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2007年8月30日 (木)

笑いは「構図」のズレ・・・なのか?(コント55号のネタから)

いきなり硬いタイトルで、「笑い・コメディ」を語るにはふさわしくないかもしれません。

「笑いは構図(シェーマ)のずれである」(シェーマ=元は<図>や<計画>を表す言葉)
とは、Wikipediaの「笑い」の中にある定義(というほど厳密ではない部分なのですが)の引用です。
「うまいこと、まとめたなあ」
と感心したので、引きました。ご容赦下さい。
(って、別に、あんまり読まれないからいいか・・・)

更に、この定義についての説明を引用しますと(やっぱりちと難解ですが)、

「例えばコントなどで滑って転ぶ政治家が演じられて笑いが起きたとすると、『政治家は真面目で威厳ある人で、滑って転ぶことなどありえない』という構図を受け手が持っていて、それがずらされたことによって笑いが起きたことになる。しかし受け手の常識が『政治家に威厳があるとは限らない』『滑って転ぶことは意外な出来事ではない』『政治家が転ぶというネタは目新しいものではない』などを含むものだった場合、構図のずれが発生しないため笑いは起きない。同じ出来事に対して笑いが起きるかどうかは受け手の持つ構図に依存すると言える。
また、笑いは立場によって意味を変える性質がある。転ぶ政治家を見ている人にとってはおかしな出来事であっても、政治家自身にとっては不名誉で笑えない出来事になる。」

まさにこの説明を検証するにもってこいの短いコントが、コント55号のDVDに収録されています。
題して

・机(下記DVDの「フジテレビ編」に収録)




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次郎さん紛する秘書が、演説会の場で、欽ちゃんの演じる「尊大な代議士」に殴られ、踏まれ、飛び蹴りされる場面で、まず会場は大笑い。
欽ちゃんの演台は首から吊り下げる、という代物で、これは上のWikipediaの説明では細分化されていない、亜種の「構図のズレ」を生んでいます。『政治家は威厳がある』の中に含まれる、演台は『三面をしっかりした木の壁で囲まれ、倒れることなどありえない』という構図が、観客側にはあります。これを<不安定な、首から吊り下げただけの薄い板>に挿げ替えているのです。
かつ、この演台についた脚が、ほんの5センチ角ほどの「もろい」ものだ、というところで、「構図のズレ」はさらに誇張されています。・・・上の説明のような、笑いを生むか生まないかスレスレの線にある単一のズレが、たったこれだけの工夫で補強されているのは、このコントのクライマックスを見れば分かります。

欽ちゃんが秘書・次郎さんに
「演台の足が長すぎる」
と注文をつける。そこで、次郎さんは足を切っていくが、初めは1本しか短くしない、
「いや、これじゃバランスが崩れる、こっちの足もだ、こっちもだ」
と注文されるままに、次郎さんはどんどん足を切っていき、しまいには4本全部をすっかり切り取ってしまう。
その結果、欽ちゃん代議士が「スッテンコロリン」ひっくりかえるところで舞台暗転、となる。

単純なものではあっても、ひとつきりの「ズレ」ではなく、二つの、しかしある意味で一体化した「ズレ」を誇張することにより、笑いをとっているわけです。
(もっとも、こんな文に綴ったところでお読みになった方は笑えないでしょう。あるいは、シナリオを読んでも、コントそのものを完全に文章化しても、可笑しくもなんともないでしょう。笑うためには、実際に目にすることが必須です。)

これを、普段
A.『政治家に威厳があるとは限らない』
B.『滑って転ぶことは意外な出来事ではない』
C.『政治家が転ぶというネタは目新しいものではない』
方の構図をかたくなに持っている人が見たとしても、笑わないでしょうか?

注目すべきは、このコントで使われる「構図のズレ」は2つきりだという点でしょうか。しかも、二つ目は「メイン構図の亜種」にすぎません。

1)政治家は尊大
2)政治家を取り巻く「小道具」は立派

ある一つのものに対してであっても、人が持ち合わせている「構図」・・・おそらくそれは「価値観」・「常識」を複合的に捉えての用語なのでしょうが・・・は、じつは案外さらに<複合的>なのでしょう。
しかも、「こんなネタでは笑えない」はずのA.B.Cの「構図」の持ち主でも、あるいは政治家自身でも、アンチテーゼ側の構図を2つ持ってこられただけで、笑えてしまうに違いない、という出来です。突っ込んでいけば、それは2つきりの「構図」の中に、更にちょっとした捻りを加えているから笑えるんだ、ということが確かめられるのですけれど・・・そこまでは、やめておきましょう。

Wikipediaの説明も例に出したコントも、たまたま政治家ネタなので、ひとつだけ別のエピソードをあげておきます。

チャップリンの代表作の一つ、まだ第二次世界大戦に参戦していなかったアメリカからも危険視された映画、『独裁者』は、じつは映画の中で皮肉られているヒトラー自身が数度ばかり試写を鑑賞し、笑い転げた、という話もあります。真偽の程は分かりませんが。(このリンク先でないところで読んだ記憶があるのですが・・・)


演者が「笑い」をとるためには、その<複合的な構図>から、いかに単純なものを数少なく、一般常識的に特徴の著しい部分を取り出し、組み合わせるかに賭けなければならない。

上記はもうだいぶ前の例ですが、我が家の小学生が今見ても笑うくらい、鮮度を保っています。
「目新しくない」はずのネタが、「目新しい」
普段は「エンタの神様」の<新しい>笑いを楽しんでいる若者たちにも、充分ウケるのではないかと思います。

なぜなら、「エンタの神様」(上記とは別リンク)の面々も、単純に新しさを狙うのではなく、このコントにあるような「基本」を忠実に守っている人ほど人気が高いように見受けますから。


採り上げたコント55号のネタには、興味深い「問題」が・・・あ、また。どうしても、硬い。・・・2つはあります。
第一には、暴力ネタであること(極端さを避けてはいます)。
第二には、些細なことに見えるかもしれませんが、舞台で演じられている、ということ。

笑いをとりやすいネタが「暴力ネタ」だというのはチャップリンの初期サイレント映画が「暴力ネタ」だらけなのを見ても「そうなのかな」と思わされます。これはまたあらためて観察しましょう。
また、演じられる場所、については、おそらく「語れば長くなる」歴史的考察が必要です。大袈裟ですが。

さて、次はどっちから見ていきましょうか?

また数日、思案することと致します。

・・・なお、このカテゴリを「政治ネタ」にしていく考えは、私には全くありません。念のため。

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