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2007年4月11日 (水)

若木

今朝は、いつもと正反対でした。子供らの方が先に起きて、私を起こしてくれました!
昨日の昼のうちに娘がパスタスープを大量に作っていましたから、朝飯の支度もラクラクで、じゃあ洗濯物を干そうか、などと私がもたついているうちに、二人ともサッサと登校の準備を済ませて、出掛けてしまいました。
子供らは、これから素晴らしい花を自分が咲かせると信じて真っ直ぐに、いや、たとえねじ曲がりながらでも、たしかに上へ向かって伸び、幹もしっかり太くなっていく若木のようです。
私が表で気づいたのは、けやきの新芽がチョロチョロと葉になりはじめたこと。(朝)

家の事は、なかなか思うに任せない。娘がだいぶ助けてくれている。今日は飯も作っておいてくれたし、布団もしいてくれたし、自分から進んで早寝もしました。
が、私は自分自身の課題をやろうと思っても、先週来の感情障害の悪化もあって先に進まなかったり、さがしてもさがしても資料が見当たらなかったりするのです。
せめて何とか今日には目処も立て、この記事にも音楽を付けて、少しは心穏やかに一日を終えようと思っていたのですが・・・やはり、ここへ休らいに来るしか、私自身を立て直す方法が見いだせません。
春のもたらす狂気のうち、であればよい、と、ただそれだけを祈ります。

もう数日、自分の目が死んでいる気がしますので、マタイ福音書から引用を一つ。
バッハの「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」でも付けたかったところですが。

(岩波文庫の訳を元に少し変更)

  目は体の明かりである。
  だから、あなたの目が澄んでいれば、体全体が明るいのだが、
  目が悪いと、体全体が暗い。
  もしあなたの内の光が暗かったら、その暗さはどんなであろう。(22:22)

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コメント

宇宙が生成して以來、いつしか「いのち」が生まれ、ヒトが發生しました。
そんな悠久の來しかたに思ひを馳せると、森羅萬象すべてに不思議を感じます。
萬物流轉、輪廻轉生。
おほきな、おほきな時の流れのなかに、いま自分が生かされてゐるんですねえ・・・
もしかしたら、いま自分がここにゐるといふことが、奇跡なのかもしれません。
時々、そんなことを思ひます。

投稿: 仙丈 | 2007年4月11日 (水) 09時54分

生きている事の不思議
生かされている事の不思議
死が訪れる事の不思議
そしてそれが新しい生命と入れ替わっていく事の不思議。

何でもない毎日が、なんと不思議に満ちている事でしょう!

それを思うと、切なくはあっても、なんとか生きていなければ、
と思うばかりです。

投稿: ken | 2007年4月11日 (水) 22時26分

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