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2007年3月25日 (日)

モーツァルト:アントレッター・セレナード

1773年でつっかえていて済みません。
この年は、作品一つ一つを見て行くと、モーツァルトにとって本当に大きな人生の転機だった、と強く感じます。だからといって以前より取り上げかたがていねいになっている訳でもないところが申し訳ないのですが、今回のセレナードと、あとは2つの協奏曲、その他の作品、と、残り都合3回はこの年の作品についてメモさせて下さい。



通称「アントレッター・セレナーデ」と呼ばれるK.185は、じつに変わった作品です。
自筆稿はK.189の行進曲とともに1冊に綴じられていて、現在は個人蔵となっているそうです。したがって、K.189の行進曲で楽士が入場し、演奏したのでしょう。
NMA掲載の写真を見ると、自筆稿上でもK.189は MARCHE、K.185はSERENATAと記されています。ただし、誰の筆跡かは私ごときには分かりませんが、少なくともこれらはK.189で Mozartという作者名を署名している人物とは違う人の手になるように見えます。K.189の作者名、テンポを記入したのは父のレオポルトだそうですから、これらはレオポルトの書いたものなのですね。
が、モーツァルト親子自身は、この作品について書簡中では「フィナルムジーク」と呼んでいます。
ウィーン旅行中の7月21日、および8月12日のレオポルトから妻に当てた書簡中に現れる「フィナルムジーク」が、この作品の事だと言われています。
それぞれ、書簡の原文を引きます。

(7月21日書簡48-51行、ウムラオト、エスツェットは書き換えました。)
--- und heute nachmittag waren wir auch bey H: v Mayr mit freude und Hoeflichzeit aufgenommen.Ich muss schlyssen, dann es ist zeit noch ein Paar Zeihlen an den jungen Andretter schreiben und den Anfang der Final Musik zu schicken.

(8月12日書簡44-45行)
--- wir sind froh, dass die finalmusik gut von statten gegangen, der Wolfg: wird sich bei H:Meissner schon bedancken, unterdessen empf: wir uns.

さて、この作品、どこが変わっているか、というと、その編成と構成です。

序奏の行進曲(K.189)はフルート2、ホルン2、トランペット2に弦楽ですが、ヴィオラが含まれていません。
セレナード本体の方(2つのメヌエットを持ちます)は、基本はフルートがオーボエに置き換わっています。かつ、ヴィオラが含まれています。7つある楽章で、ただし、オーボエは第4楽章の第1メヌエット、第5楽章の二つの楽章で、フルートに持ち替えられます。これで、フルートの方の謎は解けるかも知れません。すなわち、フルート奏者とオーボエ奏者は兼任だった、というわけです。
次に、行進曲には無いのにセレナード本体ではしばしば二部に分かれてまで活躍するヴィオラですが、これはNMAでのレポートによりますと、行進曲の方ではヴィオラ弾きたちは低音(チェロ、バス)の部をオクターヴ上で弾いていたのではないか、ということになっています。(ついでながら、チェロとバスの部はファゴットも重複して演奏していたかもしれない、とのことです。)

もう一つ、変わっているのは、セレナード本体の第2、第3楽章は独奏ヴァイオリンを持つ「協奏交響曲」的性格を持っている点です。しかも、セレナード全体がニ長調を基本にしている(第5楽章はイ長調)にも関わらず、この二つの楽章だけがヘ長調で、異質です。
このため、ケッヘル第1版ではこの二つの楽章をセレナードに合体した「協奏曲」断章として扱い、ヴィゼワ・サンフォアは独立した「協奏曲断章」として扱った、という経緯もあったそうです。
セレナード本体の第6楽章である第二メヌエットのトリオにも独奏ヴァイオリンが現れ、かつ、このトリオはニ短調ですので、ますます紛らわしい事になります。
ですが、同じ年にすでに作曲を終えていたヴァイオリン協奏曲第1番(次回見て行く予定)の独奏部に比べ、K.185の独奏ヴァイオリンは技巧的には遥かに単純で、やはり、独立した協奏曲の一部、とするヴィゼワ・サンフォアらの見方には無理があるでしょう。

フルート、ヴィオラ問題と併せ、独奏ヴァイオリン問題も、おそらくは特定の聴衆のみが想定されていたため、モーツァルトがこの「フィナルムジーク」に、協奏交響曲的趣向を添えて、それら特定の聴衆の趣味の高さになるべく強い印象を与えてやろうとの野心を持った現れなのではなかろうか、と、いまは推測しておきたいと思います。

以下、作品の構成:

MARCHE K.189 Andante  D,2/4, 67bars: Fl2,Cor2,Trmp2,弦(ヴィオラ無し)

SERENARTA K.185  Ob2(第4,5楽章はFl2),Cor2,Trmp2,弦(ヴィオラあり)

1) Allegro assai D 4/4, 192bars :(ヴィオラ2部)ソナタ形式
2) Andante F 3/4, 79bars: Trmpなし。独奏ヴァイオリンあり。
3) Allegro F 2/4, 206bars: Trmpなし。独奏ヴァイオリンあり。
4) Menuetto D 28bars & Trio G 24bars: Fl2. TrioはFl1本でヴィオラ無し。
5) Andante grazioso A 2/4 115bars: Trmp無し。
6) Meunetto D 37bars & Trio 1 d (Violin solo) 24bars & Trio 2 D 24bars(ヴィオラ2部)
7) Adagio 4/4 11bar(前奏) + Allegro assai 6/8 216bars

あらためて観察しますと、第2メヌエット(第6楽章)の構造もユニークです。ただ、独奏ヴァイオリンが第1トリオでしか活躍しないところを見ても、これは第2、3楽章と同じような独奏協奏曲的楽章と考える事は不可能である事が分かります。第2トリオでヴィオラが2部に分かれているところも、第1楽章との関連性及び中音域に対するモーツァルトの「こだわり」が伺える気がします。

CDは単独盤ではアーノンクール/コンツェントゥス・ムジクスのものがありましたが、現在は販売されていないようです。セレナードの全集にはだいたい収録されていますが(第3番)、K.189と一緒に演奏されているかどうかはフィリップスの輸入盤の全集以外では確認出来ませんでした。すみませんが、したがって、特にリンクを貼りません。
スコアはNMAペーパーバック版の第13分冊に、K.189とK.185がきちんと連続して収録されています。ドーヴァ−版のスコアにはK.185のみが収録されています(Complete Selenades series 1)。

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コメント

お久しぶりでした。興味深く読みました。この曲はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の先駆けですね。やっぱり、第2・第3楽章が好きです。第3には、K485の主題が出てきたり。ところで聖徳大学川並記念図書館には、第1と第7の自筆譜が所蔵されているそうですね。Hpで見ました。

投稿: ランスロット | 2007年3月25日 (日) 18時45分

>K485の主題
この、ソナチネアルバムにものっているアレグロにもちいられたテーマ、観察して行くと、モーツァルトが気に入って使い始めたのは弦楽四重奏曲に本格的に取りかかったあたりからなんですよね。2番以降からニ短調までの12曲中、幾つ出てきたか忘れましたが、本当によく使っています。1772-73年は特に集中して使っている。音階を下降するだけなんですけれど、拡大型で有名なK.136に代表されるように、とても伸びやかで、いいテーマですよね。

>聖徳大学川並記念図書館には、第1と第7の自筆譜が所蔵されている
あれまあ。。。
それでは、娘を入学させて盗ませてこようかナ!

投稿: ken | 2007年3月25日 (日) 23時53分

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