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2007年4月26日 (木)

モーツァルト「レクイエム」自筆譜について

私の所属する東京ムジークフローの定期演奏会について掲載しました。
ご招待の企画も(個人的に)しております。リンクご参照の上、是非おいで下さい。


家内を亡くして、今日が4回目の月命日です。
そのお祈りのために、かなり長文ですが、家内の生前、団内のメーリングリストに載せた「モーツァルトのレクイエム」に関する記事を再掲載させて下さい。なお、その後研究の進展等の情報によると、この記事ではもはや古びてしまっている部分もあります。ご了承下さい。


死者の為のミサである「レクイエム」(第二ヴァチカン公会議1962〜65で公式にはラテン語典礼に固定することは廃止)は、その確立がカトリックによる「宗教改革」への対抗に起因する、ということは、ご存知でしたか?

「宗教改革」といえばルネサンス後期に激化した現象ですが、この「ルネサンス」という時代は、「人間復興」とい自由なイメージとは裏腹に、ヨーロッパは戦争に明け暮れ、貧乏人は飢え、学者たちは「神」と「霊」と「人」の狭間に真実を見いだそうと血眼になっていた、という、なんだかどこに焦点を置いて観察したら良いのか見当がつかない、というのが実相だったようです。
(この時代を最も分かりやすく書いているのは、澤井繁男「ルネサンス」岩波ジュニア新書303 税抜780円 だと感じています。中高生向けのシリーズとはいえ、このジュニア新書は優れた著述が多いと思っております。子供たちがもっと目を向けてくれたら嬉しいし、大人が読んでも恥ずかしいものではありません。内容が立派ですから。通勤に1時間かかる人は、電車で1,2往復すれば読み終えられます。)

1500年頃、カトリックの権威の保証の元にちまたで売られていた「贖宥符」(免罪符、という訳語が一般的ですが、死者の魂を煉獄から救うことを大名目に販売され、その購入のためにお金を払った買手も「ついでに」罪を免れる、という効用を謳ったものですから、ルター原典の翻訳に用いられるこの訳語の方が適切だと思います)につき、ドイツのマルチン・ルターが、彼のいた修道院の教区での「贖宥符」販売の停止を地元の選帝侯に書簡で申し入れ、さらには「贖宥符」の根拠となるキリスト教解釈をめぐって95にわたる条項をもって神学者達に討論を呼びかけたことから、ルターを牽制し出した教皇庁当局、頑として自己の信条を貫くルター、両者を巡る政治的思惑が絡んで、問題の渦は急激に大きく膨らみ、世に言う「宗教改革」が勃発します。
(カトリックによるルターの破門、対するルターの「宗教改革宣言」と呼ばれる表明は1520年)。
さらに、きっかけはヘンリー8世の我儘ではあるものの、1534年にはイギリス国教会まで成立してしまいます。カルヴァンが著作を発表したのも1536年のことです。

窮地に立った教皇庁側は、カトリックの典礼が確かに中世以後混乱をきたしていたことを認め、次々と起こる「宗教改革」的な動きに対抗しえるために、従来からの「ミラノ典礼(4世紀成立)や「ローマ典礼(充実期は9世紀以後)」を見直し、内容を整理すべく、1545年から63年にかけてトリエント公会議を開催しました。

「レクイエム・ミサ」はこの公会議以前にも無かったわけではありませんでしたが、整理の一環として、この公会議によって、こんにち一般的になっている次第と典礼文が決定されたのです。


モーツァルト以前の主要な「レクイエム」音楽を年代順に掲げ、典礼文のどの部分が作曲されているかを比較してみましょう。(音源は=付録=に掲げます。)トリエント公会議の前後でどのような相違点があるかに注目して下さい。なお、式次第については、先週のミサの次第を記述した箇所を参考にして下さい。朗読(朗詠)による部分は作曲されませんので、省略しました。最も大きな違いは、「レクイエム・ミサ」には「グローリア」がないことです(下には挙げませんが、例外として、シュッツがドイツ語で、グローリアにあたる部分を作曲しています。)

      オケゲム   ラッソ五声 ヴィクトリア M.ハイドン Mozart
      15世紀後半 1580年 1603年  1771年  1791年
  
入祭唱   : ○     ○     ○      ○      ○

キ リ エ : ○     ○     ○      ○      ○

昇 階 唱 : ○    (聖歌)   ○

アレルヤ  :
または
トラクトゥス: ○     ○

続   唱 :                    ○      ○

奉 献 唱 : ○     ○     ○      ○      ○

サンクトゥス:(聖歌)   ○     ○      ○      ○

アニュスデイ:(聖歌)   ○     ○      ○      ○

聖体拝領唱 :(聖歌)   ○     ○      ○      

聖体拝領祈願:(聖歌)                ○      ○

終 祭 唱 :             

赦 祷 式 :             ○

*「赦祷式」の代表的な典礼文は、答唱のLibera meおよび交唱のIn Paradisumです。 ヴィクトリアはLibera meのみ作曲しています。
*なお、オケゲムのとラッソ列で(聖歌)とあるのは、オケゲムやラッソ自身は作曲せず、グレゴリオ聖歌で歌われることになっている部分です。オケゲムについては、(聖歌)の部分は「グレゴリオ聖歌」で定めるレクイエム・ミサの聖歌そのものが歌われていることを確認しました。ラッソについては、手持ちのCD・書籍ともレクイエムの昇階唱を収録しておらず、確認できませんでした。
なお、「グレゴリオ聖歌」に於ける有名な続唱「怒りの日」は、1255年頃没のトマス・デ・チェラーノが作った有節セクエンツィアです。通常文は18番が使われています(Kyrie,Sanctus,Agnus Dei)。

これより多くの事例を調べたい場合は、=付録=に挙げた書籍の中の「「レクイエムの歴史」をご覧下さい。モーツァルト以後についても話題が豊富です。


上の例で顕著なのは、ラッソとヴィクトリアが一つの境目を成していると見えることでしょうね。ラッソのレクイエムはトリエント公会議終結から15年後の作品です。特徴としては大きく3つ、

・オケゲムとラッソはトラクトゥス(トリエント公会議で定められたのとは歌詞が異なる)を作曲しているが、ヴィクトリア以後は作曲されていない。

・「昇階唱」はヴィクトリアは作曲しているが、先立つラッソは聖歌で間に合わせており、昇階唱を創作するかどうかについて考え方に揺らぎが見え始める。

・「続唱(怒りの日〜狭義の「怒りの日」・「不思議なラッパ」・「恐るべき大王」・「思い出したまえ」・「のろわれしもの口をふさがれ」・「涙の日」のひと繋がり」を作曲しているのは前古典派以降と見受けられる。
(実際に一般化しだしたのはバロック中期以降のようです。早い例ではバロック初期、モンテヴェルディの後継者と目されたカヴァッリ最晩年1656年作のレクイエムが全曲作曲の嚆矢の由。また、ルネサンス期のブリューメルは、続唱全60行を3行ずつに分けた20節のうちの、奇数節はカノンとして作曲、のこりは聖歌のまま歌われる方式で作曲しているそうです。いずれも残念ながら録音を見つけられませんでした)。

があげられます。
また、ロマン派以降常識化する「赦祷式」への作曲が、モツァルトの頃までは殆どなされていないことも特徴的で、これはロマン派の時代頃にはミサのあり方が再び変化してしまったことを示唆しているとも読み取れそうです。


以上をふまえて、モーツァルトの「レクイエム」を見ていきましょう。

まず、作品の歴史的位置づけを定めるために、モーツァルトが「レクイエム」において、特にグレゴリオ聖歌・ヘンデルとミヒャエル・ハイドンの音楽を引用・応用したのが明らかになっている箇所について、簡単に述べておきます。

・「入祭唱」:ヘンデル「葬送アンセム」第1曲(序奏の次)との類似が指摘されています。
       また、ソプラノ独唱はグレゴリオ聖歌の旋律線をたどっています(聖歌
       の入祭唱のte decet hymnus deus in Sion, et tibi reddetur votum
       in Ierusalemまでの旋律線を単純化した上でモーツァルトなりに修飾を
       施し、リズム付けをしています)。
       声楽部の冒頭から聖歌の旋律線を芯にしたte decetまでは、M.ハイド
       ンの作品をモデルにしていることが、聴き比べると明確に分かります。

・「キリエ」:ヘンデル「デッティンゲン・アンセム」の二長調のフーガを短調化した
       と見なされています。あるいは「メサイア」第2部の合唱曲「彼の打ち
       傷によって私たちは癒された」を引いているとも言われています。
       (「メサイア」該当合唱は、たしかに似ています・・・)
       なお、「聖体拝領祈願」Cum Sanctis参照

・「奉献唱」:続唱最後の「ラクリモーサ」8小節絶筆が有名ですが、「奉献唱」のホ
       スティアスまでは声楽部と通奏低音をモーツァルト自身が完成していま
       す。
       Quam olimは、ミヒャエル・ハイドンの作品と瓜二つで、後者を初めて耳
       にしたときには、ぶっ飛んでしまいました! 当然、M.ハイドン氏の
       作品がモーツァルトの記憶に強烈に残っていたか、手元に楽譜があって
       参考にしたか、のいづれかでしょう。ヴォルフガング少年はM.ハイド
       ンを大変尊敬していました。

・「聖体拝領祈願」:Cum Sanctisからのフーガはジュスマイヤーが苦肉の策でキリエ
       のフーガをそのまま用いたと言われていますが、1小節目最後ののB
       (ドイツ音名で)と2小節目最初のCisとが減7度の関係にあるのは、
       同じ歌詞のM.ハイドン作品の影響が明確に見られます。かつ、M.ハ
       イドンのレクイエムはCum Sanctisはフーガですし、その後の「終祭唱」
       を最初の入祭唱の独唱部を再現することで開始してからまたCum Sanctis
       を繰り返し、締めくくりは入祭唱と同じ終止で行なっています。モーツ
       ァルトの「レクイエム」は終祭唱の前にCum Sanctisを置いてこそいませ
       んが、終祭唱の作りはM.ハイドンの「レクイエム」と非常に似ている
       と言わざるを得ません。したがって、仕上げにあたったジュスマイヤー
       が終曲を冒頭部と全く同じにした「苦肉の策」は、モーツァルトの遺言
       に忠実であった可能性が高いと考えられます。
       この点、ジュスマイヤー版は過小評価を受けてはいないでしょうか?
       (追記:ここ、Commino以降、の誤りですね! ごめんなさい。)

以上から、作品としては、モーツァルトのレクイエムはバロック後期から前古典派、とりわけヘンデルとM.ハイドンの血筋をまっすぐに受け継いだものと見なす必要があります。
(ベーム当時迄の重いテンポ解釈は、ロマン派のフィルターを通った後の産物と考えるべきでしょう。ちなみに全く話が違うようですが、日本の「雅楽」のある曲について調べた人の報告では、明治期に比べると昭和期の演奏は2.5倍にもテンポが延びているそうです。人間が音楽に求める、その時代なりのテンポというのが、どうも存在するようですね。なお、ヘンデル作品についてはメサイア以外は録音も楽譜も確認できず、書籍「レクイエムの歴史」の記述によりました。関連曲は聴いていないものの、ヘンデルのアンセムは彼のオペラに比べて「メサイア」その他の宗教的作品に似た高い気品を持っており、長さも1時間かからないものがありますから、お見つけになったらチャンスだ と思ってお聴きになってみて下さい。バッハと対照的ですが、後悔しないはずです。)


続いて、「自筆譜」そのものを見て行くことにしましょう。アーノンクール版(=付録=のCD参照)に、自筆譜が収録されており、印刷も出来ます。ただし、後年発見された「レックス・トレメンダ」の為のスケッチと「アーメン・フーガ」のスケッチは含まれていません。印刷は相当面倒ですヨ! しかも、印刷されて売っているファクシミリ版に比べれば画質も相当落ちます・・・我々素人が閲覧する分には、それでも充分かな、とあきらめています。なにせ、ファクシミリ版はバイヤー編のものでも11,900円(こっちならオトク、とは思うんですが、原物を見ていないし、モノクロだと元も子もないし、リプリント版とあるのが気になる)、ベーレンライター発行のものは109,200円、だそうですから(いずれもアカデミアでの値段。なおかつ品切れ中。)


「自筆譜」は、78葉から成っています。(実際には99葉書いたそうですから、残り21葉はやはりファクシミリを購入して確認すべきでしょうか?)各葉12段の五線紙で、トロンボーンパートは"Tuba milum"の冒頭部を除き、原則として記譜されていません("Introitus"の7小節目は、声楽の出の前までは記入されています)。新全集の校訂者ノヴァーク(ブルックナーの「ノヴァーク版」で著名な人)は、初版印刷譜に基づいてトロンボーンパートを補っていますが、当時のウィーンの慣習に照らしても、それで全く不都合はない、と、序言で述べています。ノヴァーク以後、この点に異議を唱えた人は皆無です。

「自筆譜」はまた、研究の結果、2種類の五線譜が使われていることが明らかになっています。
主な用紙と別であるのは、
*「キリエ」の最終ページ
*「レコルダーレ」の2ページ目から「ラクリモーサ」の絶筆まで
*奉献唱(「ドミネ・イエス」及び「ホスティアス」)
の部分。これはアーノンクール版付属の図版でも見分けがつきます。
用紙が2種類となった理由については様々な憶測があったということですが、ランドンの「最初の用紙を使い果たした時にはモーツァルトは衰弱しており、2タイプ目の用紙をコンスタンツェが買ってきたのかも知れない」という下記著書での推測が最も自然であるようです。

以下、特徴を、主にランドン「モーツァルト最後の年」(1999年最終改訂、海老澤敏訳 中央公論新社2001 税別3,300円)を参考にして申し上げます。

・"Introitus"右上のモーツァルトの名前、1792の年(かすれているが)の記入は、 本人に最も筆跡の似ている弟子、ジュスマイヤーが記入した。

・"Introitus"の部分はモーツァルトのみの手による。但し、声と器楽は時を別にして書かれたと思われる。(ランドンの「<入祭唱>の楽器編成は、のちにモーツァルトによって、別のインクとおそらく別の羽根ペンで書き加えられた」という記述は正しいと思われますが、アーノンクールCD添付の自筆譜画像の難点で、インクの濃さが正しく反映されているかどうか分からないので、第1葉目について全て後にかかれたようにも見え、そうなると2種の五線譜の「後者コンスタンツェ購入説」が成り立たなくなるリスクがあります。2葉目以降、声楽パートと同時に書かれたと思われる器楽部分もあるように見えるところが結構目に付くのです。この辺が、高い精度で印刷したファクシミリにはどうしてもかなわないところです。)

・"Kylie"は声と通奏低音はモーツァルト自筆。弦楽器とバセットホルン・ファゴットはフライシュテットラーが、トランペットとティンパニはジュスマイヤーが補筆。(29小節目はモーツァルトが声と通奏低音パートを抹消して書き直しており、死後、管パート部分は弟子達の手で抹消線が引かれたことが判別できる。・・・筆跡の違いを判定するヒントになります。。。 )フライシュテットラーとジュスマイヤーの補筆は12月10日以前に完了していた。5日に亡くなったモーツァルトの追悼礼拝でこの部分が演奏されたことが判明している。(=付録=記載のアーノンクールCD中にある、ベンヤキン=グンナー・コ ールスの解説による。レヴィンも同様の記述をしている。)

・「続唱("Dies irae"から"Lacrimosa"まで)」、および「奉献唱"Domine iesu"から"Hostias"まで)」は、モーツァルトは原則として声と通奏低音の部分のみを記入。例外は下記の通り(私の見たところ、ですので、実は誤りもあるかと思います)。
  *Dies iraeの弦パートの殆ど(全部ではないように見えます)
  *Tuba mirumの17小節目までは全て。
  (アーノンクールCD添付のファイルでは像が不明瞭で、以降の弦パートは異筆にも見えるが、動きはこのままジュスマイヤー版でも採用されているので、モーツァルトによるものと考えるのが妥当だろう。)後半の弦パートも自筆。
  *(Rex TremendaeもTuba mirumと同様)
  *Recordareの13小節目までのバセットホルンと弦、及び最後の5小節の弦。
  (14小節以降の弦は主としてアイブラーの補筆だが、モーツァルト真筆部分も
   あると思われる[ジュスマイヤー版と共通の音程・音型の箇所]。)
  *Confutatisの第1ヴァイオリン、および25小節目以降の弦すべて
   (Oro suplex)
  *Lacrimosa最初の2小節の弦
  *奉献唱の一部に記された弦パート(他に補筆が無く、明らかに分かる)。

・「続唱」のオーケストレーションは、モーツァルトの死の直後、おそらくコンスタンツェから1791年12月21日に依頼を受けたアイブラー(ハイドンの友人)が自筆譜上に追加記入した。"Conftatis"まで終え、"Lacrimosa"でモーツァルトの絶筆となった8小節の後にソプラノパートを2小節付加したところでアイブラーは受託を放棄し、自筆譜をコンスタンツェに返却したらしい。(アイブラーは"Lacrimosa"の続きの部分は、歌詞の反復ではなく、'huic ergo'から始めようとしていた。この2小節の付記についてはレヴィンが言及。)

・"Hostias"の最後尾にはモーツァルトが「クアム・オリム ダ・カーボ」と3ヶ所に記していたが、いちばん右下の記入部分は1958年に泥棒が破りとった由。

画質の悪いファイルでも、すくなくとも判明するのは、「筆勢の違い」。
今回のモーツァルトの「レクイエム」の「自筆譜」に加筆した人は、おそらくそれぞれに筆は結構速かったように見えます。ベートーヴェンとの大きな違いは、それでも
「考えると同時に筆を走らせる」
のではなくて、
「考えが出来上がってから筆を走らせている」
というような間(ま)が感じられることです。
その、間の置き方に個人差があり、個人差がまた、書かれた音符のかたちに反映される。
モーツァルトの真筆と目される部分は、「清書前のバッハ」を思わせる流麗さがあります。
アイブラー補筆と目される部分は、この人がどういう人だったか分かりませんが、計算しつつ書いているような直線的印象があります。とはいえ、アイブラーの才能はハイドンにもモーツァルトにも高く評価されていたそうで、ランドンも彼の補筆はジュスマイヤーより優れているとしており、そのためランドン版はアイブラー(とランドン)の補筆によって"Confutatis"までを完成しています(以降はジュスマイヤー版通り)。

さて、本当に以上の通りかどうか、是非現物をご覧になり、鑑定してみて下さい。
複数の手が入っていることが判明しているだけに、非常に興味深い鑑賞ができると共に、他のモーツァルトの自筆譜を見たくなった時、絶好のガイドになるかも知れません。
・・・なお、私の「誤り」は、下記でジュスマイヤー版の資料として紹介したCDの後半に収録されている音で確認できます。

「ツウ」になったら、あなたも明日から「楽譜筆跡鑑定名人」!

・・・世の中、そんな簡単にはいかないか・・・
   「ツウ」の逆立ちをするのは簡単なんだけどな!
   なんて・・・わけ分からんこと言ってスミマセン。


=付録=

ジュスマイヤー版以外のスコアは高いので、購入断念。
バイヤー版8,500円、モンダー版19,000円くらいです。
「自筆譜」の鑑賞が目的で、補作のあり方を云々したいわけではない(そんな能力はない)ので、まあいいか、と思っております。

1)モーツァルト「レクイエム」の様々な版によるCD
  「好み」か否か、ではなく、資料として役立ったと言う意味で使用したものです。
  市場では現状、殆どのCDはジュスマイヤー版、次いでバイヤー版が多いです。
  国内盤でそれ以外のものを見つけるには足かネットで労力をかけなければなりません。
 
*ジュスマイヤー版を基本とするもの
・ジュスマイヤー版
 C.Spering(Cond.)/Chorus musicus Koeln etc. Naive OP 30307 (2001)
 ※ジュスマイヤー版による全曲演奏のあとに、セクエンツィアの、「自筆譜」上モーツァルトの真筆とされている箇所のみを演奏したものをも収録。これを聴いたあとで以下の諸版による演奏を聴くと、それぞれの版の考え方の基本にあるものについて「なるほど・・・」と思わせられます。

・バイヤー版
 アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス他 BMG BVCD34018
 (2003 国内盤・輸入盤とも有り)
 ※ジュスマイヤーのオーケストレーションで明白に不都合と思われた部分のみを改めた版。一時期はこの版を演奏で採用するのが大流行しました。・・・しかし、何となく物足りない印象も残ることは否めないと思います。
  ・・・「自筆譜」画像付きCDです。

・ランドン版(国内版であったもの)
 ヴァイル/ターフェルムジーク・バロック管弦楽団他 SONY SICC305 (1999)
 ※前述の通り、アイブラー補筆を活かしたジュスマイヤー版です。したがって、入祭唱から続唱(「コンフターティス」まで)は「自筆譜」に最も近い音がします。

*校訂者がジュスマイヤーの補作部分をほぼ完全に訂正し、改変したもの
・レヴィン版
 H.Rilling/Bach-Collegium Stuttgart etc. Haenssler CD 98.146
 ※・・・サンクトゥス以下の枠組みはジュスマイヤーに沿っているので、「改変した」と言い切っていいのかどうか難しいところなのかも知れませんが、セクエンツィア部を含め、全般にオーケストレーションは大きく変えられています(アイブラーの補作をランドン同様優先的に採用しながら、その部分でも改変をしていたりします)。また、ラクリモーサ後半をアーメンフーガを接続するよう改作しています(次に述べるモンダー版とフーガへの接続法が違っています)。レヴィンが自負しているとおり、「なるほど、他の版よりモーツァルトらしく聞こえるな」という瞬間に結構出くわしましたが、やはりモーツァルト本人ならもっと自然に響くんじゃないか、と思ってしまいます。補作は本当に大変です!

・モンダー版
 昔、ホグウッドが初録音し、モンダーその人が丁寧な解説を付したLPを買ったのですが、実家に置いてきました。CDも出ているようですが、見つけられませんでした。
 ※「ラクリモーサ」を改変し、「アーメン・フーガ」を続けて完成させたのが最大の特徴。ただし、何度聴いても私には違和感がありました。サンクトゥス・ベネディクトゥスは真作ではないから、と全削除しています。ちょうど、「ハ短調大ミサ」を未完のまま演奏するのと似た態度です。(サンクトゥスが果たしてモーツァルトの意思を全く反映していないかどうかについては、最近論議があるようですが、この問題については省略します。)
・・・主題が「怒りの日」と強い関連性を持つことを考慮すると、ジュースマイヤーはモーツァルトの支持を受けていた可能性は決して低くないとは思います。アニュス・デイについても、入祭唱の主題を低音に使っていますし。

他にもいろいろな版があるようですし、見かけたCDもありますが、ご興味に応じ、下記のURLを参照しお探しになってみて下さい。(CDでいま見当たるのはドゥルース版くらいです。他はよっぽど根気よく探さないと・・・探す価値があるかどうか分かりませんけれど。)
なお、アーメンフーガはスケッチは残っているものの、復元は「モーツァルトがラクリモーサ末尾のアーメンはフーガに仕上げよう」と結論付けていたかどうか証拠はなく、復元することが正当かどうかは(あまり議論にはなっていないようですが)検討すべき大きな課題のひとつです。
第1に、ジュースマイヤー版のラクリモーサの仕上がりが結構自然であるのは、モーツァルトの最終指示による可能性が否定できないことを思わせます。
第2に、そうはいっても、キリエでフーガを採用し、実質的に曲を始めたのですから、セクエンツィアはフーガで締めておき、奉献唱までの司祭の儀式のために一段落付けたい、という意図があった可能性は否定できません。
第3に、第2の場合の接続法は、ジュースマイヤー版の「アーメン」まででいったん終わった後に繋げても不自然ではない。フーガのスケッチはそのようにもきこえます。
第4に、とはいえ「アーメン」で締めくくったあとにフーガを置くことは、曲の粘着度を高めてしまうため、やはりふさわしくない、と、モーツァルトが結論付けたかも知れない・・・(慣例的には、続唱最後のアーメンはフーガで書かれるのが常だったそうですから、スケッチが見つかっている以上、この可能性は薄いと思います。)
ヘンデルの「メサイア」での最後のアーメンフーガが、編曲をしたことのあるモーツァルトの脳裏に強くあったに違いなく、その意味では、ラクリモーサは一旦きっちり終わらせてフーガを作るやり方をイメージしていたはずだ、と私には思われてなりません。

等々、モンダーやレヴインのような接続方法を取らなくても良い、と仮定してみても、次々にいろいろなことが考えられます。

・・・どなたか、この件に関し、偉大なご結論を導く野心をお持ちになってみません?

2)熱心に調べた方のURL

 ・・・この曲は、やっぱり、「調べたくなる」ロマンを感じさせてくれるんですね!
 以下の頁を参照させて頂きました。
 
 http://www.ne.jp/asahi/jurassic/page/talk/mozart/requiem.htm
※プロの方ですから資料もきちんと収集、分析なさっているようです。(08.11.23付記:「プロの方」というのは誤認だったようです。「プロ」だからって<持ち上げる意図>も、もともとないんですけどね。追求するソノ大気持ちが素晴らしいと思ったのですが・・・(どうも、綴り手の方は私の生まれ育った市の方のようです。)
 各版の考え方をやさしくまとめてくれていますし、
 midiで音も聴けるので重宝します。
 いろいろな版によるCD・DVDの紹介が充実していますので、
 このサイトから「お好み」を探してご覧になれるかもしれません。

 http://www.asahi-net.or.jp/~EH6K-YMGS/sacred/mozreq/edition.htm
 ※上のサイトを知るきっかけをくれたページです。

 http://homepage2.nifty.com/pietro/storia/mozart_requiem.html
 ※モーツァルトのレクイエムを巡る史実が上手くまとめられています。

3)例示した、モーツァルト以前の主要な「レクイエム」のCD

・グレゴリオ聖歌:前回ご紹介の10枚セットに含まれています。Graduale、
      Offertoriumは、残念ながら収録されていません。
      (ハンブルク製ですが品番無し。タワーレコード新宿店で発見。)

・オケゲム:「ザ・ヒリヤード・アンサンブルの芸術」4枚組の3枚目に収録
      国内盤 EMI CHIL-1001〜4

・ラッソ:国内盤「ドイツ・ハルモニア・ムンディ名盤撰9」 BMG BVCD38009

・ヴィクトリア:国内盤「ドイツ・ハルモニア・ムンディ名盤撰11」 BMG BVCD38011

・ミヒャエル・ハイドン:輸入盤 DG GOLD MDG 340 1245-2

4)文献

・「モーツァルト最後の年」H.C.ロビンズ・ランドン(海老澤 敏 訳)
  中央公論新社 2001 税別3,300円

レクイエムの典礼文・略史については
・「レクイエム・ハンドブック」高橋 正平 著
  ショパン社 1994 税別1,000円

・井上太郎「レクイエムの歴史」平凡社選書185
 (起源を突き止めたい場合、この本では古代についての情報が少ないのが遺憾。)

宗教改革の嚆矢となったルターについては、多岐にわたる著作の要所を引用した
・「マルチン・ルター 原典による信仰と思想」徳善 義和 著
  有限会社リトン 2004 税別3,000円
をお読みになるのがいちばんよろしいかと存じます。
ルターの文章はアウグスチヌスの優しさと両極端なほど峻厳、悪く言えば狭量に見えます。そのせいででしょうか、ルターは最初は順調に見えたエラスムスとの関係を、ついには悪化させてしまいます。エラスムスは「痴愚神礼賛」で名高いユマニストで、「ユートピア」の著者トマス・モアと強い友情で結ばれた人でした。

イギリス国教会創設のきっかけになった人物ヘンリー8世については、シェークスピアがその最初の離婚騒動周辺の物語を戯曲にしています(史実を凝縮)。
・「ヘンリー8世」小田島雄志訳 白水ブックス シェークスピア全集37
シェークスピアの戯曲は音楽史的にも興味深いことが多々あります。王をとりあげた作品には「トランペットの吹奏」というト書きが、早くも彼純正の処女作「ヘンリー6世」に見られますし、劇中で用いられた歌曲には楽譜も残り、録音されているものもあります。
そんな中でも、シェークスピア晩年の作(合作説もある)で、その初演に際し、劇中で用いた花火によりグローブ座が焼失してしまったという曰く付きの戯曲でもある「ヘンリー8世」は、
・ト書きに  「コルネットの吹奏」
       「オーボエの吹奏」
       「トランペットとコルネットの厳かな盛奏」
       「音楽、ダンス。」
        バレエの挿入を示唆する夢の場面
などがあり、台詞にも
 ”リュートをとって歌ってちょうだい”〜つづけて、歌がある、
という趣向も挟まれていて、音楽好きの想像を随分掻き立ててくれます。

コルネットやオーボエの吹奏が、なぜ王と関係の深い場面で行われるのが多いかにつ
いては、
・上尾信也「音楽のヨーロッパ史」講談社現代新書1499 税別720円
をご一読下さい。私は、非常に良い本だと思っています。


(追伸)

・モーツァルトのレクイエムに関連の深いヘンデル作品の音源を、1つだけですが見つ
 けることが出来ました。(楽譜はありませんでした。)

 「葬送アンセム」(輸入盤)hr(RADIO BREMEN) cpo999 244-2

  *合唱第1曲の器楽・声楽とも、たしかにモーツァルトのIntroitusと瓜二つです。
   但し、ヘンデルはそれを対位法的に積み重ねることはしていません。モーツァル
   トの畳み掛けるような"Requiem aeternum"は、やはりモーツァルトの独創です。
   畳み掛けの有無が、訴えかけるべき相手の違いを表しているとも言えます。
   ヘンデルは会衆と共に、亡き王女の生前を穏やかに回想しています。
   モーツァルトの訴えは、自身の声で、冥府の神に対してなされています。

また、バイヤー版のスコアも、結果的に割高の値段でですが、入手しました。

CDの解説ではモノによって詳しさに限界もあります。
ランドン「モーツァルト最後の年」で一般事項を把握すると共に、是非、バイヤー版の冒頭にある彼の研究の骨子・改訂に至る考え方(譜例豊富)をご一読頂く事をお奨めします。(以下、今回の本文も長いので、残念ですが詳細ご報告は致しません。)ドイツ語と英語で併記されています。
ただ、重要事項(と言う程でもないか)なので、前回省略したSanctus〜Agnus Dei の問題に関するコメントだけ、要約してご紹介します。
バイヤー氏は、上記骨子の中で随所に渡りSanctus、Benedictus、Agnus Deiの問題につき主にアーベルやブルーメの研究コメントを引用しながら言及しています。

・Sanctusは、前後との響き合いについては不整合であるものの、Dies iraeの主題を使用していることに留意すべきである
・Benedictus、Agnus Deiについては、過去の研究者がそこに真正のモーツァルトの響きと構成を聴き取り、見て取っており、不整合な印象があるとすれば、それはオーケストレーションと声楽の描くラインの不自然さに起因すると考え得る
(以上、もちろん、バイヤー独自の見解ではありません。)
~なお、Agnus Deiのバス旋律はIntroitusの主旋律と同じ動きをしています。

それに伴い、最も重要な音楽的変更は、Agnus Dei末尾がジュスマイヤー版ではクレッシェンドの後フォルテで終わるところを、バイヤー版はふたたびディミヌエンドしピアノで終了するようにしたことで、これによる終曲への接続改善効果は極めて大きいものがあります。
各所をジュスマイヤー版と比べると、バイヤー版の改変は如何に最小限であるか(といっても少なくはない!)、しかしいかに音の流れを自然にするよう苦心したか、が分かります。また、バイヤーはM.ハイドンの師ロイターのレクイエムからも、モーツァルトへと引き継がれている伝統についても注目し、上説を補強しています。
(上述のM.ハイドンとモーツァルトの類似点を参考にして下さい。)
(ちなみに、別の版の編者であるレヴィンは、Sanctus以下がモーツァルトの何らかの教示による可能性を、アタマから否定しているようです。残念ながら、CDに寄せた彼 自身のコメントからだけでは否定の理由は分かりません。)

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コメント

お久しぶりです。学びのブログと呼ばせていただきます。今回も勉強になりました。「キャロライン王妃のための葬送アンセン」さっそく探してみます。そういえば以前拝見した、ドラティ-ハンガリー響のハイドン シンフォニーも結局GETする羽目に。なんだかんだ言ってお金かかりますねぇ音楽も。あれも聴きたいこれも聴いておかないとって変な欲が出て。

投稿: ランスロット | 2007年4月27日 (金) 00時08分

>学びのブログ
というよりは、独断に満ちたへりくつばかりになっていないか、と、内心つねにびくびくしております。
素人が目にできる資料は、その当時の常識では確実な情報だった、と信じてよいのは数十年前のものです。新しい情報は、本当に信頼していいのかどうかが、なかなか難しいし。
モツレクも、2年前に調べたものですが、輔弼者の問題についてはその後また違う見解が出てきていますから・・・
ま、いいか。
ありがとうございます!

投稿: ken | 2007年4月28日 (土) 00時30分

>Quam olimは、ミヒャエル・ハイドンの作品と瓜二つで

実はアイブラーのレクイエムの該当部分も
主題がそっくりなんだそうですよ!

投稿: Bunchou | 2009年3月 4日 (水) 22時58分

Bunchouさん!

>アイブラーのレクイエムの該当部分も主題がそっくり

この衝撃の情報に、今日CD屋に飛び込みましたが・・・
無念。

録音は、ないのか・・・

投稿: ken | 2009年3月 5日 (木) 17時01分

録音は有るみたいですが、そこはマイナー作曲家の悲しさか、
店頭には置いていないことが多いと思われます。
とりあえずHMVのリンクを貼り付けておきますね。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=88983

…って僕もまだ聴いてはいないのですが(汗)

投稿: Bunchou | 2009年3月 6日 (金) 20時57分

Bunchouさん、感謝です!

とりあえずカートに入れました。
最近CDをバカ買いしてしまったので、マルチバイ特価に適切なあと二つを決め次第注文しよう・・・(T_T)

投稿: ken | 2009年3月 6日 (金) 21時53分

Bunchouさん、今日届いて、uPodに取り込んで、買い物しながら聴きました。

・・・似てます。Domine Jesuから。びっくり仰天!
1803年の作ですが・・・モーツァルトの楽譜は出版は済んでいなかったんでしたっけ?
覚えていません。

このCDの演奏スタイルは、声楽がいわゆるシュポア方式で、合唱はノンヴィブラート、独唱はヴィブラートかけまくりでありました。

良い曲だと思います。

取り急ぎご報告まで!

投稿: ken | 2009年3月16日 (月) 20時38分

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