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2007年5月17日 (木)

やさしさ

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会について掲載しました。
ご招待の企画も(個人的に)しております。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


いつもこむずかしいことばかり、のブログだし。 ネタの調査は途中だし。 今日はなんだかくたびれたのでもう寝ますし。 ですので、音楽に関係ない話を手短に綴ります。

今朝のニュースで、
「横浜市が路上喫煙を懲罰をもって禁止する条例を制定予定」
というのをやっていました。
東京ではいち早く千代田区がやっています。私の勤務地の新宿区に類似の条例がありますが、懲罰規定まであるのかどうかは知りません。

ニュースをきいて、ふと、新宿に条例が出来る前、西新宿の高層ビル脇で毎朝タバコの吸い殻を履き集めていたタクシーの運転手さんたちがいたことを思い出しました。
話しかけてみたら、
「俺たちゃ、こんなことくらいしか、世の中の役に立てることは出来ねえからな」
なんて、とてもへりくだったことを、へりくだらずに言っていました。
そうでなくても、タクシーの運転手さんには、元やっていた会社員生活につまづいて、ほかに職がなくて運転手になった、っていう人が、結構多い(もちろん、そうではない人もいます。ですので、みんながみんなそうだとは決めつけてお読みにならないで下さいね)。

この話を、今日、ある人にしてみました。
「やさしいんだね〜」
「なまじっか平和に会社勤めとかやってる人より、<ハズれた>って思いながら生きてる人のほうが、本当に優しいもんだと思うよ」
と、そのときは、そこまでご立派にはまとまりませんでしたが、そんな意味を込めて応えました。

<ハズれた>世界を知った人が<ハズレ>を脱した瞬間は、すごい人になりますよね。
映画なので架空のキャラクターだけど、息子は「ロッキー」に、そんなすごさを感じているようです。
でも、瞬間で終わる人が多いんじゃないかなあ、という印象も、僕には色濃くあります。
<ハズれてた>故に保てていたウブな心が、当たってしまうと、<もうハズれられない>っていう消しゴムで消されてしまう。ご本人は消していないつもりでも、消してしまっていることが多くはないかしら?
それも、半端な消し方をしている人が多い。
妙な話ですが、僕は、そういう、<ハズレを半端に消した、当たりを取った人>(くどいな!)が好きです。
見ていて、あるいはつき合ってみて、こんなに面白い種類の人間は、<ハズレっぱなし>のグループにも、<当たりっ放し>のグループにも、絶対にいません。その人その人で、<半端に消したハズレ>にどう取り組むか・・・挑むのか、避けるのか・・・が違うので、ヴァリエーションが豊富で、つき合うとしたら面倒くさいけれど、観察する分にはとっても楽しい。
その人のどこに、「やさしさ」が宿ってい続けているのかを見つけてみようと野次馬するのは、スリリングです。

あ、<ハズレっぱなし>の僕のようなものに言う資格のある話ではなかったナ。

逃げます。

おやすみなさい。(23:00)

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