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2007年9月17日 (月)

モーツァルト:ミュンヘンでのピアノソナタK.279〜K.284

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。


当初74年12月29日の予定であった「偽の女庭師」は、75年1月5日に延期、更に先延べされて、ようやく1月13日に上演されました。
このことが、モーツァルトの実質的に「最初の」ピアノソナタ群6曲の成立に、かえって幸いしたフシがあります。
「偽の女庭師」の上演には、姉ナンネルも後からザルツブルクを出発して立ち会う予定でしたが、モーツァルト父子がミュンヘンに着いた時点では、ナンネルの分までの宿が取れずにいました。それが、12月16日になって何とかメドが立ち、彼女は1月4日にミュンヘンに投宿することが出来ました。
そのナンネルに、父レオポルドは12月21日付けの妻宛の書簡でヴォルフガングの手槁譜を持参させるよう依頼しています。中に、「ヴォルフガングが書いたソナタ(複数形)を」という記述があります。
これが、従来はミュンヘンで初演されることになった6曲のクラヴィアソナタの、最初の5曲だ、と考えられてきましたが、用紙研究が進んだ今では、6曲のソナタはすべて1月以降に書かれた、ということで決着を見ているようです。・・・では、ナンネルに持参させたソナタはどれだったのか? ヴォルフガングの作品で間違いなかったのか、という疑問が生じますけれど、後者については書簡原文にdes Wolfg: geschriebene Sonaten und Variationen"とあり("Mozart Briefe und Aufzeichnungen Gesamtausgabe Band I 1755-1776 509頁)、このdesをヴォルフガング作品以外を示す冠詞とは受け止めようがありません。どのソナタだったのか、を推測する材料もありません。少なくとも今回採り上げる6曲以前に作られたクラヴィア単独のソナタは残っていないようですし、近い年代の作品で現存するのは72〜74年の間にザルツブルクで書かれた4手のためのクラヴィアソナタくらいです。他の楽器用のソナタも、現存作としては幼少期のものしか残っていません。
いずれにせよ、ナンネルにこうした楽譜を持って来させたことは、少なくともレオポルドには息子をミュンヘンでオペラ以外でも何とか売り込もうと言う意図があったことを伺わせ、それは、貴族に一番近寄って演奏できるクラヴィアソナタであった可能性が高かったことも示唆していると見てもいいかもしれません。なお、NMAには、解説に同時期と推測されるナンネル作のソナタの譜例(K.Anh.199/33d , K.Anh.200/33e , K.Anh.201/33f)が数小節記載されていますが、これらの主題は弟が作ったソナタに非常に似ています。・・・左手の充実度の違いを見ると、弟の方が後で作ったのは間違いないと思われますし、また、その創作にあたって、結構時間を割いたのではないか、ということも想像されます。



K.279〜K.284のソナタはどれも有名です。また、モーツァルトのクラヴィアソナタ(ピアノソナタ)はCDの全集でも1775年のこの6作から最後の1789年のものまでの17曲をおさめたものばかりです。充実期の作品群であるため、他のジャンルに比べ、作品の質が高い水準で一貫性を保っています。ですので、お聴きになるのでしたら、お好みの全集を購入してしまった方がお得です。安いもので2000円台からありますし、過去の名演奏家のものでもハスキルは3千円台、ヘブラーは4千円ちょうど、です。当時のピアノの音で聴くと思うとOortの全集がよろしいかと思うのですが、他の種類のピアノ作品もすべて収録しているためこれが一番高価で、ヘブラー盤の倍値はします。

CDの話が先になってしまいました。すみません。



このソナタの「受け止められ方」が、また、楽譜そのものと照らし合わせ、モーツァルトの書法を観察してみると、日本の研究者の記述はアルフレート・アインシュタインの「呪縛」から完全に逃れていない気がします。「デュルニッツ」ソナタとして6曲中の最高峰に位置づけられているK.274が「このジャンルとしては異例な、交響楽的なスケールを備えた作品であり・・・」(西川氏)、あるいは「・・・<デュルニッツソナタ>では、モーツァルトはシンフォニックな響きさえ鳴り響かせる。」(海老澤氏)。こうした記述でイメージされている「交響楽的」あるいは「シンフォニック」という言葉は、当然、1775年当時の「交響曲」あるいは「シンフォニア」ではなく、もっと後期の「交響曲」を無意識に前提にしているのは、当該ソナタの性格からして明らかです。
こうした記述が無意識的になされてしまった大きな原因を作ったのは、アインシュタインの評価です。
一見、逆のことを言っているように読めるのですが、アインシュタインの本心は、モーツァルトがハイドンに比べて「総合的な」音楽を作っている、という、ある意味でモーツァルトへの過大な評価を付与するところにあります。これが、「交響的」という言葉にぴったり符合する、という仕掛けです。

「ハイドンのピアノ様式においては、なんとしばしば別の器楽の領域からの翻訳が感じられることか! 一方モーツァルトにおいてはいっさいが軽快なピアニストの手から流れ出るのである。」(アインシュタイン訳書p.332)

これは、実際の作例にあたってみると、全く逆であることが分かります。
たとえば、ハイドンの、1776年作であることが明らかなクラヴィアソナタからひとつお聴きになってみて下さい。

 Carmrn Piazzini OEHMS OC245 CD5

この作品をクラヴィア以外のどんな楽器で演奏することが想像できるでしょう?
もう一点付け加えれば、ハイドンは終生、ピアノフォルテではなくてクラヴサンを指向して鍵盤楽器作品に取り組んだ旨、ガイリンガーの伝記から伺われます(K.Geiringer "Haydn a creative life in music" p.208)。

一方、モーツァルトは2年後に「この(=デュルニッツ)ソナタは『シュタインのピアノフォルテで演奏すると、比類のない効果を現すのです』と(手紙に書いている)。」(アインシュタイン訳書p.333)。
モーツァルトのほうが、クラヴィア作品においては「多彩さ」を思い描いていただろうことを伺わせ、ソナタの楽譜自体もそれを証明しています。

6曲のソナタは「クラヴィア的」なもの、「シンフォニアあるいは弦楽合奏的なもの」と、(必ずしも一律に、ではありませんけれど)2系統に区分しうると思いますが、それは、楽譜が「弦楽三重奏もしくは四重奏に編曲しても不自然ではないかどうか」によって容易に判別し得るものです。

各曲の概要とともに、その区分を記しておきます。
ご賛同頂けるどうかは、楽譜を当たってみて頂くしかないので、恐縮ですが・・・

K.279(クラヴィア的)ハ長調〜バロックないし前古典のトッカータ風です。
I. Allegro 4/4 (100小節)〜分散和音音型は編曲に向かず
II.Andante 3/4 (74小節)〜これは管楽アンサンブルには出来そうですね。
III.Allegro 2/4 (158小節)〜いちおう、シンフォニアのフィナーレには編曲可かな?

K.280(シンフォニック)ヘ長調
I.Allegro assai 3/4(145小節)〜弦楽四重奏曲に編曲可
II.Adagio 6/8 (ヘ短調、60小節)〜弦楽四重奏曲に編曲可
〜ベートーヴェン第2交響曲の緩徐楽章を思わせるフレーズが26〜27小節目にあります
III.Presto 3/8 (190小節)〜弦楽三重奏にでも編曲可

K.281(クラヴィア的)変ロ長調
I.Allegro 2/4 (109小節)〜クラヴィア的とは言え、ハイドンの例となんと違うことでしょう!
II.Andante amoroso 3/8 (106小節)〜随所でサスペンドペダル的効果を狙っています。
III.RONDEAU Allegro 2/2(162小節)〜これはしかし、弦楽四重奏にしやすいなあ

K.282(シンフォニック)変ホ長調
I.Adagio 4/4 (36小節)〜弦楽四重奏曲に編曲可
II.MENUET I (32小節)&MENUET II(40小節)〜弦楽四重奏曲に編曲可
※MENUET Iの後半の最初は減七・完全五度の和音の3組セットを使って巧みに半音階を下行させています。
III.Allegro 2/4 (102小節)〜弦楽四重奏曲に編曲可

K.283(どちらかというとクラヴィア的)ト長調(最もなじみ深い作品かも知れません)
I.Allegro 3/4 (120小節)〜少々ニュアンスが変わってもいいなら弦楽には編曲可
II.Andante 4/4 (39小節)〜クラヴィアならではの節回しです
III.Presto 3/8 (277小節)〜C.Bachのシンフォニアのフィナーレを思わせます

K.284(クラヴィア的、というより、まさにピアノ的)ニ長調((「デュルニッツ・ソナタ」)
I.Allegro 4/4(127小節)
〜36小節後半から38小節前半にかけてバロック的なフレージングになっている点に着目
II.RONEDEAU EN POLONAIZSE Andante 3/4(92小節)
〜途中の分散和音はアレンジしてもオリジナルの味わいは出ないはずです。
III.Andanteの主題による自由な12の変奏曲。メヌエット的に終わる。

なお、K.284には、あきらかに成熟度の劣る書きかけの稿があって、NMAに記載されています。

ピアノ作品はすべて、NMA第20分冊に収録されています。

モーツァルトのほうに音のサンプルをつけず申し訳ございません。
くつろぎたいときには最適の音楽ですから、よいCDかお抱えのピアニストをお見つけになって、お聴きになってみて頂けたら幸いです。

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コメント

これらの6曲のソナタはもっともっと注目されて欲しいです。
後年のウィーン時代のソナタとはまた異なった、
ダイナミックな変転ぶりが魅力ですね。

投稿: Bunchou | 2008年9月11日 (木) 23時34分

すべてが魅力的なソナタです。

ほんとうに、後期とは違っています。
ある意味では、後期には失ってしまったもの(その代わりにより大きなものを手中にはしているんですが)を、この6つのソナタは、まだモーツァルトは心の中に保っている。。。自分への絶対的な信頼のようなものでしょうか?

投稿: ken | 2008年9月11日 (木) 23時50分

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