはり管楽器付きながらヴィオラ抜き(ヴィオラはバスパートのオクターヴ上を弾いたと推定される。ザルツブルク同様、アウグスブルクにも教会音楽ではそのような習慣があった由)で演奏されたこともあるのが判明しています。

とまれ、この曲をダシにマルティーニ神父への書簡が翌年出されるあたりに、モーツァルトの「巣立ち指向」が伺われる点には、1775年という年の彼の活動を考える上で非常な重みを感じます。

なお、ミュンヘン滞在中には「ファゴットとチェロのためのソナタ」K.292があるとされているのですが、研究上は「疑作か?」とされているので私は採り上げるのは断念しました。
ランスロットさんのサイトで音が聞けます。いい曲です・・・疑作、なの?

付言)コメントを頂いて、漏らしていたことに気づいたのですが、この作品で、モーツァルトはザルツブルクでの恩師エバーリンという人の「主よ、御身は祝し賜い」から主題を借りている、とのことです。また、マルティーニ神父への書簡では、自分は(対位法的作品の習熟に於いて)地元のアドルガッサーやミヒャエル・ハイドンの恩恵を受けている旨、明言しています。

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コメント

Kenさんこんにちは。

いつもこちらのサイトを拝見して思うのですが、よくぞ、これだけ詳細な楽曲考察(で、良いかな・・)を書き続けることが出来ますね。脱帽です。

このモーツァルトの曲は知りませんでした。「歓喜の歌」の元はここだった・・・か、どうかわかりませんけど、面白いですね。

作曲・初演された当時ベートーベンは4歳でしたけれども、後に楽譜を見たかどうか。今ほど出版物、ましてや楽譜の流通は盛んでなかったでしょうから。

しかし、可能性はありますね。「モーツァルトの尊敬者であることに関しては、誰にもひけを取らないつもりだ」と公言していたベートーベンですからね。

作曲活動の集大成、交響曲第九番で、モチーフに敢えて使ったとか。

そういえば、私は以前、「モーツァルトさん、あんた『魔笛』で、クレメンティのピアノソナタから拝借していたでしょう?」という趣旨の記事を書いたことがありました。

いずれにせよ、K.222、大変美しい。ご紹介下さってありがとうございます。

投稿: JIRO | 2007年9月24日 (月) 18時42分

JIROさん、いつもありがとうございます。
・・・いつも、いっぱいいいもの聞かせて頂いて。

ベートーヴェンがこの曲を知っていた可能性は(検証しなければ断言してはいけないのですが)なさそうな気がするし、歓喜の主題そのものの音型は偶然の一致だと・・・わたしゃ信じたいなあ。。。第4ピアノ協奏曲の冒頭がモーツァルトの交響曲第29番に似ている、というより遥かに似ているから、困りますねえ。


この曲、でも、ニ短調だというところも大きなミソでして。
モーツァルトのレクイエムもニ短調、ベートーベンの第九もニ短調。

いい曲でしょう?

投稿: ken | 2007年9月24日 (月) 19時27分

しまったぁ。先に掲載されてもうた。ニ短調の曲としてK341とともに、いずれ登場させるつもりの曲でした。とてもオペラブッファの合間に仕上げたとは思えないいい曲ですよね。23小節目からのヴァイオリン有名ですね。29番とピアノコンチェルトNo.4 知りませんでした。聞いてみます。ちなみに、バスティアンとバスティエンヌの序曲とエロイカのテーマの酷似も有名ですよね。この曲はフーガがたまらなくいいですね。あっ それからレオポルド2世の戴冠式の際、サリエリが、この曲を指揮したと何かで見たことがあります。

投稿: ランスロット | 2007年9月26日 (水) 08時56分

ランスロットさん、ごめんなさい。。。

レオポルド2世の戴冠式典でサリエリが一切、自作ではなく、モーツァルトの3曲のミサや、(おそらく他の作曲家もふくむ)の宗教曲だけを演奏する、という思い切った行動に出た事実は、水谷氏「サリエーリ」173頁に記載されていまして、そのなかにK.222が含まれていたと推測される旨、確かに記述があります。
サリエーリは自分が戴冠式用の作曲を依頼されなかったので、あてつけにそうやったんだ、と述べられていますけれど、それにしてもモーツァルト作品を大々的に採り上げているのは、サリエリはこの当時(1790年)、モーツァルトを高く評価していたことの現れだと受け止めて良いのではないでしょうか? この事実との因果関係は分かりませんが、モーツァルトが翌年、サリエリを自分の「魔笛」上演に招待した、という有名な出来事が起こります。
サリエリという人は、私は素晴らしい人格者だったと推測しているのですが・・・

投稿: ken | 2007年9月26日 (水) 23時29分

この曲、短いながらも充実した音楽ですよね。
いわゆる「バッハ・ヘンデル体験」以前のモーツァルトの対位法音楽の粋と言ってもよさそうなほど凝っていて、驚かされます。
確かに少々忙しない印象もなくはないのですが、初めは羅列的に出現する種々の動機が、後になるにつれ同時に処理されていく様は圧巻です!


なお、楽曲分析については少し異論があります。
Kenさんはおそらく分かりやすくするためにそうされたのだと思うのですが、実際にはこの曲はもっと入り組んでいるようなのです。
EをAの亜型とするのは納得ですが、DはCの亜流とは言いづらいかと。
Dはその後の展開からすると、かなり独自性を発揮しているように感じるのです。
早くもB(27~36)の33小節でバスに現れる動機はDの下声部の短縮形とする方がしっくりくるかと思われます。(53~63の部分も同様)
特に76~81くらいまでの流れはDの短縮形が主で、そこにBが紛れ込んでくるようにも聴こえます。
そして112~129の部分、それまでは交わらなかったC動機も加わってB+C+D(短縮形)のこの曲で最も凝った場面となります。
ちなみにC(73~75)では動機がストレッタで処理されています。
こうして見てみると、この作品は「ジュピター」のフィナーレの原型とも言える構成を持っていると判断できそうです。

…Kenさん、すいません。
今回のコメントは相当にうっとうしい代物になってしまいました。
しかし曲が曲だけに、どうせなら凝ってみようということでご容赦を。

投稿: Bunchou | 2008年12月13日 (土) 15時05分

Bunchouさん、詳細な分析ありがとうございます。

D部は実際、複雑な役割を果たしていることはご指摘の通りです。子の記事を書いた時にスコアに貼りまくった付箋で確認したところ、私自身がD部をCの「心理的延長線」と見て良いのか、Bの要素の拡大形が独立したものと見た方が良いのか、で迷った形跡があり、それでご指摘の適切さを確認させて頂いたところです。
創作心理としては、形態が違っても、こうした「重要な」経過句的性格のモチーフは前のモチーフがないと成立しないので、記事中では私はそちらを採用した次第です。

ジュピターのフィナーレの原型、そうですね、こんな早い時期にもう、彼の中に出来上がっていたんですね。
そこまでは考えなかったなあ!

投稿: ken | 2008年12月13日 (土) 17時23分

こんばんは。
遅レス、すいません。

>記事中では私はそちらを採用した次第です。

なるほど、そうでしたか。
それにしても、こういうじっくり読み込んで味わう作品もたまにはイイものですね。
もちろん、感覚的な美しさを持つ音楽も良いですが。

>ジュピターのフィナーレの原型、

このKenさんの記事を読んでからK222のスコア(特に112~129の部分)を見ているうちに「ジュピター」フィナーレのコーダ部分がダブってきまして、それでピンときたんです。

投稿: Bunchou | 2008年12月17日 (水) 20時53分

なるほど!

私はもう、ただ、記事にするためにどう読むか、だけで無我夢中だからなあ・・・
振り返りは必要だなあ・・・

また似たようなことがあると思います。
そのときはまた仰って下さいね。
とても勉強になります。

投稿: ken | 2008年12月18日 (木) 10時40分

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