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2007年6月29日 (金)

デュ・ピュイ〜スウェーデンへ移住した大陸作曲家

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら

7318590007051モーツァルトのファゴット協奏曲について比較資料をあたっている際、それまで知らなかった一人の作曲家と出会いました。
名を、Edouard Louis Camille Du Puy(1770-1822)といいます。

生没年から分かるとおり、ベートーヴェンと同じとしに生まれ、ほぼ同じ時期に生涯を送った人です。
ですが、その活動範囲が違う。

サイトを探しましたが詳しい伝記が見当たりません(Yahoo!翻訳のリンクはこちら。生涯前半のスェーデンでの活動について触れられていないのが分かります).
で、いま、入手したCD
"The Romantic Bassoon" BIS BIS-CD-705
の記載により簡単に彼の経歴を述べます。

名前から察せられるとおり、フランス生まれ(南部の小村らしいとのこと)のようですが、名前もEdouard Louis Camille Du Puyが本名なのかどうか分からないとのことで、幼少期についてははっきり分かりません。
面白いのは、その経歴です。
4歳で誰かの手によりジェノヴァに連れて行かれ、そこで音楽の才能を開花させると13歳でパリに移住し、あらためてヴァイオリンとピアノを学んでいます。1786年にプロシア王室管理下のオーケストラでそのリーダーとなり、ベルリンのファッシュという人から作曲を学んだとの事です。
1793年に、今度はなんと、スウェーデンのストックホルムに移り、そこで宮廷管弦楽団のヴァイオリン奏者となりました。さらに、1799年には、同じストックホルムでソロのオペラ歌手にまでなっています。
ところが、彼はナポレオンの強烈な崇拝者でした。当時のスウェーデン王、グスタフ4世アドルフはデュ・ピュイとは正反対の、強烈な反革命論者でした。そのため、99年のうちに、ストックホルムを離れ、デンマークへ移住することを強いられます。そのデンマークも安住の地にはならず、1809年にはコペンハーゲンをも離れなければならなくなりました。
幸いだったのは、翌1810年にはナポレオンの勢力が北欧にも強く及ぶようになり、グスタフ4世アドルフが退位に追い込まれたことでした。デュ・ピュイは再びスェーデンに迎え入れられ、2年後、宮廷管弦楽団の指揮者となります。さらに1814年にはウェーデン王立音楽アカデミーの教授に就任します。

スウェーデンに移住して活躍した作曲家としては、近年、前王グスタフ3世の元で交響曲を多作したドイツ人、あるクラウスが脚光を浴びてきました。デュ・ピュイは、その後のスェーデンの世相を負って生涯を過ごした人物だったわけです。

ファゴット協奏曲イ短調(死後の1828年に初演。 )しか耳にしていませんが、ヨーロッパ全体の「ロマン派」を考えるとき、ベートーヴェンとは違う、こうしたニュアンスの音楽も存在したのだ、ということについて、これからの私たちはもっと認識を深めていかなければならないでしょう。

デュ・ピュイやクラウスの例をみてみますと、18世紀末から19世紀初頭にかけての、少なくとも日本人のアタマでイメージされているヨーロッパ史は、もう少し範囲をひろげて認識しなおされる必要があるかもしれません。
音楽家で言えば、ハイドンはイギリスで大金持ちになったとか、モーツァルトはその死でロンドンに行き損ねたとか、ベートーヴェンはウィーン人に引き止められて第九の初演をロンドンで行なうのを諦めたために却って大損をしたとか、もっぱらドイツ圏の有名作曲家についての動態しか把握されていないのが、変わらぬ現況です。

ナポレオンの影響にしても、せいぜい西ヨーロッパ諸国とロシア、イギリスとの関係だけが強調されていて、実際には同時期に、とくにロシアに対して大きな影響を及ぼしたグスタフ3世などについては度外視されています。
そうした政治的な駆け引きを細かく観察することと同時に、世情とのかかわりで文化人がどのような移動をしていたのか、調べてみるのも、なかなか面白いかもしれません。
・・・いいネタ、ないですかね?

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