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2007年8月28日 (火)

モーツァルト:2つの歌曲(1774?)

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



もう少し手広く調べる手段があれば・・・というところなのですが、
(C.McFadden/Bart van Oort 2002 BRILLANT 99731/8)
(B.Ramselaar/Bart van Oort 2002 BRILLANT 99731/8)
の2つの歌曲については、作品そのものの平明さにも関わらず、ほとんど何も分かりませんでした。すみません。

まず、西川氏の「モーツァルト」(音楽之友社)所載の作品表で、K.147がなぜフリーメーソン歌曲、とされているのか、さっぱり見当がつきませんでした。短い歌で、作者不明ですが、歌詞も

  ぼくはなんて不幸なんだろう
  ぼくの足はなんてのろくさ歩くのだろう
  ぼくがきみのいるところへ向かうとき

  ためいきだけが心のなぐさめ
  苦しさがどこまでもつのるばかり
  ぼくがきみのことを想うとき

などというシロモノですし、メロディーも、「フリーメーソン」というものからイメージされる、簡潔で男っぽいものとはほど遠い、極小カヴァティーナという感じです。Conladの作品表も、この作品を「フリーメーソン歌曲」とはしていません。とすると、表の編者の誤りか、構成誤りではないか、という疑問が湧きます。
で、おそらく、K.147を「フリーメーソン歌曲」とするのは、そういった類いの誤りです。
何故、そんな誤りが起こったか?
実は、こちらは明らかに「フリーメーソン歌曲」であるK.148が、この曲の自筆譜の裏に書かれているから、のようです。
このことも含め、曲にまつわる「伝説」は、こちらに記載されていました。
で、K.147についてはおしまいです。事実ではないでしょが、リンク先に載っている「伝説」はロマンティックです。

K.148は「フリーメーソン・ヨハネ支部の儀式に寄す歌」という副題がついています。
古くはモーツァルトがフリーメーソンに加わった1784年作と考えられていたそうですが、新全集(NMA)では1772年、より新しくまとめられたConladの作品では1774年か76年の作品、とされています。詩はフリードリヒ・レンツというひとのものですが、この人については分かりません。ご存知の方、ご教示下さい。

年代が確実ではないと言っても、1770年代に作られたのだとしたら、この時期のザルツブルクの作品として残っていること自体が奇跡に近い気がします。
というのも、1764年から1780年(マリア=テレジア死去の年)まで、オーストリアではフリ−メーソンの結成が禁止されていたからです。
「信教・思想を超えた自由・平等」を建前に成立していた、啓蒙主義の落とし子のような近代フリーメーソンは、その「自由・平等」がカトリック信仰を損ねるのではないか、ということでローマ法王庁から敵視され、法王庁はしばしば結成に対し禁令を出しました。法王庁の禁令は、各国の君主が是認しなければ効力を発揮しなかったのですが、マリア=テレジアはこの禁令を受け入れていました。
したがって、この時期、オーストリアに存在したフリーメーソンは、違法的な組織です。
かつ、ザルツブルクは、法王庁の直轄下にある大司教コロレドのお膝元です。

ところが、このコロレドという人物、モーツァルトとの関係が悪化したことで後世の評判が悪いものの、もともとが「啓蒙思想」かぶれとも言えるほどの(当時で言う)合理主義者で、ある本には「コロレドもフリーメーソンの一員だった」と記されているのです。
眉唾、である可能性もあるのですが、法王庁やウィーンの帝室とうまくやりつつ、領内ではひそかにフリーメーソン活動をしていた可能性は、K.148の存在を目の前にすると、否定しきれない気がします。

いずれにせよ、そんな謎めいた世界の中で作られたものであるため、作曲の由来、経緯がはっきりしないのは無理からぬことかもしれません。
K.147の裏に書かれていた、というのも、なんとなく「隠蔽工作」のにおいがないわけではありませんし。

だとすると、これは珍しく「モーツァルトとコロレドの密やかな蜜月の歌」ということにもなるわけで・・・気色悪い、かな?

自筆譜は写真の通りで、メロディラインの他にはバスしか書かれていません。
NMAの楽譜は和声を補っていますが、全音楽譜出版社の「モーツァルト歌曲集」ISBN4-11-714490-1では自筆譜通りを印刷しています。
K148
これも滅多に聴けない曲かと想いますので、音声をアップしておきました。
音声は2曲とも冒頭に曲名をあげた部分にリンクしてあります。




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