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2007年7月19日 (木)

音楽で出来ないこと

昨日、「音楽だから出来ること」という記事を綴ったのですが、ハナからその裏返しも狙っておりました。
「出来ること」があれば「出来ないこと」もあるんだろう、というひねくれ根性から、軽く考えました。
ただし、「演奏の違いによって失せるもの」があるとしても、そのことは度外視しました。(テンポの問題を含みます。速い曲をかなり遅く演奏したらどうなるか・・・サン=サーンス「動物の謝肉祭」の中の<象>を思い出していただければ充分でしょう。そうした類の作為は、ここで考えたいこととは別の話です。)

1)「歌詞」がなければ、具象化されたメッセージは伝え得ない
・例1〜R.シュトラウス「家庭交響曲」:この曲から、彼の家族の顔かたちが分かった人なんて、ほんとうにいるんでしょうか?
・例2〜ハイドン「十字架上の七つの言葉」:それぞれ、どの言葉を表してるかをあらかじめ念頭におかないで聞いた場合、ハイドンが狙ったとおりに「イエスの言葉」が音楽からだけ聞こえてくるでしょうか?

2)作品の全体像を(自己流無手勝流でもいいから)把握しないと、そもそも「音楽作品」として理解することが出来ない
絵画ならば、抽象画でも、「絵です!」といわれればそれが目の前にあって、描かれた何かがあることは否定できませんから、いちおう「絵画作品」としての理解はされるわけです。
音楽は・・・音楽として意図されても、演奏者側は楽譜を目の前にしているか頭の中に入れているので「音楽だ!」と断言しますけれど、子供のピアノのデタラメ弾きと、過激なジャズピアノのアドリブとを聴覚だけで区別するのは難しい場合もあります。前者が「音楽作品」で、後者が「非音楽」だと感じられても仕方ありません。(目で見ていれば別ですが。)
あるいは、目の前で演奏家がなにかやっていても、
「どっからどこまでがひとまとまりなんだ?」
と首を傾げてしまうような曲は、特に初演の際には「音楽作品」として理解してもらえません。
<現代音楽>がどうかはなんともいえませんが、ベートーヴェンの有名なエピソードでは、「ラズモフスキー四重奏」が初演に際して失笑しか買わなかった、というのがありますね。
で、具体的には
・例〜ジョン・ケージ「4分33秒第二番」=ピアノ曲でありながら、ピアノで演奏される音はひとつもない!

さて、
は、音楽でしょうか? そうではないのでしょうか?
、何を表しているのでしょう?

いやあ、音楽って、本当に、ワケワカリマセンね!
・・・だから悪用もされますし、いたずらに「連帯感」のために用いることもされがちですし、反面、人の心をまとめて静まらせたり、個々人それぞれに、ほかのジャンルでは考えられないほど多様な受け止められ方をされることに寛容であったりもするのでしょうね。

付)冷やかしたい方専用6:「瞬間」を描きなさい、という課題で、私は「花火」を選びましたが・・・さてさて、どんな花火でしょうか? Sift-jisです。

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