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2007年9月25日 (火)

曲解音楽史20:日本固有(?)の古歌

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド   9)古代中国 10)古代ギリシア
    11)古代ローマ  12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ    14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断
    15)中世前半の西ユーラシア   16)唐朝と朝鮮・日本 17)「声明」の伝来
     18)モンゴルと中央アジア北方 19)「十字軍時代」の西ユーラシア



日本の音楽については、東アジア、特に中国との関連で、器楽としての「雅楽」に触れたのみでした。

「雅楽」の中には、しかし、日本固有と見なされる「歌謡」も含まれています。
しかしながら、それが純粋に日本固有なのか、やはり中国や朝鮮の影響を受けたのか、は、明らかだとは言えません。とはいえ、中国も朝鮮も伝統音楽が時代を経て変貌してしまっているため、おおもとは日本に影響を与えていたにせよ、こんにちそれを伺うことは、まず不可能でもあります。

ですので、神楽歌・久米歌・催馬楽などの雅楽歌謡は、
「現時点では日本にしか存在せず、日本でしか聴けない音楽」
になっている、ということは断言しきれます。但し、その成立を平安時代より前にさかのぼって確認することは、いまのところ出来ていないようです。

しかも、私たち一般人がそれら「日本固有の古代歌」を直接間接に耳にする機会は、大変まれです。
音楽の教育課程が変わり、日本伝統音楽も中学の授業に取り入れられることにはなりましたが、三味線か琴あたりを除けば、実際に和楽器に触れるようなカリキュラムを組むことは、非常に困難なのではないかと思われます。
まして、古代歌謡は口承口伝の世界のものです。その微妙な世界を垣間見るのは器楽以上に困難なのではないでしょうか。

一方、「神楽歌・催馬楽」を読み物として読むことは、入手しやすい日本古典文学全集にたいていこれらが活字化されていますので、遥かに容易です。そこから、日本人がどのような歌を歌い継いで来たか、「ことば」の面で伺うことは充分に可能です。

神楽歌や催馬楽の解説、起源についての諸説は、ですので、「古典文学全集」の類いに掲載されているものをお読みになり、正確な知識を得て下さるようお勧め致します。

一つだけ、私が大変面白いと思うのは、催馬楽には「露骨にセクシャル」な言葉のものが多数みられるのに、たとえば、源頼朝の時代に摂政をつとめた九条兼実の日記「玉葉」には、長子の良通が藤家流(呂旋)の催馬楽を師の大納言宗家に付いて熱心に習っている様子がしばしば記されていることです。

極端な例ですが、こんな歌詞の催馬楽もあります。(18歳未満は読み飛ばして下さいな)

 陰(くぼ)の名をば 何とか言ふ 陰の名をば 何とか言ふ
 つらたり けふくなう たもろ つらたり けふくなう たもろ

(あ、18歳以上でも意味分かんないですね! 私も注釈がないと、ちっとも分かりません!)



神楽歌の方は、一式歌われると非常に長いので、その前に「おととり」をするための
 Columbia「雅楽の世界 下」COCF-6197収録
をお聴き下さい。

催馬楽は、
 Columbia「大和朝廷の秘歌」COCF-10012収録
という歌を掲載しました。

「蓆田」の言葉は次の通りです。

 蓆田の 蓆田の 伊津貫川にや 住む鶴の
 住む鶴の 住む鶴の 千歳をかねてぞ 遊びあへる
 千歳をかねてぞ 遊びあへる



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