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2007年8月 9日 (木)

シェーファー「音探しの本」

現代音楽に連なる人の記念年の表は、盆明けとさせて下さい。
まだ生存している人を、故人と並べていいものかどうか、迷っておりますので。

明日改めて、旧盆前最後の記事を綴る予定です。
それに関連して、1冊の本をご紹介しておきます。




音さがしの本―リトル・サウンド・エデュケーション


Book

音さがしの本―リトル・サウンド・エデュケーション


著者:R.マリー シェーファー,今田 匡彦

販売元:春秋社

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1年半前、私が「うつ」からのリハビリのために、ブログで「音日記」でもはじめてみようか、と考えるきっかけを作ってくれた本です。(ブログの中身は、結果的には「音日記」にはなりませんでした。)

もとはといえば、子供向けの本です。
でも、子供一人で読むのには向きません。
100個の「音さがし」の課題を、子供たちに優しく問いかける本です。
けれど、ある子が一人だけでこなせる課題は、あまりありません。
クラスでの取り組みが必要なものが多すぎるのが、日本の実情には合っていません。
ですが、すばらしい課題ばかりです。

最初の問題。
「 ほんの少しのあいだ、すごく静かにすわってみよう。そして耳をすましてみよう。今度は紙に、聞こえた音をぜんぶ書き出してみよう。

  みんな、それぞれ違った音が聞こえたかな。

  大きな声で、クラスのみんなに向かって、音のリストを読んでみよう。それからみんなが、読んだ音を聞いてみよう。

  ほかの人たちは、あなたが聞かなかった音を聞いていただろうか?」
(一部、「、」を補いました。訳書3頁)
  
本来は、こういう「課題」を先生が主導出来る「ゆとり教育」こそ発想されるべきでしたが、日本の官僚さんたちが思いついた<ゆとり教育>には、残念ながら、例えばこの本でシェーファーが貫こうと試みたような「方針」がありませんでした。そして、最近はまた、ふたたび「基礎学力を養うのに充分な授業時数」などというのばかりに気を取られています。
仮に良心的なお役人さんがいて、
「いや、大切なのは鋭敏で柔軟な感覚を養うことだ」
と発言したとして、どれだけの人がその発言者を誉めてくれるでしょう?
仮に、それでもこうした発言が受け入れられたとして、では、「鋭敏で柔軟な感覚」を養うプログラムは、誰がどのように設計するのでしょう?

それ以前に、そもそも、「基礎学力」とは何なのでしょう?
子供が、自立して、かつは協調して、環境の変化に充分対応しつつ生存出来る能力・・・「人間」にとってはそれ以上に必要な「基礎学力」なるものがあるのでしょうか?

いまの多くの日本人がイメージしているのは、こんな感じだ、と言ったら間違っていますか?
数学・国語・現在最も日本で通用する第1外国語である英語にたくさんの時間を割き、四則演算の原則など、そもそも何故そんな考え方が生まれたかなんかは関係なく機械的に覚えさせただけで間に合うから、間に合うものはさっさと済ませて、どんどんもっと難解な知識まで持たなければならない。国語や英語の単語に語源の知識はいらなくて量だけなるべくたくさん覚えればいい、文章の背後にある思想も読み取らなくていいから複雑な事務文書がすばやく読み取れて即座に応答出来る弁論をし得る「高度技術」を身につける<反論の詭弁術>をよく身に付けておかせなければならない・・・「基礎学力」って、そんな、足場の不安定な、頭でっかちな「塔」に過ぎないもの。そのわりに、建築には膨大な時間を要するもの。

もし、「お前の言うことは0.01%だけでも正しいところはある」と仰って下さるのでしたら、この本の問いに、「大人」として答える自習から、是非はじめてみていただきたいと存じます。

それだけの価値を感じ、今日まで本棚のすぐ脇においては、時々参照してきた本です。
これからもそうしようと思っております。

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