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2007年4月16日 (月)

4月15日練習記録に換えて

本日の練習もお疲れさまでした。
今回は前半をエルガー、後半をショスタコーヴィチの第1楽章、という成り立ちでした。
それぞれ、
「ここに示されたモチーフはなにを表しているか」
を先生が懸命に説明なさりながらの練習でしたが、どれくらいご理解頂けたでしょうか?

まだ私自身、処方が変わってから症状の改善に至らず、余力もありません。
ですので、細々下点に触れるよりは、何故上記のような練習になるのか、を各位に省みて頂いた方が宜しいかと存じますから、その事を少しだけ綴ります。

「音楽は音の羅列ではない」
なんて、今更言うまでもない、とお叱りを受けるかも知れませんが、本当に各自が
「音の羅列ではない音楽」
ということを充分認識してお取り組みかどうか、現時点では非常な危惧を覚えました。

弦楽器〜「指で音程をとることだけに気を取られている」
管楽器〜「口と息の都合で、音楽の組み立てを後回しにしている」
・・・そんなふう、ではない事を、心から期待したいと存じます。

遺憾ながら、しかし、実際に聞こえてくる音には、「音楽」に対する配慮に欠けています。
それが先生の口から
「コンクールでね、ミスしないヤツは減点のしようがない。でも、ミスしても<あ、この人は音楽を持っているね>という人に付いては、審査員は敏感に感じ取る。ミスしない人を優勝させるしかないけれど、実際には二位、三位の人に面白い人が多いのは、審査員のそんな目と耳もあるからだ」
という趣旨のお話が、わざわざ出た事を、本日はよくよく御考慮頂ければと思いました。

エルガーについては、歌の伴奏、でありながら、ただの伴奏ではなくて、歌を一つのパートとして持っている総合的な管弦楽曲です。この点の分析は、合宿前にはお示ししたいと存じます。
また、ご面倒でも、ショスタコーヴィチに関しては、私が長々綴ったレポートも、この際是非、よくお読み頂きたいと存じます。先生が詳細に触れたときに、そのご説明がピンと来るためのネタは、そちらで充分尽くす事が出来たのではないかな、と、その点だけは今日は私は満足でした。・・・ただ、真剣に読んで下さったのは、どうも、ブログを通じてお知り合いになれた「ショスタコーヴチがお好きな方」のほうであって、身内の方達ではなさそうだ、ということは、なんだかとても寂しく思いました。なぜ、あそこまで「軽い」、あるいは「非客観的な」お芝居になられるのか・・・ご自身でご自身の音を省みて下さっていますか?
(なんて、本来、私自身偉そうな事は言えた義理でないのは重々承知の上で申し上げます。)
下にリンクを貼っておきます。
各節、どうぞ、今一度じっくりお目通し頂ければ幸いに存じます。

ショスタコーヴィチ「交響曲第5番」について
全体像
団員の方向けに、練習に望む最後考慮頂きたい事
第1楽章
第2楽章
第3楽章
第4楽章
まとめ

以上、宜しくお願い申し上げます。

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