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2007年3月15日 (木)

グラズノフ略伝(管弦楽作品を中心に-0)最初に

場つなぎですみません。
ショスタコーヴィチ第5の終楽章、何とか読解が出来たのですが、まだ作業が終了しません。
モーツァルトも、先に進むための下書きをしていません。
そこで、ショスタコーヴィチ前史として、参考に、以前グラズノフの交響曲を演奏した際作成した伝記を掲載します。

文章の下手さ、多少多々の主観はご容赦下さると共に、ご自身なりにお読み替え下さい。参照・参考にした書籍やCD・DVDを、最後の節でご紹介しておきます。

凡例::
文中の( )内は、参照した資料です。:書籍・CD(のパンフレット)の別なく、次のような通し番号としています。〜1桁は事典類、10番台以降は書籍、50番台以降はCD・DVD(70番台以降はグラズノフに関係の深い、他作曲家の参考作品。)100番台以降はウェブサイト。なお、曲目についての註で:(未聴)とあるものはCD入手可能なことを確認出来ていながら、私がまだ購入したり耳にしたりしていない作品、:(未見)は私がCD他の資料を見つけかねているものです。CDは輸入盤がほとんどで、値段もナクソス盤以外は廉価なものはほとんどありません。(タワーレコード新宿店での1枚あたり平均価格は2,510円でした。)ご購入に際しては「ふところ具合」と充分ご相談下さいね。なお、文中、耳にした全ての曲に触れることが出来なかったこと、かつ、どの曲も決して熟聴の上文を綴たわけではないことを、あらかじめお詫びします。

「確かプーシキンの作品だったと思うが、このような言葉がある。『いまここにいない人が忘れられるのは、自然の運命である』。これは恐ろしいことではあるが、しかし、真実である。これに抵抗しなければならない。いったい、どうすればよいのか。」(17.p72)
「『忘れられた昔の作曲家』と書き立てられている。だが、もしかしたら、しかるべくして忘れられた昔の作曲家なのではないだろうか。思い出すことなどまったく必要なかったのではないだろうか。」(17.P133)
いずれもショスタコーヴィチ(あるいはヴォルコフの「創作」したショスタコーヴィチ、資料一覧の註を参照)の発言ですが、グラズノフその人についてなされたものではありません。現代では「凡百の」と決めつけられている多くの作曲家が、忘却の彼方に姿をくらましてしまっています。その数は百では収まらないでしょう。それでもさらに、これから「凡百」という殿堂に加わる多くの作曲家は増え続けるはずです。作曲家に限らず、全ての職種の人間の前にプーシキンの言葉そのものの運命が待ち受けているし、「凡百」の一員に加わるのが当然と思っている私達(お読みになっているあなたがそうではないのでしたら、ごめんなさい)は、だからといってそれほど深刻な「運命」だとまで感じることはありません。従って、「これに抵抗しなければならない」とまで考えることは、まず無いでしょう。私達は、忘れられるべくして忘れられていく。
グラズノフは、そのような「凡百」に加えてよい人物だったのでしょうか。彼は、忘れられつつあり、忘れ去られていくのでしょうか。
「はたして、今日、われわれはグラズノフをその音楽のせいで愛しているのだろうか。はたして、われわれにとって彼の交響曲は、リムスキイ=コルサコフが語っていたような「新鮮で強固なもの」として残っているだろうか。(中略)グラズノフの交響曲を聞いていると、わたしは退屈になってしまう。そろそろ再現部に入るのかなと思っていると、いや、そうではなく、相変わらず展開部がつづいているというわけである。グラズノフの場合、交響曲の終楽章がとりわけうまくいっていない。活力と緊張に欠けているのだ。グラズノフのほとんどすべての作品に共通する性質である。」(17.P333)
こうした辛辣な批判が、グラズノフについて最も多くの情報を含む書籍としては日本で唯一手軽に買える文庫本の中に存在しているため、大多数の日本人には、グラズノフはやはり「忘却される凡百」の一人なのだ、という印象が強いのではないでしょうか。
TMFでは今2005年、彼の交響曲を定期演奏会でとりあげました。5年ぶり、2回目のことです。
当団楽事委員長の益田さんという「発掘の名人」がいなければ実現できなかったでしょう。
ここまで引用してきた『ショスタコーヴィチの証言』の言葉にも関わらず、その交響曲・・・2000年には第1番でした、今回は第4番を演奏します・・・は、上の批判とは裏腹に、魅力的な音楽だ、と、いま私達は(少なくとも私個人は)感じています。
「グラズノフは、『凡百』の一人であるはずがない。」
明確にそう結論付けをしたいところです。
ところが、この交響曲を書いたころグラズノフはどういう境涯にあったのだろうか、と事典類を紐解いてみても、彼の人間性を示してくれる文には全くと言ってよいほど目にすることが出来ません。解説行数はバッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどの「大家」に比べると2段階くらい落ちます。それでも全体のランク付けが6段階あるとすると「中の上」扱いです。まだマシな方だとはいえ、このクラスの解説文では、私達が就職活動の時書いた「履歴書」程度の内容を載せ得るのが関の山で、
・「性格:おっとり型」
・「趣味:泥酔」
・「尊敬する人物:フランツ・リスト」
・「好きな言葉:隣人を愛せ」
・「血液型:O」
程度までの情報を紋切り型に並べておしまいです(ちなみに血液型は載っていませんでした。AOのA型かO型か、どっちかのような気がするのだけれど・・・)。
でも、せっかくこの人の音楽を「魅力的だな」と思って演奏するのです。私としては、履歴書を覗くだけで満足せず、どうしても「面接したい」ところです。採用後の面接、というのもおかしな話ですが、私は人事部採用担当ではありませんので、「演奏心得」の訓示を垂れる・・・あ、立場が逆だ!・・・訓示を垂れてもらうためにも、是非本人と会っておきたいと切望せずにはいられませんでした。かといって、あの世に電話して面談期日を決めるわけにもいきません。そこで、なるべく多くの本人作品、同時代人の記録や資料を熱心に閲覧するふりをしながら、彼の方ですすんで私の「枕元」に立って話しかけてくれるようになるのを待ってみることにしました。・・・なんて。(井上ひさしなら、こうやって小説を始めるんですけどね。)

うとうとと彼の作品のCDを聴きながら布団に入っていた某月某日、雨のしとしとと降る深夜、頭の後ろの空気がなんだか湿っぽくて、それもただの湿っぽさではなく、妙に重たい上に、どこか酒臭いので、「なんだろう」と思ってちょっと起き上がってみると・・・などという悪のりはこれくらいにしましょう。その某月某日に、とにかくこんな次第で「面接」は実現しました、と、お考え下さい。これを綴った当時は夏至に向かって日が長くなっていくころでしたから時間は充分になく、聞かせてもらえた情報量も期待を遙かに下回る少ないもので、ちょっと残念ではありました。が、少なくとも「履歴書」以上の人間像に触れることは出来たのではないかと思っております。接しえた人間像がどの程度具体的か、はなはだ心もとありませんが、「履歴」と「面接」の結果を突き合わせつつ、次節以降6つに分けてレポートしていきます。

123456附(資料一覧)

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コメント

グラズノフほとんど聴いた経験がなかったので、昨日となりまちの図書館に行ったついでにヨンダーニ・バット/ロンドン響の交響曲3番というCDを借りてきました。となりまちの図書館にはそれしかなかったです。

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2007年3月17日 (土) 17時49分

3番を、しかも3番だけを置いている、っていうのは、なんだかすごく面白いですねえ。。。その図書館の方のお好みだったのでしょうか? たまたま、なんでしょか? なんだか興味がそそられるなあ。。。
ボロディンの2番だけはちょっと録音の種類が多いですけれど、チャイコフスキーとショスタコーヴィチの狭間に消えたロシアの交響曲は、CDを見つけるのは結構大変だし、探した甲斐があるかどうかも保証の限りではないです。バラキレフなんかは面白いかもしれない。
まあしかし、マニアの世界ですね。
・・・グラズノフの交響曲初体験が3番は「幸」とでるか「不幸」とでるか・・・悩むなあ。
ちなみに、グラズノフのいちおしはヴァイオリン協奏曲です。
交響曲で退屈したらこちらでお口直しをなさって下さいね。

なんか、罪作りな記事を乗っけてしまったかなあ。

投稿: ken | 2007年3月17日 (土) 22時44分

グラズノフ3番、なんだかよくわかりません。。。
たしかにチャイコフスキーとショスタコーヴィチの間のロシア音楽ってあまり普及していませんね。ショスタコーヴィチの評伝なんか読んでますと、よくわからない名前の作曲家が何人も出てくるので聴いてみたいとは思うのですが。

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2007年3月22日 (木) 02時27分

>グラズノフ3番、なんだかよくわかりません。。。

あ~、やっぱり「ハズレ」とでたようです。。。
3番は他の作品に馴染んでいないと、辛すぎかも知れません。

ロシアの交響曲、チャイコフスキーとショスタコーヴィチでイメージが固まっていらっしゃるのでしたら、ほかの人のは基本は聴いてもつまらないかもしれません。なので、あまり無理して手を出さない方がいいような気もします。。。

あえて、ということでしたらリムスキー=コルサコフとボロディンくらいかな。ショスタコーヴィチの先生だった人(シテインベルク)はグラズノフと大差ないし、ミャスコフスキーは・・・4曲しか聴いたことがありませんが・・・数が多すぎておすすめが見つけられません!

投稿: ken | 2007年3月22日 (木) 10時37分

リムスキー=コルサコフはシェラザードしかしらないけど、あれはほんとによい曲ですね。私のブログに来る快腸さんは一時期シェラザードおたくを自称していて、彼の一押しはムーティ盤だそうです。私はゲルギエフでこの曲のおもしろさを知った口です。

ボロディンも「中央アジアの草原にて」ばっかり聴いてますが、あれも名曲だと思います。かつて、つくばコンサート「ホワイエ」にこの曲についてエッセイ書いたことがあります。上記のゲルギエフのCDに一緒に入ってますが、いまはザンデルリンク盤の方が好きです。

投稿: キンキン@ダイコク堂 | 2007年3月22日 (木) 13時06分

リムスキー=コルサコフ、過去、「シェラザード」は非公式に、「スペイン奇想曲」は出張公演で、いやがるのをだまし討ちにあってソロ弾かされて泣きました。。。名人がどんな音がするかを分かりきって書いているので、僕のようなものには<とんでもない>シロモノです。あのとき真剣に楽譜を読みましたが、本当によく勉強した人だと思いました。ボロディンも、そうですね。五人組では双璧だと思います。・・・ムーティはきちんとしたディレクションができる人で、尊敬しています。ゲルギエフはショスタコーヴィチとスターリンを巡るドキュメント映像のなかで良い話をしていますね。

投稿: ken | 2007年3月22日 (木) 19時38分

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