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2007年7月 3日 (火)

曲解音楽史14)西暦5,6世紀ユーラシア音楽横断

チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら



前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国
    10)古代ギリシア11)古代ローマ  12)初期キリスト教の聖歌について
    13)ササン朝ペルシャ

ユーラシア音楽横断・・・などという大袈裟なタイトルにしておきながら、聞いていただくのは中国と日本の、2つの例だけです(比較のために前回のとは違うペルシャの曲をプラス1、しましたけど)。

前回、西暦紀元後のペルシャ音楽を一例だけ聞いて頂きました。
歌が中心の音楽でした。

音楽について、というよりむしろ、音階(旋法)について、詳しい理論付けを行なったのは、むしろアジアの方が先でした。
ユーラシア大陸の西側についてはローマ帝国期に遡れると思われる聖歌の例をあげましたが、それらについては音階(旋法)についておおよその決まり事はあったかと思われますが、のちにグレゴリオ聖歌に至って整理された結果を考慮すると、決まり事は「簡潔」な方向へと集約されていったとの印象を受けます。
これは、音楽の考え方のおおもとが古代ギリシャの自然音階(純正率)の発見であることと深く関係しているのかもしれません。

それにたいし、前回見たペルシャ音楽では、既に、現代で言う微分音までを含む複雑な先方が体系付けられていたことが分かっています。
同じ事はインドの音楽理論にも言えますし、インドに付いては、その伝統のままに複雑な旋法を生かした演奏が、いまなお連綿と受け継がれているのは、ご承知のとおりです。

で、これがだいたい西暦紀元3〜7世紀のことです。
もともと、ペルシャの音楽が特に東ローマと強い相関関係を持っていたことは・・・前回触れましたっけ?
そのうえでさらに独自の複雑な旋法体系を確立しており、それが隣国インドにも影響を及ぼしていた、となると、
「漢の時代にはすでに中国からローマに使節が出向いていた」
事実が記録に残っている以上、敷衍すると、インドと似たような音楽への理論付けは中国にも伝わっていた、と考えた方が自然です。
実際どうだったのか、というので、次節でサンプルを聴いて頂きましょう。



漢の時代よりは後、三国志の時代に生まれた音楽との事(現存する楽譜は425年に初めて発見されたものだそうです)ですが、その後長く演奏されつづけた名作で、演奏に使われた楽譜は清朝時代(1876年篇)のものであるため、古態そのものとは言えません。

ですが、前回聴いて頂いたのとはまた違うペルシャの曲を聴いてみて下さい。 に比べ、どうですか? なんとなく似た印象が得られませんか?

中国では「史記」の書かれた頃には既に相当しっかりした音楽理論が出来上がっていましたが、「三国志」の時代になると、それをさらに複雑化していたことが分かっています。

理論のことは私は読んでもあんまり分かりませんので、京房という人によって「三分損益六十律」という複雑な体系が発案されたそうだ(すでに紀元前50年頃のことだそうです)、ということ、また紀元3世紀には木管楽器の音律を言ってみれば穴をあける位置を微妙に調整して整える「管口修正論」なるものが発見されたのだそうだ、ということ以上には触れません。中国音楽史の本は高価ながら手近に購入したり閲覧したりできるようになってきましたので、ご興味のある方は、是非研究なさってみて下さい。
エピソードとして面白いのは、「竹林の七賢人」の中のある人が、音楽はその響きに触れる人の感情を揺り動かしはするが、揺れ動く感情と音楽の間には一定の結びつきなどというものはない、音楽とは客観的なものなのだ、と主張した、という話です。これは「声無哀楽論」という書物に記されていることだそうです。

「流水」は、古琴という楽器で演奏されています。
古琴は、下図のような姿の楽器です。
Kokin

図と音声は中国唱片総公司発行の「中国古典音楽鑑賞」(1998、輸入元:株式会社ジェイピーシー)によりました。

また、手軽に参考に出来るアジア音楽の本としては、次のようなものがあります。この記事の記載も、この本によりました。




アジア音楽史


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販売元:音楽之友社

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では、さらに、この中国音楽の流れは、日本にまで伝わってきたりしてはいなかったのでしょうか?

今、日本で聞くことの出来る最古の伝統音楽は「雅楽」であり、これは唐代(したがって7〜8世紀)になってから輸入されたものだと言われています。

その雅楽の中に、和琴という楽器で演奏された、独奏の例があります。
正倉院宝物復元楽器である和琴は下の写真のような姿をしています。
(上下のうちの、下の物です。上の方は「金銀平文琴」というものですが、中国の「古琴」に似ているでしょう?)
写真の出典は、山川出版社「シルクロードの響き」です。

Wagon

音を聴いてみて下さい。

どうでしょう、「流水」と似たニュアンスを持っているとは思えませんか?

和琴の紀元は、遅くとも古墳時代には求めえます。
ですから、ここで聴いていただいたような音楽は、もしかしたら、卑弥呼も聴いていたものに近いかもしれない。




シルクロードの響き―ペルシア・敦煌・正倉院


Book

シルクロードの響き―ペルシア・敦煌・正倉院


著者:柘植 元一

販売元:山川出版社

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シルクロード史も中国の「唐代」を中心に語られることが殆どで、日本にもたらされた音楽となると、なおさらそうではあるのですが、じつはもっと古い時期の音楽が日本にも残っている・・・
この曲を聴いて、ふとそんな「夢」を見ては悦に入っている私であります。

そうばかりもしていられませんから、この次は、また目を西に移して、中世ヨーロッパでも見ていきましょうか?



付)冷やかしたい方限定5
5つ目の課題は、「私」でなにか話して、それを今度は「私」以外の人称で話してみること、というものでした。
人称が変わると「私」として話していた文脈に筋の通らないところが出てくる、それを発見しなさい、直しなさい、という意図の宿題のようなのですが、最初に準備した文がそもそも同人称を変えても「おかしな」話なので、結局4つ用意したうちの最後のものしか語り口を変えませんでした。・・・あきまへん。あいかわらずSift-jis。けなしたい方専用。
「私〜あなた〜彼〜アタイ」

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