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2007年6月 1日 (金)

本:渡辺裕「考える耳 記憶の場、批評の眼」

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


私たちの大切な友、Hさんの死を通じて考えたことは、こちらに綴りました。
昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。

4月以降、クラシック音楽中心に特化しよう、と決心して続けることにしたブログですから、最近起こる事件がどう世の中に反映されているか、ということもクラシック音楽を通じて綴ろう、と、今朝はそんなことを思いつつメモを取り始めていました。

が、力不足です。・・・それでも近いうちには、まとめたいと思っています。

そんな矢先、昼休みに、ある別の狙い(これは近日中にお話しします)から訪ねた音楽関係店で、こんな本を見つけました。



考える耳 記憶の場、批評の眼


考える耳 記憶の場、批評の眼


著者:渡辺 裕

販売元:春秋社

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同じかたの著作では「マーラーと世紀末ウィーン」(岩波現代文庫)に大変惹かれ、その当時(まだブログを始める前)に第九を演奏する際、渡辺さんの方法論の小さな一部を借用して「演奏のありかた」を考えてみたこともあったくらいです。とても信頼の置ける文章をお書きになるかただと尊敬しています。

目的が違うために買わずに帰らざるを得なかったので、せめて書評は無いか、と思って探したら、いいのが見つかりました。

(以下、引用。http://hondana.mainichi.co.jp/2007/05/post_731f.html

音楽批評が変わった。演奏会で耳を澄ましていればいいというのは昔の話。甲子園で歌われる校歌から駅の発車メロディまで、音楽は日常にあふれ、みなそれなりの歴史を秘めている。眼からウロコならぬ耳から耳栓が取れるような衝撃的な話ばかりがぎっしり。洋の東西を問わず、伝統と言われているものの多くはじつは最近はじまったばかり。日本固有の伝統を守れ、などと叫ぶ政治家には要注意、と繰り返す。
短く読みやすいが深く考え込ませるエッセイが三十。「うたごえ」から「のだめカンタービレ」までわずか五十年。政治も文化も動きは速い。問題は評価の基準そのものが動くこと。著作権にしても西洋中心主義。著作権を守って文化を殺しては元も子もないとの指摘は鋭い。(士)

(毎日新聞社「今週の本棚」2007年5月13日掲載)

この評の中に取り上げられている「のだめ」は、家内を含め私たち一家がドラマを毎週熱狂して見ていたもので、最終回が家内死去の前日、2006年12月25日だったために見られず、後日お友達が録画を送って下さって、家内の写真とともに楽しんだものでした。(DVDがやっとでました。さっそく買って、家内の前に備えましたので、まだ見ていないんですけれど。)
著者はこの「のだめ」に対しても冷静な観察をなさっています。「のだめ」ファンも、「のだめ」嫌いの人も、どっちでもない人も、誰にとっても一読の価値があります。

そのほか、当面、私が引き込まれたのが、現在ほぼ無反省とも言える流行を見せている「古楽」礼賛への客観的・冷静な批判。著作権問題によって生じた弊害についての、アフリカとアメリカの応酬をサンプルにした簡潔なレポート。
そうしたものを含め、宝物のような小文があふれていて、近年まれな、熟読の価値がある「音楽エッセイ」です。

ただ、ひとつひとつは、おらくは著者が
「みなさん、個々に問題を深めて捉えてみて下さい」
と、読み手たちに与えて下さった宿題
なのであり、私たちはこの本の内容から自分にも取り組める課題を見つけ出し、積極的に取り組むことを要求されていると受け止めるべきでしょう。

私も、自分が当面追いかけている宿題と重なるところもありますから、いずれ必ず自分で手にして、「読み」を深めて行きたいと思っています。

おすすめです!

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コメント

私は毎日新聞を購読しているので、この
渡辺 裕さんの文章は毎月読んでいます。
私も彼の批評は好きです。

投稿: イワン | 2007年6月 3日 (日) 14時49分

ウチは家内が「ゴミになるだけ」といって新聞を取る許可が貰えなかったので・・・
新聞、とろうかなー。。。

渡辺さんは「第九 歓喜のカンタービレ」にも12ページにわたる文章を寄稿していますが、従来の「第九」の本では分かりにくいこの作品の、今日まで歌い継がれてきた事情を、そのコンパクトな量からは想像出来ないほど多角的な視点で、簡潔明瞭に整理していて出色です。
ぜひご一読を。
(直接の記述は全くありませんが、40年代にフルトヴェングラーの第九の演奏・録音が何故あれほどまで数多いかも見当がつきました。なお、第三帝国時代のクラシックコンサートをダイジェスト収録されたDVDも最近でいていて、非常に興味深いのですが、まだ立ち見でしか見ることが出来ずにいます。)

投稿: ken | 2007年6月 3日 (日) 22時43分

この記事読んで本を注文しますた!

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2007年6月 3日 (日) 23時06分

あ、キンキンさん、なまってますよ!
ボク東北人だから・・・嬉しいけど。
・・・ああ、こうなったら僕も買わなくっちゃ!

投稿: ken | 2007年6月 3日 (日) 23時29分

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