« 作曲家チャップリン | トップページ | "amateur":アマチュアという言葉 »

2007年6月26日 (火)

「愛」ってなんなのだろう(「エリーゼのために」)

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

私事で恐縮ですが・・・って、このブログ、「わたくしごと」しか綴っていないんでした!

修学旅行から「母のいない家に帰ってきた」子供たちは、やはり思いは複雑なようで・・・私も複雑な思いです。
息子のほうについては、「チャップリンになりたい息子との対話」で綴りました。

娘は、今日修学旅行から帰ってきました。
どんな土産話をしてくれるか、と楽しみな半面、本当に嬉しそうな顔をしているかどうか、不安でした。
不安の方が当たっていて、ふてくされた顔をしていました。
何か訊いても、返ってくるのはつっけんどんな台詞ばかり。で、ついに僕は切れてしまって、あとは大げんかでした。
中身は・・・でも、もう忘れました。娘にすれば2泊3日気を使うだけ使って、帰宅しても僕たちのために食事の準備を、と、義務に思っていてくれて・・・だから疲れきってたのです。でも、母親に対するようには、父親には甘えられません。「父の抱擁を受ける」なんて、娘にとって、想像するだけでおぞましいに違いない!

母親が生きていれば違ったか、というと、案外そうでもなくって、僕はやっぱり娘に同じようにあしらわれ、怒りまくっていたはずです。4人揃っていても、そういう家庭でした。
ただ、そのあとのフォローを、僕はもう妻に委ねることが出来ません。

僕も、子供たちも、お互いで騒動を起こすのを、妻・母が、黙ってニヤニヤ眺めていて、終いに一発雷を落として、しーんとなったところで
「さ、じゃあ、デザートでも食べようか」
ときてくれることが嬉しいのです。嬉しかった・・・
今夜は仕方がないので、私がデザートを買ってきました。
「愛」ってなんなのだろう?
そんなことをふと考える一つの小さな事例にすぎませんが、さすがに、デザートを買いにいく道すがら、想いに耽ってしまいました。

今日が、家内の6回目の<月命日>です。
お隣からもお花を頂いて、花瓶が華やかになりました。・・・いけない、まだお礼を言ってなかった!

新婚当時、僕がたった一つ弾けて、その出来を女房に
「なかなかいいじゃない!」
と誉めてもらったのは、ベートーヴェンの「エリーゼのために」でした。
今では僕は途中を弾けなくなってしまっていて、娘のほうが遥かにうまく弾いています。

音は載せず、2葉にわたる自筆スケッチのファクシミリから1葉目だけを掲載します。
読めます?(クリックすれば大きくなります。)

Furelise_2

じつは、たった2葉のこの楽譜、1810年には一旦書かれ、1822年にも手が入っているのが分かっているそうです。(たとえば最上部のmolto graziosoの書き入れは1822年頃のものだそうで・・・)
雑に見えるけれど、そんなにも長い間、ベートーヴェンはこの小曲に「愛」を注ぎ込んでいたのだ、と感じて眺めると、そのほとばしりが、なんだかいじらしいものに思えてきます。
でも、エリーゼって、ホントは誰だったんでしょうね?

付)冷やかしたい人限定第4弾
4つ目の課題は、「ムードの違うものを3つ4つ並べてみなさい」でした。
相変わらずできの悪い答案です。「ソナチネ」と題しました。Sift-jisです。題のところをクリックして下さい。文字化けしたらそのまま読まずにおいて下さいな。
・・・でもなあ、後残り10も、こんな宿題があるんです。頭が麻痺しないように、と思って始めたんだけれど。私の答えの中身はどんどん意味不明になっていくようで。。。

|

« 作曲家チャップリン | トップページ | "amateur":アマチュアという言葉 »

コメント

Kenさん、こんばんは。JIROです。

奥さんが亡くなって、6回目の月命日ですね。

これは信じて頂くしかないけど、私は覚えていましたよ(Kenさんのブログを読んで思い出したのではない、という意味です)。

この半年のKenさんのお気持ち。経験なさった、様々なストレスを私が「分かる」訳もなく、分かると書いたら傲慢です。

ただ、Kenさんは、ものすごいストレスを抱えられながらも、東京ムジークフローのコンサート・マスターを続け、今月、定期を終えて、一週間も経たないうちに、セクション毎の講評を書いておられます。

音楽の研究を再開されたのも、驚くほど早く、それがKenさんの心の安息になったのだとしても、貴方の精神力はもの凄い。

私が貴方だったら、とっくに自棄を起こして自滅していたと思うのです。尊敬しています。

そして、奥様を存じ挙げない私が安易に綴るべき言葉ではないけれども、

改めて、ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: JIRO | 2007年6月26日 (火) 23時03分

JIROさん、迅速なコメントにビックリしました。
でも、家内の命日を覚えていて下さっていることは、信じます。
それからずっと、ネットの上だというのに変わらぬ友情で励まし続けて下さったことにも、深く感謝しております。
事情で一部を大量に削ったものの、ここに「音楽」を綴り続けることだけが、「生きなければならない」自分を支える力でした。その間、恥ずかしながら、演奏の方はくじけることも多かったのですが、こちらは団の人たちが優しくサポートしてくれました。
ブログ上や音楽上で、またお隣の方に、そして子供たちに、家内の妹に、本当に両腕を抱えて支えてもらうようにして今日までなんとかなってきました。
また社会の厳しいお話も、心を潤してくれる音楽のことも、いろいろ教え続けて下さいね。
まだ当面の課題が山のようにそびえていて、ついくじけがちではあります。でも、JIROさんのブログでのご活躍をも励みにして、僕もがんばっていきたいと思います。

深謝!

投稿: ken | 2007年6月26日 (火) 23時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/6939037

この記事へのトラックバック一覧です: 「愛」ってなんなのだろう(「エリーゼのために」):

» エリーゼのためではない「エリーゼのために」 [雑学大全]
ピアノを習ったことがある人なら1度はひいたことがある名曲「エリーゼのために」。ベートーベンは、この曲を「エリーゼ」という女性にささげるために作ったといわれています。 しかし、実はこの「エリーゼのために」、エリーゼのためではないようです。 ... [続きを読む]

受信: 2007年7月17日 (火) 13時46分

« 作曲家チャップリン | トップページ | "amateur":アマチュアという言葉 »