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2007年9月11日 (火)

モーツァルト:「偽の女庭師 La finta giardiana 」K.196

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



1774年を締めくくり、1775年の幕を開けることになった作品です。
・・・ただ、そんなに「奇抜な」ことはお話できません。

「ミュンヘンの謝肉祭用のオペラ・ブッファを」との、バイエルン選帝候直々の注文であるため、大司教コロレドも認めないわけにはいかなかった、とのことです。詳しくは伝記類を参照頂くとして、モーツァルトは9月頃に、この作品を台本指定で注文を受けました。それというのも、この台本、74年の謝肉祭シーズンに別の作曲家の手でオペラ化され大ヒットしたものだったのです。それを、ローマでのオリジナルではなく、何故モーツァルトに作らせる気になったのか、選帝候の意図については分かりません。今で言う上演権の問題かなにかがあったのでしょうか?
創作にあたって、モーツァルトはローマでヒットしたアンフォッシという作曲家の楽譜をも参考にしたという話ですが、(アンフォッシの方の作品を聞かないままに言うのもなんですが)出来上がったオペラは、正真正銘、純正モーツァルト、との印象を受けます。
ただ、各キャラクターの造形に当たっては、アンフォッシの方法を踏襲した可能性は認めておくべきでしょう。

とはいえ、以下ではナンバーごとに若干のコメントを加えますけれど、キャラクターも、それに付けられた音楽も、私には「フィガロの結婚」の原型が強く感じられてなりません。

特徴的な歌については、少ない数にはなりますが、実際に聞いて頂けるように試みましょう。


さて、このオペラブッファ上での登場人物、当初の恋愛の図式は次の通りです。
凡例: ->(思いの方向)、o (両想い)、x(片思い)、M(婚約)、H(実は恋人)

Il Podesta(舞台となる町の行政長官で、家の主人) x-> Sandrina(家の女庭師)
Arminda(主任の姪) <-x Ramiro( Armindaのこ恋人だったが裏切られた)
Serpetta (家のメイド) <-x Nardo(女庭師の従兄弟、実は家僕)
・・・ということで、「両想い」は、いません。男性から女性への片思いばかりです。

で、めでたしめでたしなのは、この二人だけ。
Arminda <- M -> Il Contino

ですが、「真実はこうだった」
Sandrina<- H-> Il Contino
ということが分かり、何故そうなのかの謎解きと、二人の関係修復がオペラの主軸となり、その周りで
Il Podesta(家の主人)以外の男性の片想いが少しずつ解消して行く、という話です。
ヒロイン、 Sandrinaが、Violanteという女性がIl Podestaの家の庭師に身をやつして(歌舞伎で言うと、性は違いますが、さながら「助六、実は曽我五郎」みたいなもの)、嫉妬で自分を傷つけたままゆくえ知れずとなった恋人の Il Continoを探している、という背景設定なのです。

以下、幕ごとの曲の配置(第1幕を除き、レチタティーヴォで幕が開始されます。また、各ナンバーの間には必ずレチタティーヴォがあります)と、それを謳うのがどのキャラクターかを記します。ただし、各ナンバーの冒頭の詩句がタイトル代わりに記されるのが通例ですが、あえて一切省略しました。そのかわり、それぞれの歌が、歌っているキャラクターのどんな思いを込めたものなのかをひと言記し、ストーリーを追いかける代わりとします。その方が、作品の構造が分かりやすくなると思ったものですから。
歌の内容からだけでは分からない、レシタティーヴォ部分でより突っ込んでいる、ストーリーのもっと細かな部分については、
・堀内修「モーツァルト オペラのすべて」平凡社新書Y840 882円 123頁以下
をご覧頂ければ手軽でよろしいかと思います。
なお、バロック以来の伝統で(その後1750年頃まで続きますが)、アリアを歌ったら、そのキャラクターは原則として舞台から退場します。そうやって劇の場面を転換するのだという点を念頭に置いて下さい。


"La finta giardinier"

序曲は「アルバのアスカーニョ」のときと同じ手法で作っています。すなわち、「シンフォニア」ですが、第1楽章、第2楽章を独立して作ったあと、フィナーレ部分はそのまま第1幕のIntroduzioneとなる、という方法です。・・・前にも述べたかも知れませんが、この手法はクリスチャン・バッハが使っていたものです。
ただし、祝典劇だった「アスカーニョ」ではバレエを背景とした大合唱を開幕に用いたのですが、こちらは普通のオペラですから、5重唱での開幕となります。

Act 1
1. Introduzione : Sandrina,Serpetta,Ramiro, Il Podesta, Nardo
( Arminda と Il Continoを祝おうと一同待ちながら、実はそれぞれの報われない恋を思う)
2. Aria : Ramiro
(仮にArmindaへの想いを断ち切っても、次の恋の罠が待っているに違いない不安を歌う。「フィガロの結婚」のケルビーノを、浮気性では無くし、暗い性格にした感じ。・・・ケルビーノの方があとで出来たキャラクターだが。)
3. Aria : Il Podesta
(はじめは穏やかだった Sandrinaへの恋の想いがだんだん乱れて行くのを、オーケストラの楽器が増えてやかましくなって行くのに例えた歌。歌詞中の楽器の名前は、イタリア語を知らずともよく聞き取れるでしょう。「フィガロ」の伯爵の原型1)ただ、音楽としての面白みは、まださほどではありません。
4. Aria : Sandrina
(女のさがは、生まれついての悲しいもの。愛に生きるか死ぬしかないから)
5. Aria : Nardo
(Ramiroの愚痴を聞き、彼の退去後に、物体ならどんな固いものでも加工のしようはあるが、女心はそうはいかない、だのになんとかしようとする我々男どもはどうかしている、と歌う。Figaroの原型だが、ここでの歌ではまだそのキャラクターが前面に出て来ないきらいがある)
6. Aria : Il Contino
(叔父にIl Continoは結婚相手としてふさわしいかどうかくどくど再確認するArminda。それでやり取りしている二人の前に現れ、二人のやり取りを知らぬまま、Armindaを持ち上げる短いアリア。Il Continoの、やや軽率そうな性格を表してみせる。ここでは彼はまだ喜劇的である。歌のあとはここでは退場しない。「フィガロ」の伯爵の原型2)
7. Aria : Arminda(Il Continoを信じ、結婚を受け入れるために歌う。)
8. Aria : Il Contino(家の主人に、自分の家計の由緒正しさを誇ってみせる。まだ道化役。)
・・・ここまでは従来のイタリアオペラ、ですが、モーツァルトは次あたりからだんだん調子づいてきます。
9a、9bは、同じ旋律ながら、キャラクターが見事に浮き出ています。(曲名クリックで聞けます。)

(自分に想いを寄せるNardoはフケ過ぎだ、と皮肉る。「フィガロの結婚」のスザンナの原型)

(Serpettaの言い分を優しく受け入れてみせる)
10. Aria : Serpetta(私を好きになる男なんていっぱいいるわ、とNardoを半ばバカする)
11.Cavatina : Sandrina
(美しい歌。誰もいない庭で、愛の悲しみを歌う。・・・Armindahaはそれを盗み見て、この女庭師の美しさに半ば嫉妬し、今日結婚すること、その相手が身分の高いIl Continoであることを自慢しに現れる。SandrinaはArmindaの結婚する相手の名を聞いて仰天する。自分の探していた恋人だからである。気分が悪くなって倒れ伏すSandrinaがかわいそうになり、ArmindaはIl Continoを「手助けして下さい」とその場に呼ぶ。)
12. Finale : Il Contino , Sandrina , Arminda, Ramiro , Il Podesta, Serpetta, Nardo
(Il Continoの方も、Sandrinaが、自分が殺してしまったと思い込み悩んでいた当の恋人だと気づき、周囲の人びとは何がなんだかわけがわからなくなり、大混乱のうちに幕を閉じる。)

Act 2
13.
(Il Continoを軽蔑した怒りの歌。「夜の女王のアリア」を思わせる名品。)
14. Aria : Nardo
(どさくさに紛れて面白おかしくSerpettaを口説きにかかる。彼のフィガロ的キャラクターが前面に出た歌。)
15. Aria : Il Contino(以前傷つけてしまった短慮をSandrinaに切々と詫びて、その場を去る)
16. Aria : Sandrina
(Il Continoの絶望しきった様子に活路を見出した家の主人に・・・紳士的に・・・言いよられ、そのプロポーズを、彼女はやんわりと断る。)
17. Aria : Il Podesta
(姪の結婚も自分の願望も果たされそうになく、どこかへ姿を消したくなった、家の主人。)
18. Aria : Ramiro
(なおも自分を寄せ付けようとしないArmindaへの断ち切れない想いが、状況の変化で好転しそうな予感に静かに浸る。)
19. Recitativo e Aria : Il Contino
(何もかも失った気分になってしまいつつ、それでも自分が過剰な愛からくる嫉妬のせいで殺してしまったと思い込んでいたSandrinaが無事だったことの喜びを、つくづく噛みしめる。)
20. Aria : Serpetta
(本当はNardoに心が動かされ始めているらしい彼女、自分自身に、若い身空で妙な拘束を受けるのは損だ、という想いが抜けきれず、無視を決め込もうと自分に言い聞かせる。)
21. Aria : Sandrina
( Il Continoの登場、Il Podestaのプロポーズ、という事態に混乱し、動揺し、傷つき続けている。)
22.Cavatina : Sandrina(嘆きの心を歌った美しい歌)
23.Finale :Sandrina, Il Contino , Nardo , Sandrina , Arminda, Il Podesta, Nardo
(心の整理の付かない、それぞれの人びと)

Act 3
24. Aria e duetto : Nardo , Sandrina,Il Contino
(Nardoの機転で再び寄り添い合うSandrinaとIl Contino。しかし、まだお互いに素直になれない)
25. Aria : Il Podesta
(事の次第から、ArmindaとRamiroを結びつけ、自分はSandrinaを諦めるのが最も望ましいと悟る、実に人格者の主人。)
26. Aria : Ramiro(尊大に構えたままのArmindaに憎悪をむき出しにする)
27. e duetto : Sandrina,Il Contino・・・ここで聞けるのは美しいRecitativoの方だけです。すみません。
(・・・やはり、二人の絆は愛の神が断ち切ることを許さなかったのでした・・・最初のRecitativo acompaniatoが、柔らかい弦の響きに包まれて、明るい決着を予感させる。)
28.Finale.Coro : Sandrina,Serpetta, Arminda , Ramiro, Il Contino , Il Podesta, Nardo
(ArmindaはRamiroに対する自分の態度の非に気づき、SerpettaはNardoを受け入れ、家の主人以外はみな両想いを達成。でも、こんなにいい主人には、じきにいい相手が現れるでしょう!)


初演は、当初74年12月29日が予定されていましたが、75年1月13日まで延期され、その後数回上演されました。大成功、ということになっていますが、ミュンヘンの習慣でオペラの再演は相当間隔が空くために、3月までに月1回ずつ上演されたにとどまった、と、父レオポルドが書簡で明らかにしているとのことです。(該当書簡は74年12月と75年1月のもので、それを海老沢「モーツァルトの生涯」のように素直に受け入れていいのかどうかは、他に資料がなく、疑問符付きにしておくしかありません。)

この時期、大司教コロレドもミュンヘンを訪ねているのですが、モーツァルトのオペラを観劇していません。理由の推測は伝記類をご覧下さい。いちおう、スケジュールが政治優先であったためであって、モーツァルトに対する悪意ではなかった、と考えて良いのかと思いますが、モーツァルトとの関係がだんだんに悪くなって行く最初の兆しではあるかもしれません。
コロレド滞在にも関わらず、モーツァルトはモーツァルトで、クラヴィアソナタの量産をしていたという事実は、コロレドの耳にも入っていた可能性はあり、耳に入ったとすれば、コロレドは嬉しくなかったに違いありませんし。
つまり、いずれの側にも、後年の決裂に繋がる心理的障壁の萌芽が、この時期会ったと考えることは不自然ではなさそうです。

第1幕は自筆譜が早くに喪失し(コンスタンツェの、夫の死直後の証言が残っている)、NMA編纂時に筆者譜等の資料研究の結果復元されたものが、今日演奏されています。
また、「大成功」だったのはあながちうそではなかったのかなあ、と思わされるのは、この作品、1780年にザルツブルクを訪れた興行師ベーム一座がドイツ語版(すなわちジングシュピール)として改作を依頼したことから想像させられます。ただし、このドイツ語版はザルツブルクでは上演されず、同じ年のうちにアウグスブルク(レオポルトの故郷)でやっと上演された、とのことです。この80年、というのも・・・微妙な年ですねえ。
ジングシュピール版で改変された部分の楽譜はNMAに掲載されています。なお、ジングシュピールでは当然、Recitativoは「生のゼリフ」であって、歌付けがされていません。



NMAでは第5分冊に収録。
リンクした演奏は、アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの1991年のものです。
Sandrinaをグルヴェローヴァが歌っています。サンプルにあげませんでしたが、長官役を歌っているのはトマス・モーザーです。
記念年に他作品と併せて箱もので出たシリーズなので、これそのものはいまは店頭にはないかな・・・
webでは購入可能です。
Warner Classics 2564 62330-2

私は他にはフィリップスで出た全集盤で聴いています。
その他、TowerRecordでの検索結果はこちら

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