« お聴き下さい:第44回定期演奏会(東京ムジークフロー) | トップページ | どこにもなくって、どこにでもある(昨日の補足として) »

2007年6月22日 (金)

やっぱり即反省:定期演奏会

チャイコフスキーコンクール・ヴァイオリン製作部門で優勝なさった菊田様にコメントを頂戴しております。その素直なお人柄、手仕事への純粋なお気持ちを、お読み取り頂ければ幸いです。
23日付記:二位獲得の高橋様にも、同じ記事にコメントを頂いてしまいました。。。恐縮。



昨日音をアップしたら、過分のお褒めの言葉を頂いてしまいまして。
「いやあ、これはやっぱりいかん、早めに、要点だけは反省しておこう」
と思ってしまったのですから、私はやっぱりひねくれ者かもしれません。

あえて、載せます。(ドキドキ!)

自分で5回聴いてみて、信頼している管楽器奏者の方(アンサアンブル活動でご活躍)のお話で裏付けをとりました。
あえて、完全完了、の反省とはしません。
団内に限らず、アマチュアの方のご参考になる範囲で綴ります。
前記事に音をアップしてありますので、併せて読んで下さいませ。



とはいえ、まずは「良かった」ところから。

「変に<きっちり>にこだわらないので、ゆったり聴けましたよ」
・・・同じような感想を数人の方に頂けました。アマチュアにとっては最大の名誉です。
私の信頼する筋の方には、木管陣が好評でした。
とくに、オーボエとファゴットです。
個人的には、ショスタコーヴィチのオーボエを、よくあそこまで抑制して吹いてくれた、と、そのことに最大の感謝の念を持っております。経験のある方にとって、あの曲で「あふれてくるもの」を抑制するのがいかに難事業かは、よくご理解頂けるのではないかと思います。まして、奏者は、まだまだ若かった。・・・にもかかわらず、最もショスタコーヴィチの第5の精神を理解して吹いてくれたのは、あのオーボエだと思います。



で、失敗点もしくは課題とすべき点。

人の話をする前に、私自身の失敗とその原因に付いてご説明します。
ショスタコーヴィチの第2楽章のソロです。
「あれは皆さん苦労するみたいですよ」
と仰って下さった方もいらっしゃったのですが、実は、あの箇所、方法が見つかってしまえば、本来は難しくもなく、苦労もしません。事実、私程度の「下手」でも本番1ヶ月前に方法を見つけてからは、練習中にハズしたことは一度もありませんでした。
何故外さずに済んだかと言うと、次のような算数が出来るからです。
(ちょっと面倒ですが、ヴァイオリンの絵でも前にしてイメージして下されば、難しくない話です。)
ヴァイオリンは左手の指を人差し指から小指に向かって、順に1、2、3、4と呼びます。
で、第2楽章のソロの、グリッサンドで大きく跳躍する箇所は、これはいくつもある方法のうちの一つですが、私の計画ではこうでした。
最初の音であるe'を第2弦のを第3ポジションの2でとります(第2か第4ポジションだと結果がつまらなくなる気がしたので。これも失敗を招いた要因になりました)。すると、4の指は第1弦でd'の位置に来ます。素直にそのままd''の指を1に置き換えれば、上のg''がそのままとれます。ですが、それではグリッサンドがかかりません。ですので、このことをあらかじめ了解しておいて、d'をあえて2に下げるように計算しておきます。すると、1の指がf''に位置することになりますから、それをずりあげれば充分なグリッサンドが聞こえる、という具合です。
これを、本番で、何を慌てたか、d'を1のままで計算してしまいました。1つ上、です。結果的に、グリッサンドを意識すれば、最終的に4の指はa''をとってしまうことになります。
これをやってしまうと、続くe'音を下げきれないため、後のグリッサンド先のf''も高くなってしまう、という次第です。・・・そんな訳で、取り返しがつきませんでした。
他山の石、となさって下さい。

続いて、金管陣について感じたこと、確認して「あたりだったな」と思ったこと
1点目は「アンブシュアが安定していない」ということ。
高音時に口が必要以上に締まってしまうか、唇がマウスピースの上方にずれ込んでしまうため、音程は下がり、音の幅は狭くなる。結果として、取り損ねが増えます。
低音については、今度は唇が緩み過ぎ、かつマウスピースの下へずれる。
・・・ちょっと確認してみて下さい。
一定の形で、息のコントロールで音高を操れるようになれば、「はずし」は格段に減るはずです。
ただ、グリークのホルン1番に付きましては、お褒めを頂いておりますし、私が聴いても「いいなあ」と感じております。
2点目は3、4本の間のバランス。あるいは、オーケストラ全体とのバランス。
プログラム最終はショスタコーヴィチなので、これでもお客様には喜んで頂けたのですけれど、今回はトロンボーンが、とくにオーケストラ全体のバランスを視野に置いた時、不要な箇所でも過剰だったのではないだろうか、という(これは専門家の)見解もありましたので、参考までに記しておきます。また、曲種によっては、当団のような力量の場合はバストロのパートは正規にバストロを用いるべきでは?との疑問も数人の方に示唆を受けています。

木管は私がメカニズムについて勉強不足ですし、弦は当団特有の要素からくる問題が大部分を占めますので、今回は言及を避けます。ただ、個々という意味では、いずれの楽器も私の失敗例が必ず参考になるはずです。

打楽器は、しくみがよく分かっていないので適切なことがいえるかどうか分かりませんが、幕の張りや体鳴楽器(木琴など)の質の選択、バチの使い分けに、もう一工夫あったら良かったのではないかなあ、と思います。
たとえばショスタコーヴィチでは木琴とスネアは、より硬質な音が欲しかったところです。
そのあたり、予算にも配慮してくれての結果なのかもしれませんが、少し私たちに贅沢な要求をしても良いので、「曲の精神を際立たせる」道具の選択をより高い優先順位においてもらえれば、と思います。

団員各位に対して僭越を言ってしまい、申し訳ないとは思っておりますが、前向きなヒントにして頂ければ、それだけで幸せです。

お聴き下さった方も、以上を念頭に
「ああ、こういうことがあって、結果としてこういう音が出るのか」
というあたり、すこし味わって頂ければ、面白みもますのではないかと存じます。

なにとぞ宜しくお願い申し上げます。

|

« お聴き下さい:第44回定期演奏会(東京ムジークフロー) | トップページ | どこにもなくって、どこにでもある(昨日の補足として) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/6880683

この記事へのトラックバック一覧です: やっぱり即反省:定期演奏会:

« お聴き下さい:第44回定期演奏会(東京ムジークフロー) | トップページ | どこにもなくって、どこにでもある(昨日の補足として) »