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2007年4月13日 (金)

それでも地球は回る

ガリレオは、確かに言ったのでしょうか?
「それでも地球は回る」
心の中の声では、たしかに言ったのでしょうね。

地球が不動でなければ神は冒瀆される、と、その時何故、教会は考えたのでしょうか?
地球が回っていても、太陽がまた銀河を中心点にして回っていても、さらには銀河が宇宙の中を超高速で動いていても、それがモノの真の姿であれば、それが真だという以上にも以下にも、特別な意味は何も持たない。
考えても、詮無いことです。

「お前はスデに死んでいる!」
私の心は私にそう言っています。
ですが、私は生きている。
何故か?
問うても、詮無いことか?

食事は娘が用意してくれました。
息子も
「今日は一年生の給食を並べてあげるんだよ!」
と、楽しげに出て行きました。
洗濯も終わり、花の水換えもしました。都合3日、換えてあげられていなかったね。ごめんね。

病院に、今日は付き添って下さるかたがいる。
まずはそれを支えに、出かけてきましょう。(8:49)

付き添ってもらえたのが幸いして、自分の口では上手く話せていなかったこともお医者に伝わり、即、処方が変わって、いい薬を頂けました。
今日までの三ヶ月半を如何にカリカリ生きてしまったか、も、やっと自覚出来たかも知れません。
体力の消耗を、急に実感しました。でも、子供らとは楽しく夕食が済ませられた。あとはまかせます。
安堵して眠ります。

今日は、家内と毎朝毎晩一度ずつ必ず読みあう言葉(法然のもの)を、一部抜粋して祈りの言葉にします。
記憶で綴るので、字には原典と相違があるかも知れませんが、ご容赦下さい。

  念仏を信ぜん人は、
  たとひ一代の法をよくよく学すとも、
  一文不知の愚鈍の身になして、
  尼入道の無智のともがらに同じうして
  (註:鎌倉時代は女人蔑視の始まった時代でした)、
  智者の振る舞いをせずして、
  ただ一向に念仏すべし。

(21:30)

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