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2007年8月27日 (月)

娘の作文の下書き:「漆塗り屋さん」だった父の実家

昨日、DVD「パイプオルガン誕生」のご紹介で、手仕事の素晴らしさにも少しばかり言及しました。
たまたま、娘の作文の課題が「伝統工芸」でして、私の実家は2代遡るまで漆塗りを家業としていましたので、そのことを書かせました。
「こういう話も、少しでも知っておいて頂けたらありがたいかも知れないな」
ふとそう思いましたので、娘の作文の下書きを以下に掲載します。文中「父」とあるのは私のことです。
・・・なお、作文の最終形は、以下の文とは変わってしまっています。



20060407135532shohinphoto_04・私の父の実家は、宮城県の仙台市です。
・仙台の父の実家は、江戸時代から曽祖父(ひいおじいさん)の代までは「塗師(ぬし)」という仕事をしていたそうです。ですが、第二次世界大戦の空襲で家が焼けたあと、仕事場をもとにもどすだけのお金なども無かったりしたため、曽祖父を最後に、「塗師」の仕事はやめてしまったそうです。
・なぜこんなことから話を始めたかというと、「塗師」というのは日本の代表的な伝統工芸品に大きく関わっている仕事だからです。
・「塗師」とは、木で作った家具や皿、椀などの器(うつわ)に漆(うるし)を塗る仕事です。
とはどういうものか、みなさん、ご存知ですか?「漆の木」という植物から取れる、黒っぽくてネバネバした液体です。
・父は、実家で最後の塗師だったお爺さんの側(そば)で「漆を塗る仕事」を見ていたこともあるそうですが、とても小さい頃のことだったので、残念ながらあまりよく覚えていないそうです。ただ、裏山に遊びに行くと漆の木が生えていたので、木のことは少しだけ覚えているらしいです。「木」とは言うけれど、そんなに太くも大きくもないのだそうです。
・遊びに行くときにはよく、お婆さんから「漆の木に触っちゃダメだよ」と注意されたそうです。何故かというと、漆のの中にはアレルギーを起こす成分があり、肌の弱い人は触っただけでかぶれをおこしてしまうからだ、ということです。
・「アレルギーを起こさせるほどの強い力、悪いものを寄せ付けない力が、この木にはあるんだな。」と、大昔の人は思ったようです。それが、漆が塗料として用いられるようになった理由だと、考古学の学者さんたちは考えています。
・実際に、漆には、ものが腐るのを防いだり、虫除けをしたりする効果がありますから、漆を器に塗るのは衛生上も理にかなっていたのです。
・ですので、漆を塗料に用いた器、すなわち「漆器(しっき)」は、大変古い時代から人間によって使われてきたことが分かっています。
・中国では紀元前一千年よりも前に使われた漆器が見つかっていますが、日本の遺跡からは、完全なかたちではないものの、もっと古い時代に漆を用いた遺物が見つかっています。そのため、漆を人類で初めて塗料に使ったのは日本人ではないかとも考えられています。英語で、漆器のことを「ジャパン」と呼ぶほどです。
・漆器は日本各地に、その土地土地が自慢する代表的なものがあります。有名なものに、青森県の「津軽塗り」、福島県の「会津漆器」、石川県の「輪島塗り」などがあり、曽祖父も、なんとか漆の仕事の若いあとつぎを育てたい気持ちから、あちらこちら見学して勉強していたこともあるそうです。ですが、曽祖父が塗師をしていた頃には、漆器が有名ではない土地では、漆を塗る仕事はあまりお金が儲からず、結局は後継ぎを育てることをあきらめたのではないかなあ、と、父は思っているそうです。本当は私の祖母は「後を継いでもいい」と考えたことがあるそうですが、祖母が若い頃は、女の人が「塗師」の仕事をすることは認められなかったので、いまでも残念がっているということです。
・曽祖父がたずさわっていたのは、「仙台堆朱(ついしゅ)」と呼ばれる漆器の仕事でした。(付記:私の祖父は、リンク先の頁にある南忠氏とともに仕事をしていました。)似た漆器には山形県村上市の「村上堆朱」と言うものがあるそうですが、村上市の物も、仙台市の物も、作る方法は一緒です。
作業は分業で行なわれます
・元となるうつわ(大体は、木製)は、あらかじめ作られたものが漆塗りの工房に、ものによっては彫刻などの模様を彫られて運ばれてきます。
・うつわを受け取ると、まず、黒くて粒が大きめの漆で、ムラが内容に下塗りをします。下塗りしたあとは、縫った漆の面にでこぼこがなくなるよう、ていねいに研ぎます。曽祖父はこの下塗りの名人だった、と聞いています。
・そのあと、色のついた、やや滑らかな漆で、中塗りというのをします。これもムラなく塗り、ていねいに研ぎます。ただ、下塗りの出来が悪いと、この中塗りは絶対にうまくいかないのだそうです。(付記:工芸品の職人で下働きの人の名前が伝わることは、まずありません。ヴァイオリンで言えばストラディヴァリの工房で働いていた下職は無名のまま、なのとおなじです。)
・中塗りまで済ませると、いよいよ上塗りです。上塗りには、いちばんトロトロに仕立てた、艶のある漆を塗ります。上塗りに使われる漆には、黒のほか、赤や黄色や緑などの色がつけられています。ここからどうするかは漆器の種類によって違います。仙台の堆朱の場合は、あまりギラギラした感じになるのを避けるため、むしろ、「艶消し」ということをします。黒い害の上塗りをしたもので、模様が彫られているものには、最後に、その模様のところに黒い漆をあらためて塗りこみます。
・以上が、「仙台堆朱」の場合の作り方です。

・ちょっとしか漆塗りの仕事振りを見たことの無い父とは違い、祖母は漆を塗る「工房」で子供時代を過ごし、暮らしてきました。ですので、父よりずっとたくさんのことを覚えていたり、知っていたりします。
・「大人が漆塗りの仕事をしているときはもちろん、仕事が終わっても、漆が乾くまでは絶対に作業場に入ってはいけなかった。なぜかというと、乾く前にちょっとでもほこりが立って漆にくっついてしまったら、その漆器は売り物にならなくなったから。」
・「同じ様に、埃を立ててはいけないという理由から、仕事の最中は、作業場では絶対におしゃべりをしてはいけなかった。作業場はいつもしんとしていた。じゃあ、ご飯のときくらい喋ってもいいかな、と思ったら、それもそうわいかない。みんな仕事で黙っているのが当たり前なので、ご飯のときも、誰も喋ったりしなかった。子供の私(祖母のこと)が喋ると、『静かにしなさい』って、叱られたもんだよ。」

・父の実家で扱っていた漆器は、いままで描いてきたような特殊なものでしたけれど、父が子供の頃までは、お味噌汁のお碗にも漆が塗られているのが当たり前だったのです。それが、いまでは、漆ではなく、ウレタンという樹脂の塗料が塗られているのが普通になりました。ウレタンはとても安くて、機械で塗ったり出来るからです。
・山がたくさん切り崩されてしまった今、漆は高価なものになってしまいましたし、今まで見てきたように、それを塗る仕事も、大変に神経を使わなければなりません。ウレタンのような便利な材料に取って代わられたのは、仕方のないことなのかもしれません。
・ですが、人工的に作られた樹脂であるウレタンとは違い、漆はなんと言っても自然の生み出したものです。そして、私の曽祖父たちの仕事の仕方を思い浮かべるとき、工場で作られるウレタン塗装の器とは違い、漆器は「心を大切にしながら作り上げられていく」ものだということも分かります。
・私たち、これからの世代は、もういちど、曽祖父たちが大切にしてきた「心をこめる手仕事」を見直していってもいいのではないかな・・・そうすれば、世の中の人は「いじめ」だとか「がり勉」だとかいうことなんかで大騒ぎしているのがバカバカしくなってきて、お互いを思いやるのが当たり前の社会になっていくのではないのかな・・・私は漆器の話を聞き、しらべながら、ふとそんなことを思ったりもしました。

・ただ昔からかたちだけ続いているのではなくて、「物を作るときの心の大切さ」をも私たちに伝えてくれるからこそ、「伝統工芸」というのは大切なのではないか。
・たまたま父の実家が「塗師」だったために知ることが出来たことではありますが、そんな目で、私はこれから他の「伝統工芸」についても考えていきたいと思っています。

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コメント

学生時代に金沢で塾講師のバイトをやっていたときの生徒の名前でいまだに覚えているのが、「塗師」くんという人でした。

「今日から塗師くんという人が来るからよろしく指導してやってくれ」と会社の人に言われたんだけど、こない。結局受験が終わるまで来なかった人です。。。

先日の石川帰省で輪島塗、山中塗を見ましたが、輪島塗の深い透明感には感動。100万円近い和テーブルをほしくなってしまったことでした。ただし輪島塗のテーブルって直に熱いお茶の入った湯飲みとか置くととたんに曇っちゃうんですよね。そのへんもすごいです。

かみさんの親戚に山中塗の職人がいたりします。

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2007年8月28日 (火) 10時23分

キンキンさん、コメントありがとうございます。

山中塗・・・いまや、漆器の王者ですね!

塗師君、金沢辺りだったらお金持ってそうな名字なのに、どうしちゃたtんでしょうね?

祖父は、能登の漆器に対する愛着心や誇りを、とてもうらやましがっていました。ですが、漆器そのものが、どちらかというと日本海側の気候の方があうらしいんだそうですね(聞いた話で、詳しくは知りません)。晩年、ようやく工房に若手が来た、というので、その育成に意欲を燃やそうとした矢先、祖父は八十歳で死去しました。
・・・貧乏しても継いでいた方が良かったな、と想うこともあります。

投稿: ken | 2007年8月28日 (火) 23時06分

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