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2007年6月30日 (土)

ひどい本なのかいい本なのか?:「クラシック大作曲家診断」

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら

先に。
今朝、ケータイでニュースを見ていたら、チャイコフスキーコンクールのヴァイオリン部門で神尾真由子さんが優勝、チェロ部門での山上薫(かおり)さんのディプロマ獲得を知りました。おめでとうございます。
・・・と、はやいとこ言っとこう、と思って帰ってきたら、
ヴァイオリン製作部門での菊田さん・高橋さん・手嶋さんの入賞記事のコメントに、JIROさんがしっかりコメントでお知らせ下さっていました・・・
なので、この件はJIROさんの記事で読んで下さいね!

演奏家のコンクール入賞とその後、というのには、常々野次馬根性的興味があるのですが、ある方をサンプルに、ある「追跡」をしたい、と企画中です。・・・ただし、いつ実現するか分かりません。
(才能の無い者のやっかみ、みたいな記事になったら、それこそ綴る方も単なるオバカでしょう? まあ、バカだからそれでもいいのだけど、もっと「意味のある」追っかけをしたいんですよね、どうせなら。)



というわけで、私は、全然違う話題で行きま〜す!
ある「立ち読み」本のご紹介です。



西村朗と吉松隆のクラシック大作曲家診断


西村朗と吉松隆のクラシック大作曲家診断


著者:西村 朗,吉松 隆

販売元:学習研究社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


最初に開いた時、こんなにアタマにきた本も、最近珍しゅうございました。

モーツァルトなんて、ありふれた音楽の中から運良く生き残ったにすぎない・・・当時は同類の音楽がちまたにあふれていたはずだ・・・だから、モーツァルトが「自分の言葉でしゃべった」音楽なんて、ほとんど無いに等しいだろう・・・だから、モーツァルトが一番好きだ、だなって言ってるやつの気が知れないね!

極端に(いや、本文を読んで頂ければそう極端でもないことはお分かり頂けると思います)こんな具合の話から始まるこの本、
「ちくしょう、またマヤカシ本が出たか!」
しかも、著者の一人は、私もその作品が好きな吉松隆氏ではありませんか!
「バカヤロー、ヨシマツなんて、もう、大嫌いになってやる!」
はじめは、書店に並んだ本に火をつけてやりたくなるほど、この語り始めにはヒステリックになりました。

でも、です。

読み進んでいくと、話が結構まともなんです。

ハイドンは若いモーツァルトの後期交響曲に影響を受けたし、ベートーヴェンはハイドンやモーツァルトを乗り越えなければならなかったけれど、3人比べると、モーツァルトにはハイドンの要素が、ベートーヴェンにはモーツァルトとハイドンの要素が痕跡を残している一方で、ハイドンにはそうしたものは全くない。してみると、ハイドンこそが、本当に独自の交響曲人生を貫いた人なのよね・・・みたいな方へ、西村氏との対話が健全な方へ進んでいく。

そのあとどういう展開になるかは、まあ、おいやでなければ実際に手にしてお読みになってみて下さい。

モーツァルトの件については、大胆な発言に見えながら、実は西村・吉松両氏とも、ある意味脇道にそれないように用意周到な思考を巡らして(いや、案外そんなに深くは考えていなかったりして!)述べていることが、現代音楽の問題に触れるところまで彼らの対話を追いかけていくと理解出来ます。

ですので、本の「部分」にとらわれて読むのがお好きな方には、決してお勧めしません。
部分部分は、本当に、お二人の独断と偏見による毒ガスに満ちています。

この本、まさに、「ガス室」です。平和主義者には似合いません。
語り口が軽いだけに、危険度は超巨星級です。

・・・こういうの、僕、でも、実は大好きです。

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2007年6月29日 (金)

デュ・ピュイ〜スウェーデンへ移住した大陸作曲家

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら

7318590007051モーツァルトのファゴット協奏曲について比較資料をあたっている際、それまで知らなかった一人の作曲家と出会いました。
名を、Edouard Louis Camille Du Puy(1770-1822)といいます。

生没年から分かるとおり、ベートーヴェンと同じとしに生まれ、ほぼ同じ時期に生涯を送った人です。
ですが、その活動範囲が違う。

サイトを探しましたが詳しい伝記が見当たりません(Yahoo!翻訳のリンクはこちら。生涯前半のスェーデンでの活動について触れられていないのが分かります).
で、いま、入手したCD
"The Romantic Bassoon" BIS BIS-CD-705
の記載により簡単に彼の経歴を述べます。

名前から察せられるとおり、フランス生まれ(南部の小村らしいとのこと)のようですが、名前もEdouard Louis Camille Du Puyが本名なのかどうか分からないとのことで、幼少期についてははっきり分かりません。
面白いのは、その経歴です。
4歳で誰かの手によりジェノヴァに連れて行かれ、そこで音楽の才能を開花させると13歳でパリに移住し、あらためてヴァイオリンとピアノを学んでいます。1786年にプロシア王室管理下のオーケストラでそのリーダーとなり、ベルリンのファッシュという人から作曲を学んだとの事です。
1793年に、今度はなんと、スウェーデンのストックホルムに移り、そこで宮廷管弦楽団のヴァイオリン奏者となりました。さらに、1799年には、同じストックホルムでソロのオペラ歌手にまでなっています。
ところが、彼はナポレオンの強烈な崇拝者でした。当時のスウェーデン王、グスタフ4世アドルフはデュ・ピュイとは正反対の、強烈な反革命論者でした。そのため、99年のうちに、ストックホルムを離れ、デンマークへ移住することを強いられます。そのデンマークも安住の地にはならず、1809年にはコペンハーゲンをも離れなければならなくなりました。
幸いだったのは、翌1810年にはナポレオンの勢力が北欧にも強く及ぶようになり、グスタフ4世アドルフが退位に追い込まれたことでした。デュ・ピュイは再びスェーデンに迎え入れられ、2年後、宮廷管弦楽団の指揮者となります。さらに1814年にはウェーデン王立音楽アカデミーの教授に就任します。

スウェーデンに移住して活躍した作曲家としては、近年、前王グスタフ3世の元で交響曲を多作したドイツ人、あるクラウスが脚光を浴びてきました。デュ・ピュイは、その後のスェーデンの世相を負って生涯を過ごした人物だったわけです。

ファゴット協奏曲イ短調(死後の1828年に初演。 )しか耳にしていませんが、ヨーロッパ全体の「ロマン派」を考えるとき、ベートーヴェンとは違う、こうしたニュアンスの音楽も存在したのだ、ということについて、これからの私たちはもっと認識を深めていかなければならないでしょう。

デュ・ピュイやクラウスの例をみてみますと、18世紀末から19世紀初頭にかけての、少なくとも日本人のアタマでイメージされているヨーロッパ史は、もう少し範囲をひろげて認識しなおされる必要があるかもしれません。
音楽家で言えば、ハイドンはイギリスで大金持ちになったとか、モーツァルトはその死でロンドンに行き損ねたとか、ベートーヴェンはウィーン人に引き止められて第九の初演をロンドンで行なうのを諦めたために却って大損をしたとか、もっぱらドイツ圏の有名作曲家についての動態しか把握されていないのが、変わらぬ現況です。

ナポレオンの影響にしても、せいぜい西ヨーロッパ諸国とロシア、イギリスとの関係だけが強調されていて、実際には同時期に、とくにロシアに対して大きな影響を及ぼしたグスタフ3世などについては度外視されています。
そうした政治的な駆け引きを細かく観察することと同時に、世情とのかかわりで文化人がどのような移動をしていたのか、調べてみるのも、なかなか面白いかもしれません。
・・・いいネタ、ないですかね?

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2007年6月28日 (木)

モーツァルト:1774年の協奏曲的作品

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。

モーツァルト作品の中に「駄作」を探そう、だなんて捻くれた根性は、これっぽっちも持ち合わせていません。大好きだから「追っかけ」をしている。でも、1774年のコンチェルトーネK.190とファゴット協奏曲K.191、とくに前者には、「どっか半端だなあ」という印象をぬぐえずにいました。
いずれもザルツブルクの宮廷で大司教コロレドを前に披露した作品ではないか、という推定程度しか諸伝記に載っていませんし、詳しい曲の分析はあっても、作品の「魂」がどこにあるかは記述されているのを目にしたことがありません。せいぜい、例によって、アルフレート・アインシュタインの主情的な「白黒判定」がなされているだけです。
前回の交響曲と併せ、この年の5曲中4曲のオーケストラ作品は、上演時期が遅くとも6月初めまでに限られています。4作とも宮廷向けだったとして、ではなぜ、6月以降に「セレナーデ」1曲を除きオーケストラ作品が作られなかったのでしょうか? それについて合理的な説明が出来るのは、初演に立ち会った霊だけです。しかし、その証言を聞くために適切な霊媒師さんとは、私はお知り合いになっていません。

音楽でも「クラシック」は骨董品だけに、鑑定士以外には突っ込んだ興味で眺めるのは「物好き・変人」しかいないでしょう。本来、私たちには、「今、これがどれだけの値打ち・価格なのか」だけが興味の対象です。そのせいでしょうか、当時の宮廷と教会の文化的・風俗的関わりあいを研究した本にもお目にかかれません。あっても売れないのでしょうから、きっと高価で、私のような貧乏人には手が出せないでしょうね。「安い本」でのモーツァルトのザルツブルク時代に関する記述を読むと、このことが痛感されてなりません。
で、次のことを疑問のまま残しておきます。
・オーケストラ作品が原則として6月以降作られなかったのは、6月以降はその年のあいだ上演もされなかった、ということなのか?
・上演されなかったのだとしたら、それは宮廷の年間行事暦と教会の年間行事暦との間にあるなんらかの相関関係によるものだったのか?
・そもそも、宮廷と教会とは、(少なくとも上流階級の間では)どういう体系と常識で繋がりあっていたのか、あるいは繋がりが切れていたのか?
8月に出来るセレナーデを観察するとき、以上に対する回答のヒントがひとつでも見つかることを期待して、あとは具体的に作品をみていきましょう。

まず、「コンチェルトーネ」K.190です。
「これがなんで協奏曲と言えるんだ(作品表上は協奏曲に含まれています)!」
というのが、私の不満の種でした。独奏部に華麗な技巧が駆使されているわけではないので、
「なんだ、ルクレールの二重奏曲でも編曲したんじゃないの?」と耳を疑ったくらいです。
誤解されるといけないのですが、ルクレールは優れたヴァイオリニストでしたし、作品も優れたヴァイオリン曲ばかりです。
ですので、「耳を疑った」のは、モーツァルトは「コンチェルトーネ」ではルクレールに劣った出来しか示していないのではないか、という印象に由来します。
しかも、通常、コンチェルトーネの標題には「二つのヴァイオリンのための」という形容句が冠されていますから、なおいけない。実際には曲中ではオーボエも、終楽章ではチェロも、むしろヴァイオリンより効果的なんじゃないか、と感じさせるソロを奏でるのです。
しかし、これについては「二つのヴァイオリンのための」という句に問題があるのだ、ということが、NMAに載せられた自筆譜ファクシミリの第1ページを見て分かりました。
Mz_cntk190自筆譜のタイトルのどこにも、モーツァルトは「二つのヴァイオリンのための」などという言葉は記していないのです。だから、コンチェルトーネが「二つのヴァイオリンのため」だなんていうのは、嘘八百なのでありました。(図をクリックして拡大してみて下さい。)
「協奏曲とはとても思えない」という点は、コンチェルトーネという曲種名の捉え方で問題が解消します。
詳しい説明にめぐり合うことは出来ませんでしたので、いま、海老沢敏「モーツァルトの生涯」の記述を全面的に信頼しますと、コンチェルトーネはいわゆる現代的な意味での「協奏曲」とも、また「協奏交響曲」とも異なるジャンルとして考えられていたらしいのです。「協奏曲」や「協奏交響曲」は技巧的な独奏を盛り込むことを主眼としているのにたいし、コンチェルトーネの方は交響曲(もしくはシンフォニア、シンフォニー)の中にそこそこ効果的なソロを挟み込んで少しだけ面白みを出そう、という発想が強かったのだ、というふうにでも捉えたらよいのでしょうか? 他の作例を知りませんのでなんとも言えませんが、そうであれば、むしろバロック期のコレルリやヘンデルによる合奏協奏曲の延長線上にあるのが「コンチェルトーネ」なのだ、と思えば妥当な気がしますし、モーツァルトのこの作品の作りこみ方についても納得がいきます。
よく対比されるのはハイドンの交響曲「朝・昼・夕」の3曲、とりわけ「夕」ではありますけれど、ハイドンの方は協奏交響曲に近い。モーツァルトの方が・・・おそらくはイタリア経験も既に豊富でしたから・・・伝統にのっとっているのではなかろうか、というのが私の推測であり、したがって、この「コンチェルトーネ」を他の「協奏曲」と同じ耳で聞こうとしていた自分の耳が間違っていた、というのが、この作品に対する私の一応の結論です。(アインシュタインはこの点は適切な洞察をしています。)

では、ファゴット協奏曲K.191は、どうか?
こちらはこちらで、管弦楽だけの明るい呈示部の後、その管弦楽の終了した音と同じ高さの音からファゴットソロが始まる個所には、違和感を覚えざるを得ません。なにか、肩透かしを食らったように、気が抜けてしまいます。
同時代の作曲家に比べ、モーツァルトの書法は同等だったのか、劣っていたのか?
クリスチャン・バッハに2作のファゴット協奏曲があるのですが、残念ながらこれを耳にすることが出来ませんでしたので、後輩や次世代にあたるフンメル、ダンツィのファゴット協奏曲と比較してみましたが、二人ともファゴットの入りがその前の管弦楽から違和感なく繋がるよう音域や最終フレーズに充分気を使っています。それに比べれば、やはり、モーツァルトは稚拙だった、と言わざるを得ません。
こうした欠点にも関わらず、以後の独奏部を観察していきますと、モーツァルトはファゴットという楽器については知悉していた、と感心させられ、かつ、この楽器をいかにうまく歌わせるかに砕身していることも分かります。
カンタービレ部分の音域はファゴットが最も美しく響くテノール音域を逸脱することがありません。
また、カンタービレだけで単調にならないよう、ファゴット独特のユーモラスな、オクターヴ前後の範囲内での跳躍(ちょうどベートーヴェンの第4交響曲フィナーレを思い出させるような)を、特に最後の第3楽章において巧みに盛り込んでいます。
終楽章のユーモアは、しかし、先行する第1・第2楽章に含まれる劇的効果が存分に発揮されることによって引き立っているのだ、ということにも注目しておかなければなりません。
第1楽章には低いC音からg'音への19度も間隔の開いた跳躍があり、音階を駆け上がってb'音(おそらく高音域では苦しげにならずに聞ける最高音域の音)にまで達してみせたりしています。
第2楽章では、ファゴットの最低音である低いB音まで用い、それをオクターブ跳躍させて見せることで、優秀なバス歌手を連想させてくれます。
全般に、ファゴット協奏曲は「協奏曲」というよりは声楽によらない「アリア」・「独唱モテット」としての意識から作られたものだ、と捉えれば、第1楽章の最初の部分についても、何故器楽的には違和感を持ったままなのか、ということについて説明がつくものと思われます。
そう、これはこれで、「協奏曲」ではなくて、ファゴットという歌手に歌わせた「劇的アリア」なのでした。

"Concertone in C K.190"
I. Allegro spiritoso 4/4拍子、261小節
II. Andantino grazioso 3/4拍子、192小節
III. Tempo di Menuetto (Vivace) 3/4拍子、235小節

"Konzert in B fur Fagott u. Orchester in B K.191"
I. Allegro 4/4拍子、170小節
II. Andante ma adagio 4/4拍子、52小節
III. RONDO (Tempo di Menuetto) 3/4拍子、150小節

なお、ファゴット協奏曲は、K.284のクラヴィアソナタの愛称ともなる<デュルニッツ>伯爵からの注文で、翌75年、他のファゴットを伴う室内楽K.292と共に、あと3作つくられた、という話がありますが、現存する新作はこのK.191だけです。かつ、その自筆譜は散逸してしまった、とのことです。

CDは、今回採り上げた2作とも廉価盤で手に入るようになりました。(以前はなかなかありませんでした。)

スコアは、NMAペーパーバック版の第14分冊に、ヴァイオリン協奏曲全曲、管楽器のための協奏曲全曲と併せて収められています。

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2007年6月27日 (水)

"amateur":アマチュアという言葉

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

ホントはモーツァルトの1774年の協奏曲関係を綴るつもりだったのですが、間に合いませんでした。
代わりに、ではありますが。。。メーリングリスト時代に綴ったものを少し省略、手直しして載せます。


"amateur"、日本語では果たして何を意味することばでしょう? お分かりになります? 
そのまんま「アマチュア」でいいんじゃないか、と言われれば、まあ、そうなんです。
でもね、嬉しかったのは、いろんな辞書を引いてみると、この語彙は本当は
「愛好家」
を示すのだ、っていうのが分かって、私は、その時とてつもなく心地よかったのです。
「変な奴!」
とお思いですか?
よろしゅうございます。
英語の、語源の説明までついた辞典によれば、この単語"amateur"はラテン語で愛好を示す"am-"という語根に由来します。この語根によるラテン語の動詞の三人称単数が、"amato"([彼・彼女は]愛する)です。
ところが、それを語源にする"amateur"は、英語でもドイツ語でも、「素人」という意味を持っています。日本語の「アマチュア」に「素人」の意味が付加されたのは、この語彙がゲルマン系経由で輸入されたことを伺わせます。・・・フランス語になると、ところが、意味が違ってきます。

和仏辞典のほうだと、「素人」にあたるフランス語に"amateur"が出てくるのですけれど、本来は使い方によるのでしょう。"amateurisme"なる語彙があって、こちらは日本で言うと京都弁風の皮肉のようです。「素人芸どすなあ」って言う感じ。
"amateur"に戻ると、幾つかの仏和辞典を覗いてみましたが、こちらに「素人」の日本語が充てられている例は皆無でした。それどころか、「目利き」などという、もっと優れたイメージの訳語が割り当てられていたりするのです。
ちなみに、より直接にラテン語の子孫であるイタリア語ではどうか、を調べてみますと、"amatore"というのが"amateur"に合致する語で、やはり「愛好家、目利き」という日本語が充てられています。(その他に「女たらし」なんていう意味まで持っています!)イタリア語で「素人」に当たるのは、"dilettante"です。

くどくどと"amateur"の意味ばかり綴ってしまいましたけれど、果たして私は何が言いたいのか!?

そう、「アマチュア」って、本来は「素人」じゃないんです!
ラテン語直系のイタリア語、やはり古代ローマの影響が強かったフランス(ガリア地方ですね。カエサルの「ガリア戦記」も、読みにくいですけれど面白い本ですヨ)の語が、そもそも「素人」の語義を含んでいないのが、何よりの証拠です。

物事を愛する人、それが「アマチュア」の本義なのでしょう。
すると、その中にはもちろん素人も含まれることになりますけれど、日本にも「玄人はだし」という言葉があります。広辞苑では「素人が技芸に優れていること」と解いていますが、元来は「玄人(すなわち日本では今、プロと呼ばれる人種)がはだしで逃げる」を短縮した語彙ですから、「素人が〜」という言い方がどの程度適切なのか難しいところです。・・・「素人」に変わる日本語がないのも困ったことです。

「玄人はだし」の演奏家と、私も出会った思い出がいくつかあります。普段、大学のオーケストラに手伝いに来て下さるヴァイオリン弾きの女性で、ジョーク好きの面白い人でしたが、大学のメンバー数人で彼女の地元のオーケストラへ手伝いに行ったとき、驚いたことに、彼女がメンデルスゾーンのコンチェルトのソリストなのでした。
「まあ、知ってる人だから、こっちも気楽に伴奏出来るナ」
なんて、最初は気軽に考えていたのです。フタを開けたらさらに仰天でした。それまで目の当たりにしたソリスト・・・名前の売れていた人も含めて・・・の誰に比べても、彼女の演奏は完璧でした。技術もそうでしたし、何よりも、あの人の一見柳のように細い体からは想像出来なかったふくよかなカンタービレには、伴奏を忘れそうな瞬間があったほどでした。

モーツァルトのピアノソナタの大半も、いわゆる「アマチュアのために」作られたものです。古典派の時代、シンフォニーといえば職業音楽家達によって公の場で演奏される編成の大きめな曲種の代表格だったということですが、ソナタはそれとは対照的に、サロンで活躍したり家庭で音楽を楽しむ「玄人はだし」のアマチュアの為の曲種だった、と、音楽史関係の本には書かれています。
それを裏付けるかのように・・・モーツァルトについては残念ながらほんの一部しか判明しないので・・・ベートーヴェンを例にとりますと、彼が交響曲を献呈した相手はことごとく彼のパトロン(しかも自らは演奏しなかった人も含まれます)のに対し、習作を除く32曲のピアノソナタのうちほぼ半数に当たる15曲が、いわゆる「アマチュア演奏者」に捧げられています(パトロンでもありましたがピアノの弟子でもあったルドルフ大公も、そうした献呈を受けた一人です)。

ともかく。

私自身も、私のいま属しているオーケストラも、アマチュアです。
しかし、「素人集団」としての「アマチュア」という発想はやめて、「アマチュア」の本義である「愛好者」の集団、音楽を心から堪能する人たちの集まりとして、この先もみんなで一緒に歩んでいければいいなあ、と、本当は分かりもしないフランス語の辞書を手にしながら、ほんわり想いに耽ってしまった次第です。
私のいるオーケストラの団員は、楽器を始めたばかりの人から専門の勉強をしてその道で飯を食っている人まで揃っていますし(ただし、ゲスト出演か。。。)、「玄人はだし」の該当者もいます。年齢も20代から70代までと幅広いのも、大きな特徴です。
そんな集まりだからこそ、素人なんていう限定語など必要がない、<ムジークフロー>という団の名称通り「音楽の喜び」を愛する心が共有出来るのが最高なんじゃないか! と思っている次第です。・・・そうなりたいなあ。。。

なんだかまた、いつも通り、よくわからん文を綴ってしまいました。

このくらいで。

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2007年6月26日 (火)

「愛」ってなんなのだろう(「エリーゼのために」)

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

私事で恐縮ですが・・・って、このブログ、「わたくしごと」しか綴っていないんでした!

修学旅行から「母のいない家に帰ってきた」子供たちは、やはり思いは複雑なようで・・・私も複雑な思いです。
息子のほうについては、「チャップリンになりたい息子との対話」で綴りました。

娘は、今日修学旅行から帰ってきました。
どんな土産話をしてくれるか、と楽しみな半面、本当に嬉しそうな顔をしているかどうか、不安でした。
不安の方が当たっていて、ふてくされた顔をしていました。
何か訊いても、返ってくるのはつっけんどんな台詞ばかり。で、ついに僕は切れてしまって、あとは大げんかでした。
中身は・・・でも、もう忘れました。娘にすれば2泊3日気を使うだけ使って、帰宅しても僕たちのために食事の準備を、と、義務に思っていてくれて・・・だから疲れきってたのです。でも、母親に対するようには、父親には甘えられません。「父の抱擁を受ける」なんて、娘にとって、想像するだけでおぞましいに違いない!

母親が生きていれば違ったか、というと、案外そうでもなくって、僕はやっぱり娘に同じようにあしらわれ、怒りまくっていたはずです。4人揃っていても、そういう家庭でした。
ただ、そのあとのフォローを、僕はもう妻に委ねることが出来ません。

僕も、子供たちも、お互いで騒動を起こすのを、妻・母が、黙ってニヤニヤ眺めていて、終いに一発雷を落として、しーんとなったところで
「さ、じゃあ、デザートでも食べようか」
ときてくれることが嬉しいのです。嬉しかった・・・
今夜は仕方がないので、私がデザートを買ってきました。
「愛」ってなんなのだろう?
そんなことをふと考える一つの小さな事例にすぎませんが、さすがに、デザートを買いにいく道すがら、想いに耽ってしまいました。

今日が、家内の6回目の<月命日>です。
お隣からもお花を頂いて、花瓶が華やかになりました。・・・いけない、まだお礼を言ってなかった!

新婚当時、僕がたった一つ弾けて、その出来を女房に
「なかなかいいじゃない!」
と誉めてもらったのは、ベートーヴェンの「エリーゼのために」でした。
今では僕は途中を弾けなくなってしまっていて、娘のほうが遥かにうまく弾いています。

音は載せず、2葉にわたる自筆スケッチのファクシミリから1葉目だけを掲載します。
読めます?(クリックすれば大きくなります。)

Furelise_2

じつは、たった2葉のこの楽譜、1810年には一旦書かれ、1822年にも手が入っているのが分かっているそうです。(たとえば最上部のmolto graziosoの書き入れは1822年頃のものだそうで・・・)
雑に見えるけれど、そんなにも長い間、ベートーヴェンはこの小曲に「愛」を注ぎ込んでいたのだ、と感じて眺めると、そのほとばしりが、なんだかいじらしいものに思えてきます。
でも、エリーゼって、ホントは誰だったんでしょうね?

付)冷やかしたい人限定第4弾
4つ目の課題は、「ムードの違うものを3つ4つ並べてみなさい」でした。
相変わらずできの悪い答案です。「ソナチネ」と題しました。Sift-jisです。題のところをクリックして下さい。文字化けしたらそのまま読まずにおいて下さいな。
・・・でもなあ、後残り10も、こんな宿題があるんです。頭が麻痺しないように、と思って始めたんだけれど。私の答えの中身はどんどん意味不明になっていくようで。。。

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2007年6月25日 (月)

作曲家チャップリン

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

217stvxzqql_aa140__1「チャップリンになりたい息子」のことを昨日綴りました
息子がどの程度チャップリンを理解し、どういうふうに「チャップリンになりたい」のか、正直言って把握は仕切れません(娘の志望についても同じです)が、振り返れば自分も音楽に何故・どれだけ打ち込みたいのか、なんて理解はしてもらっていませんでした。人間、世代が変わっても同じことの繰り返しです。
それでも、すくなくとも息子がチャップリンについてきちんと知った上でなおそう思い続けるのかどうか、そうでなくても大きな財産になるのではないか、と思い、雀の涙のボーナスを割いて、今は中古でしか手に入らない
「ラヴ・チャップリン! コレクターズエディション」DVD+BOX I II
をともに入手しました。
息子はいつの間にか、「キッズ」を除く全作品に目を通してしまったようです。20枚もあるのに!

そのチャップリン
「トーキーになってからの音楽は、みんな自分で作ってたんだよ」
息子にそう言われて、仰天しました。
あわてて、それぞれのDVDのケースを見ると、確かにサイレント作品以外は
「作曲:チャールズ・チャップリン」
と記されています。
挿入されていた冊子を読んでも、これは間違いない事実なのですね。。。恥ずかしいことですが、ちっとも知りませんでした。

深く考えずとも、彼の母親は歌手でしたから、彼に音楽の素養があったってなんの不思議もありません。
ですが、作曲までやってしまう、とは・・・編曲や映画とのシンクロにアシスタントをしてくれる専門家はもちろん板にはせよ・・・

私自身は、そこまでゆとりもないので、チャップリンの映画をじっくり見る機会を持とうとは考えていませんでした。
ですが、こうした事実を確認して、DVDのなかの1枚だけ、
「さて、どんなもんだろうか」
と見て、聴いてみました。

BOX I のほうに、"Short Films of Chaplim"と題するものがあり、その最初に「チャップリン・レヴュー」と題した、短編(というより1作40分程度の中編)3本をまとめたものが収録されています。
映画そのものは無声時代の作品ですが、1959年に劇場公開用に改めてまとめられ、その際、チャップリンによって音楽が付けられたものです。(台詞の音声化はしていません。)

ディズニーの「ファンタジア」のように、音楽をもとに映像を付けた例はよく知られていますが、「映像に後から音楽を付けた」などというのは、少なくとも私にとっては前代未聞でした。
いや、「映像にあとから音楽を付ける」などというのは、こんにちの映画作品では日常茶飯事ではありますね。でも、その際には台詞も効果音もすべて音声化され、音楽も場面転換に併せ、出来るだけ劇的な転換をするように付けられます。

「チャップリン・レヴュー」を振り返ってみましょう。
こちらは、さっきも言いましたように、台詞の音声化は全く試みられていません。効果音の付加もされていません。
音楽は・・・場面転換とは必ずしも「瞬時に、劇的に」は一致しません。ただのんびりと、映像そのものの喜劇的効果は映像に任せたよ、と言わんばかりに、
「あ、こっからは場面が違うんだな。じゃあ、おれたちも演奏を変えようか」
という具合で、じつに暢気に移り変わっていきます。

ある意味、ですから、音楽が映像やドラマから無理強いを受けない。
自然に流れていく。流れる自分に身を任せている。

「映画音楽」も、「チャップリン・レヴュー」のようなあり方だって可能なんだ、という見直しは、まだまだ出来るのかもしれないなあ、と、思わず唸ってしまった私でした。

チャップリンの映画は著作権切れで1枚500円で、トーキー時代以後のものはほとんど「見る」ことができます。
ご覧になるなら是非、同時に、チャップリンの作った音楽の方にも、耳を傾けてみて下さい。
これは、ひとつの驚異です!

アンコール・ピース向けにオーケストラの楽譜でも探してみようかな。(23:23)

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2007年6月24日 (日)

チャップリンになりたい息子との会話

東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。

したいことがある。その本当の意味を人に伝えたい。でも、自分には伝えるだけの力がない。けれど、なお思いは強い。・・・誰にでも、そんな面があるのではないかと思います。で、こうした思いは、歳を取ってしまった人は忘れてしまっているけれど、結構早い時期に芽生え、芽生えが早いほど、どうすればいいかという手段を持ち合わせず、周りにどう伝えたらいいかで困ってしまう。そのまま「困った」状態で齢を重ねていくから、「伝えられないこと」は無意識化して目に見えない心の内側に隠れていってしまい、ダイエットでは減らせない「心脂肪」になったり、手術や放射線では切り取れない「精神腫瘍」になってしまったりします。
以下は、我が家の、十一歳の息子のケースです。
綴っておくに値する、と思いました。ただし私と会話したそのままでは一般化しにくい部分もあり、趣旨が変わらないように気をつけはしましたが、会話の内容そのものは変えています。
お役に・・・立たないかもしれませんが。

今朝、娘が修学旅行に出かけました。
息子の方は、昨日帰ってきました。入れ替わりです。
オーケストラの練習の日だし、娘がいると寿司屋に行けない(家内が寿司好きだったので、寿司を見ると母親を思い出すので入りたくないらしいのです)、「じゃあ、チャンスだから夜は二人でお寿司を食べようか」ということで、連れ立って出かけました。

昨夜は修学旅行での話は見た景色のこと以外何も話さなかった息子。
それも気になっていたので、電車に座っている間、質問をしました。それが会話のスタートです。Kは息子、Tが父親である私です。



T:で、夜は、お部屋でお友達とお話ししてたのかい?
K:うん。
T:楽しかった?
K:あんまり。
T:どうして?
K:「ボク、チャップリンになりたいんだ」って、いつも言うでしょ?
T:そうだよね。映画もいっぱい、DVDで勉強したし、自伝も読んでるよね。
K:でもね、そのことを話しても、みんな、ボクのことを笑うんだ。
T:チャップリンのことが面白いから、じゃないのかい?
K:そうじゃなくって、からかうんだ。「変なの!」って。
T:なにが変だ、って思うんだろう?
K:分からない。でも、たぶん、みんな、チャップリンのホントのことを知らないからだと思う。
T:Kは、どうしてチャップリンになりたいんだっけ?
K:チャップリンはさ、10歳でお父さんをなくして、お母さんは気が狂っちゃったでしょ?
T:(ヤバイ、ウチと逆だ!)・・・ああ、そうだったね。
K:それで、とっても苦しい思いもしたけど、映画でわざと、苦しかった自分のことをそのまんまお笑いにしたんだよね。
T:へえ、そうなのか。そこまでは、お父さんは知らなかったなあ。
K:自分は本当は苦しかったのに、それを人に見せて、笑ってもらえるようにするって、すごい、と思った。
T:お父さんも、それなら、そう思う。(・・・このへん、頼りない。)
K:もっとすごいのはさ、パロディってのをやったこと。でも、パロディ、ってなんだろう?
T:もともと出来あがったものとか人のしていることを、そうだなあ、大げさにまねしてみせることかなあ。
(いちおう、本当はパロディの意味はもっと広いんだ、ということまでは話さない。)
K:そうだよ、例えば「独裁者」でさ、ヒトラーのことを、誰よりも早くヒトラーの心の中までちゃんと分かって、それを大げさにして、世界中の人を笑わせた。(息子は一応、「独裁者」が上映に当たってアメリカからさえ過激分子として評価された時期があるなどの知識は持っています。それを前提として、彼はこの話をしています。)
T:人の変なところを、周りの誰も変だと思っていないうちに、発見しちゃったんだね。
K:そう、そんなに早く、変なところを見つけられるのもすごい。・・・ボクはなかなか出来ないなあ。
T:そうしようと思って勉強すれば出来るようになるんじゃないの?
K:でも、もう、ボク、社会勉強ばっかりしているようだよ。
T:そうか。お母さんが死んじゃって、お父さんとこうやってお出かけばっかりして・・・学校の勉強はさぼっちゃって!
K:学校の勉強もちゃんとやってるよ!
T:あれ、そうかい? それにしては、いつも、お父さんが帰ってもまだ宿題が終わってないじゃん。
K:そうだなあ。
T:かけ算や割り算がちゃんと出来なくっちゃ、お買い物も自分一人で出来るようにならない。漢字も宿題の書き取り練習を「やればいいんでしょ」ってだけでやってたら、そのうち言葉の意味がチャンと分からない人になってしまう。学校で習うことをいい加減にしていたら、だから、世の中のことを、人のどこが変なのかを、チャップリンみたいに「誰よりも早く見つける」なんて、出来るようにはなれないヨ。
K:まじめにやります。
T:まあ、まじめすぎなくってもいいんだけどね。普通にきちんと、は、やっておかなくっちゃ。
K:そうだね。
T:で、そうやって分かるようになったいろんな「変なところ」を、面白いお話に出来るようになるのが大事なのかな。
K:出来るかなあ。だって、自分だけ面白ければ良いんじゃなくって、みんなにそれが伝わらないと・・・
T:チャップリンのことじゃなくなるけどさあ、お父さんもお母さんも、子供の時は、本当は「音楽のお仕事が出来るようになればいいな」って思ってた。でも、いろいろあって、そうはできなかった。お母さんは、それでも「学校の先生になれば、歌うってこんなに楽しくってすばらしいんだよ、って、たくさんの人に伝えられる」と思った。幸せなのは、お母さんはそれが上手に出来たってこと。だから、お母さんのお葬式で、あんなにみんなが集まってくれて歌ってくれて(家内の授業を受けていた生徒さん全員が葬儀で合唱をしてくれました)、お母さん、ビックリしたけど嬉しかったんじゃないかな。で、お父さんはお父さんで、毎週、いまでもたくさんの人と一緒に音楽の勉強ができていて、伝えてもらえることもあるし、伝えたいことをお話しすることもできて、恵まれているとは思っているんだよ。
K:ふーん。
T:本当に「チャップリンになる」と思ってお仕事をすると、お父さんやお母さんよりは、大変なことがいっぱい出来てくると思う。いま、まだお父さんは上手にいえないけど。それでもね、お父さんもお母さんも幸せだったとは思うけど、大変でも本当にKが「チャップリンになる」って思っているんだったら、その夢をしっかりかなえる方が、ずっといいことだし、大切なことだ、とは思っている。
K:いま、友達に話しても、通じないのに。
T:だって、Kはまだ、「夢」のお話をしているだけで、夢を叶えるためにがんばっているところは誰にも見られていないんだもん。みんな、分からなくって当たり前だと思うけど、どうかな?
K:そうだね、がんばって、夢の通りになってみせれば、みんな分かるんだよね。
T:その通り。
K:じゃあ、面白い話を作れるようにならなくっちゃいけないけど。。。
T:大人用の本しかないけど、お話の作り方を書いた本ならお父さん知ってるよ。(「シナリオの書き方」の類い。小説の書き方みたいなものでは、この場合、だめなのであります。)
K:じゃあ、それ、読むよ!
T:大人の本だぜ! 難しいよ! 読めるのかなあ?
K:読めるさ!
T:分かった。じゃあ、買ってやる。
K:お願いね。
T:そのかわり、それ読んで、自分が失敗して毎日お父さんに怒られてることを、面白い話に作ってみなヨ! お父さんからの宿題!
K:なんだか嫌な宿題だなあ・・・
T:じゃあ、やめにするか。
K:いや、やってみよう! やります! やるから!

・・・という次第で、夕食前に本を探しにいって、息子の選んだ本を買ってやりましたが。。。
果たして、父の宿題をちゃんとやるかどうかは、彼自身のこれからの「まじめさ」にかかっておるわけでして。
半分は期待しないで、待っててみようかと思っております。

・・・お役に、立ちませんでしたか。お粗末様でした。

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2007年6月23日 (土)

どこにもなくって、どこにでもある(昨日の補足として)

チャイコフスキーコンクールヴァイオリン製作部門で優勝・第2位・第4位を獲得した菊田さん、高橋さん、天野さんについて紹介させて頂いた記事はこちら。菊田様・高橋様にコメントもお寄せ頂けました。「手仕事」の貴重な精神をお汲み取り頂ければ幸いです。情報を頂いたJIROさんに心から感謝申し上げます。



東京ムジークフロー第44回定期演奏会の、演奏の音はこちらで聴けます。併せて(私個人の偏った視点ではありますが)反省もお読み頂けますよう、お願い申し上げます。


今日、尊敬する人とゆったりお話できる貴重なチャンスがありました。
それを通じて感じたことの、簡単な要約で、今日は済ませます。

どこにもなくって、どこにでもあるもの。
仮にそれを「真実」と名付けてみましょう。
名付けたとたん、「真実味がなくなる」、そんな妙な「こと」が、物・現象として姿を現しては私たちを惑わせ、さんざんな混乱をまきおこし、おかげで私たちが「そんなバカな!」と絶叫を繰り返しているうちに、おのずと姿を消し、消すと同時に、気づくと私たちの心・思いをふうわりと包み込んでいる。

だから

「ああ、このままで、なにもかもとまってしまったらいいのに!」

<ファウスト>の台詞そのままではありませんが、ほんとうに、人間、最後にたどり着ける思いは、こんな言葉にしかなりようがないのではなかろうか・・・
あまりに抽象的で恐縮ですが、そんなことを、ふと考えてしまっていた一日でした。

私たちのアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローの定期演奏会が、もう1週間前の今日だったなんて!
本当に、そうなんだろうか?
それは実はもっと前のことだったかもしれないし、もっとずっと将来のことかもしれない。
そういう気持ちで、メンバーにも、お客様にも、今回の演奏会を受け止めて頂けていたら、こんな嬉しいことはない。

意味不明の記事でお茶を濁してすみません。
ですが、じつは昨日急遽「即反省」を綴ったことの埋め合わせとして、今日精一杯考えたことです。
ついでに言えば、テレビでふと「永遠に生きるクラゲ」というのを映していたのを見たせいでもあります。

私たちの演奏会が「1回きり」のものではないことを、どうか、忘れないでいていただきたいし、そうであれば嬉しいのです。(これまで繰り返してきて、この先も繰り返していく、というのとは、違う意味なのです。)
・・・気狂いの戯言だと、笑って頂けましたら幸甚に存じます。

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2007年6月22日 (金)

やっぱり即反省:定期演奏会

チャイコフスキーコンクール・ヴァイオリン製作部門で優勝なさった菊田様にコメントを頂戴しております。その素直なお人柄、手仕事への純粋なお気持ちを、お読み取り頂ければ幸いです。
23日付記:二位獲得の高橋様にも、同じ記事にコメントを頂いてしまいました。。。恐縮。



昨日音をアップしたら、過分のお褒めの言葉を頂いてしまいまして。
「いやあ、これはやっぱりいかん、早めに、要点だけは反省しておこう」
と思ってしまったのですから、私はやっぱりひねくれ者かもしれません。

あえて、載せます。(ドキドキ!)

自分で5回聴いてみて、信頼している管楽器奏者の方(アンサアンブル活動でご活躍)のお話で裏付けをとりました。
あえて、完全完了、の反省とはしません。
団内に限らず、アマチュアの方のご参考になる範囲で綴ります。
前記事に音をアップしてありますので、併せて読んで下さいませ。



とはいえ、まずは「良かった」ところから。

「変に<きっちり>にこだわらないので、ゆったり聴けましたよ」
・・・同じような感想を数人の方に頂けました。アマチュアにとっては最大の名誉です。
私の信頼する筋の方には、木管陣が好評でした。
とくに、オーボエとファゴットです。
個人的には、ショスタコーヴィチのオーボエを、よくあそこまで抑制して吹いてくれた、と、そのことに最大の感謝の念を持っております。経験のある方にとって、あの曲で「あふれてくるもの」を抑制するのがいかに難事業かは、よくご理解頂けるのではないかと思います。まして、奏者は、まだまだ若かった。・・・にもかかわらず、最もショスタコーヴィチの第5の精神を理解して吹いてくれたのは、あのオーボエだと思います。



で、失敗点もしくは課題とすべき点。

人の話をする前に、私自身の失敗とその原因に付いてご説明します。
ショスタコーヴィチの第2楽章のソロです。
「あれは皆さん苦労するみたいですよ」
と仰って下さった方もいらっしゃったのですが、実は、あの箇所、方法が見つかってしまえば、本来は難しくもなく、苦労もしません。事実、私程度の「下手」でも本番1ヶ月前に方法を見つけてからは、練習中にハズしたことは一度もありませんでした。
何故外さずに済んだかと言うと、次のような算数が出来るからです。
(ちょっと面倒ですが、ヴァイオリンの絵でも前にしてイメージして下されば、難しくない話です。)
ヴァイオリンは左手の指を人差し指から小指に向かって、順に1、2、3、4と呼びます。
で、第2楽章のソロの、グリッサンドで大きく跳躍する箇所は、これはいくつもある方法のうちの一つですが、私の計画ではこうでした。
最初の音であるe'を第2弦のを第3ポジションの2でとります(第2か第4ポジションだと結果がつまらなくなる気がしたので。これも失敗を招いた要因になりました)。すると、4の指は第1弦でd'の位置に来ます。素直にそのままd''の指を1に置き換えれば、上のg''がそのままとれます。ですが、それではグリッサンドがかかりません。ですので、このことをあらかじめ了解しておいて、d'をあえて2に下げるように計算しておきます。すると、1の指がf''に位置することになりますから、それをずりあげれば充分なグリッサンドが聞こえる、という具合です。
これを、本番で、何を慌てたか、d'を1のままで計算してしまいました。1つ上、です。結果的に、グリッサンドを意識すれば、最終的に4の指はa''をとってしまうことになります。
これをやってしまうと、続くe'音を下げきれないため、後のグリッサンド先のf''も高くなってしまう、という次第です。・・・そんな訳で、取り返しがつきませんでした。
他山の石、となさって下さい。

続いて、金管陣について感じたこと、確認して「あたりだったな」と思ったこと
1点目は「アンブシュアが安定していない」ということ。
高音時に口が必要以上に締まってしまうか、唇がマウスピースの上方にずれ込んでしまうため、音程は下がり、音の幅は狭くなる。結果として、取り損ねが増えます。
低音については、今度は唇が緩み過ぎ、かつマウスピースの下へずれる。
・・・ちょっと確認してみて下さい。
一定の形で、息のコントロールで音高を操れるようになれば、「はずし」は格段に減るはずです。
ただ、グリークのホルン1番に付きましては、お褒めを頂いておりますし、私が聴いても「いいなあ」と感じております。
2点目は3、4本の間のバランス。あるいは、オーケストラ全体とのバランス。
プログラム最終はショスタコーヴィチなので、これでもお客様には喜んで頂けたのですけれど、今回はトロンボーンが、とくにオーケストラ全体のバランスを視野に置いた時、不要な箇所でも過剰だったのではないだろうか、という(これは専門家の)見解もありましたので、参考までに記しておきます。また、曲種によっては、当団のような力量の場合はバストロのパートは正規にバストロを用いるべきでは?との疑問も数人の方に示唆を受けています。

木管は私がメカニズムについて勉強不足ですし、弦は当団特有の要素からくる問題が大部分を占めますので、今回は言及を避けます。ただ、個々という意味では、いずれの楽器も私の失敗例が必ず参考になるはずです。

打楽器は、しくみがよく分かっていないので適切なことがいえるかどうか分かりませんが、幕の張りや体鳴楽器(木琴など)の質の選択、バチの使い分けに、もう一工夫あったら良かったのではないかなあ、と思います。
たとえばショスタコーヴィチでは木琴とスネアは、より硬質な音が欲しかったところです。
そのあたり、予算にも配慮してくれての結果なのかもしれませんが、少し私たちに贅沢な要求をしても良いので、「曲の精神を際立たせる」道具の選択をより高い優先順位においてもらえれば、と思います。

団員各位に対して僭越を言ってしまい、申し訳ないとは思っておりますが、前向きなヒントにして頂ければ、それだけで幸せです。

お聴き下さった方も、以上を念頭に
「ああ、こういうことがあって、結果としてこういう音が出るのか」
というあたり、すこし味わって頂ければ、面白みもますのではないかと存じます。

なにとぞ宜しくお願い申し上げます。

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2007年6月21日 (木)

お聴き下さい:第44回定期演奏会(東京ムジークフロー)

チャイコフスキーコンクール・ヴァイオリン製作部門第1位を獲得された菊田様より、ご紹介した記事にコメントを頂きました。JIROさんのところでワガママで「是非私のも読んで下さい」とダダをこねたのにお応え下さった恰好です。・・・お恥ずかしい。「手仕事」への素直な思いがこもった素敵なお言葉を頂けました。是非ご一読下さい。



この間の録音、担当したMさんがいち早く送ってくれました。
「メンバーに売るまで発表を控えましょう」
と言ったのですが、
「別に構いませんから」
と言ってくれましたので、さっそくアップします。
(音質・音量が落ちていますから、団員のかたはより細かいチェックのためにはMさん作成のCDを入手して下さい。)

今回の演奏会直前に亡くなったHさん、その他40年のあいだに亡くなった諸先輩、加えて私の家内のためにまで、当日は開演時にメンバーが「マタイ受難曲」中のコラールを追悼演奏してくれました。
これについてのみは、演奏会そのものとは異なりますので、音をアップしません。
何卒ご了解・ご許容下さいませ。

聴いて下さる皆様へ:
なにせ「初心者から老人まで(失礼!)」という団体ですので、お聴きになって、出来にご不満も多いかと存じます。とりあえず精一杯の演奏ではございます。
精緻な技術が今後身についていく保証は・・・団員のためにも・・・ゼロ、とは断言はしませんけれど、細かいパッセージを器用に演奏できる、と言うことよりは、「よりよい響きを目指す」ことを最優先に今後とも精進してまいりますので、暖かい気持ちでお聴き頂け、今後ともご支援を賜れますよう、(かく申す私は名目ばかりで腕の悪い「コンサートマスター」ではございますが)心からお願い申し上げます。
・・・あ。
ですので、ショスタコーヴィチの第1楽章と第2楽章は、どうか飛ばしてお聴き下さい!
お願いいたします!

団員・演奏者各位:
当初、各曲の反省点をこちらに併せて掲載しようか、と考えておりましたが、それは別途と致します。
当面、各自が胸に持っていることがあると思いますし、聞けばそれを自分で確認出来るでしょう。それにお任せします。(ただし、いずれまとめは綴ります。)



各曲目の解説は、本来プログラムに掲載したものを転記すべきですが、私が過去に綴った関連記事へのリンクでご容赦下さい。(曲名にリンクを貼ってあります。)
ただし、グリークのピアノ協奏曲の解説だけは、故Hさんが綴った遺稿にリンクを貼りました。

エルガー:「海の絵」訳詩:当団A氏による)




グリーク:ピアノ協奏曲

(7月12日付記:ブログ不具合で第1楽章音声を一旦削除しました)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番



アンコール

*音声をモノラル化しました。ご了承下さい。(2008.2.3)

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グリーグ:ピアノ協奏曲〜解説(H氏遺稿)

東京ムジークフロー第44回演奏会に向けてHさんが綴っていた解説文です(遺稿)。



ピアノ協奏曲 イ短調 作品16  
グリーグ                           プログラム2.曲目解説

 この曲を全然ご存知ない?そんな筈はありません!ティンパニーのトレモロに続くピアノソロ、そしてオーボエのメロディー。お聞きになったことがおありでしょ?これは、フィヨルドに注ぐ滝のイメージだそうです。そして、静かに歌うような第2主題が続きます。
 第2楽章は、まず弱音器をつけた弦楽器が穏やかなメロディーを奏します。独奏ピアノが登場するとき、北欧。分けてもノルウェーの森、そして海、が見えてきませんか?
 第3楽章は、木管の行進曲風のメロディーで切れ目なく始まります。続くピアノソロの憂いは、独立に到るノルウェーの苦難を象徴しているのでしょうか。そして、フルートで示される第2主題は、独立達成への希望や喜びを暗示しているのかもしれません。
 現在では北海油田によって世界第3位の産油国となり安定・繁栄しているノルウェーも、1905年の独立までに多くの曲折を経ました。スウェーデン統治時代に生まれた作曲者はドイツやデンマークで音楽を学びますが、国民楽派として祖国と民族音楽をこよなく愛します。悲願の独立を見届け、2年後の1907年(丁度100年前)に64歳で没しています。
 同じノルウェーの出身で、高い音楽性と深い人間性を備えたブローテン氏の演奏は、いかなるものなのか?これは、期待せずにはおられません。

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2007年6月20日 (水)

モーツァルト:1774年の2つの交響曲

ここまで読んできたモーツァルト作品の個々へのリンクを作成し直しました。ご利用下さい。



この年の4月にいわゆる29番K.201、5月に同30番K.202を作ってからしばらく(母と共にパリに行くまで)、モーツァルトは交響曲を作っていません。
この1年のあいだを通してみたときの作曲時期(5月以降は教会や貴族邸向けと思われる作品へとウェイトが移行する)、これらの作品が既に「歌劇の序曲」としての性格は持っていないことを念頭におくと、当時の「交響曲(もしくはシンフォニア)」というものが世間でどのような位置付けに置かれていたかのヒントが埋もれていそうな感じがします。・・・どんな答えが、そこにはあるのでしょう? しかし、痕跡がない以上、まだこの時点で輪郭のはっきりした仮説を出すのは、次のような点を勘案したとき、私はまだ控えておくべきでしょう。

・ハイドンの、エステルハージ家での交響曲演奏の状況を他の種類の器楽曲とはっきり区分できるような説明にはお目にかかっていません。(何らかの特別イベントの際には「シンフォニー」だったのかな、程度しか伺うことが出来ません。数ヶ月前に入手した文献をまだ読んでいませんから、これには私の怠慢も加味されます。・・・だって、英語なんだもん!)

・多作者ヴァンハルについては作曲経緯・上演経緯共に不明な点が多すぎて、少々の情報があってもそれぞれに接点がなく、読んでも私などのような「門外漢」は戸惑うほかありません。

・モーツァルトに関しても、すくなくともザルツブルク時代について私が目に出来る研究の中には、演奏機会について「セレナーデ」・「ディヴェルティメント」がどのように違っていたかが判然とするものはなく、かつ、それらからは「交響曲」は未だに「セレナーデ」との演奏場面や機会についての境界線が区分されているとは言いがたいとの印象を受けます。

とはいえ、74年の2曲の音符を眺め、演奏例を聴いていると、「交響曲」(これからはそう呼んでしまうのを躊躇する必要はないでしょう)が、少なくともモーツァルトの精神上ではこの年で完全に、ひとつの「定型的」なジャンルとして意識され、創作されるようになったと決めつけてしまっても、全く支障が無いように思います。
さらに、こうしたモーツァルトの精神の確立は、前年の「25番」・「28番」で既に9割方なされていたとみなしてもいいでしょう。

ただ、29番・30番と25番・28番には、創作姿勢に決定的な違いがある、とも感じました。

ベーレンライターの新版では「28番」は74年作であると断言されて(・・・少なくとも解説はそのように読み取れる文になっていました)いるのですけれど、その場合、「28番」の創作された日付は「29番」や「30番」よりは後付け、ということになります。ところが、作りを検討すると、どうしても「28番」の方が「29番」・「30番」より単純で、むしろ「25番」に近い。
「28番」は「25番」に比べて損な立場にある、ということは前に綴りましたが、損をしているのはもっぱら素材となっている楽想によるものです。「ト短調」の強烈なシンコペーションに比べれば、「28番」の主題はどうしても穏当にしか聞こえません。「25番」について書法をみてみますと、これは「29番」・「30番」に比べて主題の扱い方がまだ固定的です。すなわち、一度現れた主題はその基本構造が殆ど、あるいは全く変形されないまま、ずっと用いられ続けます。そして、「25番」と同じ書法が「28番」にも取られているのです。

「29番」・「30番」については、後で少しだけ述べますが、主題はもう少し複雑な取扱いを受けています。すなわち、もし「25番」がモーツァルトという人格を生でさらしているがゆえに高い評価を受けているのだとすれば、おなじCDにカップリングされることの多い「29番」も同様だ、と思われがちかと想像しておりますけれど、音符を検討しなおしてみると、創作にあたっては、こちらではもうモーツァルトは人格を生のままに出してはいないと考えるほかありません。同じことが「30番」にも言えます。
ですので、(私が楽しみたくて試みている素人論ですから「学問」・「権威」云々とは無縁で構いませんでしょう?)

・「28番」は「25番」とほぼ同一と言ってよい書法を採っていることから、74年作とは考えられない。73年作であろう。

・この前提の上で、「25番」・「28番」は、モーツァルトにとって「交響曲」を独立ジャンル、独自の表現手段として意識するきっかけをもたらす創作になったのであろう。

・「ならば、もっと進んだ態度で<交響曲>を作ってみよう」と、彼は考え、「29番」・「30番」でそれを実践したのであろう。

そういう仮説を前提として、以下、74年の2曲の「交響曲」を観察してみます。

第1楽章の冒頭を素材にすることに絞ります。
「25番」冒頭はこんな具合。

最初の4小節はユニゾンで、和音はついていません。和音のイメージはこの時点では、本当は分からない。ですが、音楽を聴きなれた人が、耳に馴染んだ習慣から、この4小節にくっつく和音を想像出来てしまいます。しかも、「想像した和音」の正しさを、モーツァルトは続く8小節で聴衆を裏切らずに示しているから、表現が激情的であるにも関わらず、聴き手は動揺することなく音楽を聴きつづけられる。
厳しいシンコペーションで開始されるので、「うん、これはすごい迫力だ!」と感じさせてはおくのですが、構造としては安定していて、ある意味では「聴き手の心を動かさない」側面も持ち合わせています。(こう言ってしまったら「25番」ファンには叱られてしまうかな?でも、ここはちょっと冷静に見て置きましょう。重要なポイントです。)

「29番」第1楽章の冒頭部は、どうでしょうか?

「25番」が1小節ないし2小節単位で和声を動かしているのにたいし、「29番」の注目すべき点は、フォルテの部分に入る前は2拍ごとに和声を変える、という原則で作曲されているところです。
また、冒頭拍だけ、和音がついていません。
これは「25番」の最初の4小節に和声がついていないのとは意味が違います。
ほんとうに最初の1音、A音だけに和音をつけていない。つまり、冒頭で「調」を決めていない。まだ「イ長調」ではないのです。
それがほんの一瞬だ、たった一拍だ、というのがミソで、「聴き手の耳を初めからひきつけてしまおう」という、頭脳的戦略です。ニクイね!
以降、2拍ずつ和音にかなりの揺さぶりをかけますので、「ああ、穏やかな音楽だなあ」という印象とは裏腹に、聴き手の感情は揺さぶられることになります。これが、「29番」に私たちが感じる不思議な心の膨らみをもたらす重要な仕掛けになっています。
本来はこれまでの作品や同時代の他者の作品も観察した上で結論付けなければいけないのでしょうが、ともあれ、モーツァルトにとっては画期的な「新工夫」であること、そしてその、私たちが一般的に耳にする最も初めの作例だ、ということは、言ってしまっても間違いではないでしょう。

次の工夫は、「29番」、「30番」で共通していることです。ただし、「30番」だけは、後述のように、さらに発展した技法を用いています。
どんな工夫か。
第1楽章と終楽章の最初もモチーフに共通のものを用いていることです。

「29番」はa-A(移動ド読みで「ド−ド」)のオクターヴ下降を共有モチーフにしています。
(音声:

「30番」はd7-a-fis-d(移動ド読みで「ド−ソ−ミ−ド」)という骨格が共有モチーフです。
(音声: )〜こっちは、「29番」と違って変形が加えられていますから、ちょっと分かりにくいかしら?)

こういう共有は「25番」や「28番」ではなかったことです。モーツァルトは、74年の交響曲作曲にあたって、明らかに「交響曲全曲の統一感をどうやって持たせようか」と、おそらくはじめて意識したのだと思われます。

さて、「29番」はその美しさ、あるいはベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番冒頭部が参考にしたのではないか、と想像されたりしている事情などからポピュラーになっています。ムードも、ロマン派以降の音楽に馴染んだ耳には、より「情緒的」で馴染みやすい。
ですが、「30番」は、真の意味で、交響曲における「モーツァルトらしさ」を確立した作品で、鑑賞上の価値とは別かもしれませんが、「29番」よりも重要度の高い作品ではないか、と、私は思います。(アルフレート・アインシュタインが29番との比較のみにおいて30番をおとしめて評価している態度は、私には納得が行きません。)

「30番」については、第1楽章と第4楽章の、これも第一主題の冒頭部を使って観察しましょう。
音声をもう一度聴いて下さい。


最初の4小節で完結、と聞こえるのですが、じつはその変奏を次の4小節で用いています。
和声はもちろん、音の骨格が全く同じであるところを、聞き取ってみて下さい。


これはやはり最初の4小節で完結・・・かなと耳には感じます。しかも、それだけだと、第1楽章の最初の主題の、前半2小節しか使っていない。。。
後に続く、一旦静かになる部分が、第1楽章冒頭主題4小節のうちの後半部を用いているのです。・・・これは、譜例のほうが分かりやすいのですけれど。どうです? 音だけでおわかりいただけるでしょうか?

以降、音楽をつなげていく手段にも面白いトピックがあるのですが、細かいことを綴り始めると、止まらなくなります。だいいち、私の頭もそこまでまとめられる能力に欠けています!
とくに「30番」では、第1楽章も第4楽章もさらにこのあと、冒頭主題の動機を活用した経過句などを用いて、ウィーン時代以降を思わせる構成のガッチリした音楽に仕上げています。そのあたりを、是非、いちどご確認いただければと思います。
また、「30番」の第2楽章では三声のカノンの手法も巧みに使われている(「25番」も、ですけれど、こちらは二声までにとどまっています)あたり、やはり非常に美しいです。

あんまり言い尽くせた気がしないのですが、これでもだいぶ長くなったので、最後にランスロットさんから出された宿題の「29番聞き比べ」感想を一言ずつ載せて、終わりにします。
ただし、私はモーツァルトの交響曲はいま単独盤CDでは持っておりませんので、すみませんが全集中の演奏の聴き比べになります。
ほぼ、録音年代順に。

・ラインスドルフ〜研究熱心だった彼の指揮下の演奏は、しかし、学際的ではなく、ドライではあっても活き活きしています。

・ベーム〜何故か修飾音を「当時」風にすることにこだわっていて、くどいかも。モーツァルト指揮者のイメージで売ったベームですが、「29番」あたりまでについては、この点、出来不出来にムラがあるとの印象を受けています。

・ホグウッド〜柔らかいのが好きな方には好まれるかもしれません。

・ピノック〜古楽系ですが「モダン」な印象。私はこの演奏の全集を携帯していますので、今回のサンプルはこれです。

・テイト〜ホグウッド的解釈のモダンオケ版演奏、というところかな。

(番外〜ちょっと饒舌!)
・スウィトナー/シュターツカペレドレスデン
この組み合わせでのモーツァルトの交響曲は残念なことに28番以降しか録音されていませんが、いちどどなたにも耳にして頂きたい演奏ばかりです。解釈には20世紀前半的なロマン的香りを濃厚に残していながら、どの交響曲もメリハリの効いた響きを作り上げていて、今でも理想的なモーツァルト演奏として充分通用するものばかりではないかと思います。とくに「ハフナー」以降、「プラハ」までが出色です。
「29番」は柔らかく始まりながら、クッキリさせるべきところはクッキリ、と、「そんなこと、あたりまえじゃないか」ということを、しかし上記のどの演奏よりもキッチリ守っているのが印象的です。
・クレンペラー/フィルハーモニア
この組み合わせで面白いのは「パリ」交響曲が「ベルリン」的な演奏である、とでもいうべきところですが、似たようなことが「29番」の演奏についても言えます。「俺がやるならこうだぜ! 理屈? 関係ねえ! いやなら出てけ」と言わんばかりで・・・(ベートーヴェン「エグモント」序曲の練習風景の録画に、このセリフがぴったり来るような映像が残っていて愉快ですけれど、団員さんはいやだったろうなあ)、ありきたりの「29番」じゃあつまんない、とおっしゃるならクレンペラーを聴いてみて下さい。私は、案外、好きです!(我が家の状況で、いま、ちょっと取り出せないのが残念。)

長々、失礼しました。

あ、曲の構成を記し忘れました!

K.201 in A (2ob. 2Hr.)
Alegro moderato 4/4 206bars
Andante 2/4( in D ) 109bars
Menuetto 32 + Trio 22
Allegro con spirito 187bars

K.202 in D (2ob. 2Hr. 2Trmp)
Molto Allegro 3/4 207 bars
Andantino con moto 2/4( in A ) 75bars
Menuetto 40 + Trio 20 (Trioは弦楽のみ)
Presto 2/4 205bars & Coda 14(このコーダがなんともいえず愛嬌があります。)

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2007年6月19日 (火)

のだめ#18〜やっと読めた (T_T)

ホントはモーツァルトの1774年作品第1弾に突っ込むはずだったのですが・・・(ランスロットさん、原稿は用意済みですので、今日はお許しを!)






のだめカンタービレ #18 (18)


Book

のだめカンタービレ #18 (18)


著者:二ノ宮 知子

販売元:講談社

発売日:2007/06/13

Amazon.co.jpで詳細を確認する

やっと買いました!
やっと・・・久しぶりに、読めました!(娘に渡す前にこっそり。)
JIROさん、蔑みの目で見ないで下さいね!

パリ編に入ってから、娘に独占・隠匿されて目にすることが出来なかったため、私にとってはもう「幻の作品」と化すところでした。

内容なんか、もう世の中にたくさんレヴューが出ているでしょうし、たぶん11巻か12巻あたりからは、17巻までずっと読む機会がなかったので、「その手のこと」は綴りません。

ついこの間の土曜日(2007年6月16日)、私どものアマチュアオーケストラ、東京ムジークフローで、声楽およびピアノとの合わせをやったばかりでして、別に「のだめ」第18巻にはそんな場面は一つもないのですが、
「ソロの厳しさ」
ということを切なく感じながら読みました。そのことを綴ってみます。

ストーリーの中で、オクレール先生の求める感性にも叶い、巻尾ではリサイタルを成功させる、「天然自然を決して失わない」のだめ、ですが、久しぶりに読んだ印象では、むしろ、悩む天才若手女性ピアニスト、Rinのほうに、現実を重ね合わせました。

かつて脚光を浴びたソリスト達が通った道を(コミックなのである意味抽象化されていますが)、Rinもたどっている。そのことに、胸がツンと来てしまいました。

天才として、あるいは有名コンクール優勝者として、一気に脚光を浴びる。
でも、苦しみはその後にやってくる。

「私は、私の音楽は、これで良いのか?」

その悩みを乗り越えられなかった人もいますし、乗り越えた人ももちろんいますが、再び沈んでしまったりもしていますし、「別に悩まなくてもいいジャン!」と思っているフシの人もいますし、さまざまではあります。
お耳になさった、あるいは本で読んだ、そんなエピソードの数々は、どなたもたくさん話題としてお持ちなのではないでしょうか?

精神的な悩みだけなら、まだ、いい。
先日共演して下さったブローテンさんのことを、ふと、思いました。
数日前、急に、原因不明のまま(食事の関係ではなさそうです)体調を崩されました。
当日、本番前の練習をキャンセルして、出来るだけ体調の回復と維持に努めました。
それでも、正直言いまして、本番でのブローテンさんは、過去にお聴き出来た、あるいはまだ来日したばかりのときに一緒に合わせた際の力強さと冷静さを持った、本来は百パーセント超人、と誰もが感じるはずの演奏が、実現出来ませんでした。
聴衆には、しかし、演奏者の状態が百パーセントだろうが1パーセントだろうが、何の関係もありません。
そのことを十分承知で、ブローテンさんは、自分があのとき出来た最高の演奏をしました。
普段ならばオーケストラを眺めわたし、ゆったり弾き始める彼が、そのゆとりも持ちませんでした。
顔面は、蒼白を通り越すほど、透けて見えるほど、とも言っていい色合いでした。

ベストどころか、ベターでもないことを、誰よりもよく悟っていたのは、彼ではないかと思います。
その証拠に、打ち上げで「ひとこと」を求められても、ついに彼は何も語りませんでした。

「健康」には、常に予測のつかない落とし穴があります。落とし穴を用意している悪魔がいる。

悪魔から逃れるために、体が資本の音楽家、特に楽器そのものを単独で演奏しなければならないソリストは、一人で戦わなければならない、という大きな試練にさらされ続けています。
一生をソリストとして過ごす人は、なおさら、この孤独を味合わなければならない。

・・・ああ、「ウツ」だの「家内が死んで、友を失って、もうだめだ」
そんなことでくじけてしまっている自分が恥ずかしくもあります。
Rinに比べても私の例などは小さな話にすぎませんが・・・「のだめ」を読みつつ、今回は思わずこんな感慨に耽ってしまったのでありました。

だからって、ボカあやっぱり、ソロをやれる人たちのように強くはなれないなあ。。。
カアチャン死んだのも、Hさんがいなくなったのも、やっぱり克服出来るだけの精神力がありません。
つくづく、自分の弱さを見つめ直してしまいました。

なんだか、「のだめ」から離れたお話になってしまいました。ごめんなさい。

付)冷やかしたい方限定第3弾:でお茶を濁します。
3つ目に貰った課題は、「自分の覚えている最初の記憶を述べよ」でありました。
例によって、その私の答案を、Sift-jisのテキストファイルでアップしておきます。
「わけわかんねー」って、せいぜいコケにして頂ければ、望外の喜びであります!
「空の窓枠」っちゅう、わけの分かんないタイトルであります。もうちょっと直してから、と思ったけど、べつに、創作ってほどのもんではないですから。・・・そのうち直そう。

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2007年6月18日 (月)

バイオリン製作で1、2位:チャイコフスキー国際コンクール

2007年6月16日に、JIROさんのブログに掲載され、またJIROさんからも直接おしえて頂きました。
こんな「大ニュース」が、新聞各紙に「小さく」報じられていたそうです。

いま、検索して見つけた山梨日々新聞の記事を引用します。

【モスクワ、ローマ13日共同】モスクワの第13回チャイコフスキー国際コンクールのバイオリン製作者部門で12日、名古屋市出身の菊田浩さん(45)が優勝した。2位には、大阪府枚方市出身の高橋明さん(36)が選ばれた。
 2人はストラディバリらバイオリン製作の巨匠を生んだイタリア・クレモナで学び、現在は同地の別々の工房で製作に取り組んでいる。
 菊田さんは、バイオリン製作の世界3大コンクールのうち、ポーランド西部ポズナニで昨年開かれた第11回ヘンリク・ビエニアフスキ国際バイオリン製作コンクールでも優勝しており、今回で「2冠」を手にした。
 名古屋市の実家で優勝を知った菊田さんは「(コンクールの)難易度が高いので信じられない。出品した楽器は、特別に作ったものではなく、いつもと同じ気持ちで作った」と話した。高橋さんはクレモナで「菊田さんは友人で、良い意味でのライバル。技術、音響面で相談し合う仲だ」と喜んだ。

なお、菊田さんのブログで知ったのですが、4位入賞も日本人の天野年員さんなのだそうです!
スゲエな!

入賞者のお一人、高橋さんが、上記JIROさんの記事にコメントもお寄せになっているので、お読み頂ければ幸いです。
僭越ながら私も高橋さん(楽しい、役に立つHPを作っていらっしゃいます)にメールを差し上げましたが、丁寧なご返事を頂戴しました。HPは「おすすめサイト・ブログ」にもリンクを常設しましたので、是非ご覧下さい。
「なお充実したHPにしていきます!」と仰っていらっしゃるけれど、楽器をお作りになる方がいっそうお忙しくなられて、ここまでの内容で止まっちゃうんじゃないかなあ・・・と、それだけが心配です。
大変価値のあるページだと思います。どうぞ、ご覧になって下さい。

菊田さんのヴァイオリンの写真掲載サイトも見つけました!
菊田さんのサイトは、こちら
これも、さっそく「常設」にしました!


「手仕事のニッポン」という本が、あったような、なかったような、遠い記憶があります(柳さんの本でしたね)。
私の家は、絶えましたけれど、塗師の家でしたので、「手仕事」という言葉には親しみとともに信仰にも似た気分を醸し出されます。
実際の日本の手仕事は、明治以降、工業化の推進とともにゆるゆると姿を消し始め、第二次世界大戦の敗戦で、ほぼ完全に消滅しました。残っているのは「文化を守ろう」という意識を守り続けた一部の地域だけでしょう。残った手仕事が、そんな高い意識のもと、正当な価値を今でも保っているのは、少しは喜ばしいことではあると思っております。ですが、一方で、「日常の中の手仕事」は、実はほとんど絶滅したのだ、という事実には、どれだけの視線がまっすぐに向けられているでしょう?
私自身、祖父が漆を塗っていた光景をかろうじて記憶しているだけで、漆を塗る工程については全く覚えておりません。なにせ、私の子供時分に塗師になる、などといったら「お金にならない」ので、とてもウンと言ってもらえる状況ではありませんでしたし、それ以前に、「塗師」という職を継がせること自体、祖父には念頭にありませんでしたから、孫が「手仕事の貴重さ」など、認識する余地は全くなかったといえます。
会社に入って、塗料のことも若干扱う必要が出たことがあって、そのとき、雑談で
「わたしんちは塗師の家だったんです」
と言ったら、意地悪な上司が、見るからに漆塗りではない椀を手に取って、
「じゃあ、これはどんな漆を使っているんだろうねえ。」
ときいてきました。漆以外に塗料の名前なんか知りませんでしたから、
「まあ、そこいらに生えているやつでもしぼってとったんじゃないですか?」
と、いい加減に答えました。・・・このころ盛んに使われていたのは、じつはウレタンです。
今でも、思い出すたび、あの上司は人間以下だ、と思っております。

まあ、私怨は、どうでもいいですね。

モノがたとえ外国由来であれ、日本人の丁寧な手仕事が認められた、ということは、今の世の中にとっては最もすばらしいニュースであるはずです。
悲しいのは、それを認めてくれるのは、「まず国内の人たち」であるべきはずなのに、順番が逆だ、ということです。
高橋さんのお話にありますが、報道陣は、チャイコフスキーコンクールに製作の審査部門があることを知らず、従って、審査過程の取材は全くなかった、ということです。
報道になくても、まあ、高橋さんのブログを拝読すれば、どういう過程でヴァイオリンを制作し、チェックを受け、コンクールに品物が向かい、審査を受けたか、はつぶさにわかります。新聞なんか読むより、よっぽど話がよく分かって、「ネットも、なかなかいいじゃねえか!」と思ってしまいました。

私自身、「楽器のことを知らずして良い音が出せるか!」と、何度も口を酸っぱくして叱られ続けてきましたけれど、正直言って、そう言われても楽器の作りについて知るためのチャンスはあまりありませんでした。ヴァイオリンで言えば、普通に出回っている本にはせいぜい「魂柱とバスバーで音が決まる」程度しか書いておらず、胴だけではない、指板やテールピースの寸法や高さ、駒の傾斜、糸巻きの滑らかさの度合い、顎宛の締まり具合までがどれだけ音の響きに関わるかは、学生時代にK先生が手作業するのを脇で見て、漠然とイメージで知った、と言う程度で何年も過ごしてきてしまいました。

菊田さん、高橋さん、天野さんの受賞をきっかけに、「本当の響き」とは何か、を日本人も本気で考える習慣が浸透していくようだったら、すばらしいのだけれどなあ。
この入賞(優勝と第2位・第4位)は、演奏のコンクールでの入賞よりも遥かに高い価値を持っていると思います。
ストラディヴァリだからいいんじゃない、グァルネリだからすばらしいんじゃない、その響きがいかに維持されてきたか、が大切なはずなのです。良い音の演奏と言うのが、製作やメンテのうえでの「音作り」に、いかに多くを負うているか、が、本来は最も重要なはずなのです。
こうした点を見直すことを通じて、ヴァイオリンに限らず、出来れば日本の伝統工芸に至るまで、その持っている本当に核心となる意義を再発見出来るだけの視野が、私たちにあたりまえに広がっていける日が来ることを、心から祈りたいと思います。

ちなみに、Yahooで検索したところ、ヴァイオリン製作のコンクールには以下のようなものもあるそうです。

チェコ共和国 ルビー国際ヴァイオリン製作コンクール
ヴィエニアフスキー国際ヴァイオリン製作コンクール
全イタリアヴァイオリン製作コンクールヴァイオリン部門
クレモナ国際ヴァイオリン製作コンクール(通称トリエンナーレ)
ドイツ・ミッテンバルト国際バイオリン製作コンクール
・・・まだまだ、あるんでしょうけれど、こんなところで。

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2007年6月17日 (日)

御礼と身内慰労:東京ムジークフロー定期演奏会

(娘が風呂から出るまで寝られませんから、せっかく時間もありますので綴ります。)

手短ですが、まず、第44回東京ムジークフロー定期演奏会にお越し頂いた皆様に、心より御礼申し上げます。
会場の杉並公会堂大ホールは1190席だそうですが、私どもが用意させて頂いたチケットは1000枚でした。
そのチケットでのご入場者は、977名だったとの報告を受けております。
恐縮ではありますが、身内のチケットなしでの入場者も若干おりますので、ほぼ満席だった、ということになります。

なんとお礼を申し上げたら良いものか・・・言葉が見つかりません。
大変仕合せに感じております。
出来については大いにご不満をおかけしたのではないか、と非常に気になってはおりますが、共演して下さったっフェルベルクさんの歌、ブローテンさんのソロには、少なくともご満足頂けたのではないかと存じます。
ブローテンさんについて付言しますと、実はかなりひどい体調不良で、ステリハはなさっておらず、ぶっつけ本番での協奏曲演奏でした。そうした状況下でも最大限の技量を発揮なさったことには、すぐ後ろで見させて頂いていた私はただ頭が下がる思いでおりますので、このことだけは、皆様にもお伝えしておこうと思った次第です。お顔の色が本当に悪かった。彼の技量の4分の1も聴いて頂けなかったのではないか、と、こればかりは残念でした。
・・・ソリストは本当に大変で、私の経験した例では、江藤俊哉さんと3度共演させて頂く機会があったものの、そのうちの二度は、演奏終了後、江藤さんは救急車で運ばれた、というのがあります。私のように「ここは弾けねえからごまかしちゃえ」とはいかない。厳しい世界ですねえ。。。

全体の反省はあらためて数週間後にまとめたいと考えております。
(私自身はショスタコの第2楽章のソロ、上に上がるところで上がりすぎちゃって・・・ゴメンナサイ。お笑いの種にして頂ければ幸いです。)

私どものよりよい演奏のためのご意見等、いつでもお気軽にコメント頂ければ幸いに存じます。

本当にありがとうございました。


団員、世話役各位へ
別途身内向けに感謝を述べたいと思っています。
本日のところは、既に深夜でもあります、とにかく、今回の演奏会をより充実させるために最後まであきらめず各位が努力して下さったことだけ、このばでねぎらわさせて下さい。
日曜日、ゆっくり休める人はゆっくりやすんで。
そう行かない人は、適当に力を抜いて、
また週明けの「自分」が素敵に輝くようにして下さいね。

取り急ぎ。(うしみつどきつづる。)

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2007年6月15日 (金)

東京ムジークフロー演奏会を前に・・・ご挨拶

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。
リンクご参照の上、是非おいで下さい。
・ご来場下さるお客様へ
お忙しいところ私共の拙い・・・いや、メンバーに叱られますので言い替えます・・・私の拙さにも関わらず団員皆が自己を精一杯発揮するであろう演奏会にお越し頂けますことを、大変光栄に存じます。
お手伝い下さる本職さんをいっしょくたにしてはいけないのですが、アマチュアを見る・聴く楽しみは、音楽を生業としない連中が、たかが任意団体の中で、こんなにも熱を込められる、そんな様子を、あたかもマンガのように眺め渡せるところにあるのではないかと思います。熱ゆえに周囲が見えなくなる、思いがけずハズしてしまう例もあります。が、それをも皆様の娯楽になさって頂けるようでしたら、なおありがたく存じます。
何とぞよろしくお願い申し上げます。
なお、場合によっては、「あ、あいつとアノコ、できてるな!」なんていうのに勘付ける場合があります。鈍感な私は、当団に現状そういう事実があるかどうか把握しておりません。お気づきの場合はそちらもお楽しみ下さい!
ちなみに、私は他団体で過去2、3度、実例を発見したことがあります。で、そのカップルの先行きは・・・みんな「今日でお別れね」でした。(合掌。)

・団員各位
一言。
なるべくアンサンブルにきちんと参加することを忘れず、しかしなお、お一人お一人の最高の「演技」をお客様に披露してくれることを、切に希望しております。

お粗末な前口上、平にご容赦下さいませ。

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2007年6月14日 (木)

曲解音楽史13)どこまで分かるかササン朝ペルシア

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国
    10)古代ギリシア11)古代ローマ  12)初期キリスト教の聖歌について


Kijibiwa古代ローマ、それに関連して「初期キリスト教の聖歌」と来たからには、東側のシルクロード世界も概観しなければ片手落ちですね。中学や高校の歴史教科書にだって、「ローマと長安は結ばれていた」って出ちゃってますから。 で、西暦紀元前後のローマ帝国は、東側への進出をぴたっと押さえる大きな存在に絶えず脅かされ続けてもいたのでしたね。 残念ながら、そんな存在を音楽のうえから面的・線的に捉えるのは、素人である私にはとても無理だ、というのは前に申し上げた通りです。 バクトリア、およびBC247頃〜AD226の間に存続したパルティアについては、ほぼ完全にギブアップです。 が、パルティアの後継として勃興したササン朝ペルシアとなると、なんと案外身近に、少しは様子を伺う材料があることに気がつきました。(遅すぎ!) ・・・正倉院宝物です。 日本の正倉院宝物の中には、シルクロード経由で到来した古い楽器がたくさん残っていることを、とんと忘れていました。しかも、それらは年代的に、イスラム化以前の西アジア世界から来たものであることはあきらかです。一つ一つ示さなくとも、あの美しい螺鈿の施された五弦琵琶を思い出して頂ければ充分でしょう。ただし、この五弦琵琶はペルシアのものではなく、ずっと内陸、中央アジアのキジル国に由来するものです。(写真は復元したものです。)それでも、琵琶という楽器自体がペルシア由来ですから充分でしょう。 正倉院宝物なら、研究者にも恵まれています。そんな中のお一人、柘植元一さんの記述によりますと、まずパルティアの楽器がギリシア直系の子孫であることが分かりますし、ササン朝ペルシアがさらにそれを継承したことも判明します。 柘植氏の列挙しているササン朝ペルシアの楽器を、以下に記しておきましょう。

体鳴楽器
スィンジュ(シンバル)、チャガーネ(柄付き指シンバル)、チャハールパーラ(拍子木)、ザング(鈴)、ザングダーン(鈴付き腕輪)、ダラー(鐘)

膜鳴楽器
ミズハル(枠太鼓)、ディッリージュ(片面太鼓)、タビール(細腰鼓)、クース(大型釜太鼓)

弦鳴楽器
トゥンブール(長棹リュート)、バルバト(曲頸琵琶)、チャング(竪箜篌)、ヴィーン(鋭角ハープ)

気鳴楽器
スルナーイ、ムシュタク(笙)、ネイ(尺八)、ムースィーカール(パンパイプ)、ザンマーカラ(双管単リード楽器)、ナーイェ・ロウィーン(ラッパ)

(参照:「シルクロードの響き」山川出版社 2002年 ISBN4-634-64820-2)



さて、しかし、肝心なのは、こうした楽器が実際にどのような場面で、どのように演奏され、どのように人々に聴かれていたか、ですね。
1節目で参照した「シルクロードの響き」には、ササン朝の王たちがいかに楽師を寵愛したか、其の楽師たちの名前まであげて詳しく記されていて、ありがたく思います。
また、ことに属する楽器でも、チャングは合奏で、ヴィーンは独奏で用いられていたらしい事情を、壁画を材料に説明しています。
それほどの材料があってなお贅沢な考えではありますが、もっと直接、当時の人々の音楽世界に迫れる史料はないのでしょうか?

二つだけ、手に取ってみました。

まずはササン朝ペルシアの国教であったゾロアスター教の聖典です。全訳ではありませんが、比較的安価でしたので、アウ゛ェスタ抄訳を読んでみました。(「ゾロアスター教 神々への讃歌」岡田明憲 平河出版社 1982 ISBN4-89203-0543-8)
残念ながら、音楽に触れた文(聖句)にはお目にかかれませんでした。
ただし、いいまわしがインドのリグ・ベーダに大変似ている、との印象を受けました。
実際、ペルシアの音楽は演奏面でも理論面でも、インドとかなりの類似性を示しているとのことです。
すると、聖典に関しては定型的な朗誦が非常に重視されていたのではないか、というふうに想像されます。多用されている聖句の例として
 「語により、行為により、ザオスラにより、正しく誦せられし句」
というものがありますが、こうした句が事情の一端を表してくれている気がします。
なお、ザオスラは一種の神聖な飲み物をさす言葉です。おそらく祭祀を司る者だけが飲むことを赦されたのでしょうか? インドのソーマに当たるものなのでしょうか? そこまでは分かりませんでした。ご教示頂けたら幸いです。

もうひとつは「シャー・ナーメ(王書)」です。(岡田恵美子抄訳 岩波文庫 1999年 赤786-1)
ササン朝が滅亡してから三百年は後に書かれたものですので、どの程度イスラムの影響を受けず、純粋にペルシアの様子を描いているものか、少々不安でした。ですが、ある程度の結晶化、かなりの伝説化を伴っているとはいえ、音楽についての記述は在りし日のササン朝の実態から逸脱したものではない、と受け止めたいと思います。

何例か引用してみましょう。

「貴族らは王の前の大地に口づける。宮殿からは太鼓の音が響きわたった。町の人びとの目はすべて宮殿に向けられた。」(p.67)

「サームがいい終わると、太鼓の音が鳴りわたり・・・(中略)・・・たちならぶ幕舍のあいだに金やインドの鈴が響きわたる。」(p.133)

「町中にインドの鐘が鳴り、琵琶(リュート)、竪琴、角笛の音が響きわたり、それはまるで家々の扉や屋根が楽を奏で、世の中が一変したよう。」(p.179)

「ザーブルの宮殿から鐘の音が響きわたり、象の背の上ではラッパが鳴る。」(p.192)

「一方ソフラープは前夜を宴のうちにすごして酒をのみ、琵琶と楽師の歌に耳をかたむけていた。」(p.259)

以上には、最初の節で柘植氏がリストアップしていた楽器の大半が(種類としては)登場しています。
そして、それらがどのような場面で奏でられたかについても、具体的に示してくれています。
太鼓は儀礼などに重用され、戦闘の合図にラッパが用いられることがあり(これは古代ローマなどと共通ですね)、弦楽器は笛と合奏で用いられる場合は広い層に訴えかける一方、個人の慰めの為に(歌とともに)奏でられる・・・おおよそ、そういう図式が見て取れ、これは柘植氏による楽器壁画の解釈とも状況が類似しています。



さて、イスラム教は、コーランそのものには記述はないそうですが、音楽を公的には是認していない、とのことです(このことについては私はまだ無知ですので、あらためて勉強しなければなりません)。それに伴い、ペルシアの音楽は私的な演奏としてだけ受け継がれてきたのだそうです。
それなら、今でもインド西部には残っているはずのゾロアスター教の宗教音楽かなにかを探してみようか、とも思いましたが、「ペルシアの音楽」と称するCDでも、思っていたより多様な音楽を聴くことが出来ましたので、そこまでで探求を取りやめておりました。・・・そのうち家庭の事情が赦さなくなったので、前に入手した録音から、出来るだけ豊富に「ペルシアらしい楽器」が鳴っているのを聴くことが出来る例をアップすることでご容赦頂きたいと存じます。

「ペルシャの伝統---イランの古典音楽」 nonesuch WPCS-10725

歌が入りますが、歌詞は既にイスラム化したものだそうです。
ただし、音楽の構造はササン朝以来のもので、タスニーフ(明確な拍子を持った声楽曲)としては古風な、2つの部分を持っているとのことです。2つのタスニーフとも、恋人の面前でどのような髪型をとるべきか、を歌ったもののようですが、そんな内容でも「イスラム化」しているといえるのでしょうか? なんだかよく分かりません。
この曲はアラブ的雰囲気が強いかなあ、いやあ、東南アジアっぽいのかなあ、などと感じますが、他にも全く別の、静かな朗詠風の雰囲気のものあり、インドのシタールの総額を思わせる瞑想的なものあり、で、今回あげたものを代表的と考えてしまわないように、気をつけてお聴き頂けますように、あらかじめお願いを申し上げます。

こんなところが私の把握出来る限界でした。お粗末様でした。

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2007年6月12日 (火)

通称「月光」の自筆譜

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。

イワンさんのブログの記事に、今日この曲が採り上げられていて、興味深く拝読しました。
当時のフォルテピアノ(或いはピアノフォルテ、ですか)でのベートーヴェンは残念ながらほとんど聴いたことがないので、演奏の方についてお話し出来ることが何もある訳ではありません。

ただ、この曲の自筆譜が、なんと初版印刷譜・スケッチとともに、武蔵野音楽大学とベートーヴェン・ハウス・ボンが協力して、春秋社を通じ、とても良心的な値段で発行していました(2003年)ので、私はたまたま入手をしておりました。私の購入時で定価税別7,000円。ISBN4-393-91190-3
この楽譜の、まずはスケッチと浄書譜(といっても荒っぽい! ただし、ベートーヴェンにしては読みやすい)での筆勢、浄書譜解読に適切だと思われる初版譜を、併せてご覧頂けたら、イワンさんの記事の面白さも増すのではないかと思い、差し出たマネをしよう、と企てた次第です。
第3楽章の冒頭部でご覧頂きます。
画像は、それぞれクリックすれば拡大します。

いくつか残っているスケッチのうち、モデナのエステ図書館蔵のもの
Btop272sk_1
もう、気違いのようになって書いた様子が目に浮かぶようでしょう?
でも、まともな方です。
そんなに数を見た訳ではないので、偉そうなことはいえませんが、これが「エリーゼのために」の自筆譜となると、私には全く読めません! まして、複数の作品がランダムに入り乱れて着想されているスケッチ用ノートなんか・・・ミサ・ソレムニス関連で出たものだけ、安価なので購入したものの、見ただけでこっちが発狂してしまうかもしれない代物でした・・・あ、私はもう発狂していますけど。そんな私の症状がさらに悪化するんじゃないか、と思っちゃうくらい、大変です。。。こういうのを研究するかたは、本当に我慢強いんだろうなあ。

続いて、浄書譜。スケッチよりは丁寧、なんですかね・・・
Btop272auto
薄くて見づらいのですが、スケッチとは違い、ベートーヴェンが何か注記しているのが分かります。
何を書いたのかは、次の初版譜で分かります。

初版譜
Btop2721pr
自筆譜に注記していたのが"con sordino"(およびsenza sordino)なのだ、ということが判明しますね。
他の楽器だと単純に「弱音器を付けて」という意味ですが、ピアノ弾きの方はご存知の通り、ピアノの場合は、ウナ・コルダと同義で、この当時だと一音につき2つあった弦のうち1本だけにハンマーが当たるようにするペダル操作(ただし、この曲の作曲当時はまだ足で踏むペダルではなかったのでは? 膝を使ったんですよね? ご存知のかたお教え下さい)なので、弱音になるのももちろんですが、当時としては他の楽器よりも「音色を変化させる」ことにウェイトを置いた指示だったのではなかったかと思います。
(最近はどんな楽器でも”con sordino"は音色効果を狙う方が多くなりましたけれど。)

作曲は1801年。第3楽章が(視覚的に、だけでも)こんなに激しい音楽なのに、使用されている最高音はe3で、演奏に用いられたのがまだ当時ごく一般的に(お金持ちの間に)普及していたタイプの楽器だったことが分かります。もうひとつ、よくよく全曲を観察して驚くのは、あの神秘的な第1楽章の最高音も・・・聴いただけだと第1楽章よりずっと低いところにあるのではないか、と感じがちなのですが・・・第3楽章の最高音よりたった一音低いd#3なのです!

特にスケッチからは、音符が読めなくても、音楽が伝わってくる気がしませんか?
浄書譜にも、もちろん充分、「音楽の勢い」が現れています。
印刷されたとたん、それが消えているのもまた、不思議で興味深いとは思いませんか?
・・・思いませんか。。。

まあ、今回は野次馬根性も手伝って、活版化が当たり前になってしまった現在「自筆」が見せてくれる作者の精神、というのも少しは顧みられていいのではないかな、と、こんなものを載っけてみた次第です。

イワンさん、ごめんなさい! だって、なんだか面白くなってしまったんですもの。

付)冷やかしたい方のみ向け第2回目
与えられたレッスンは、発掘した破片から土器を復元しなさい、だったのですが、勝手にすり替えて、そば粉とつなぎの割合の研究に没頭してしまいました。
<ミューズたちの「終演」>   <--18歳未満は・・・ちと、あやういところも。イメージよくないかもな。sift-jisです。

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2007年6月11日 (月)

ピッチの問題:6月9・10日練習記録に代えて

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。

2日間、ソリストとの合わせ、お疲れさまでした。
本当に、疲れたでしょう? 私も夕べは即、伸びました。子供も家事もほったらかして寝ちゃって、気づいたら朝の五時になっていました。子供らは子供らで自分のことは自分で片付けていたのを、いま一通り確かめて、
「ああ、やばかったけど、よかったわい」
と、胸をなでおろしおろしているところです。
で、この記事を綴り終わったら風呂に入ります!

これまでの練習について、録音で再確認した印象のこと以上に積み重ねるものは、何もありません。
したがって、お財布スッカラカンの覚悟も、変わりません。。。
・・・いや、既にスッカラカンなので、本番翌日までに夜逃げの準備をしておきます!

それはさておき、私たちのオケのピッチ(音律、ではなく)は、だいたいAが442で、常に合わせています。
練習会場も、場所を問わず、ピアノの調律ではAは442らしいことも、今回は3カ所使ったので、改めて確認出来たので、よかったと思います。
ですが、基本ピッチを442でとって、そのまま演奏しているオーケストラは、少なくとも日本ではプロ・アマチュアを問わず、そんなになさそうです。
前からそんな印象は持っていたのですが、昨日、ある低音楽器担当のかたとお話しして、
「やっぱりそうか」
と思いました。だいたい444〜445くらい、なのですかね。
442というピッチでは音色が暗く感じます。ですので、うち(TMF)の音色は、他さんを聴いたあとでは暗めに聞こえているはずです。
・・・でも、ホールのピアノが442で調節してあるのに、ピアノ協奏曲の時だけピッチを下げる、などという対応が本当に出来る力は、すくなくともウチにはありません。他さんはあるのかもしれませんが、ウチは無理です。
昨日のお話では、
「製造国に比べて日本は気温も湿度も高いので、想定ピッチより上がってしまうんでしょうねえ」
とのことで、なるほど、そのとおりだなあ、と思っているのですが、であれば、この点に対する配慮をどれだけ繊細に行えるか、により私たち演奏者自身の「耳」も問われることになります。・・・それだけ厳しいお客様も、チャンといらっしゃるに違いありません。
参考の為に、以上、こちらに記しておきます。
ここから何かお考えになって頂けることがあれば幸いです。
協奏曲はもちろんですが、20世紀の交響曲でも、演奏中に知らぬ間にピッチが上昇するのはよくあることで、それで演奏が華々しくなった、と喜ぶ人も多いのですが・・・私は嬉しくないな。
私一人の話だったら、まあ、こんな話題、「ボツ」でも結構ではございますが。

あ〜あ、またまた余計なお世話を綴っちゃったかな。
まあ、読まない人は読まないから、大丈夫でしょ!(5:35)

付)大変いいコメントを頂戴しておりますので、末尾の「コメント」をクリックしてお読み頂ければ幸いです。

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2007年6月 9日 (土)

作曲家「肖像画」のイメージ固定

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。

あるかたの読書録に触発されて、その本を見つけて(最近ケチっているのでまたもや立ち読みなのですが)読んだら触発されたことがあって、でも、その本は音楽関係ではないので直接の感想を述べるのは差し控えることにして・・・あああ、ビダーマイヤー時代のウィ−ン!・・・、でもその本のおかげで(核心から外れているか知れませんけれど)ふと気づいたことがあります。

作曲家のイメージ、のことです。
私たちは音楽作品を演奏する時、(クラシックの場合に限定されますが)作曲家の「顔」を、何となく思い浮かべています。で、その瞬間それが作曲家の「個性」だ、と、無意識に「断定」している。
なじみがない作品を手がける時、往々にして「どう演奏したらいいか」迷ってしまうのは、このとき思い浮かべられる肖像画がないせなのかな?

中学校あたりの音楽室に飾られている中でも「定番」の顔3つを、参考までに記事に貼付けてみます。最近は出版事情がいいのでそうでもないかもしれませんが、この人たちの作品を演奏する時、私たちは、ここにあげた以外に、同一人物の「別の顔」を思い浮かべたことがあるでしょうか?
ないとしたら・・・これらの肖像画は、作曲家の「個性」を表している、と、そんなことを言ってしまっていいのでしょうか?
・・・いやあ、盲点だったなあ。

220pxbach

180pxhaydn_portrait_by_thomas_hardy_smal

180pxbeethoven


付)冷やかしたいかた限定

今週から密かに習いごとを始めまして(師匠多数)、昨晩、娘の楽器のレッスンの間に、じつにへたくそな「お話」を走り書きして作っていました。それをさっき手直ししながらテキストファイルにしました。
そのまんま記事に載っけるのは大変にお恥ずかしいので、興味を持って下さる方・・・そう、このさいkenにケチ付けてやろう、という方だけ、お読み頂ければと存じます。
ですので、ファイルでアップします。
あまりの出来の悪さにカックリなさって、心臓に悪影響を及ぼしたり脳軟化症になっても、読者のハードウェア(おからだ)に対して責任は負いかねますので、あらかじめご了承下さいませ!
(恥を知れ、ken! て言っても恥を知らないのよね〜。こまったやつだね〜)
なお、改行はウィンドウズ向けで文字コードはシフトJISにしてあります。文字化けした場合はそれでご調整下さるか、「なあんだ、はじめから冷やかすんじゃなかった」と怒りをお手元のパソコンにぶつけて下さい。(パソコン君の痛みは、きっと私にまで届くでしょう!)
「ムウ」 <-このリンクをクリック! 18歳未満お断りせず!

・・・さーて、晩飯のカレー、作ろう、っと! (とつぶやくふりをしつつ、逃げる。15:00)

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2007年6月 8日 (金)

TMFソリストのコンサート予定

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。
また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。

私たちと6月16日に共演して下さいますブローテン・フェルバーク夫妻のコンサート日程が分かりましたので、遅ればせですが掲載させて頂きます。

11日(月)ジョイント・リサイタル杉並公会堂・小ホール  19時開演
4,000円 問合せ:ベアート音楽事務所 03−5925−3495

12日(火)新潟県・新発田市生涯学習センター・多目的ホール 19時開演

23日(土)群馬県・館林市・ロートルメゾン西ノ洞 19時開演

26日(火)北海道・室蘭市市民会館 19時開演

これ以上詳しい掲載ページが見つかった際にはリンクを貼ります。
・・・どうも、欲の無い方達で・・・あんまり宣伝なさっていないのかなあ。

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2007年6月 7日 (木)

どうしましょうかね?・・・演奏会のショスタコの音。

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。
また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。

特にショスタコーヴィチの進捗状況をご心配下さったMさんが練習時の録音をCDにし、希望者に配布して下さっていることは、団員各位はご存知かと思います。
私も頂きました。さっき、聴きました。

団員ではない方にも読んで頂けているブログに、こんなことを綴るのも、私は気狂いだからなのかもしれませんが・・・う〜ん、考え込んでしまいました。

いまさらだから、それに自分も同類だから、あんまり言いません。
みっつだけ。

・もうここに練習時の録音を公表しちゃって、このまんま、2曲目まではお客様にフェルバークさんとブローテンさんの名人芸を存分に楽しんで頂いて、後半は「ああ、ショスタコね。ブログで聴いたくらいしか出来ないんだもんね。じゃ、前半だけでいいや」って、そこまでで気持ちよい印象のまま、あとはロビーのカフェで(あったっけ?)楽しんで頂くのも、客席で仮眠して頂くのも、もう、ご随意に、とお願いしてしまいましょうか?

・(自分のソロ部も含めですが)ショスタコーヴィチが求めているはずのハングリーさが、音に全く出ませんねえ。本当のハングリーを経験することが無かった僕たちには、所詮無理なのかなあ。失ったものがあっても、僕らにはいつも「代わり」があるのかなあ。緊張が最後まで保たれるべき音が、途中で気抜けしてしまいます。弦にもあるけれど宿命として管、とくにホルンとトランペットに目立つのが、「なんで、一気に保たなければならないはずのこのセンテンス(あえてフレーズとは言いません)の途中で、音が萎れてブッチギレてしまうの?」・・・アシ対策はチャンとなさっていますか?
技術力の無い僕らに出来ることは、「緊張感の維持」だけです。それすら出来ないのであれば、聴いて頂くなんておこがましくないかしら。音楽は、複数のセンテンスが同時に複合して響くところに(物理的には)文学との大きな違いがありますが・・・ご自身のセンテンスに責任を持ちつつ、相手のセンテンスに耳を傾ける、そういう気配りはなさっていますか?

・ショスタコ、練習の始まった頃に必死で読み直したけど、やっぱりどうも、身内の方には読んで頂けていないのかなあ、という寂しさで胸が塞がりました。
もういいですから、代わりに、たまたま今日読んだばかりの言葉を、団員の皆様に捧げておきます。こっちは短いから、すぐ分かって頂けるでしょう。

「私たちはみな、頭に王冠をおこうと兜をおこうと、死の餌食です。時きたれば死なねばならず、声の後にくるものを私は知りません。おお、英雄よ、死の悩みを免れるものがいるでしょうか。各人それぞれが、己れの身を嘆かなければいけないのです。この世における生の道は長いにせよ短いにせよ、死に追いつかれれば私たちは破滅するのです。」
(「王書(シャー・ナーメ)」訳書、岩波文庫273ページから)

こんなこと綴ってしまったから、お客様が予定より激減してしまうかもしれません。そしたら、僕、費用の弁償しなくちゃいけません? そうお思いになられてしまうなら、しかたないなあ。覚悟しておきます。
あ〜あ、これでワタシも総スカン!  財布はスッカラカン(^^;

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2007年6月 6日 (水)

「アホンダラ神童!くそったれ天才!」五嶋節さんのことば

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


5月24日急逝した当団名オーボエ奏者Hさんの昨年の名演を、こちらでお聴きになって下さい。


また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。



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「天才」の育て方
Book 「天才」の育て方

著者:五嶋 節

販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

これも昨日立ち読みした本です。
記憶が、今日までもちませんでした。。。

著者は五嶋みどり、龍姉弟の母。
そのプライベートについても、「二人の神童・天才」の母であるがために、いろんなふうに世間の目にさらされてきました。
・・・そんなこと、どこ吹く風、が、節さんのすばらしいところです。

この本のタイトル、節さんははじめ、この記事のタイトルにした
「アホンダラ神童!くそったれ天才!」
にしたかったそうで、新刊本の帯にはこの文句があえて太字で書かれています。(8月24日付記:最近になって、帯の文句が奇麗ごとに変わってしまいました。節さんの意思ではないはず。残念!)
出版社の方が「まあまあ」というので穏やかなタイトルになりましたが、節さんの本音は、あくまで帯の文句の方です。
それが、さわやかでした。
よっぽど「買って帰ってじっくり読もうか」と迷って、とりあえずはあきらめました。

節さんが本文中で次のような意味のことを言っています。
「天才でない子はいない」
ただ、その子の才能が何に向くか向かないか、は、子供自身の判断だ、ということも言っています。(読み違えてるかな?)
だから、節さんにしてみれば、別に自分は狙って、あるいは計算ずくで神童や天才を育てたのではない、という意識が強烈にあるのだと思います。
「アホンダラ神童!くそったれ天才!」
これは、親としての節さん自身に向けた、厳しい反省の言葉でもあります。
・・・でも、タイトルについて節さんの要望が通っていたら、かえって節さんの意図は誤解されたかもしれませんね。

子供というのは生まれたその瞬間から一個の立派な人格で、独自の才能の持ち主である、ということには、私は心から賛成します。
子供は「大人」と呼ばれている人生の先輩から、とくに親から、この先の世間をどう泳いでいくか、方便を授かるだけです。
親としていかに、この「授与」を厳格に実施してきたか、それには自分自身がどんな苦しみを味わってこなければならなかったか、そしてついにはそれがどんな喜びを生んだか・・・しかし、さらには、「それでも将来のことは将来にならないと分からないものだ」という達観に至ったか。

本書はそんな大切なことを私にも教えてくれそうです。
たとえうちの子は後藤姉弟のようにはなれないとしても・・・今のままでは、まあ、まず親としての僕のあり方からしてダメですが・・・、本人なりの幸せな開花をしてくれる、と、節さんの言葉に励まされる思いでおります。

それを、私は私の言葉で、いずれ語れるようにならなければいけないのかな。

困ったな。死ねないな。(23:00)

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2007年6月 5日 (火)

「やすらぐ」とは何であるか(ある翻訳に感じた危惧)


去る5月24日急逝された当団の名オーボエ奏者、昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。


また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。


Antichrist笑い転げて、「やすらぐ」。
泣きじゃくって、「やすらぐ」。
抱いて、抱かれて、抱きしめ合って、「やすらぐ」。
撫でてやって、撫でてもらって、「やすらぐ」。
「やすらぐ」とはいったい、何なのでしょう? なぜ、「やすらぐ」ためには、こんなに幾つもの<手段>が必要になるのでしょう?

以下、表面上、話はここからずれます。

今日、本屋さんで、「キリスト教は邪教です」(ニーチェ「アンチクリスト」の現代口語訳とでもいうべきもの)を立ち読みしました。
ニーチェは標題通りキリスト教を邪教と決めつけ、仏教を(うわべだけですが)誉めちぎっています。碩学だったニーチェですが、かつ、私は特定の宗教、あるいは無神論を擁護したり排除したりする意図は全く持ち合わせていませんが(入信を強要したり不当な経済的利得ないし犠牲を要求する「宗教」は例外です)、この書でニーチェは「キリスト教そのもの(と言ってしまうとニーチェが否定しているイデア論を認容するので対等な議論とはならない難点があります、しかしあえてそういうモデルを設定します)」と「キリスト教会史」をごちゃまぜにしています。また、仏教教会にもキリスト教会と同様の紆余曲折があったことまでは視野に入れようとも思いつかなかったようです。そこにまず、ニーチェの「目の錯覚」が、あります。
そして、何よりも、この本は、「やすらぐ」ことが人間の内に占める重要さの核心について、ほぼ無意識的に本質論を回避しています。
「快いことが何故いけない? キリスト教はそれを禁じた!」
再三力説しながら、一方でエピクロスの快楽主義(ニーチェともあろう人が慣用語としてのエピキュリアン的意味合いしかそこに読み取っていないのが意外でしたけれど)をキリスト教と同断し、それならニーチェ自身がきちんと呈示しなければならないはずの「やすらぐ」方法論についてはショーペンハウエルらの考えに結論を委ねてしまっている。
・・・30分での一気読みなので読み落としがあったかもしれませんが、翻訳なさった方がこの点についてきわめて浅い解説しかしていないことも、非常に不満でした。
新書判だからですか? この本には、「いまを苦しむ」ひとのために懇切丁寧な解説が必要です。ただ分かりやすく翻訳したことを誇っているようでは、そのご人格を疑わざるを得ません。
あえて批判的に述べたのは、この書の内容が、普及の度合いによってはそれだけ今の時代の方向性を偏らせる可能性を大きく秘めているからです。解説で申し訳程度に「再ナチ化の危険」を語ったくらいでお茶を濁すような方には、この書を翻訳はして頂きたくなかったな。
ちなみに、中公クラシックス「ツァラトゥストラ」では、訳者のの手塚富雄さんはこのあたりを手を抜かずにきちんと解説なさっています。
(僕はキリスト教徒ではないけれど、キリスト教がターゲットでない、あるいはほかの著作の翻訳にしても、思想系の本には読み手に対する、著者の一方的な押しつけに終始するものは・・・自分はブログでさんざんそんなものばかり綴っていながら・・・どうしても「いやだなあ」と感じてしまいます。あるいは、いく例かあげてもいいくらいですが、よしましょう。)
いずれにせよ、ワーグナーという偶像を喪失した後のニーチェは、「ツァラトゥストラ」同様、自己が本来思索すべき方向性を見失ったまま、膨大な迷走を活字化し、世に送り出してしまった。この迷走は、残念なことに、原作者ニーチェよりも本質を突いた音楽の傑作、R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」を生み出してしまいました。で、第2次大戦が終わり、結局シュトラウスの手元に残ったのは「メタモルフォーゼン」という、「やすらぐ」手だてを失ったむなしさだけだったことを、現代日本人もよく認識しておくべきです。
「やすらぐ」ことを見失った人間はどうなるか・・・その悲しいサンプルを綴り続けたのがショスタコーヴィチでした。もう一度その、第5交響曲 をお聴きになってみて下さい。宗教曲という課題をいまも追い続けているペルトもまた、依然として「やすらぐ」ところまで音楽を回帰させ得ずにいます。

音楽に限っても、私たちは見直す必要に迫られています。

笑い転げて、「やすらぐ」。
泣きじゃくって、「やすらぐ」。
抱いて、抱かれて、抱きしめ合って、「やすらぐ」。
撫でてやって、撫でてもらって、「やすらぐ」。
「やすらぐ」とはいったい、何なのでしょう? なぜ、「やすらぐ」ために、人はこんないろいろな行為を必要とするのでしょう?

キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 Book キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』

著者:フリードリッヒ・ニーチェ
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ツァラトゥストラ〈1〉 Book ツァラトゥストラ〈1〉

著者:F.W. ニーチェ
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ツァストゥストラ〈2〉 Book ツァストゥストラ〈2〉

著者:F.W. ニーチェ
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

6月7日付記)「無神論」なら、これだけ徹底的に<宗教>の弊害を検証したもののほうが読むに値します。

神は妄想である―宗教との決別 Book 神は妄想である―宗教との決別

著者:リチャード・ドーキンス
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年6月 4日 (月)

DVD:アーノンクール指揮の秘密

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


私たちの大切な友、Hさんの死を通じて考えたことは、こちらに綴りました。
昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。
また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。

360お借りしたままなかなか見られませんでしたが、子供らのおかげで今晩はゆとりができ・・・実は、次の作業に取りかかれない状況に陥れられているのですけど (T_T) ・・・そう長くもないので、ようやく見ました。高い価値を感じるドキュメントでした。

最近接するようになった人にはそこまでのイメージはつきまとっていないのかもしれませんが、昔から彼の名前を知っている人は、その名前に「古楽」をかなり強く結びつけてしまうのではないか、と思います。
私自身、「マタイ受難曲」を彼とウィーン・コンツェントゥス・ムジクスの最初の録音で聴いたのが、アーノンクールという名前との本格的な出会いでした。そして、その「マタイ」は、大変に美しいものでした。バッハがわざわざ赤インクで書いたというイエスの声部は、本当に光の輪が目の前に現れるようでした。

そうしたイメージにも関わらず、彼は別に「古楽」限定の人物ではありません。
最近になってブルックナーや「わが祖国」まで録音を出し、それに違和感を感じる向きもないことはないのですが、彼にとって、取り上げるべき音楽には、元来、時代的な限定はありませんでした。ただ、研究熱心さから「古楽」を突き詰めていた、その姿勢の方がマスメディアに取り上げられてしまい、ながいこと「古楽」でばかり商売せざるを得なくなっていただけだと思います。
彼が「古楽限定演奏家」ではない典型例を、私は彼のモーツァルト演奏に強く感じます。
近年ようやく録音した初期交響曲集にしたって、なんて挑発的な演奏なんでしょう! そこには「柔和な」「(妙な表現ですが)秀才的な天才の」少年モーツァルトは全く現れません。私はどうしても違和感しか覚えません。晩年の交響曲の演奏にしても同様です。まるでモーツァルトが「ロマン派の駄作器楽作曲家」だったように聞こえて仕方ありません。
ところが、オペラとなると、違うのです。彼のモーツァルトのオペラ演奏は、映像付きでなくても、実に生き生きと舞台の情景を目に浮かばせてくれます。ですので、彼の録音したモーツァルトのオペラの方は、ほかの誰の録音よりも大好きです。
独りの作曲家の作品に対し、こんな両極端な印象を与える演奏家を、私はほかに知りません。
不思議な人だなあ、と思っていました。

お借りしたこのDVD「アーノンクール指揮の秘密」に、そのあたりの謎を解くヒントになるような、彼自身の言葉が出てきます。
そのとおりではありませんが

「金は、純金のままで美しいのではないのです。金と泥が混じって、初めて美しい。」

練習風景を収録したこの「こうもり」の全曲が録音されているのかどうか知りませんが、非常に興味深いのは、彼が随所でコメントする、シュトラウスから第1次大戦に至る、シュトラウス作品解釈の歴史的背景。
「この人は本当に歴史をよく学び、よく体現しようと努力している」
ことが強く伝わってくると同時に、語っている時の穏やかな表情に・・・ほかの画像では(プライベートな写真を除いて)決して見られない、本当はバランスのいい人格者であるアーノンクールという人物を発見出来る、嬉しい映像です。

「ここ50年の間に、このオペラに付けられた垢をすっかり洗い落としましょう!」

序曲のリハーサル映像はカルロス・クライバーのものも残されていて、これはよくも悪くもアーノンクールの言う「垢」のついたままの演奏ではありますから、クライバーのリハーサルとアーノンクールのリハーサルを見比べるのも非常に有意義ではないかと思います(残念ながら新品では今は入手出来ないようです。全曲盤はDVD、CDともあります)。
見比べると、二人とも優れた音楽家なのだなあ、と思わせてくれる共通点も、多々見いだせます。
二人とも、ディナミークをデリケートに重視し、リズムのウェイトがずれることにはきつく注意を促す。それでいて、楽員さんに対しては、実に優しい。・・・優しさでは、アーノンク−ルのほうが上手ではありますが、それは彼自身がオケマンだったことと深い関係があることも、今回のDVDから理解することが出来ます。

表題の「秘密」という言葉に惑わされず、映像の中で、練習しながら、あるいはインタヴューに答えながら語るアーノンクールの、素直な音楽観に素直に浸ってみる時間を、ぜひ作ってみてはいかがでしょうか?
1時間半あればいいんですけど。。。



DVD

アーノンクール指揮の秘密~<こうもり>を振る~


販売元:キングレコード

発売日:2006/08/23

Amazon.co.jpで詳細を確認する

(23:45Up!)

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2007年6月 3日 (日)

6月3日練習記録

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


私たちの大切な友、Hさんの死を通じて考えたことは、こちらに綴りました。
昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。
また、追悼のために、バッハのカンタータ「神の時はいとよき時かな」をもお聴き頂ければ幸いです。

直前になってきたのに、毎度の遅刻で申し訳ございません。

また、いつもと違う会場での練習、運搬等のご苦労もあり大変でした。お疲れさまでした。

ここまできましたから、1作1行、でいきます。

<エルガー>
前後左右、並行するパートとの連携にもっと集中を! 歌が入ったらまた少し変わりますが、基本は集中です。

<グリーク>
とにかく指揮の指示を守ること。指揮を良く見ること。それで困難な箇所は私が責任を持ちます。

<ショスタコーヴィチ>
面倒だとは思いますが、どうぞ、一度拙文に目を通して下さい。構造を理解して下さい。
http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_4ff6.html

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2007年6月 2日 (土)

サリエリも聴いてみませんか?

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


私たちの大切な友、Hさんの死を通じて考えたことは、こちらに綴りました。
昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。

モーツァルトの1773年に触れて、はじめてサリエリとの関わりが検討の俎上に上がってくることになるはずでしたけれど、気づくのが遅くなりました。ですので、モーツァルトとの接点、という意味でのサリエリについては改めて考えていくことにしましょう。

ですが、私自身は、戯曲および映画の「アマデウス」以降、サリエリに「凡庸」のレッテルを貼るのは間違いではないのか、という疑問を、ずっと胸に抱いてきました。
(1曲だけ、サンプルをお聴き下さい。その際、なるべくモーツァルトやハイドンの音楽は忘れて下さい。
  :1886作。ASV CD DCA 955収録。白紙では、どんな印象をお受けになりますか?)

ただ、その楽譜はあいかわらず入手が大変だし、文献も洋書を含め、タイミングを外すとサラリーマンは手に出来ない(つまり、そんじょそこらの図書館には無いし、個人輸入も出来ない)ために、やっと1冊の資料(ドイツ語とイタリア語が交じり合っていて読み切れない!)を買えた他は、せいぜいCDをこつこつ探すしか手がありませんでした。

幸い、日本語による伝記に、水谷彰良「サリエーリ」(音楽之友社)という非常な秀作があり、記述の客観性も確かですから、モーツァルトファンだけでなく、「古典派」から「初期ロマン派」と呼ばれている時期の音楽に興味がある方には是非読んで頂きたいと思っております。
ただ、水谷さんのあげられたディスクは必ずしも入手が容易ではなく(文献はもっと大変)、私が大型CDショップで手に出来たものを以下にリストにしてみます。(手に入れられる保証は、これまた完全にはありませんので、ショップとのリンクは貼りません。)見つけても購入せずにいるものもあり、完璧にほど遠いのも自覚しておりますが、ぜひ、サリエリを見直すために
「一つでも聴いてみようか」
とお考えを頂ければ幸いに存じます。


CD:
オペラまたはその抜粋
・「サリエリ・アルバム」バルトリ DECCA UCCD-1101(唯一の日本盤)
・"Les Danaides(ダナオスの娘たち 1784作)" カヴバリエ DYNAMIC CDS 489/1-2
・"La grotta di Trofonio(トロフォーニオの洞窟 1785作)" Sound Arts AG AMB9986
ほか1曲入手予定。入手次第追加記載します。

宗教曲
・"La Passione di Nostro Signore Gesu Crisuto" CAPRICCIO 60 100
・"Gesu Al Limbo, Il Giudizio Finale, Te Deum" BONGIOVANNNI GB2167-2

管弦楽曲、協奏曲(曲の細目省略してます、すみません)
・"Symphonies-Overtures & Variations" CHANDOS CHAN 9877
・"The Two Piano Concertos etc." ASV CD DCA955
・"KONZERTE" CAPRICCIO 10 530

室内楽
・"Serenades for Winds" ARTS 47319-2

DVD
・「ファルスタッフ」 ARTHAUS 100 023
・「タラール」 ARTHAUS・・・すみません、貸し出したばかりで、品番確認出来ません。

最初におすすめしたいのは「タラール」の映像です。サリエリの本領が見事に発揮されています。
器楽はもともと寡作でしたので、協奏曲は掲載した2枚でカヴァー出来ないのはオルガン協奏曲とフルート協奏曲の2曲です。シンフォニアはすべてカヴァー出来た・・・はずですが。。。

面白いのは、シューベルトが1816年にサリエリに捧げた祝典カンタータです(水谷氏著作235頁に訳が載っています)が、これはなかなか(シューベルトの作品全集の分売されたものでしか)聴けません。
Hyperion CDJ33032に収録されていますので、ご興味があれば。




サリエーリ―モーツァルトに消された宮廷楽長


Book

サリエーリ―モーツァルトに消された宮廷楽長


著者:水谷 彰良

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年6月 1日 (金)

本:渡辺裕「考える耳 記憶の場、批評の眼」

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会(6月16日、杉並公会堂)について掲載しました。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


私たちの大切な友、Hさんの死を通じて考えたことは、こちらに綴りました。
昨年のHさんの名演を、こちらでお聴きになって下さい。

4月以降、クラシック音楽中心に特化しよう、と決心して続けることにしたブログですから、最近起こる事件がどう世の中に反映されているか、ということもクラシック音楽を通じて綴ろう、と、今朝はそんなことを思いつつメモを取り始めていました。

が、力不足です。・・・それでも近いうちには、まとめたいと思っています。

そんな矢先、昼休みに、ある別の狙い(これは近日中にお話しします)から訪ねた音楽関係店で、こんな本を見つけました。



考える耳 記憶の場、批評の眼


考える耳 記憶の場、批評の眼


著者:渡辺 裕

販売元:春秋社

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同じかたの著作では「マーラーと世紀末ウィーン」(岩波現代文庫)に大変惹かれ、その当時(まだブログを始める前)に第九を演奏する際、渡辺さんの方法論の小さな一部を借用して「演奏のありかた」を考えてみたこともあったくらいです。とても信頼の置ける文章をお書きになるかただと尊敬しています。

目的が違うために買わずに帰らざるを得なかったので、せめて書評は無いか、と思って探したら、いいのが見つかりました。

(以下、引用。http://hondana.mainichi.co.jp/2007/05/post_731f.html

音楽批評が変わった。演奏会で耳を澄ましていればいいというのは昔の話。甲子園で歌われる校歌から駅の発車メロディまで、音楽は日常にあふれ、みなそれなりの歴史を秘めている。眼からウロコならぬ耳から耳栓が取れるような衝撃的な話ばかりがぎっしり。洋の東西を問わず、伝統と言われているものの多くはじつは最近はじまったばかり。日本固有の伝統を守れ、などと叫ぶ政治家には要注意、と繰り返す。
短く読みやすいが深く考え込ませるエッセイが三十。「うたごえ」から「のだめカンタービレ」までわずか五十年。政治も文化も動きは速い。問題は評価の基準そのものが動くこと。著作権にしても西洋中心主義。著作権を守って文化を殺しては元も子もないとの指摘は鋭い。(士)

(毎日新聞社「今週の本棚」2007年5月13日掲載)

この評の中に取り上げられている「のだめ」は、家内を含め私たち一家がドラマを毎週熱狂して見ていたもので、最終回が家内死去の前日、2006年12月25日だったために見られず、後日お友達が録画を送って下さって、家内の写真とともに楽しんだものでした。(DVDがやっとでました。さっそく買って、家内の前に備えましたので、まだ見ていないんですけれど。)
著者はこの「のだめ」に対しても冷静な観察をなさっています。「のだめ」ファンも、「のだめ」嫌いの人も、どっちでもない人も、誰にとっても一読の価値があります。

そのほか、当面、私が引き込まれたのが、現在ほぼ無反省とも言える流行を見せている「古楽」礼賛への客観的・冷静な批判。著作権問題によって生じた弊害についての、アフリカとアメリカの応酬をサンプルにした簡潔なレポート。
そうしたものを含め、宝物のような小文があふれていて、近年まれな、熟読の価値がある「音楽エッセイ」です。

ただ、ひとつひとつは、おらくは著者が
「みなさん、個々に問題を深めて捉えてみて下さい」
と、読み手たちに与えて下さった宿題
なのであり、私たちはこの本の内容から自分にも取り組める課題を見つけ出し、積極的に取り組むことを要求されていると受け止めるべきでしょう。

私も、自分が当面追いかけている宿題と重なるところもありますから、いずれ必ず自分で手にして、「読み」を深めて行きたいと思っています。

おすすめです!

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