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2007年7月 6日 (金)

「20世紀音楽」は普及しうるか

「思いつき」、です。
で、今日は、この話題は、目的とするところの途中まででやめます。

注意点:ここでいう「20世紀音楽」は、CDショップで「クラシック」の棚に並ぶものに限ります。

「歴史は循環する」方の価値観に従って、18世紀・19世紀・20世紀の主要作曲家を対比してみましょうか。
絞り込みには苦しむところですが、各々1〜3名としましょう。19世紀までは、日本人の間で知られているのがドイツ系が主なので、どうしてもそうなってしまい、それが難点ですけれど。

18世紀
初頭の巨頭:コレルリ、ヴィヴァルディ
中期の巨頭:J.S.バッハ、ヘンデル
後期の巨頭:ハイドン、モーツァルト
最流行作家:テレマン

19世紀
初頭の巨頭:ベートーヴェン
中期の巨頭:ベルリオーズ、メンデルスゾーン、シューマン
後期の巨頭:ワーグナー、ブラームス、チャイコフスキー
最流行作家:ロッシーニ、オッフェンバック

20世紀
初頭の巨頭:マーラー、R.シュトラウス
中期の巨頭:バルトーク、ストラヴィンスキー
後期の巨頭:ショスタコーヴィチ、武満
最流行作家:コルンゴルト

21世紀は?  いまのところは保留でしょうが、個人的にはペルト、タン・ドゥンあたりは注目しています。

18〜19世紀は、間違いなく、割とたくさんの人にその作品が聴き続けられていますね。ただ、「最流行作家」にあげた人の作品は全貌を聴きたいという興味がそそられにくい、という立場に追いやられている点には注目しておきたいと思います。いずれもようやく最近、CDやDVDが盛んに出るようになって「見直し」機運が私たち末端の愛好家にも染み付き始めたばかりです。

20世紀については、どうでしょうか?
「音楽史」ですと「調性が破壊された」ことが強調されるので、名前は知っているけどそんなに聴こうとは思わない、というのが、多分、四半世紀前くらいまでの風潮だったと思います。
ですが、今こうして名前を並べてみると、少なくともここにあげた20世紀の作曲家の作品は、最近では以前の作曲家に劣らず、聴かれるようになったと思います。

ですので、おそらくは「現代音楽は損をしている」(というときの「現代音楽」は、実はまだ20世紀末までの音楽を意味していることが多いのではないでしょうか)という先入観がまだまだ根強い割には、標題の
<「20世紀音楽」は普及しうるか>
という問いに対する答えは、
「Yes,Ja,Da,普及しうる!」
なのではないか、という、非常に単純な結論で
「なあんだ、それだけ?」
・・・ハイ、それだけです。

ですが、20世紀音楽は、ではどういう特徴であるが故に普及しうるのか? という、次の問いがあります。
それは特に、ここに名前を挙げなかった、いわゆる「無調音楽」を書き続けた人びとの作品に接する際に喚起されやすい「問い」です。
で、上のリストの中では、とくに「中期の巨頭」として挙げたバルトークとストラヴィンスキーが、この問いに一番近い位置で観察されうるかと思います。

これを、しかし、この人たちの作品ではなくて、ウェーベルンの、ある小さな作品を観察することでひもといてみたい・・・
このあいだ「固定ドか移動ドか」という記事(これがブラックユーモアだということはコメントのほうに記しました)を綴ってみて、この観察をし直すことが、何かとても大事なことのように思えてならなくなりました。

という次第で、この続きを、近日中に綴ってみたいと思っております。

しょーもない話題で失礼しました。



東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。

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